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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第一章 偽りの魔導王
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16.復活! 魔王軍(初級編) ~混沌の妖精リューミラ誕生~ ②

「は、はっ……」


 その少女は、荒野を頼りない足取りで進む。

 かつて黄金の色彩を放っていた髪も痩せ枯れた麦の如く。同族の羨望の眼差しを受けた豊かな肢体も折れそうな程に細く、そしてそこかしこに鞭打たれた痕がある。殴られ続けた顔は、腫れこそ既に引いているが元の美貌には決して戻らない。


 種族の矜恃たる長耳も、半ばから切り落とされていた。


「うぅ、う」


 鉄の首輪に荒れた髪が絡み、さして抵抗なく抜け落ち、彼女の歩んできた道にちらばっている。

 まるで、命を零しながら進んでいるかのよう。

 そんな歩みが、そう長くも続くわけがない。


「……ぐっ」


 荒野の、さして起伏のない地面につまずいて、彼女は倒れ伏した。これまで何度も転倒し――栄養失調以前に、足枷をはめられた生活に慣れすぎていたから――、起き上がってきたが、もう〝次〟はないようだった。


 むしろ、ここまで来れた事が奇跡だった。

 あの大きな館での彼女の扱いに同情して、逃してくれた男から渡されたなけなしの金は中央大陸から出る前に尽き、途中で盗んで溜め込んだ金品も、悪質な砂漠の案内業者に奪われた。


 彼女が放り捨てられた荒野から、近隣の人里までは――その衰えた足では、更に十日はかかる。

 地図もなく、たどり着けやしない。


(そもそも、なんであたしは……生きようとするの?)


 不思議と、瀕死の今まで旅を続けてようやく、その疑問が脳裏にへばりついた。

 故郷はあいつらに焼かれた。


 あいつらの長が、あたしを館に閉じ込めた。

 大事にしていた純潔を奪われた。


 それを捧げるはずだった(ひと)も。

 それ以上の事だって。


 妹が絶えきれずに自殺した。

 姉は、遊び半分で、孕まされたお腹に焼けた石を詰め込まれて死んだ。


 全てを奪われて、地獄を味わい、生きている理由なんて、何一つなくなったのに。


(なんで……)


