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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編シリーズ

シに愛された君に捧げる

作者: 明日今日

 こうなってしまった原因は分からなかった。

 憶測では大地震とか戦争かといくらでも言えるけど。


 僕に分かったのはここが僕の住んでいた街で見渡すかぎり廃墟と成り果てていた。

 その姿は墓標が倒れたような不吉とやるせない気分だけが心を襲う。命の危機すら忘れて呆然と立ち尽くしていた。


 何をしていいか分からない。生きる為に避難訓練や対応は教わった。だがこの躯の折の中では全てが無駄に感じる。体を一回転させて周囲の様子を調べる。


 倒壊して煎餅みたいに押し潰された家屋の塊。遠くに見える高層ビルは途中からへし折れ、飴細工のように折れ曲がっている。各所から火と煙が立ち上り、暴れ狂っていた。近くにあった大橋は見えない。恐らく今回の災害で落ちてしまったから確認できないのだ。


 人の姿は確認できない。皆、倒壊した物に押し潰されたり、炎に焼かれて息絶えている。僕以外の命が死に絶えていた。

 そんな中、足音らしき音がこの地獄の中で響く。反響する物体などないに等しいのに。本能的な感覚によるものだ。


 僕はその方向に振り向いた。煙と炎はその人影に触れる事すら出来ない。全てを燃やし尽くされた肩までで灰色の髪が風に揺れる。


 その人物はこの場に最もふさわしい姿である意味で最もかけ離れた衣服を身に着けていた。喪服を思わせるような刺繍を施された黒地ベースのワンピースに死者の肌を連想させる白のサンダル。胸の膨らみとワンピースから出た足から女性と判断する。奇怪としか言えないとっても奇妙な出で立ちで現実感を酷く欠いていた。

 そんな彼女が服以外に身に着けていたのは女性物には相応しくないショルダーバックだけだ。


 彼女は僕を見つけたのか、こっちへまっすぐに歩いてくる。そして僕の目の前で止まった。葬送に使われる銀貨のような銀色の瞳がこっちを観察するように見ていた。まるでエイリアンとの遭遇だと思う。

 何故そう思ったのかは分からないが彼女は少女のようにも見えるし成人女性のようにも見える不思議な人だった。

 彼女は僕に興味を抱いたのか、視線でゴシゴシ丸洗いするかの如く頭頂部からつま先に至る全身を視線で見つめ続けている。


「私の名はククリ。下級の神を勤めています。貴方は?」


 奇妙な人物だと思ったが彼女は自ら神と名乗った。普段なら頭がおかしいと思うのだろうが不思議とそうは思わなかった。何故か彼女の言い分を納得してしまったのだ。


「僕は……僕は……」


 奇妙な事に名前が出てこない。こんな事態に陥った精神的ショックなのだろうか。自分が違う存在になったような恐怖が胃から這い上がってくる感覚を覚えた。


「名前がないのですか? それとも思い出せないのですか?」


 僕は頷く。顔を上げるとククリの銀色の瞳が、顔が息が吹きかかる距離まで近付いていた。神と言う割には取り立てて美人とは思えなかった。だがその姿から目を離せない。眼球をロウで固定されたみたいに動かせない。


「分からない。思い出せないのか、元からなかったのすらも分からない」


「なるほど。困った状態なのですね。では私が付けるのはどうですか? 一歩(はじめ)と名乗るのは如何でしょうか?」


 ククリは辺りの状況など気にも留めていない。大惨事が起きたというのに取るに足らない出来事と言う体だった。それが神である故に平気だったのかは僕には分からない。考えている間に勝手に名前を付けられてしまった。

 はて、どうしたものか。


「では記憶が戻るまでその名前で呼んでもらって構いません。でも」


「多分、この辺りの人達は全員死んでますよ。多分、この世界に済む全ての生きとし生けるものは死に絶えた。一歩はそれでもこの世界に残りたいですか?」


 ククリは驚愕の事実を淡々と述べる。まるで随分前に滅んでしまったかのように、或いはこの運命が定めであったかのように──


「どうしてそんな事が分かるんですか?」


 僕の口から出た言葉は怒りでも驚愕でもなく単なる事実を確認したいと言う欲求だった。

 彼女は少し離れて肩から下げていたショルダーバックから何かを取り出した。それは金色に輝く球体だ。


「これは世界が滅ぶ時に生み出すと言われている生命の苗と呼ばれている物です。つまり、私がこれを回収してる時点でこの星は滅亡しています。それでも残りたいのなら私は何も申しません。どうしますか?」


