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魔人王ヴェルの転生嫁  作者: 八目又臣
第一章 偽りの魔導王
1/117

プロローグ.あれから二百年がたちました

 かつて、世界には二人の魔王と呼ばれる者たちがいた。

 一人は魔人の王。


 星穿つ拳を持つ者、ヴェルムドォル=グ・ム・ラゲィエル。

 魔界にて生まれ、己が創造主である《地の魔神》を滅ぼした彼は、天の園、神界の神をも敵として魔界と神界を隔てる中間世界の人界へ侵攻した。


 その進撃を留めたのは、神に導かれた勇者ではなく、もうひとりの魔王。

 星砕く術を持つ者、魔導王ゼノン・グレンネイド。


 他に並ぶ者なき力と驕慢を持つ魔王二人は、だからこそ自然の如く相争った。

 勝利したのは魔導王。


 彼は人界を取り巻く七つの月の一つに魔人王を封印し、ただ一人の魔王と成った。

 しかし、その数年後に彼は歴史から姿を消す。


 神々すらも脅かす二人の男が不在のまま、時は流れた。

 それから二百年後、魔人王は自らの封印を破り、そして。


 更に一年が過ぎ去り――世界は、拍子抜けなほどに何も起きてはいない。





   ***********





 独立歴193年、中春月のよく晴れた、うららかな朝だった。

 人界北方、ノーテッド大陸の中心に位置する大国ポラスの首都ポーラリア。


 その目抜き通りで、今一人の少女が通りに立ち止まり固まったまま、三分ほど経過している。

 赤と黒を貴重とした、王都でも最も階級の高い部類の貴族たちが通う学校の制服を来た学生で、年の頃は十四といった所。


 彼女は、道端で拾った一枚の紙切れを握りしめたまま、ただひたすら固まっている。


「メル?」


 心配した友人二人のうち、小柄で、どこか彼女と似た容姿をした少女が声をかける。


「ね、ねぇ、メルティス? どうしたのよ、その手配書がどうかしたの?」


 もう一人の、薄く青みがかった髪を持つ長身の少女が、上背の差を生かして彼女の見る紙切れを覗き込む。

 それはポラス国営の冒険者組合(ギルド)が発行する手配書で、霊波探知と炭素操作系の魔法で正確にスケッチされたターゲットの似顔絵が描かれている。


 不気味なほどに青い肌と角を持った、二十代後半ほどの年に見える男である。


 その下に書かれた説明文は、要約すれば「復活の魔人王討伐クエスト! 大丈夫! 魔人王なんて名ばかりで討伐されかけるたびに逃げ通しのありえない程の雑魚魔人です!(その分報奨金は低いです)今はノーテッド大陸辺境のセリオン都市連合国に潜伏中!」といったもの。


 報奨金は相手が魔人と考えれば本当に低い。

 洒落にならないほど低い。

 労働者の胃が引きつり、冷汗が顔面を濡らし、反吐を催す程に低い。


 長身の少女は、親友がこんな報奨金を目当てに命を賭ける程追い詰められていたのかと心配し、その無茶無謀を諭そうとした。


「あのね、メルティス? セリオンなんて辺境じゃ、旅費だけでも足出ちゃうし、欲しいものがあったらあなたの御母様に……は無理か。私も、ちょっとくらい工面してあげるから。考え直しなさい? ね? いくらこの魔人……ええと、ヴェルムドットなんちゃらゲルが弱そうって言ってもさ、」

「――ヴェルムドォル=グ・ム・ラゲィエル」


 少女は、静かに親友の間違いを訂正した。

 ようやく反応が返ってきた事に友人二人は安堵し、取り囲んで異変の理由を問いただそうとする。が。


「お」

「お?」


 少女のつぶやきは、長い唸り声へと変化していった。


「おおおおおおおおおおおお」


 そして、がばっ! と春の空を見上げ、彼女は大口を開いて絶叫した。







「思い出したぁ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――のじゃ!!」







「のじゃ?」


 あまりの声のでかさに反射的に耳を塞いだ友人が、唐突な謎の老人口調に疑問符を浮かべた。

 天下の往来で放たれた叫び声に、通行人は何事かと振り返り。

 その全てを無視して、少女は踵を返して走り始めた。


「ちょっ、メル! 学校は!?」

「ごめんね、エリちゃん、カヅラちゃん」


 追いすがってくる友人二人に、彼女は告げた。


「急用を思い出したから、わたし――わし(・・)は、ポラス王国を出奔する」







 

