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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第五章 ポラス王国動乱
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正月SS 風雲!ヒナ氏の城(前編)

 人間が町を築くには、水源が必要不可欠であり、自由都市ムンドも例外ではない。

 近場の山脈を源流とする川がそばを流れており、元を辿れば、辺境でなければ観光名所ともなりそうな見事な滝がある。


 ――今、その滝に一人の男が打たれている。


「ふっ……ふっ……こぉぉおお」


 深い青の肌身で真冬の冷水を浴びつつ、調息する男。

 下半身は普段のジーンズ履きであったが、上半身は何も纏っていない。


 男の肉体には無駄な贅肉が一切なく、巨木を薙ぎ倒す程の飛瀑の圧力にもびくともしない。

 滝壺の出来る程に深い湖水であったが、彼は水面に足をつけ立っていた――足裏に魔力をまとい、水の気に反発し直立するなど、彼にとり造作もない技であった。


 優雅とすら思える所作で拳足を振るい、演武を行う。

 拳に切り裂かれた水滴が舞い、水の精の如く踊る。


 夜を徹して続く型稽古であったが、彼は息を切らす事も、一瞬たりと留まる事もなかった。

 やがて夜が明け、白んだ太陽が顔を出し、水面と彼の肌を照らす。


「――かぁああッ!」


 最後に、裂帛の気と共に、彼は渾身の右上段蹴りを滝の源流に向けて放つと同時、左震脚にて水面を打った。

 爆音が生じる。


 上方の滝と下方の湖から一切の水が消失し、吹き飛んだ水流が竜の如く空へと駆け昇る。

 条理の外の光景を魅せたその男は、水気の失せた湖の底へ降り立つと、夜明けの太陽を三つの目で見定め、つぶやく。


初日出ハツヒノデか」


 その世界の暦が一巡りした、ちょうど一日目の太陽であった。


「準備は整ったし――向かうとしよう」


 魔王の如き――魔王そのものの凶相の男は、そう言い捨てて歩み始める。

 全身から禍々しくも強壮なる覇気をまとい、向かう果ては何処なりや……


「――いや、新年早々何やっとるのじゃヴェルよ」


 先程から、水辺にかがんでじと目で彼を見下ろしていたゼノンは、胡散臭そうに問いかける。

 ヴェルは迷いなく言い放った。




「水垢離だ――正月ガチャ必勝を祈願してな」




  ******




 人界の暦は396日と、地球より一月分長いが、一年周期で行事を執り行うサイクルは地球と同様。

 しかもなぜか、クリスマスやら正月やらに似た行事まで存在する。


 当然ながら、祭事には経済が活性化するという原理原則も同様である。

 年末年始商戦。


 イベントごとの集中する年の瀬、年明けにモノを買わせる為に、あらゆるPRが打たれるのが世の常。

 人界でも極めてニッチなネットビジネスであってもそれは変わらない。


 アプリゲーのガチャは、クリスマス、正月とイベントごとの集中するこのタイミングでこぞって限定キャラを投入してくる。

 排出率にもボーナスをかけたりする。


 例え二倍になってもゼロコンマ数%の排出率に過ぎぬのだが――その事実に思い至らぬ、射幸心に脳を焼かれた者たちが私財をあぶくの如く溶かし後悔の涙に濡れそぼつ。

 ここ、魔王邸でもそんな廃人がひとり。


「先月もクリスマスガチャで散財したしな。正月ガチャは配布石のみで当てられるようゲンを担いでみたのだが」


 リビングにてコタツを囲みつつ、雑煮の餅の食べ方が分からず小皿に出して切り分けて食べていたヴェルが言った。

 元日であっても、いつものジーパンTシャツ姿である。


「日付が変わって挨拶した途端出ていったと思えば、そんなアホな理由じゃったとはのぅ」


 雑煮の餅の食べ方が分からないので、自分の椀からは巧みに餅を除いたゼノンが呆れ顔で応じる。