 生命の苗と呼ばれた物はとても危険なオーラを纏っていた。かつて人類は黄金を奪って殺しあったがこれにはそれ以上の魔力を帯びていると確信させる何かを持っていた。僕が彼女から奪いたくなる衝動に駆られるのくらいに。

 彼女もそれを察したのか、すぐに生命の苗をショルダーバックにしまい込んだ。


「僕を連れて行ってくれるんですか?」


 心が麻痺しているのを感じる。普通は世界が滅亡していると言われてパニックに陥る筈なのに何かが抜け落ちている。心の底が抜けているのだろうか。


「はい。貴方を、一歩を見つけた責任がありますので。私の旅にかなり長期間に渡って付き合う事になりますけどよろしいですか?」


「どのくらい付き合えばいいですか?」


 質問を質問で返してしまったがククリは怒った様子など見られない。むしろ、何かの契約を交わすみたいに事細かく聞いてくれと言わんがばかりの態度に思えた。


「人のみでは堪えられないくらい長い時間になると思います。それでも構いませんか」


 銀色の瞳はこちらの心まで見透かすだった。答えは決まっている。一秒でも早くこの地獄から抜け出したい。思い出も家族も友人も何も思い出せないがここには居たくない。全身を包む凍える恐怖を味わいたくない。


「分かりました。是非、お願いします。こんな地獄を見てたら気が狂ってしまう」


 僕の口は勝手に動いてククリに懇願していた。


「分かりました」


 ククリは右手で僕の右手を握り締める。暖かくて優しい感じだと勝手に思っていたがその手は冷たくヒンヤリとしていた。


「神の末席であるククリが神々の盟約に則って命じる。この一歩を我が眷属とする事をここに示す。ここに契約を交わしその望みのままの姿を与えん事を」


 僕の体が青い光に包まれたかと思えばすぐにそれは消えた。そして重苦しかった身体がスムーズに動くようなった。


「ではこの星を、この世界を離れましょうか」


「それは構わないですがこれから何をするんですか?」


 また僕は質問に質問で答えてしまった。だがククリは気にした様子はない。むしろ、答えるのが当然と思っているのか質問に対する答えを告げた。


「具体的には生命の苗の回収です。生命の苗は新しい命を生み出す為に使う秘宝。取り敢えず、この星から移動しましょう。目を瞑って下さい」


 ククリの言葉に僕は言われた通りに瞼を閉じて黒い世界を受け入れた。その次の瞬間、重力はかき消え、身体は大気を、正確には空気と湿度と風を感じなくなった。これが僕の長い長い旅の始まりだった。




 神々の世界で手続きを終えた後、僕はククリのお供をする事になった。役に立つ立つ為にククリに師事する事になる。分かり易く言うと彼女に弟子入りしたのだ。次の任務までの間に全てを覚える事になった。

 出来ないと思っていたがククリの次の任務までの時間はとてつもなく長かった。100年いや200年は過ぎたかもしれない。その間に僕はククリの事が好きになっていた。姉のようであり、師であり、恋人のようだった。

 いつもヒンヤリとした彼女の手を握る度に嬉しさと緊張と愛しさが積み重なっていく。神相手で叶わぬ恋かもしれない。でも僕は彼女の事を愛していた。


 そんな中で次の任務が命令が下った。初めての任務地は砂漠の惑星だった。木星くらいの大きさがあるその惑星で生命の苗を探してひたすらさまよい続けるキツイ任務だった。だがそれでも100年掛けて初任務を完了した時の喜びは言葉に出来ない感動と喜びに震えた。

 僕はその時、ククリと抱き合い飛び上がって喜びを噛み締めた。その抱き合った時の感触と喜びは今も忘れては居ない。


 その後、100年単位で訓練と任務を繰り返していった。

 水の惑星、森の惑星、或いは人が住んでいた名残のある廃墟の惑星。あげたらキリがないほどの惑星や世界を移動して生命の苗を回収して神々の世界に収めた。


 ずっとずっと続くと思われたこの生活だが異変が起きた。一万年と三千年を超えた頃だった。身体と心が徐々に言う事を利かなくなって任務に支障をきたすようになった。それでもククリと一緒に居たかった僕は無理をし続ける。彼女の相棒で居る為に、彼女のパートナーで居る為に。


