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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第一章 偽りの魔導王
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19.魔人王は町に働きに出かけました。

(働くしかあるまい)


 小一時間焦燥と煩悶にうめいた後に、ヴェルはそう結論づけた。


(食わずとも生きられたのと、電子系のコンテンツ購入は魔力を通貨とする妙な決済方式だったから稼ぐ必要など無かったが、奴が長期間居座るつもりであればこの居たたまれなさへの対処は必須……魔人は半精神生命体だし、下手をすれば滅びかねん)


 自分の生命に今更未練などないが、死因:ヒモ生活が辛かったから、というのはさすがに嫌過ぎる。

 家に金を収め、同居人としての立場を確保すれば、いくらかでも健やかさを取り戻せよう。


「ゼノン」


 さっきまで洗濯物を鼻歌交じりにかけて、今はダイニングに戻り茶(和食に合わせて緑茶だった)をすすってる少女にヴェルは声をかけた。


「ん? どうしたのじゃ?」

「俺は、就職をしようと思うのだが」

「ふぇっ?」


 きゅっ、と湯呑みをとっさに握りしめ、「あちち」となってテーブルにそれを置き、赤くなった指先をふーふーする。


(だからなんで仕草がいちいちかわいい……)


 下手に誘惑されるよりも、こういう素のアクションが魔人王的にポイント高く、彼は灼熱のマグマの上に浮遊しダブルバイセプスを敢行する前世のゼノンという狂気に満ちた光景を思い浮かべて理性を保つ。


「……もしかして、さっきお金の話をしたからじゃろうか? 別に、わしは催促のつもりで言ったんじゃないのじゃけど」


「いや……俺の気分の問題だ。同居人にだけ負担をかけて暮らすのは、この落ちぶれた身とてキツいものがある。貴様とて、かつての宿敵が人の情けにすがってようよう永らえる程に腐り果てているのを見て、いい気はするまい」


「えっ、いや……わしは、その、けっこうアリっちゅーか……ダメンズを養うのって意外と快感で」

「んっ? 今なんと言った」

「い、いやっ、なんでもないのじゃ」


 首と手をぶんぶん振って言うゼノン。


「ともかく、自分の食い扶持と貴様への謝礼金を稼いでくる」

「し、謝礼なんぞいらん。こちとら好きでやっとるんじゃからの」


 なぜか、拗ねたような口調で突き返してくる彼女に、ヴェルは固く返答した。


「……俺は、貴様の思惑通りに絆されなどせん。全てが徒労に終わった後、手元に何も残らんでは甲斐が無かろう」


 拒絶の言葉に、少女の唇が引き結ばれ、瞳が揺れる。

 が、それは一瞬の事で、彼女は口元を緩め、笑顔を作る。


「ま、まぁ、外に出て働くなど、大した進歩じゃ。お弁当作ってやるから、頑張ってくるがよい」

「……あ、ああ。助かる」


 胸の痛みから目をそむけて、ヴェルは答えた。

 









 いつものジーパンにアニメTという、これを就活スタイルと呼ぶならペンギンも空を飛ぶつもりで羽根を生やしていると言えそうな装いで玄関先に立つヴェルに、ゼノンはたったったっと駆け寄って来て、ピンク色の包み布でくるまれた弁当箱を手渡してくる。


