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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第四章 セリオン都市連合国統一
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12.地下闘技場

 ゴールドラッシュ・カジノ、地下闘技場。

 石造りのコロセウムの中央の、乾いたフィールドで闘士たちが肉弾戦を繰り広げる。

 武装は自由、多人数戦や対魔獣戦が催される事もあるが、基本的には一対一。


 もちろん賭けの対象であり、血に飢えた金持ちどもが目を血走らせて人馬ひとうまにベットし、涎を垂らして眼下の勝敗に一喜一憂している。


「……こんな場所、マジにあるんじゃなぁ」


 そのノリについていけないゼノンが、主催者用のテラス席にて腕組みして唸る。


「そりゃあねぇ、定番やもの、小ぶりな宝石ちゃん」


 背後で、先程ゼノンらを出迎えた〝毒蝶〟アラエモン・ベスターが囁き、ゼノンの背筋をぞわぞわさせる。


(う……この人なんか苦手……)


 思わず素に戻って恐々とする少女である。


「金に困れば人間身売りでもなんでもやる。嬢様のような麗しい宝石であれば、地上うえたつき(・・・)もあるんやけど、そうでなけりゃあタマぁ張るしかあらへんわ」


 つまり、金に困った人間が追い詰められた先にある血なまぐさいショービジネスという事だ。


「……こんな所に連れてこいって、どういうつもりだ?」


 葉巻をくわえて不満そうにグレイマンは言う。


「ここの連中程度じゃあの男のツマミにもならねぇってなぁ分かってる。魔人王の一人勝ちだ。――わざわざ自分テメェの力を誇示したいってか? 以外と、器の小さいって事かねぇ」


 悪しざまな物言いに、ゼノンはむっとする。

 むっとするが、具体的な反論は出来なかった。

 ヴェルがそんな底の浅い理由で、ここで戦う事を提案したわけではないのは分かっている。分かっているが――なら何の為なのかは分からない。


「黙って見とれ。わしのハニーなら、おまえらがあっと驚く光景を見せてくれるわい」


 そう言い返しはするものの、この二人は魔人王の武力を把握している。

 たとえ闘技場の全闘士がいっせいにかかってきたのを粉砕した所で「あっ」と驚きはすまい。


「ま、興行としちゃあ悪くねぇ――奴の望み通り、ここの最強を当てた」


 グレイマンは、眼下の光景を見下ろしつつ言う。


「せいぜい何を見してくれるのか、お楽しみって所だな」


 決してそうは思っていない、口調であった。







 地下闘技場チャンプ〝狒々修羅〟ロロレオンは、演出込みの(つくられた)ヒーローである。

 南方サザ大陸の亜人連邦出身であり、猿人エイプマンに類する種であった彼は、故郷では実現できない立身栄達を欲して中央へ上った。


 ――そして、挫折する。

 身一つで成り上がるのにお決まりの冒険者としてのデビューを果たした彼であったが、自慢の武力はさしたる役に立たなかった。

 弱かったわけではない。むしろ相当強い部類に入るだろう。


 しかし、冒険者稼業というのは思いの外傑出した個を好まなかった。

 パーティとしての評判であれば仕事の口も増えると歓迎するが、個人の名声とあらば他のメンバーが軽く見られるからだ。

 不和の原因ともなるし、引き抜きのリスクもある。


 デビュー当初に大物の魔獣を単独で狩った彼の仕事は、快挙というより露骨なスタンドプレーと見られ、その後彼と組んで仕事をする者はいなくなった。

 そうした人材は、本来なら更に上(・・・)のクラスに目をかけられる道筋もあるが――彼の容姿がその道を塞いだ。


 猿人特有の、たてがみのような体毛に強面な面相。

 人間神の庇護下にあり、人間中心主義とも言える中央大陸諸国では、マイナスになる要素だった。

 そんな彼に差し伸べられる手もなく、生活苦から借金を何度か繰り返し、返しきれぬ負債を負って海を隔てた北方大陸、逮捕権の及ばぬセリオン都市連合国へと逃れた。


 借金を返さぬ内は犯罪人であり、中央へ戻る事は出来ない。

 そしてその金は、マフィアの用心棒バウンサーなどをしていて稼げる額ではなかった。

 ロロレオンが闘技場の闘士としてスカウトを受けたのは、そんな弱みがあったからだ。


 結果として、彼はその道では成功した。

 〝半魔獣〟狒々修羅などという殺し文句(キャッチコピー)から評判が立ち、好カードを組まれチャンプの座まで駆け上がるのにさしたる時間はかからなかった。

 彼もまた、使える(・・・)闘士たる事を心がけた。


 対外的には悪役ヒールらしく振る舞い、興行主の〝演出〟も喜んで飲んだ。

 観客好みの試合をやるだけの器量と腕前が彼にはあった。

 ――偽りの英雄ヒーロー


 その自覚が、むしろ彼を奮い立たせた。

 ここで大金を稼ぎ、中央大陸へ舞い戻ってもう一度冒険者として成り上がる。

 そして神に見出されて本物の勇者えいゆうとなり、世界の頂点チャンプに至るのだと。


 それを願って、戦い続ける。

 今夜急遽組まれたカードもまた、その中の一つでしかなかった。


(……なんだ? あの、青い肌の……)