 隣では、雑煮の餅の食べ方が分からず丸呑みして窒息中のリューミラが倒れていた。


「買い物は計画的にせんか。わしも、お金の事はあんまりうるさく言いたくはないんじゃが、欲望を律する事ができず破滅するなど、魔人王にあるまじき醜態じゃぞ?」

「むぅ、耳が痛いな……しかし、年末年始は夏場の水着イベントと同じくらい力が入っていてなにかと購買欲を刺激されるのだ」


 と、彼は愛用の携帯電子精霊端末をかざして見せる。


「こいつら揃いも揃って真冬じゃっちゅーのに、露出度高すぎやせんか?」

「うむ。そこはアプリゲーのお約束という奴だ」


 胡乱な目つきで、肌色面積の大きいサンタ衣装を身に付けた美少女キャラを眺めるゼノンであるが、彼女はピンク色の毛皮のコートを着込んでいる。

 さすがに、元日に振り袖を着る程、東方大陸方面の文化に愛着を持っているわけではない。


「限定キャラ、無料10連、新規イベント、スタミナ半額キャンペーン……この時期は、指先が最も忙しいタイミングと言えよう」


 携帯端末のタッチパネルを指でつんつんしながら言う、魔人王とかいう肩書の人。


「アホらしいのじゃ。年明けは仕事休みでのんびりするものなのじゃ」


 ぶぅ、とゼノンは頬を膨らませて、雑煮を食べるのを諦めみかんに似た柑橘類に手を伸ばす。

 彼女の地元ポラスでは、降誕祭ナタリス――かつて人界を救った神の子の誕生を祝うイベントは年末にあるが、年明けから七日間はどこの商店も店を閉めて自前の蓄えだけで過ごす。


 お参りも特にしないし、雑煮もある男が土産に持ち込んだ餅でこしらえただけだ。


「……結局配布石では引けなかったな」


 などと、ヴェルはぼやきつつも流れるような動作で購入画面のポップアップを表示させ、最高額の有償石を購入する。


『3TMを消費し、9800マジカを購入しますか?』→『はい』→『9800マジカにてお年玉パックを購入しますか?』→『はい』→『聖骸晶181個とスタミナアップル19個と超進化素材セットを獲得しました』

 という流れだ。


「お年玉とはなんじゃ?」


 横から画面を覗いてくるゼノンに対し、ヴェルは答えた。


「元日に、親族の子供に対して金銭を配る慣習らしいな」

「……お年玉を購入するってなんじゃろうな」

「俺にも分からん」


 正月商戦の勢いだけで押し切る言葉のマジックの不可思議さに思い至り、首をかしげる魔王夫妻。


「――あの、一つ質問いいっスか?」


 ふと。

 コタツの向かい側で、一人だけ正しい作法で雑煮を食べていた黒沢吟人が口をついた。

 元旦の挨拶に餅を持って現れた彼を、そのまま招いたのである。


「どうした小僧」


 魔人王自ら水を向ける――が、なぜか彼は言いにくそうに首をひねり出す。


「いや……今更と言えば今更の疑問で、なんかハッキリさせるとそれはそれで蛇足っぽいし、世界観も崩れるというか……や、それこそ今更なんだけどさ」

「なんじゃ、言い出しっぺの癖に奥歯にモノの挟まったようなその物言いは……」


「いや、すまねぇ……でも、どうしても気になってた事でさぁ」

「長らく疑問を抱えたまま年を越すなど、不覚というものだぞ小僧。厄を落とすつもりで吐いておけ」


 魔人であるヴェルがここまで縁起をかついだ物言いをするのは、無論アプリゲーの元旦イベントに影響されているからである。

 一瞬感動しつつも、遅れてそこに気づきありがたみの失せた表情になった吟人は、しぶしぶと言葉を放った。


「――魔力でガチャを引くって、なに?」


 ――思えば。

 それは、物語の始まり(第一章)から概念自体は当然のように描写されつつも、延々とスルーされてきた疑問である。


「MP……的な奴が減っていくってこと? どうやって支払ってんの? 魔力って自然回復するでしょ? それなら無償も同然って気ぃすんだけど、どうやって運営会社(ヒナのとこ)は利益出してんの?」

