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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第五章 ポラス王国動乱
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1.会議は踊る、されど進まず

「――これら中央諸国家の国軍との交流にまつわる協定書の第七条から第十三条、第二十七条から第四十条まで修正を加えれば、法解釈により要地を押さえられる懸念は払底され、軍事的脅威は許容範囲に収まると結論する!」


 ポラス王国王都ポーラリア、その中央に建設された国会議事堂内部にある貴族院議場では、怒号めいたやり取りが交わされている。

 今日もまた(・・・・・)、早朝から開始され正午をとうに過ぎ、遅い昼食休憩をとってからなおも続いている。


 この光景は、数年前からポラスの国政において日常的なものとなっていた。

 ――独立歴193年は、ポラス王国、ひいては北方大陸の国々にとって政治的な転換点の只中にあった。


「第十五条の魔導電信基地の設置要項はどうなるというのだ? 合同演習期間中の設置は自由、交信記録は非公開とある。これを放置していては、十年も経った頃には姫殿下の下着の色まで筒抜けになっていると思うがね?」


 先立っての発言を受けて、議員の一人が皮肉めいた笑みを混じえて発言する。

 彼の賛同者から、同意の失笑が漏れた。


「……交信記録の公開など、どこの国軍も呑むわけがあるまい。防諜の努力によって補うべき部分だと思うが? アンドラス伯」


 発言者の貴族が、固い口調で返す。


「ほう!? 無知もここに極まれりだなルデルモールト伯。間諜が他国で情報収集する際最も難事である、通信手段の確保の手間が無くなるという事がどれ程の脅威か存じていないようだ。貴殿の教養欠乏については私の知った事ではないが、軍情報部と公安が要求する予算の手当を貴殿がしてくれるとでも?」


「くだらん当てこすりは止めて貰おうか! 全ての不都合を要項の撤廃や改定で補っていては――中央との統合など進むはずがあるまい!」


 独立歴、とはその名の通り北方大陸全般で採用されている、中央大陸属国からの独立を紀年とする暦だが――それから二百年近く経った現在、彼らはその独立を放棄するかどうかの瀬戸際にいた。

 ――十四年ほど前に出現した十大魔王により、現在では西方大陸の面積のほぼ半分が支配されている。


 これを受け、中央大陸の諸国は人類の団結を謳い現在の国連組織の権限を越えた、三界大戦以来の「第二次神統連合」の結成を北方、南方、東方の諸国家に打診している。

 南方、東方の主要な国家群は既にこの協定を内定しており、法整備を進めているという。


 北方大陸諸国は、未だ態度を保留している。

 中央からの独立をルーツとする彼らの中には、未だ中央大陸諸国への忌避感、もっと極端に言えば毛嫌いしている者も多いのが理由の第一。


 第二に、中央大陸の提示する統合の条件が、「北方大陸再侵略の一手」と見るよりほかない内容であった為だ。

 貿易協定のいくつかが、巧妙に北方大陸の経済的自由度を奪い、中央への依存度を高め、軍事協定のほとんどが万一の開戦時に巨大な布石となるよう仕組まれている。


 ――しかし、これを単純に突っぱねるわけにもいかない、というのが北方大陸の泣き所だ。

 未だに中央には「北方大陸討つべし」と言う国もあり、表立って敵対すれば西への対処の一環として北の制圧に乗り出しかねない。


 経済的な連携は、国交の正常化以来むしろ積極的に推進してきた。

 神々と契約している中央諸国には、国力に圧倒的な優位性がある――豊穣神や数々の職能神の加護により、彼らはあらゆる産業に秀でているのだ。


 ポラスのみならず、北方の国々はこの二百年間、中央と面従腹背の姿勢を保ちつつも結託して中央諸国の技術をかすめ取り、埋もれた人材を影から亡命するようそそのかし、得た恵みを配分する事でやってきた。