 闘技場の北門から闘技場入りしたロロレオンは、南門から散歩のような足取りでやってきた男を見て訝しむ。

 あまりに緊張感のない立ち姿だった。

 武装は一切していない。旋混トンファーだけで戦うロロレオンもまた軽装と言われてきたが、それ以下だ。


 妙な絵柄のシャツを着ており、今はそれをいそいそと丁寧に折りたたみ地面に置いている所だった。

 上半身裸になった為、肉体は鍛え抜かれていると見て取れるが、それは闘技場で活躍する闘士であれば同じ事。


 さしたる驚異を感じない。

 そんな男に、ボスが下した指示は「殺せ」の一言だ。

 あまりに簡単に思えるのが、かえって不気味である。


 ――男は、闘技場の中程まで無造作に歩いてくると、「懐かしいな、こういうの」などとつぶやいて周囲をぐるりと見渡した後。

 ロロレオンを、引力めいた三つ目で捉えて告げる。


「では、少し付き合って貰おうか」








 試合開始を告げる銅鑼の音が盛大に鳴り、ロロレオンとヴェルは対峙する。

 〝狒々修羅〟ロロレオンは、地下闘技場で最も強者であるのは間違いない。

 南方大陸の亜人連邦の要人を守護する精兵〝衛人モリビト〟出身である彼は特殊な武術を数多修めており、猿人特有の身体能力の高さでそれを振るう。


 並の闘士であれば秒殺に出来るのを、興行の為に引き伸ばしている程だ。

 しかし、彼の相手が何物かを知る者たちからすれば勝敗は火を見るより明らか。

 一瞬で頭を砕かれて終わりだ。


 そんな予定調和の残酷ショーを見せる事に、いまさら何の価値がある?

 内情を知らぬものは、狒々修羅が哀れな犠牲者を増やす事への期待を込めて、

 知るものは、むしろ冷めた気分で、事の決着を見守る。


 ――魔人王が、

 拳の極点に至った男が選んだ道は、そのどちらでもない事を彼らは知る。








 ロロレオンの背面を、大量の汗が濡らす。

 対峙する男が構えをとって、すぐの事であった。

 異常な感覚に囚われていた。


 ――左に踏み込むフェイントをかけ、右から飛び込み、初手で崩して顔面に一撃撃ち込む。

 最初から決めていた戦略を、実行に移せない。

 ――重心の配置を読まれ、フェイントをかける前に間合いを潰され肘で首をへし折られる。


 相手がどう返し、どうこちらを仕留めるか。

 それが、現実の光景のように分かってしまう。

 分からされてしまう。


 戦法を変えても同様だった。

 構えの変化、いや重心を移す段階、いや――心が移るその瞬間に、敵はそれを察知している。

 そうなのだと、分かる。


(……なん、だ……これは)


 ただ立っているだけで疲労の極限まで追い込まれ、荒い呼吸をしながらロロレオンは唸る。


(何と、俺は戦わされている……? いや……)


 戦いにすらなっていない。

 この男と、自分とでは、同じ舞台にすら立てていない。

 強烈な悪寒と恐怖に発狂すらしかけた所で――男が、静かに問いかけてきた。


「どうする」


 紛れもなく救いの言葉であると、ロロレオンは悟る。

 一にも二にも無く、彼は即答した。


「……戦わない。俺は、もう、戦えない」


 それは、この場に限った発言ではなかった。

 彼はもう、二度と戦う気になれなかった。








 地下闘技場始まって以来前代未聞の、無血決着。

 前代未聞の、王者の降伏。

 ――本来ならば、あってはならない不祥事であった。


 各大陸の王侯貴族を中心に、観客は大金の入場料を支払い訪れるVIPだ。彼らの期待は、表の格闘では見られない命のやり取りを見る事であり、上層階とは桁の違う賭金が発生している。