 ククリは事情を察していたみたいだったが銀色の瞳で見つめるだけで何も言わなかった。

 彼女に聞いてみた。貴方は元々人間だから果てなき時の中で魂が摩耗している。そのせいで身体にも支障をきたしていると教えてくれた。とっても悔しかったのを思い出す。何故、人間に生まれてしまったのだろうと叫んでしまった。

 それを聞いたククリは優しく言ってくれた。人間じゃなきゃ神とはコンビを組めないと。一歩が人間だったからこそ私と組む事が出来たのだと説明してくれた。それは嬉しくもあり、悲しくもあった。


 それから徐々に僕は記憶を失い始める。一番怖いのはククリとの記憶を失う事だった。痴呆症のように思い出を忘れるのが嫌だった。ククリの事を忘れるのが嫌で嫌で堪らなかった。だから日記を書いた。こんな事ならククリにあった最初の日から日記に書いていたら良かったとのにと嘆いた。


 勿論、ククリに当たり散らした事もあった。彼女は何も言わないでそれを受け止めてくれたのが最近の記憶で一番嬉しい出来事だった。でもその事ですらも忘れるのかと思うと気が狂いそうだった。

 いっそう、この手で自殺して果てられたら良かったのだがそれも出来なかった。何度繰り返しても。その時に僕はうすうす気付き始めた。だがククリには言わない。いや言えなかった。

 返事を聞くのが怖かったからだ。


 そして、僕を見る神々の視線もどこか驚きと戸惑いが混じるようになっていたのも理解していた。

 そうして更に二千年が経った。ククリに会ってから一万六千年が経とうとしている。多分、今度の任務が最後だ。僕はもう魂の摩耗に耐え切れないだろう。色々と経験してきた筈なのに。殆ど思い出せない。その内にククリの顔すら思い出せないのではないかと考えると正気を失いそうになった。


 僕はククリに家で待っているように言われたが強引に付いて行った。そしてやっぱり足手まといとなった。交代要員としてやってきた相棒に取って代わられて僕は家のベッドで横たわる事になった。

 自然と目から涙がこぼれ落ちる。二度とククリに会う事もできずに摩耗していくのかと思うと堪えられない。でも奇跡が起きた。ククリが任務を切り上げて帰ってきてくれた。


「お待たせ。一歩、出かけよう。連れて行きたいところがあるの」


 僕はククリに背負われて家を出た。もうククリの顔くらいしか分からない。

 ククリが転移して目的の場所に着いた。

 もう覚えてすら居ないと思ったが僕には見覚えがある。あの時とは状況は全く違うが地球だ。僕がククリと初めて出会った場所。


「もう記憶と意識が保てない。貴女の、ククリの傍にずっと居たかった」


 涙が止まらない。もう自分を維持できない。


「私はね、死を司る神なの。幾つもの死なないといけない世界を処分してきた。正しい世界を生かし続ける為、林檎の木で言うなら余計な花を摘み落とし、1つの花に栄養を行き渡らせる為に。貴方に会った時は地球の殺処分で来てたの。ずっと言えなくてごめんなさい」


 ククリは初めて泣いていた。僕の手を握りしめながら。


「別にいいよ。例えククリの力で死んだとしてもククリは余りある物を僕にくれた」


 記憶と自我の維持もそうだが瞼を閉じずに居るのがやっとだった。


「神の末席であるククリが神々の盟約に則って命じる。この一歩を我が眷属から解放する事をここに示す。ここに契約を交わしその望みのままの姿を与えん事を」


 ククリの言葉が言い終わると同時に自分が消えていくのが分かる。

 やっぱり死んでいたのか。あの時に。でも最後まで笑っていよう。彼女の為に。彼女と一緒に生きた、いや存在した一万六千年の為に。僕の最後の意地だった。号泣するククリの嗚咽だけが最後まで耳に聞こえていた。




 その後、神々の世界に伝わる文献によるとククリは生命の苗を回収する仕事を辞めた。彼女は己が消えるその日まで一歩以外の誰とも過ごさなかったと伝えられている。そして、一歩が消えたその場所にククリが設置したと言われている石碑に刻まれた一文はこう書かれていた。


()に愛された君に捧げる』


 そして隣に設置された石碑には『その()、最愛の人の隣に眠る。例え世界が終わろうとも』と。

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