 そのために、中央諸国の北方への恨みの蓄積、北方諸国の団結の維持という二つの結果がもたらされたのだが……


 ――この難題に、国論は二つに割れた。

 協定の不利な条項を可能な限り削除させつつ連合への加盟を推進する「統合派」

 あくまで自主自立の堅持を主張する「独立派」


 統合か、独立か。

 この前提の結論すら出ずに、彼らはあえて特別法を制定してまでこの議題に限定して会期を延長し――既に三年が経過した。


 ポラスの政治体制は典型的な立憲君主制であり、貴族院と庶民院の両院制を取っているが、双方共に議論が平行線をたどっていた。

 国外の利害もある――独立以来、実質的な北方のリーダーであるポラスの決定が北方大陸諸国の総意に等しいからだ。


 有力者たちの思惑が複雑に絡み合い、侃々諤々(かんかんがくがく)を通り越してもはや警備を増強しなければ殴り合いにもなりかねない程の暴言の飛び交う修羅場と化している。

 異世界から来た勇者の一人もいれば、この光景を見て「会議は踊る、されど進まず」という言葉を漏らしただろう。


 今日もまた、三年のうちに腱鞘炎で交代を続け十人目となった書記官の筋肉が痙攣しかけた所で、会議は中断となった。


「我が臣たちよ」


 議長席の背後。

 建築時のミスにより、やたら絢爛豪華になってしまった議長席の背後に隠れて見えないポラス国王の席から、マントの衣擦れの音がする。


 わざわざ回り込んで議長席の隣に歩いてくる男は少々間抜けな様子だったが、議員たちはおくびにも出さず最敬礼した。


「面を上げよ」


 告げる声は、未だ若い。

 昨年王位を禅譲されたポラス王は、三十路を過ぎたばかりだった。


 ポラス王族固有の金髪に翡翠の眼で、顔立ちも見事に整っている。体つきは思いのほか筋肉質だが――それは彼の左隣の男に筋トレを強要されたからだと貴族の誰もが知っている。

 異質なまでに強壮な気配を纏って随行する、角の生えた黒髪の偉丈夫。


 ポラス王族を守護する衛庭団長。

 竜人の()勇者、リンドウ・レイロン。


 国王護衛の総責任者であり、自ら王の側に侍り外敵に備えている。

 武術の心得がなくとも分かる、強烈な武威に満ちたオーラに、議員たちは議論の熱を忘れ冷や汗すらかいた。

 ポラス王は、冷めすぎた空気を払うように咳払いして、声をあげた。


「本議題は一時保留とする。審議中の税制改正と辺境医療の拡充法案に移れ。なお、ルデルモールト伯の懸念について、アンドラス伯は次回の審議までに解決策を用意するように」


 ポラス王の下命に、議員たちは「貴き君よ、仰せのままに」と同意の声を上げた。

 実際の所、結論の先延ばしである。

 ポラス議会の最終議決権は国王が保有しているが、貴族や民衆を無視して採決を強行出来るような強権ではない。


 前王クリスロザ・ポーラリアであれば、ある程度の力押しの出来る政治的腕力もあったが――問題があまりに難解であり、国王も若すぎる。

 ただ時間だけが過ぎていく事に、統合派、独立派の双方が焦れていた。


 双方の派閥が、等しく国を想っており、その手段を違えているに過ぎない。

 統合派は、独立を保ち中央と対立を強めた場合の有効な対策が存在しないと悟っており、

 独立派は、統合すればやがて中央に〝上がり〟を収める日々に逆戻りする未来を予見していた。


 快刀乱麻を断つが如き、最善の解決策など存在しない。

 お互いにただ、相手と変わらぬ善意を胸に終わらぬ議論を続けている状況であった。


「――陛下、もう一件、緊急の議題がございます」


 と、議員の一人が奏文官に命じ、上奏書をポラス王の元に持ち運ばせた。

 ポラス王は、上奏の正式な儀礼に則り三度拝跪しかけた奏文官を「よい」と手で制し、上奏書を直接受け取る(リンドウがさりげなく奏文官を一足で殺せる間合いに入ったが、気にしないでおく)。