「……なんじゃ、何を言い出すかと思えば、そんな事か」


 と、呆れ顔で嘆息するのは、ゼノンである。


「勉強不足じゃぞ小僧。武辺者とは言え、この世界で生き残るつもりなら、世の理について学ばんか」

『すまんな、魔導王殿。それは、ガイド役であった私の怠慢だ』


 などと、吟人の服の懐から這い出して、白い毛玉こと元天使のアルヴが言った。


「まぁ……暇つぶしに一席打ってやろうか」


 ゼノンはそう告げると、コートのポケットからメガネを取り出し装着した。

 嫁の眼鏡っ娘モードに魔人王のテンションが少し上がった。


「この世界の万物は、霊子なる元素を保有する。物理法則と異なる世界の裏の位相、精神体の世界に存在する唯一の素粒子じゃ。

 この霊子に作用する力を魔力という。


 魔力の働きを受けて霊子は運動し、霊子の影響を受けた物質存在は、物理的な影響を飛び越えて現象を引き起こす。

 これが魔法である。

 異世界人にとって、この世界がエネルギー保存の法則が成り立っていないように見えるのは、この第五の基本相互作用と呼ぶべきものを知らぬからよ」


「……何言ってるか全く分からねぇ」


 脳筋勢の吟人にはちんぷんかんぷんの話題だ。

 しかし、興の乗ったゼノンはそれを無視して解説を続ける。


「そして魔力とは、精神体である霊体、星幽体、魂魄を保有する存在が持つ力なのじゃ。肉体的な力である体力と同じで、持久力、瞬発力、最大出力と様々な指標がある。おまえの言うMP的なのは、持久面の指標じゃな。

 無論、持久力が強いだけで魔力が高いとは言わん。アリンコ並の力で一日中荷車を引いても何の意味もないからの。

 今挙げた三つくらいは両立しておらねば、有益なエネルギーとは言わんじゃろう」


「魔力ってぇのは、有益なエネルギーなのかい?」

「そこが不勉強じゃっちゅーんじゃ。この三層世界は魔力を中心とした文明じゃ。魔力を直接提供するっちゅーことは、おまえの世界で言えば電気を受け渡すみたいなもんじゃ。使いみちなんぞいくらでもあるわ。現代でも、カネに困った魔道士が魔力を売るなんぞよく聞く話よ」


「ふーん」

『の割には、魔道士自体はさほど重用されていないように思うが』


「逆に、魔道士を惑星プロメシュームに集めて機械化人間のエネルギー源にしたりとかね」

「ぷろ……? ……それは、一般的な魔道士の持つ魔力なんぞたかが知れとるからじゃ。建築やら輸送やらの魔力消費の激しい事業では、魔境ダンジョンから採取できる結晶化した魔力塊やら、高魔力を保持する遺物を使うからの。そういう事情もあって、現代の魔導士系の業種では、外部から入手した魔力を効率的に運用する道具を開発・メンテナンスする魔導技師ソーサラス・エンジニアの人気が高い」


 この場にいる四人 (気絶したリューミラは除く)全員が、「世界中の朝になりたい、ボクそのものがね」とか抜かすグラサン姿のヒナをイメージしてイラっとした。


「……高給取りなん? あいつ」

「腐る程カネを持っとるのは確かじゃろうな。あいつ、この分野じゃ間違いなく天才じゃし」


 先程の話で言えば、「魔力を売る貧乏魔道士」は、「魔力伝導媒体」なる魔道具に接触し、魔力を移すという方式が現代でも一般的だ。

 その魔道具にしろ、工業用の自家発電設備並のサイズがある。


 そんな機能を手のひらサイズに圧縮し、かつ無線で、瞬時に魔力伝達を行う。

 現代より軽く二百年は進んでいる技術水準である。

 ヴェルの携帯端末を借りて、しげしげと眺めつつゼノンは言う。


「これも癪にさわるが良い商売じゃな。魔力を仮想貨幣化してネット上に流通させるなぞ、人界諸国には思いもよらんし聞いても理解すら出来んじゃろう。税なぞかけようもない。やりたい放題じゃ」

