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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第一章 偽りの魔導王
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11.嫁(仮)のいる生活 ③

 この廃屋は自由都市ムンドでも外れの方にあり、庭の敷地もそれなりに広い。元の持ち主は割りと素封家(かねもち)だったのかも知れない。


 真空刃の魔法でズバッと刈り取った雑草を脇に積み上げ、ゼノンは芝生の上でストレッチをしている。

 ちなみに赤色のジャージに着替えていた。


 ジャージ着た美少女が「ん……っ」「んしょ……」とか甘めの声を漏らしつつ身体を反ったりかがめたりしてるのがヴェル的にポイント高かったので、彼はその場に正座して瞑想にふけっている。

 いささか落ち着いたところで立ち上がり、ゼノンへ問いかけた。


「一応、廃墟とは言え不動産の所有権とやらは誰かが買い取っているのではないか? 勝手に改築するのはまずくないか」


「魔人の癖に妙に常識的じゃのう……ま、荒れたまま放置されとる土地じゃし、地主が気づくのも時間かかるじゃろ。文句が出て来る前にどうにかする方策を立てるわ」


 こちらは人間の癖に遵法意識ゼロの発言をして、ゼノンは呪文の詠唱を始める。


「《タフェル・ルベル・ズーラ、地の殻を揺蕩(たゆた)(にび)御霊(みたま)よ、今一時の覚醒を――》」


 呪文の正体を看破し、ヴェルは影響範囲を逃れ彼女の近くに寄った。

 ゼノンは地に手を当てて、結句を述べる。


「《石人創生(クリエイト・ゴーレム)》」


 芝生をめくり上げて、地層の岩脈から生成された石巨人(ゴーレム)が合計二十体浮かび上がってくる。

 それぞれサイズが違い、手が工具の形になっているのは用途別に分けたからだろう。


「よぉっしわが手下ども、着工じゃ! 一番から八番までは近隣の野山で建材調達! 残りは図面の通り、再利用できん箇所を解体!」

『ま゛っ』


「かかれー!」

『ま゛っ』


 石巨人は一声応答すると、てきぱきと作業に取り掛かる。


「近隣の野山っておい、だから所有権……」

「木こりや石工の縄張りからは外れた所を取るからだーいじょうぶじゃって」


「本当に適当な奴だな貴様は……あと、図面?」

「わしがゆうべ引いた」


 そう言えば、ゼノンは空に浮く城まで建てられる程の建築家でもあったのだった。


「多芸な奴め」

「ダテに五百と十四年生きとらんからの。見るか? 空中城ほどではないが、自信作じゃ」


「どれ……ってなんだこれは」


 ゼノンの手にした図面の脇に書かれた「完成予想図」なる水彩画を、後ろから見下ろしてヴェルは剣呑な顔つきになる。


「ニュー魔王城じゃが」

「しれっと言うな! なんだこの超巨大な凶悪にとんがった尖塔は!? 雲を突き抜けているだろうがッ!!」


 ご丁寧に麓の自由都市ムンドの町並みまで描画されているが、まるで豆粒のようである。


「ハクがついてよいじゃろう」

「明らかに違法建築だ! 今の廃墟を綺麗にする程度で抑えろ!」

「ちぇー」


 ゼノンは渋々と、白紙を一枚用意してさらさらと鉛筆で指示通りの図面を書き直し、石巨人の命令(コマンド)を上書きする。


「貴様、そういう非常識な所は全く変わっていないな……」

「怒られるまで好きにする、怒られたら居直る、がわしのモットーじゃ」


「迷惑過ぎる……」


 なぜ生まれ変わっても大人しく出来ないのだろうか、この男は。


「……ん?」


 ヴェルが頭痛をこらえていると、小さめの石巨人の一体が、廃屋の中から一抱えほどの荷物を持ってそれを無造作に大きな荷車に載せている。

 よく見てみると――


「ちょっちょちょちょちょ何やってんのぉお――っ!」


 思わず口調までテンパって彼は荷車に駆け寄った。

 彼の所有するフィギュアが全て山積みにされていた。


「どういうつもりだゼノン!?」

「どういうつもりって……あっちの山の奥深くに捨ててくるつもりじゃが」


「キッサマァアアアアアアッッ!!」


 フィギュアをそそくさと回収して大事そうに抱えつつ、ヴェルは平然とした顔つきのゼノンへ駆け寄り食って掛かる。


「なんでそんな事するの!? 新手の精神攻撃!? やはり貴様俺の敵か!?」

「て、敵とは人聞きが悪いのう……」


 怒鳴りつけられて、ゼノンはばつが悪そうに顔をそらしてもじもじした。

 意外なリアクションだ。


「じゃって……さっきごはん食べとる時もずらりと棚に並ぶそいつらが気になっとったし……やっぱりちょっとキモいし……」


 昨夜は、美少女にそれを言われて傷ついたが、中身が爺と自覚していれば話は別だ。

 というか、中身も美少女であっても許せない事はある。


「これは……魔大陸から逃れた俺を匿ってくれた同志から譲り受けたものだ。大事なのだ。それを勝手に捨てるなど許さん。貴様が強行するつもりなら、離婚だ離婚」


 嫁プレイなるお遊びを取りやめるにすぎない、という意味で放った言葉だが――


「えっ? り、離婚、って……」


 見るからに傷ついたような表情を、ゼノンはした。


「じゃ、じゃあ、それ、やめる……悪かった、のじゃ」

「……へっ?」


 思わず間抜けな声が漏れた。

 十六年ゼノン・グレンネイドとは闘争の日々を繰り広げてきた。


 腕力、魔力による暴力だけでなく論争(くちげんか)の類も山ほどしてきたが。

 奴が、他人と口論して、魔人相手どころかあらゆる種の他者に謝った場面を一度として見た事がない。


 これは一体どうした事か。

 ヴェルが戸惑いのあまり答えを継げずにいると、沈黙を不安そうにして彼女は言い募ってきた。


「じゃ、じゃから、ごめん、って……おまえのもん勝手に捨てようとしたのは悪かったから……離婚とか、そういう事言うなよ」

「……ぐ」


 調子が狂いに狂い、ヴェルはうめいた。

 怒られたら居直るのではなかったのか。


 見た目のせいか、小さな女の子を虐めている気分になる。


「いや……分かってくれればいい、取り消そう」

「ほんとか!?」


 ぱぁっとゼノンは顔を輝かせた。

 だから、調子が狂う。


「俺も……同居するなら、貴様の気分を考慮しないのは宜しくないと思うし……だから、この手のものを保管する部屋を作ってくれ。貴様の目には触れないよう、そこに仕舞う。それで手を打たないか?」

「――うむ! それでよいぞ!」


 華やいだ笑顔で彼女は答え、石巨人に新たな命令を出す。

 その上機嫌な横顔を見て、なんとも複雑な気分になりつつも――ヴェルは、言うべき事は言った。


「買い足すのは、構わないよな?」











 その要求については一悶着あり、あーだこーだと一日かけて言い争った挙句に一応の決着を見た。

 美少女フィギュアの造形美を気持ち悪い早口で説法するヴェルに、奇跡的にゼノンが興味を示したのだ。普通の女相手にこう上手くいくと思ったら痛い目を見る。


 ヴェルの趣味の部屋に舞台を移した口論の内容は、フィギュアのレイアウトについての大論争となり、最終的にゼノンが出した結論は「わしに並べ方の口出しをする権利を保証するのと、おっぱいのおっきいのをラインナップに加えるなら、月に三個まで買うのを許そう」である。

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