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黒羽 晃の『語り』

語り 悲鳴病棟

作者: 黒羽 晃

「お、よく来ましたたね。今年の『語り』の時間ですよ。

 うーん、今日のはどれにしようかな……っし、決めた。それでは………こほんっ。


 これは、私が入院していた、ある病院での出来事……」


ーーーーーーー


 私の住んでいた街にあった、一つの総合病院。結構長い間やってるところなので、これまた結構な『怖い噂』があったんですよ。まあ、信じている人は多くはありませんでしたけど。因みに、私は信じていた一人でした。


 その時は確か、交通事故で右足を骨折していたんですよ。そりゃもうぽっきりと。入院期間は、一ヶ月と半くらいって言われてましたね。それで、入院から二週間くらいした頃の夜中でしたか、松葉杖ついてれば歩けるくらいには治ってたので、ちょっと歩く練習も兼ねて、自販機にお茶買いに行ったんです。真夏でしたから、喉渇いちゃって。


 それで、行きは何も無かったんですけど、自販機に着いた途端に、例の『怖い噂』を思い出しちまってですね。その噂って、『夜中の第二病棟には、交通事故で亡くなった少女の霊が徘徊している』ってやつだったんですよ。それで、『同じく交通事故で怪我をした少女に付きまとう』って言うのもありまして。そう言えば、ここも第二病棟だったなって、その時はそれくらいにしか思わなかったんですが……


 百円入れてお茶買って、病室に戻ろうかって時に、後ろから誰かの視線を感じたんですよ。こんな時間に誰だろ? って思ったんですけど、そん時は私みたいに飲み物買いに来たのかなってあたりをつけて、折角だし挨拶だけでもしておこうかなって気持ちで振り向いたんです。けれど、後ろには誰もいませんでした。ほんとに、それだけだったら気のせいだろうって思えたんですがね。


 その病院、エレベーターで階層の昇り降りをするんで、それに関しては楽なんですけれど、さっきも言った通り、私はあの時は松葉杖ついて歩いてたんで、エレベーターまでの10mちょいでも何十秒ってかかるんですよ。その何十秒の間、『さっきみたいな視線を』『ずっと』感じるんです。一歩歩くごとに近づいてきてるような気さえしてきて、それでも、何度振り返っても人なんて誰もいないんです。


 だんだん怖くなってきていたんですが、走ることも出来ないんで、せめて急いでエレベーターに向かったんですが、あと数歩ってとこで、進めなくなったんです。そりゃ何でかって、すぐ後ろに『居る』って分かったからなんですがね。もちろん誰も見えないし、視覚の上では誰もいないんですが、どう考えても『居る』んですよ。背中は氷水につけたみたいに冷たくて、耳元では『それ』の息遣いさえ聞こえました。もう一歩、歩いていれば、首筋に腕を回されていたかもですね。


 もう、恐怖で全身が硬直しちゃってたみたいで、混乱してて、ほんと、何考えてたか全く覚えていないんですよ。ただまあ、何を思ったのか、確か私、『また今度』って言ったんです。そしたらなぜか、背中の冷たいものがすっと離れていって、すぐ後ろにあった気配も嘘みたいに掻き消えて……助かった? って思ったのが、その十秒後くらいでしたね。


 その後は、なるべく急いで病室に戻りました。もしかしたら、またあんなのに付きまとわれたりするかも知れないから、買ってきたお茶のことも忘れて、さっさと寝てしまおうって。んで、その日はすとんと寝られたんですけれども、それだけでは終わらなかったんですよねえ。寝る直前に『また明日』なんて聞こえましたから。


 それから数日間、何人かの視線を一日中感じるようになりました。もちろん昨日のあれだって事には気付いていましたが、事が事だけに相談することも出来なくて、暫くは恐怖に震える夜を過ごす事になりました。しかも、視線の数は日に日に増えていって……時折、笑い声が聞こえることもありましたね。眠れない日もままあって、日に日に精神が摩耗していくのが分かりました。