「はい、お弁当じゃ」

「すまんな」


「ふふ、いーんじゃよ。首尾よく行かなくても、拗ねずにまっすぐ帰って来るんじゃぞ。慰めてやるから」

「……そ、そんなものはいらん。俺は元とは言え魔人の王だぞ。仕事くらい簡単に見つかる」


 弁当箱をひったくって敷石を踏むヴェルに、

 ゼノンは、きらきらとした笑顔で言った。


「いってらっしゃい、ヴェル」









 セリオン都市連合国を構成する都市の一つである自由都市ムンドは、西方の辺境の地である同国でも更に西の端にある。

 その割には、市内は賑わっていた。


 舗装されていない路地は、行き交うたくさんの人々が歩く度に土埃を上げる。周囲の商店や露天商がせわしなく打ち水しているが、それこそ焼け石に水といった感じだ。


「ペーカー焼きぃ! いかーっすかぁー!? ムンド名物ペーカー焼きィ!」

「観光客でもねぇのに誰が食うんだよそのクソマズイ肉団子揚げ」

「そこの兄さん、イイ子いるよイイ子。中央大陸のヴァッケス公国の元貴族。そりゃもうべっぴんさんだ」

「コウエイ武具商会、本日魔道具入荷ぁ! 十一時から店頭実演会やるよ!」


 とまぁ、活気に溢れている。

 あらためて町並みを見るのは初めてで、単にこの辺りを田舎と考えていたヴェルは、それらを興味深げに観察し、


(……ああ。水売りがいないな)


 辺境らしからぬ盛況ぶりの理由の一端を察した。

 商売が成立せず、打ち水に簡単に浪費するくらい水の価値が低い。


 砂漠に侵食されかけている東部と違い、この辺りは海岸部に近接している。水源が確保され、水道が整備されているのだろう。


 それに、思えばセリオン都市連合国は流れ者の行き着く先だ。追手が追撃をためらうような遠方の方が人が寄り付きやすい。

 そうした者たちが定着して、今日の自由都市ムンドを作り上げていったのだろう。


(……としても、何か妙な、気が)


 ふと、違和感を覚える。

 妙に背の高く、ゴツい建物が多いのだ。その全てが新築で、まだ鉄骨が見えているものもある。

 ふいに、聞き覚えのある『ま゛っ』という精霊の声を耳にする。


(あれは……)


 そちらを振り返ろうとした時、目の前に砂埃を巻き上げて倒れ込んでくる男に邪魔された。


「てめぇ、ブッ殺してやる!」


 ナイフを閃かせる男はいかにも町のチンピラで、対峙するのも似たような風情の男だ。

 逃げる犯罪者も流れ着くのがセリオン都市連合国なのだから、治安が悪くて当然、という事か。


 よく見れば、普通の住人ですら帯剣しているものが多い。丸腰のヴェルが珍しいほどだ。

 ここで暮らす心得なのだろう。


 なるほどなぁ、と思いつつ、妙な声の出処を確認する気が失せ、男の目の前を横切って進もうとするヴェル。


「ちょ、待――」


 そのタイミングで、男がナイフを腰だめに構え、突進してきた。本来は向かいの男に突っかけようとしたのだろう。

 勢いを殺しきれず、切っ先がヴェルの横腹に突き刺さ――らない。

 安物の短剣は、彼の皮膚に触れた瞬間砕けてしまう。


「む。すまんな」


 唖然とする彼に、ヴェルは謝罪する。柄だけになったナイフを借り、大地の金気を寄り集めて同じ程度の刃渡りの刃を成形して返す。

 簡単な操気の魔技で、心臓の宝刀はこの程度では目覚めない。


「代わりに使え。ではな」

「あっ、いや、ちょっと、あんた――魔人か!?」


 最後の一言に、あたりが騒然とする。

 あっさりと広まり、ざわめく群衆を見てヴェルははっとした。

 そう言えば、魔人と言えば今もなお人類の敵で、忌み嫌われているのだった。


(もしかしてこれは……就職に不利なのではないか?)


 今更と言えば今更過ぎる事に思い至る魔人王。

 ふと彼らを見やれば、ヴェルの角や肌を、何かを確認するように見ているものもいる。


 彼に、討伐依頼がかかっている事を知っているのか? 依頼を受領した冒険者しか、報奨金が支払われないようになっているはずだが……

 ムンド市民の中でもとりわけ柄の悪そうな男が進み出て、言った。


「でっかいツノ、青い肌、変な服、あんた、あんた……」

「む……」


「――ゼノンちゃんの旦那か!!」

「……………………………………………………なに?」



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