15.復活! 魔王軍(初級編) ~混沌の妖精リューミラ誕生~ ①
「魔王軍の復活じゃ」
ヴェルが、リビングの精霊式情報端末でアイドル声優ライブを堪能していた所に、ゼノンが横合いから近づいてそう言った。
「えっ、今なんと言った。真夏の太陽が沸点じゃん? それは今回のセットリストからしてアンコールの曲だと思うが」
「魔王軍の復活、じゃ!」
「ぎゃあぁあああああ!!」
魔力源コンセント(供給元はヴェル自身だ)を端末から引っこ抜くゼノンのあまりの蛮行に、ヴェルが頭を抱えて悲鳴をあげた。
「なにをする!?」
「魔王軍を復活させるぞ、ヴェル」
「……何を言うかと思えば、世迷い言を」
ゼノンの確保したコンセントを取り返そうと隙を伺いつつ、ヴェルは言った。
「貴様、無職のアニヲタヒッキーと化した俺に魔王軍を復活させるような人望があると思っているのか?」
「事実ながら言い切りおったな……」
「そもそも、魔将に配下は全員かっさらわれたしな。だいいちなぜそんな事をせねばならん」
「じゃから、かつてのツテによらない新生魔王軍を、じゃ。……こないだの冒険者には言い含めたが、いつの世にも愚かものと跳ねっ返りは売る程おる。あれだけで平穏がまかなえるとはとても思えん。示威目的程度でも、戦力は確保しておくべきじゃろう。平和のための武力なのじゃ」
「また色々な方面から文句の出そうな思想を……貴様、前世よりもなんか攻撃的になってないか?」
昔は、城の番犬代わりのキメラを使役する他は自前の軍団なぞ持ちたがらなかったはずだが。
「そっ、それは、こないだの件でわしがかつての力がないのはわかったじゃろ? 昔ほど余裕はないのじゃ……それに、今のわしは家事とかいろいろ忙しいし」
「……むぅ」
それを言われると、ヴェルとしても痛い。
断じて嫁プレイなるものに同意したわけではないが、朝昼晩に三時のティータイムと彼女の凄腕の調理技術の恩恵に預かりっぱなしなのを始めとして、炊事洗濯掃除……全生活のクオリティが彼女の力で目覚ましい向上を見せている以上、何も貢献していないヒキニート魔人に口出しできる権利があろうか。
(無理だ……)
絶望と共に、彼はそれを認める。
「まぁ、番兵の類はいてもいいかも知れんが……結局、最初の疑問に戻るぞ。家のリフォームをした時のように、ゴーレムでも作るのか?」
「いや……あれは、わしの意識容量を食うしのう。かつてなら十万かそこらの大軍勢を楽々使役できたじゃろうけど、今は一千体も作れば精神に負荷がかかる」
「ほう」
「具体的には生理の三日前くらいのイライラした気分が永続するからやりとうない」
「なぜ具体的に言った!? なぜ具体的に言ったぁッ!?」
ヴェルは机に突っ伏して嘆きに浸る。
「貴様の下ネタはいつも生々しすぎる……」
「泣くなよこの程度で……傷つきやすいやつじゃのう」
ゼノンは呆れ気味に嘆息すると、
「ともかく、ゴーレムは駄目。おまえの失墜どころかマイナスに振り切れたカリスマ性じゃ兵隊募るのも無理……となれば、第三の手段を取るしかあるまい」
「というと、なんだ?」
「ゴーレムと違って自律稼働する類の、改造死体、被造生命、混成生命体……要は魔法創造じゃな」
「えっ……そういうの、倫理的に大丈夫なのか?」
「バリバリの禁呪に決まっとるじゃん」
なにアホな事を聞いているのか、くらいの表情でゼノンは回答した。
「官憲は、困るぞ」
かつて南方大陸に裸で放り出された数日間を思い出し、ヴェルは苦悶の色をあらわにする。
今の弱体化したゼノンでもムンドの保安官(このセリオン都市連合国特有の公安職だ)程度なら何人来ても指先一つで殺せるだろうが、だからこそ無限に泥沼にはまり込みそうな気がする。
「心配するな。禁呪ではあってもご禁制ではない」
「……法律では禁止されていないのか?」
「うむ。ゼノンの生きとった頃にはそういう動きがあったんじゃが……どうも国連魔導士協会が握りつぶしたらしいな」
「ああ、コールとかいうやつの組織か」
「奴はもう死んどるし、現会長は別の派閥の奴らしいがの。――魔道は学問じゃし、魔法創造は中でも研究者向けの一大ジャンルじゃ。魔導府の類が公的機関になるにあたって、ご法度にされてはたまらんって事じゃろ。コールの名声を糸口に、うなる程金を積んだんじゃろうな」
「……生臭いな」
「まったくじゃ。禁止されてよーがされてまいが、やりたきゃやっちゃえばいいのじゃ」