「ふーん……けどよ」


「なんじゃい」

「――実際、ガチャ一回でどれくらい魔力を消費するんだ?」


 と、吟人は聞いてきた。


「あん?」


 ゼノンは首をかしげる。


「ンな子供の遊びで大した額は支払っとらんじゃろ? 金額換算でせいぜい菓子一箱ぶんとかなんじゃなかろーか」

「そんなモンかねぇ」

『気になるなら君も引いてみれば良い。ヒナ殿から貸与された端末があるだろう』


 と、アルヴが吟人のリュックから、ヒナより借りているタブレット型の端末を引きずり出す。

 主にマッピング機能など旅の補助にばかり使ってはいたが、ゲームのアプリもインストールされていた。


「……じゃあ」


 吟人はうさん臭い眼差しになりつつも、ヒマな時にリセマラだけしたアプリを立ち上げ、購入画面へと移る。

 と、ヴェルが彼の挙動を手で制した。


「待て、小僧。一番少ない額にしておけ」

「? はぁ……えっと、この、9MMってヤツですかい」


「うむ。それで一日一回、格安で引けるガチャがある」

「へえ」


 気の無さげに相槌を打ち、購入を進めていく吟人。


「ちなみに、MMって何の単位なん?」

「メガ・マナの略だな」


「マナってのが最小単位ってこと? えっと、メガって英語と意味同じ?」

「そうだな。つまり9MMは900万マナだ」


「なんかすげぇ単位大きくて、とてつもなく嫌な予感がしてきたんだけど……」

「なに、大した数値ではない」


 ヴェルは甘酒をすすりつつ、指で数字を数える仕草をした。


「およそ並の魔道士が一発火の玉を撃つのに消費する魔力が3マナくらいだから……」

「 え゛? 」


「――貴様の世界で言うとこ、せいぜい火力発電所一基が一時間可動した程度のエネルギーだ」


 言い切るやいなや、吟人の頭が墜落したようにコタツに叩きつけられた。

 タブレット画面には『魔力不足により送力処理を中断します。購入者は一時失神するおそれがありますが、規約第七条にて説明し、ご理解頂いているものと判断し、当社は一切責任を負いません』と表示されている。


「ふむ、内在魔力をオーバーしていたか。ギリギリいけるかと思ったのだが」


 そうやる気なさげに告げ、向かいのリューミラと同じ姿勢で失神する吟人を見下ろすと、ゼノンから携帯端末を取り戻して正月ガチャを引き始めるヴェル。


「むぅ、百連では引けなかったな」


 などとぼやきつつ、再び最大容量のパッケージで課金石を購入する。

 その手から、ゼノンは無言で端末を引ったくった。


「む。どうしたゼノン。邪魔をするな」


 彼の追求に答えず、彼女は端末を操作し購入履歴ページを表示させた。

 右端のスクロールバーは一ミリにも満たない。


「……」


 延々と続く購入履歴を流し読みし、彼がこれまでガチャで浪費した魔力を頭の内で計算する。

 ――およそ超大国七ヶ国の百年分の消費魔力量に相当した。


「こら――――――――――――――――――!!」


 動揺のあまり、何の芸もない叱り方でゼノンはヴェルを怒鳴りつける。


「す、すまん」


 何の芸もないのが逆に効いたのか、ヴェルは素直に謝った。

 謝られてむしろ怒りの矛先の向き先を失い、ゼノンは唇を噛み締めぐぬぬと唸る。


 しかし無かった事にするにはスケールがムダに大きすぎる。

 ――やがて、


「……ヤツが悪い」


 と、ゼノンは怒りのはけ口に思い至る。

 アホな油田大国の王様を騙してオイルマネーをかすめ取るかの如き所業。


「あこぎな商売にも程があるじゃろあのロリババアァ……」


 彼女の脳裏には、「1時間早く起きると1日って25時間になるんですよ」とかドヤ顔で言い放つヒナの顔が浮かんでいる。

 殺意を抱くに十分である。


 ゼノンは耐え難いコタツの魔力から逃れ立ち上がると、凶悪な面相で宣言した。


「家計を預かる嫁として、この件捨て置けぬ。年始めの最初の仕事は、あの意識高い系IT社長をふんじばって門松のオブジェに仕立てることと決めたのじゃ」



 

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