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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第一章 偽りの魔導王
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12.侵入者 ①

「ここが、そうか?」


 剣士らしき、くすんだ革の胸甲を身に着けた男が、夜の館を木陰より伺いつつ問いかけた。


「ああ。昔のツテまで頼ったんだ。間違いねぇよ」


 軽装の、バンダナを巻いてナイフを腰に差した男が応じる。


「昔の?」

「分かんだろ? 斥候職スカウト前職まえなんて半分以上がそうさ」


「いや、今も付き合いがあるのかと思ってたよ」

「さすがに、冒険者ギルドに乗り換えた後にそんな真似する度胸はねぇよ」


「賭場の無鉄砲さを見てりゃあ、お前が俺らの中で一番太い心臓してると思うさ」


 軽口を叩きあう剣士と斥候の後ろで、ローブ姿の魔導士が苛立たしげにたしなめた。


「……魔王の拠点の鼻先で無駄口叩く度胸は、私にはないのだが?」

「……悪かったよ、テゼット」


「にしても……普通の屋敷だな」

「見た目に騙されるな。魔人も、高位魔導士(ハイ・ソーサラー)と同じで空間を制御する術を持っているらしいぞ……中があれの倍以上の広さで、魔獣の巣窟だなんて事もあり得る」


「おいおい……俺は魔王ってヤツがこけおどしの、稀に見るザコ魔人だって聞いたから参加したんだぞ」


「その、空間制御だけ得意って事もあり得るだろ? 大丈夫。この六人でB級指定ダンジョンをいくつ踏破したと思ってるんだ……ヤバいって分かったら、撤退するくらい簡単さ。後は砦でヒマしてるクランの連中を連れてくればいい。あいつらだって、魔王の噂聞いてやる気でいたしな」


「分前が減る」

「なら、持ち帰った情報を別のクランに売るさ」


「馬鹿。目先のカネの事しか目に入ってねぇのか……魔王殺しのハクがつけば、今後どんだけ仕事がやりやすくなると思ってんだ。神殿の審神官の目に止まれば神と契約だってできるかも知れねぇ」


「けどよ……」

「――おい、ここに来てモメ事はなしだ」


 六人いる集団のうち、黒い鎧を着た騎士崩れが言う。彼がリーダーらしく、全員がその語る言葉に耳を傾けた。


「ベストは、俺たちで魔王殺して報酬も名声も独り占め。ヤバそうだったらクランに頼る。手に負えないレベルならよその連中に丸投げ。それでいいな」


 他の五人は頷いた。


「よし、行くぞ。テゼット、音消しの魔法を使え。アルマーが先行して裏口から侵入。レンスはアルマーの援護、ケイエスが後方で全体の援護をして、モーラが後背の警戒、俺は中衛で状況に応じてカバーに回る――夜明けには帰って祝杯を上げるぞ」


 もう一度、彼らはリーダーの言葉にうなずきを返した。

 彼らはパーティ《八脚馬の蹄鉄》。


 辺境でも、そこそこの腕の冒険者として知られる一行だった。










 屋内に侵入し、警戒しつつ探索を行う。

 斥候(スカウト)がかつての裏稼業(盗賊ギルド)時代の情報網を利用し、聞き取った話ではここは廃屋だったはずだが、新築同然だった。


 その異変に警戒心を強め、暗視と気配感知の技術(スキル)を駆使しつつ屋敷の中を探る。

 ダイニングとキッチン、パントリーを調査し、食品庫にパン種が魔法による温度調節で保管されているのを見て、魔人の人間らしい食生活という気色悪さに、パーティの一人がそれを蹴り潰した。


 次に、一階の奥まった場所にある部屋では淫祠邪教めいた偶像が所狭しと並べられてるのを見た。

 僧侶の一人が、虫唾が走るとばかりに杖でそれらを薙ぎ払う。


「これは人の似姿か……?」

「呪術の儀式にでも使うのかねぇ」

「さてな。どっちにしても、おぞましい」


 音消しの魔法が効果を発揮しているとは言え、迂闊な真似は慎むべきだとリーダーの騎士崩れは思ったが、彼とてかつては正規の騎士の一人だったのだ。魔人を憎む気持ちは理解できる。


「一階に人の気配はないな。上に――」


 そう、彼が口に仕掛けた所で。

 風景が一変した。


「……何ッ!?」


 混乱をきたしつつも周囲を見渡し、そこが最初の、館の庭先であると気づく。

 他の五人もまたこの異常現象に動揺を隠せず、目線をさまよわせている。


 仲間の一人が、最初に近寄ってくる二人の者を見つけた。

 奇襲らしい素早さはなく、ゆったりとした歩みでむしろ毒気が抜かれ対処が遅れた。


 一人は、まさに目標の魔王であった。青い肌に、赤黒い角、三つの目。いかにもらしい魔人だ。加えて、邪教めいた図案のシャツが奇怪な妖気を放っている。


 しかしもう一人の存在は、彼らも想定していなかった。


(人間の、子供?)


 夜にこぼれて輝きを放つ金髪を持った、明らかに貴顕の者と分かる容姿の少女だ。淡桃色の寝間着姿である。


(まさか、魔王にかどわかされたのか?)


 人質に取られれば厄介な事になる。そうリーダーは案じる。

 少女は屈辱に耐えかねるように、拳を握りぶるぶると震わせていた。


 悪辣なる魔人に捕らわれていたのだから、人の想像するレベルを超えた陵辱を受けていてもおかしくない。


(哀れな)


 しかし、敵は三流とは言え曲がりなりにも魔人、こちらも精強と自負はしているが神の加護を受けた者のないパーティでは、彼女の身柄を考慮しつつ戦う余裕はないだろう。


(悪いが助けられん……許せよ)


 仲間から非難される事も覚悟して、リーダーは悲壮な決意を固める――

 その顔を、静かに、なぜか怖気のする程までに静かな瞳で見つめて、少女は隣の魔王に告げた。


「ヴェル、手を出すなよ……」


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