 その男は一月ほど前に、北方(ノーテッド)大陸の西の最辺境、セリオン都市連合国を構成する都市国家の一つ、自由都市ムンドに訪れた。

 都市の外れにある、もとは大商家の屋敷らしい巨大な廃墟にこもって以来、一歩も外に出た事はない。


 この廃墟は、ムンドでも恰好の無宿(ホームレス)のすみかだったが、今は男一人しか住んでいない。さすがに、魔人とひと目で分かるような男と共に暮す度胸は彼らにはなかったのだろう。


 人間ではありえない、蒼い肌を持つ男だった。

 ぞろり、と腰まで届きそうな長い黒髪は、砂漠を旅してきたと思えぬほど瑞々しい――魔神の尖兵として創り出される魔人の臓器は、たとえ髪一本でも相当な強度と耐久力を持っている。


 額には、何か球形のものが埋まったような盛り上がりがある。

 金色の瞳は、昼間でも薄暗い廃墟で異様な輝きを放ち、黒髪をかき分けて二本の赤い角が生えている。


 衣服に覆われていない肌は、ところどころ精緻な細工の入れ墨が描かれていた。

 辺境の果てですら無宿になってしまう無力な連中が、この異形を前に逃げ出すのも仕方がない。


(別に、人間がそばで暮らしてようが、手を出す気はなかったのだがな)


 脱兎のように去っていった人々を思い出し、彼はそうひとりごちた。

 かつては、彼がどのように思おうが、その強大な魔力は脆弱な存在の接近を許さなかった。


 しかし、今はそれほどの力はない。

 持つ必要もない。


(もう、俺には戦う意味など一つもないのだから)


 だから、彼にとって魔力とはただひたすらに使い潰す無駄に多い資源にすぎない。

 腐りかけた階段を椅子代わりに腰掛け、男はさっきから両手で掴めるサイズの何かの道具をいじっている。


 道具から放たれる光を眩しそうに浴びて、顔をしかめつつそれを凝視し、


「チッ、また低レアしか出ないな……やはり、この時間帯は魔力が低い」


 悪態をついて、持っていた道具を階段に放り捨て、きしむ床を踏んで歩きだす。

 向かう先はダイニングだ。


 それだけ埃が払われ、掃除の行き届いている食器棚に飾られた人形は、奉じる魔神の似姿だろうか。男は、種族の神にあたるその存在に叛逆して悪名を轟かせた者のはずだが。


 腰を落とし、下から覗くようにしてしばしその人形を鑑賞し、飽きるとリビングにおもむき、テーブルに据え置かれた箱のような道具の前に座ってただひたすらに闇の中で光を放つそれに見入る。


 時折、「ふひひっ」とか「ふぅわっふぅわっ」とか言っているのは獣の因子を持つ彼の唸り声だろうか。


「ふぅ、堪能した……やはり、我が推しはケイぴょん一択だな。アウラが違う。画面越しにいいにおいがしてる、俺には分かる。一番人気のエイラにゃんはなんか遊んでそうで怖いし、二番手のサクラムたんも好みではあるが……あの女に似てて、どうもトラウマが……ぐぬぅうううぅうううううううう」


 ふいに、何故か頭を抱えてうめき声をあげる男。

 封印された力の暴走を抑えたのだろう。


「……興が削がれたな」


 言葉通り、熱が冷めたような表情の男は、箱の前からも立ち去った。

 再び、上階にいく途中で崩れた腐りかけの階段のある、正面口前の広間にたどり着く。


 ふと、足を止め、ひとりごちる。


(もうここに来て一月だが、まだ追手も賞金稼ぎも来ないな……諦めたのか?)