 自問の答えを見いだせないまま、衰弱死を少女は待つだけと思われたが。

 ――遠くに、小さな地響きのような音がする。


 それはだんだんと、近づいてきた。

 自分の身体をすっぽりと覆い隠す影が生まれたと思う瞬間、彼女の身体は大きな、石のように硬い手に抱え上げられた。


 そこで、少女の思考は途切れる。











「おーおー、これが患者(クランケ)第一号か……これまたひっどい有様じゃのう。ボロゾーキンじゃ」


 ヘレイダル霊山産の水晶粉で描かれた魔法陣に寝かされた少女を、ゼノンは無遠慮に見下ろす。

 身体を最低限覆い隠す貫頭衣じみたボロキレをめくり、中身を見て「うへぇ」とうなった。


「やめんか、趣味が悪い」


 地下室の入り口付近で手持ち無沙汰でいたヴェルが、彼女をたしなめた。


「しかし、地下にこんな部屋を作っていたとはな……」

「地下の方が地脈が安定しておるし、立体的に陣を描ける。繊細な術式制御に適しているんじゃよな……というのは建前で」


「建前」

「ワルい魔法使いとか邪悪な魔王がなんぞ企む場所っちゅーたら、そりゃ地下室じゃろ」


「――まぁ、分かるけれども」

「じゃろじゃろ~?」


 茶番はさておき。


「しかし、半裸のおなごを見てもいつもの童貞臭い反応はせんのじゃな」

「……そこのそれは、戦いに敗れた敗残者だ。男も女もない」


「ふーん。すっかり落ちぶれたかと思えば、そういう所は昔のままじゃな――ちょっと、安心した」

「ちっ……俺に構っている暇はあるのか。そいつ、すぐにでも死ぬぞ」


「おお。そうじゃったそうじゃった」


 そっぽを向いたヴェルの指摘に、ゼノンは少女の方へと向き直る。

 セリオン都市連合国は、数少ない中央大陸の大国の影響力が及ばない人間国家であり、追い詰められた犯罪者や逃亡奴隷が砂漠を越えてやってくる。


 そして、その九割以上が途中で力尽き、死んでいく。

 ゴーレムに国境付近の荒野を捜索させて、その手の連中をキメラ化の被験者として連れてこようとしたが、届いた時死体でなかったのは今回が初めてだ。


 内臓も衰弱しきっている為、若干水分を含ませた程度の半死半生の身体。このまま死体と言っても通用しそうな有様である。


 治癒魔法もかけたが、ゼノン自身の適正からして触媒なしの術式では限界がある。

 高いコストをかければ全快もさせられようが、こちらも目的があってやっている事だ。

 今にも死にそうな、この状態が都合がいい。


「おぅ、起きとるか? 寝るなよ。死ぬから。名前言えるか?」

「リュー、ミラ。リューミラ・エレネスレンスルス」


「レンスルス大森林の部族出身か。よくまぁ、こんな遠方まで落ちてきたもんじゃ」

「あな、た、は」


 枯れた声で問いかけてくる少女に、ゼノンは告げる。


「ゼノン・グレンネイド。邪悪な魔法使いじゃよ、エルフの娘よ」

「エルフ、って、分かるの……あたし、こんな、耳で」


「そりゃあ、霊体の質がエルフ以外の何者でもないからの」

「あなたは、ドルイドには、見えない」


「おお、森に生きる者は魔導士をそう呼ぶんじゃったの……おまえがあと百年も生きれば、わしの正体を看破できたじゃろう……見たとこ五十を越したくらいか。若いの。――このままでは、おまえは、それより長くは生きられぬわけだが」

「……」


 遠慮のない死の宣告を受けても、凪いだ瞳で天井を見上げるエルフの少女に、ゼノンは言う。

 悪魔の誘惑である。


「リューミラよ、生き延びたくはないか?」

「……え?」


「むろん、人界でほどほどに地獄を味わったらしいおまえを哀れんでの施しなんぞじゃあ決してない。おまえにひどく分の悪い取引じゃ。今後わしらの所で働いてもらうし……何より、おまえの身体には大きなデメリットがある」


「どういう、こと」

「ちぃとな、おまえの霊体と肉体に、他の生命体の因子を上乗せさせてもらう。キメラっちゅーやつじゃな」


外法(アウターマジック)……」

「おお、よく知っとるな。しかし、そうでもせねばおまえは助からんぞ? 肉体が傷つきすぎておる。別の強靭な生物で肉体を補強するキメラ化が最適と思うから、わしはおまえを選んだ。どうじゃ?」


 問いかけるゼノンに、少女は沈黙で返す。

 それを拒絶と受け取って、彼女は更にセールストークの攻勢をかけた。


「いや、世間のイメージほど悪いもんじゃないんじゃって! ちょーっと身体の作りが変わったり人格に影響出たりするだけで、主導権は素体が持っとるし、風邪もひかなくなるしなんかごはんも美味しくなった気がするし! 洗剤とお米券つけるから!」

「新聞の勧誘か」


 後方のヴェルのつっこみを聞き流し、えっと、あと……と彼女は言葉をさまよわせ、


「そう! ケンカ! ケンカが超強くなる! そんな悲惨な有様なんじゃし、報復したい相手の一人や二人いるじゃろ? キメラになって強くなれば、そいつらなんぞけちょんけちょんじゃ!」


「普通、そっちを先に言わないか……?」

「う、うるさいのじゃ」


 さっきから背後で口やかましいヴェルに振り向き、文句を言うと、背後でぶちりと音がした。

 少女が、どこにそんな力が残っていたのか、手を強く握りしめてひび割れた爪を手のひらに食い込ませている。


 その音か、あるいは――血管が切れた音か。


「ほう、ふく」


 言葉の響きを確かめるように、エルフの少女はつぶやく。


「ほうふく、報復報復報復報復! 復讐! 復讐ウゥッ!!!」


 陸に打ち上げられた魚のように、激しく身体をはねさせる。


「ちょっ、おい、傷に障る――」


「そうだ!! あたしはぁッ!! 復讐がしたかったッ! あの男に! あたしがいたぶられるのを笑って見ていたあいつらにひィッ!! 四肢を刻んで腹を割いて詰め込んでやるんだッ!! お姉ちゃんのようにッ! アルセリアのようにッ! ティルセルのよォにいぃいいッ!! だからっ!! だからあたしはっ!! これまで生きてエェエエッッ!!」


 傷だらけの身体で暴れ、四肢から血を滲ませ、撒き散らしながら少女は叫び散らす。

 やがて、体力の限界で強引に鎮静した彼女は、嗚咽しながらゼノンを鬼気迫る形相で見上げ、言った。


「おねがい、します。あたしに、強い体をください。代わりに、あたしの肉体から魂まで全部、全部、あなたに捧げます」

「そ、そうか。うむ。このゼノンちゃんに任せておくがよいぞ」


 ゼノンはかなり引いていた。

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