「貴様はもう少し世俗に縛られておけ」
うさん臭いいきものを見る目で、ヴェルはうなった。
「まぁ、人体実験の類は別の法律に引っかかるから、さすがに連中でもアウトなんじゃがな……たぶん、建前上」
「魔導士という人種は実に度し難いな……」
頭痛を覚えたように、彼は眉間を揉んだ。
「で? その魔法創造で、兵を調達するのは分かったが、何を創る?」
「うむ。改造死体は墓荒らしやら殺しやら、やらかせば手が後ろに回る行為が必須じゃからアウトじゃな」
「貴様はついこの間、冒険者一味を皆殺しにしただろうが」
「放棄された砦を不法占拠しとるような連中じゃったしのう。市民登録もしとらんじゃろうし、人里におっては不都合な前科のある奴もかなりいたじゃろう。親元たる冒険者ギルドでも煙たがっておったはずじゃ。疎まれとる集団の死に水を取ってやる程の余裕は、この辺境にはありゃせんよ」
「そんな打算があったのか……」
抜け目のない奴だ。
「ともかく、軍団作れる程の死体調達なんぞ不可能じゃ。じゃからこれはボツ。次はホムンクルスじゃが、これも希少な薬品やら高額な設備が要るので費用対効果が悪すぎる。となれば、残る手は一つ」
「キメラか」
「うむ。合成する魔獣は召喚すればよいし、エサは隣の山にでも放し飼いにしとけば勝手にその辺の野豚とか食べるじゃろ」
「貴様は生態系というものを考えていないのか……」
というか、なぜ先程からこの元魔人王が常識的な意見を言う役に回っているのか。つくづくおかしい。
ともあれ、彼女の意見には穴がある。
「キメラ……というか魔獣の使役はそう簡単ではないぞ? 昔、ケィルスゼパイルが魔獣使い系の能力を持った魔人を集団雇用して、酷い目にあった覚えがある……未処理の大量の糞尿が疫病と害虫を招いてだな」
「い、言わんでいいわっ!」
ぞぞぞぞ、と二の腕に鳥肌を立たせて、自分の身体を抱くゼノン。
「とにかく、生き物はちゃんと責任持って飼わねばならんぞ、ゼノン」
「ちゃんとやるから! 散歩もソレの後始末も餌やりも毎日わしがやるからっ!」
「……なんだこのノリ」
妙な小芝居を切り上げる意味で咳払い一つして、ヴェルは言う。
「なにより、魔獣のテイミングは魔人の中でさえ希少スキルだ。これなしで、言葉を持たず獰猛で大概が人肉を好む魔獣のキメラを使役などできん。当然貴様とて持ってはおるまい」
ゼノンがありとあらゆる魔法を使いこなす大魔道士とは言え、人の枠にある以上持てない技術というものはある。
その路線も難ありだ、とヴェルが続けようとした所で、彼女はあっけらかんと言った。
「ああ、それについては問題ない」
「なに?」
「要は、意志の疎通さえ取れりゃいーんじゃろ?」
「それはそうだが」
それが出来ないから、魔獣のキメラを兵力とするのは困難だという話だというのに。
はたして、ゼノンは言った。なんのてらいもない表情で。
「人間を素体にすりゃいーじゃん」
ヴェルの動きが固まる。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………貴様は本当に度し難いな」
顎先から汗がひとしずく落ちる頃合いまで沈黙し、彼はようやく言った。
「な、なんじゃよう。人語を解するキメラを作れば、後は交渉次第じゃろ?」
「そういうマッドな科学に取り憑かれた人間があちこちにいるから、岩肌の魔法剣士が元に戻る方法を探して旅したり勘のいいガキが嫌われたりするのだ。恥を知れ、恥を」
現実とフィクションの区別のつかない魔王は、そう言って目の前の少女をたしなめる。
「だ、大丈夫じゃって! ゼノン式キメラ化術は痛みもなくて術後の経過もよいと評判じゃったし、インフォームドコンセントもばっちりじゃ!」
「小賢しい横文字を……魔獣と合成される事に同意するような奇特な人間が、そうそういてたまるか」
「ふっふーん、それが、そうでもないんじゃよなぁ」
聞く側をイラっとさせるドヤ顔をしつつ、ゼノンはヴェルの目の前で指を振る。
「おまえは今世の世俗について、極めてマイナーかつ限定的な方向性でしか知識がないのじゃろうが」
「貴様はいちいち人を傷つける前置きをせんと話ができんのか」
「よいから聞け。――ここは北方ノーテッド大陸の辺境セリオン都市連合国。落ちぶれた魔人ですら流れ着く、人界の最果て、人生終着駅なのじゃ」