 少し、口の端を歪ませて自嘲気味の笑みを漏らす。


「あるいは、呆れられた、か。零落した魔王の首に、こんな辺境に遠征するほどの価値もあるまいか」


 思えば、遠くに来たものだ。


(人間用の魔道具を無駄遣いした程度では、この身体は参りはしないのだがな……いい加減、逃げるのも飽いたところで……時機を見誤ったか)


 今度は、ふ、と声に漏れる嘲笑。


「時機を見誤るのは、いつもの事か」


 男は、崩れた壁から覗く空を見上げる。

 いつの間にか夜の帳が下り、かつて己を封じた三番目の月を含む七つの衛星が、輝きを放っていた。


 ――月明かりにさらされ、その身が夜の世界にあらわとなる。

 男は、美しかった。

 まごうことなき邪悪の相であり、見るものを恐怖させる鬼気を帯びていたが、魔性とも言える美貌を備えていた。


 肉体は衰えてなお無駄な肉を削ぎ、かつ力の猛りを予感させる隆起を備えた美丈夫のまま。彫刻家が心血を注ぎ完成させた、一生に一度の作品じみた造形を持っていた。

 浮かぶ、憂いた表情は、危ういものを愛する嗜好を持つ女を引き寄せてやまなかっただろう。

 青ざめた唇が、言葉を紡ぐ。


「ゼノン」


 その言葉を口にした時、彼の声は無数の感情を帯びた。


「ゼノン・グレンネイド……」


 敵意、殺意、嫌悪、憎悪。

 それだけでなく……


「あの時、確かに俺より貴様の方が強かった。なぜ、あのような形で決着を先延ばしにした……封印したのなら、なぜ俺の復活まで生き延びなかった……おかげで、俺はこんな醜態をさらしている」


 つぶやく言葉は、闇に消える。

 そのまま朝が来るまで、鬱屈した陰気な顔で、陰々滅々と仇敵への恨み節を述べるのが男の日々の過ごし方だった。








 この日までは。







 男の額の盛り上がりが、小さく蠢いた。


「……高い魔力を持つ者が、来る」


 それが味方であるなど、男は夢にも思わなかったが、彼は逃げ隠れしなかった。

 なかなかに猛った波動だ。最初の頃に自分を討伐にやってきた、質の高いとされる冒険者と比べても精強な魔力である。


 己の死に水を取る者としては、妥当な線だと思えた。

 彼は、待った。


 やがて、壊れかけて開かない扉を強引に暴風の魔法で吹き飛ばしてその者は現れた。


(……美しい)


 思わず、そんな想念を男は抱いた。

 月光を浴びて悠然と立つその少女は、魔の者である彼にすらそう思わせる可憐さを持っていた。


 霊体の波動は十四歳を少し過ぎた程度と示している。年の割に、小柄な体躯だ。肉付きも少々薄いが、しかし女性らしい丸みは芽生え始めている。


 貴族らしく頭の後ろで纏められた長い金髪、白く輝く肌、桜色の唇、翡翠の瞳――どれも上質の精気(ジン)に満ち溢れ、素の魅力を底上げしていた。

 夜闇を無粋に照らし、しかし夜の神にその事を納得させてしまうかのような、太陽にも似た輝きを持つ少女だった。


「……ことのほか若いのが来たな。歓迎するぞ、人界の勇者よ」


 彼は、抱いた思いとは別の言葉を少女に放った。


「このような辺境の果てだ。今更逃げようとも思わん。この首、持っていけ……我の如き、時代遅れの魔人の素首に手柄らしい手柄があるとも思えんがな」


 クク、と引きつった笑みを漏らす。


「魔人や天使のような高次生命体の仕留め方を知っているか? 小娘。我の心臓は三つだ。ここと、ここと」


 人間と同じ心臓の位置と、魔素の蓄積プールである魔人角を彼は指し示し、

 少女が、男の心臓をもう一度指さした。


「心得ているな。そう、魔人は肉の心臓とは別位相にある魂魄までも破壊せねば完全には死なん。その様子なら、精神体の攻撃手段も持っているだろう……なに、抵抗はせぬ。遠路はるばる来た褒美と思えばよい」


 言いかけたところで、ふと男は顎に手をかけ、忘れていた後始末を思い出す。


「あ、我を殺した後はこの館を探らず全力で爆破して下さいお願いします。これだけは使いたくなかった切り札的最強魔獣の封印だとか金目のものを隠しているとかじゃないから変に勘ぐるでないぞ。わかったな」