「……怪盗SS対策法案? SSとはなんだ」

「はっ。一週間前から、王都に住む有力貴族を狙って窃盗を働き始めた盗賊です。二人組で、片割れの方はステラスワンと名乗り、もう片方はハトゥサブレ仮面と」


「……ハトゥサブレとはあれか? 王都特産の菓子の事か?」

「はい。肌身離さずハトゥサブレの菓子箱を身に着けているのと、本人もそのような名を名乗ったとかなんとか」


「……そんな馬鹿馬鹿しい連中が、貴族の何を盗むというのだ」

「それが……連中、いわゆる義賊を自称する輩のようでして、金品でなく、裏帳簿や違法薬物、賄賂の証文など汚職の証拠を盗んで新聞社に送りつけています」


 ――痛快な話ではないか。

 などと、叩けば埃の出る連中(貴族)の集まる場で正直な感想を述べるほどポラス王も愚かではない。


「ふむ。で? なぜ新法を立てる必要がある。警察局の通常の捜査で逮捕すればよかろう?」

「そのステラスワンなる娘は強力な魔導士らしく、宮廷魔導師団の協力が不可欠です。警察局が宮廷魔導師の助力を得る際に現法では差し障りがある為、新法制定で対応する運びとなりました」


「なるほど……まぁ、書室に篭って黴の生えた魔導士たちの天日干しをするには良い機会だ。余の権限にてこの場で採決する」


 魔導の新技術がほぼ民間から研究・開発される北方大陸では、宮廷魔導師という職は暇な部類の公務員でしかない。貴族出身の官吏もおらず、利害の対立も存在しない。時折自身の一存で権限を振るい、権威を見せる必要のある国王にとっては都合のいいエサであった。


「……しかし、娘? その盗賊は、子供なのか?」

「はっ、目撃者によれば年若い少女だそうで」

「ふむ……娘、娘か……」


 即位してから伸ばし気味の顎髭を軽く撫でて、ポラス王はふと思いついたように話題を切り替えた。


「――ところでファヴィエール公。その鼻メガネは取るように」


 命じられた議員の一人は、しれっと答えた。


「失敬。夫の喪に服しておりますので」

「喪に服して鼻メガネをかけるようなふざけた文化は我が国には無いのと、そもそも貴殿の夫はまだ死んでないのだが」


「処刑が決まった以上は死んだも同然です」


 鼻メガネをかけたままのアリステラは、よよよ、とわざとらしく嘘泣きをすると、


「王室侮辱罪だなんて、ポラス王が殺したようなもの。ああかわいそうな我が夫。よもや義弟の手でギロチン台に送られるとは……」


 公の場で国王批判というのはモロに王室侮辱罪にあたるはずだが、議員たちは誰も関わり合いになりたがらず、そしてポラス王はため息をついただけだった。

 議員たちに聞こえないよう、左隣のリンドウに小声で命じる。


「あのイタい姉を下がらせてくれ」

「はっ。我が妻に確保させます」


 既に事を予見していたリンドウが議場の扉前に待機させていた、凛とした軍礼服姿の美女がアリステラの背後に忍び寄り、米俵の如く彼女を担いで議場から退散した。


「はぁ」


 小さく、隠れるようにポラス王、エドルレット・ポーラリアは嘆息した。


「王様になんてなるモンじゃないなまったく。――エリステラ、ご苦労さん」


 右隣に立つ、金髪翠眼の小柄な美少女に小声で告げるエドルレット。


「まったくだってのユル馬鹿オヤジ。このドレス、コルセットが窮屈で吐きそう」

「閉会まで我慢しろよ」

「ヤバくなったらオヤジのマントに盛大にゲロるから」

「やめて」


 ――北方大陸の首長たる大国ポラス。その王族。

 行動原理のよくわからない廃嫡姫。

 平々凡々な手腕の、腑抜け気味の若王。

 その第一王女たる不良姫。

 ――そしてこの場にはいない、国にとって大事な婚約を蹴って逃げた家出娘。


 後の歴史に大きく名を刻む大動乱の中心にあった家族は、当時の貴族たちからは「ポラス始まって以来の無能王家」と酷評されていた。

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