 八百長にしてもお粗末な展開であり、誰も納得する結末ではありえなかった。


 ――しかし、誰も声をあげない。

 遠隔地から、電子精霊端末による中継映像を見ていた観客ですら一言も発せずに黙り込んでいる。

 彼らは、ロロレオンと同じ景色を見ていた。


 ――魔人王が放ったのは、殺気である。

 彼の言う殺気とは、殺す気などという曖昧な概念ではない。

 どう動き、どう殺すか現実と同レベルに具体的かつ実行可能なイメージとして抱く、その想念を言う。


 普段は隠しているそれを解放し、全体に投げかけていた。

 他者と共有し得るほどの強烈な想念を。

 観客の全員が、自分がどう殺されるか正確なイメージを強要され、闘技場中央にいるその男はどれだけ離れていてもそれが実行可能なのだと理解させられた。


 抗議の声など上がりようがない。

 ――観客の一人が、自分の身につけた金の腕輪を地面に落とした。

 連鎖的に観客全てが着用する金目の物をその場に放り捨てて膝をつく。


 降伏。

 全てをなげうっての、全面降伏。

 地上には、ゴミのように捨てられた金が無数に散らばった。







 〝毒蝶〟アラエモン・ベスターもまた、魔人王の殺気にあてられてその場にへたりこんだ。

 涎を垂らし、上気した瞳で魔人王を見つめている。


「麗し……」


 色艶を含んだ声で、そうつぶやく。


「……え、なになに。なんなの?」


 この闘技場で一人ついていけないのはゼノンである。

 ヴェルが何やら構えた直後試合相手をはじめ皆が硬直したと思ったら、観客全員が金目のものを放り捨てて五体投地を始めたのだからあまりに理解不能である。

 魔人王が決して殺意を向けない唯一の少女は、起きた現象に取り残される羽目になった。


 ――そして、最後の一人。


「……ぐッ」


 グレイマンが、苦々しくうめいた。

 誰もが賭け事を止め、金を手放し降伏するその光景は、あまりに雄弁な、魔人王によるグレイマン・ゴールドバーグという男の価値観(・・・)の否定であった。


「……化物め、そう来るかよ」


 ヴェルの殺気は、グレイマンにも放たれている。

 ――しかし、彼は捨てない。

 身につけた金を、命おしさに手放す事はない。


 意地などというちゃちなものではない。

 この欲は、彼の魂そのものである。断じて放り捨てるわけにいかない。


「……ほぅ」


 闘技場のヴェルが、密かに感嘆の息を吐いた。

 この場で唯一、魔人王と対峙して敗北を認めなかった。

 グレイマン・ゴールドバーグという男は、まさしく傑物であった。


「……この場での勝敗なんて、何の意味もねぇ」


 彼は、水気を失った声で言う。

 にぃ、と苦し紛れに口の端を吊り上げながら、声を荒らげ叫んだ。


「この戦争ゲームの勝敗のルールは、地下のオレの金を盗めるかどうかだ! そして、アンタの手下にそれが出来るわけがねぇ!」


 確たる自信に裏打ちされた声色である。

 彼は続けて言い放った。


「絶対的なセキュリティ? そんなモンじゃねぇよ! もっと根本的な問題だ! アンタら、オレの金をどうやって(・・・・・)盗むつもりだ(・・・・・・)?」







 **********







「……どーにかこーにかたどり着いたねぇ」


 と、吟人ら一行は、地下の深奥にある巨大な鉄の扉を前に佇んでいる。

 獅堂兵衛との激闘の後、休憩なしでの強行軍であった為に疲労は色濃く、その場に座り込んでしまいそうだ。

 何より、首が重い。


「いーかげん離れてくんない? おチビちゃん」

「えーやだよー、ボクこのポジ気に入った」


 首にしがみつくちびヒナが重心を預けてくる。


「っていうかおチビってなんだよー。ちびヒナたん♡ って全身全霊のラブをもって呼べよー」

「うぜぇ……」


 首元でわいのわいのと言うちびヒナに、疲労感が三割増しである。


「ま、それはそれとして――お待ちかね! ボク大活躍の回だね!」


 と、背負ったリュックから携帯可能な電子精霊端末を引き出して、扉の制御部らしきクリスタルに接続を始めるちびヒナ。

 端子は妙な形状であったり、制御部のクリスタルの周囲にほのかに輝く精霊が滞留していたりと微妙にファンタジー感が漂う演出だが、やっている事はハッキングである。


「ちょちょいのちょいのちょい」


 一分ほどで仕事を終えて、巨大な鉄扉が轟音を立てて開きはじめる。

 あまりにもあっさりとした手際に、拍子抜けな気分だ。


「大したモンだな」

「そこはアレさ、けつかっちんだし巻きで」

「なんで業界用語使いこなしてんの?」


 などと言い交わしつつ、数分かけて開いていく扉を見守る。

 ――三分の一も開いた所で、まばゆい光が漏れ始めていた。

 地下大金庫は、吟人の知識で言えば東京ドームほどの大きさの大空間であった。


 それを埋め尽くす、金貨の山。

 ここまで来ると、具体的に何が買えるのかも想像出来ない。ただ莫大であるとしか把握できないまさに黄金の海であった。


「……すっ、げぇな」


 思わずぽつりと声が漏れる。

 他のメンツも、一様に似たリアクションを取る。

 しばし呆然と金色の輝きを受け――


 ふと、吟人は疑問に思った。

 根本的な疑問。

 この金貨の海、確か事前にゼノンが言った情報によれば数千トン相当であったか。


これ(・・)どうやって(・・・・・)運ぶんだ(・・・・)?」





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