 電子精霊で構築された別世界の向こうにいる同志から伝え聞いた、辞世の作法である。

 別に、今更自分の恥を気にかけようとは思わないが、あまり醜態をさらしては宿敵であるあの男の格も落ちるだろう。


 それだけは、嫌だった。


「……ん?」


 問答無用で攻撃してくると予想していたが、少女から魔法を行使する時の霊子の励起反応がない。


 そもそも、魔導士なら初手で屋敷ごとの物理、精神体の両面爆撃を挨拶代わりに、周囲数キロを呪詛と毒素と封印術と時間停滞術で満たして上空から極大魔術で滅多打ちにするのが魔人狩りのお作法である。


 あの男ならそれより更にえげつない手段を使ってくるだろうに、つくづくこの時代の魔導士はぬるい。

 つい、小言のひとつも言いたくなる。


「……おい、聞いているのか? 小娘。我、今大事なこと言ったよ? 貴様の為でもあるのだぞ? 年頃の娘的に地獄の釜が開いちゃうから。我に貴様を攻撃するつもりがなくとも、地雷を踏む行為の責任までは取れんのであるからして、貴様とて負わんでいい精神のダメージを負って帰りたくはなかろう……」


 男の言葉は、少女の耳に入っているように思えなかった。

 彼女は、拳を握ってぶるぶると震わせ、うつむいている。


 小さな唇が、一つ音を発した。


「こ」

「こ?」


 少女の顔を覗き込むように問いかける男。

 彼女は顔を上げ、その魔の美貌をきっと見上げて――その姿が掻き消え、数メートルの距離を一瞬で移動して男の眼前に立った。


 物質体、精神体の情報転換、論理座標転移――その全てが一瞬で、無駄なく行使された。

 いかな天才でも十四年程度の研鑽では決してなし得ない、精緻な空間転移術だった。


 驚嘆する間もなく、男の視界を白く小さな拳が埋め尽くす。


「こんの腑抜け魔王がぁ――――――――――――――――――――――――ッッ!!」

「ぶべんっ!?」


 人中をまっすぐ的確に射抜く軌道の凶悪なパンチを喰らい、魔人王ヴェルムドォルはその美貌を間抜けに歪ませて吹っ飛んだ。


 階段に激突し、腐った木材をへし折ってようやく停止する。

 無論、この程度で死にはしないが、ただ単純に殴られた心理的衝撃に彼はあぜんとした。


「な、なにをする、貴様」


「なにをする、じゃとぉ? わしが何かする気なら今のおまえなんぞ初手で百遍は殺せておったわドアホ! わざわざ魔力を隠蔽せずに近寄って来たことを知らせてやったのに、迎え撃ちも逃げもせんとは! この二百年でなんぞ手の込んだ陰形術でも身につけたのかと疑って、さっきから何度も何度も解析魔術で精査してようやく今本物と確信したわい!」


「わけのわからん事を……」

「事ここに至ってまだ寝ぼけるか! なんったる体たらく!」


 何が気に食わないのか、地団駄を踏んで怒りをあらわにする少女。

 ずかずかと魔人王へ近寄って、眼前の息がかかりそうな距離で見下ろしてきた。


「ちょっ、近い……」

「その三重魔眼は飾りか! 抵抗(レジスト)切って全部さらけだしてやるから、額の目ぇかっぽじってよぉくわしのナカを見て確かめろ! 奥の奥までな!」


 えっ、なんかエロいんだけどその台詞。

 彼は図らずともそう思った。


 思いつつも、少女の言う通り、ライブビューイングの時間軸まで見えると興ざめするからと封印していた額の魔眼を開いて、両目の魔眼にも魔力を通して多次元解析を行った。

 

 魂魄の解析は魔人王の魔眼をもってしても困難だが、目的の情報はたった一世代前。直近の前世で、どうにか見通す事に成功した。


「馬鹿な……貴様、まさか!」

「そのとーり!」


 少女は、びしっ、と自分のふくらみかけの胸に親指を当ててドヤ顔で宣言した。


現世(いま)じゃこんなナリをしとるが、わしはおまえの終生のライバル。星砕き(スターブレイカー)、焦土濫造機、人の形をした大災害マンカインド・ディザスターペリル王国勇者(ブレイブ)軍団壊滅事件実行犯(・スレイヤー)神の天敵アークエネミー、抱かれたい老年男性国際ランキング世界第一位……などなどの数々の勇名を戴く最強の魔法使い、魔導王ゼノン・グレンネイド様その人じゃ!」


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