 それを見かねたんでしょうかね、同室のおばあさん……そうですね、サチさんとしときましょう。サチさんが、声をかけてくれたんです。『最近、元気が無いようだけど、どうかしたのかい?』って。その時はつい、何ともないって答えたんですが……『悩みがあったら言いなさいね』って、言われちゃったんですね。なんかもう、ばればれな感じでした。


 それから、あの事は話さないまでも、サチさんとはちょくちょく話すようになりました。どんな事でも黙って聞いてくれるので、いい話し相手だったんですよね。私が悩みを抱えてるって事にも気付いていたんでしょうけれど……それには、触れないでいてくれました。おかげで、その時だけ、少しはマシになったんです。


 もちろん、問題が解決した訳ではありませんけどね。感じる視線は日に日に増えていくし、笑い声も、日を追うごとに鮮明に聞こえるようになっていきます。三日後くらいには、何人かがくすくすと笑っているなんて事がわかるくらいまで。


 『誰か』たちに付きまとわれるようになってから二週間くらい経った頃の、その夜。本当に眠いはずなのに眠れなくて。恐怖が麻痺していたのか、散歩しに病室を出たんです。すぐ後ろに付いてくる誰かがいるのは感じていたんですが、その時の私は気にしていませんでした。十分か二十分くらい、後ろの誰かたちを連れて病棟内を軽く歩き回って……気が付いたら、自分の耳にやっと聞こえるくらいの音量で鼻歌を歌っていました。全く聞いた事のないメロディの曲です。何かをどうこうする気もなかったので、そのまま歌っている事にしました。


 それからもう二、三分彷徨って、病室に戻りました。そしたら、珍しくサチさんが起き上がっていて、窓の外を眺めていました。扉の開閉音が聞こえたのか、サチさんがこっちに振り返ったんですね。その時の微笑は、何故か忘れられません。


 サチさんは、私の方を見るなりこう言いました。『おや、カヨちゃん、お友達かい?』って。もちろん、カヨちゃんってのは私の事ではありません。私の知り合いにも、そんな名前の人はいませんでした。ですが、そんな名前かもしれない『誰か』に心当たりはありました。私の背後にいる誰かです。


 気配が、私の横を通り過ぎてサチさんの方に歩いていくのがわかりました。他の人の気配も、それに続くように。サチさんと、何か楽しそうに話をした後、サチさんの『それじゃあ、またね』の一言で気配は全部消えていきました。


 サチさんは終始、私に気づいていないようでした。


 その日から何故か、私に付き纏う『誰か』の気配はなくなりました。サチさんの話がきっかけなのかもしれませんが、今の私にそれを知る術はありません。


 その後、私は何事も無く退院し、リハビリの末に入院前の生活に戻りました。


ーーーーーーー


「退院した後に調べた事ですが、私と同室だった松中サチさんには、松中カヨと言うお孫さんがいたそうです。もちろん仮名です。それで、そのカヨちゃんは、私が入院するおよそ七年前に、交通事故で亡くなったそうなんです。

 もしかしたら、私に付き纏っていた『誰か』は、カヨちゃんだったのかもしれませんね。


 さ、今年の『語り』は終いです。ご清聴ありがとうございました。


 来年の語りで、また会いましょう」





「……そう言えば、こちらも退院した後に聞いた事なんですけどね。私が退院してから、だいたい二週間後くらいに、サチさんは心臓発作を起こして亡くなったそうです。ですが、死因の割には苦しそうな死に顔ではなかったそうで。

 もしかしたら、最期にカヨちゃんに、また会えたのかもですね」

作者自身は入院した事が無いため、その様子についてはわかりません。

もし本当の病院ではあり得ない事を書いてしまっていても、目を瞑っていただけると有り難いです。


追記 2016/07/23

・語りを追加しました。

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[気になる点] 怖がらせたいのか、和ませたいのか、いまいち方向性がよくわからない作品でした。 読者にどう思ってほしいのか? どういう感想を持たせたいのか? お婆さんに出会わなかったら主人公はどうなって…
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