婚約者アニー
朝、軽く朝食を食べ、出発の準備を整えると学園に向かう事にした。
といっても、今私が住んでいるのは、学園のすぐ隣に上流貴族用ある寮だから歩いて5分もかからないのだが。
私が住んでいる寮は上流貴族用とあって快適な作りとなっている、私は一人できているが、自分の家からお付きの者をつれてくるものも多く、その者達のための部屋も用意されている。
私自身は1人の方が気らくだったのと、男の執事と一緒にいるのが嫌だった、かといって現在男である私が女しか嫌だと言うわけにもいかず今にいたるというわけだ。
校舎の入り口が見えてくる、何人かの他の生徒、教員達と挨拶を交わしながら私は歩く、この学園での私の生活はいたって順調なものである、まあ、侯爵家の人間で魔力の素養も高い私なので、余程の事がない限り不利な立場に追いやられる事はないのだが。
『おはようございます、ロイ様』
後ろから、透き通る様なそれでいて僅かな可愛さも混じる声の挨拶が聞こえた。
私が振り返るとそこには、 桃色の髪を緩やかに伸ばして、淑やかな微笑みを浮かべる女性がいた、すらりと伸びた手足はどこまでも美しく、笑みを浮かべる顔は人形の様に整っている、触れたら壊れそうな儚さと若い瑞々しさを同時に感じるような、まあ一言で言うなら美少女がそこにいた。
『おはよう、アニー』
私は笑顔を浮かべ彼女に挨拶を返す、そして彼女に近づく。
『何だそのアホみたいな髪は、まさか染めたのか』
周りに聞こえない様小さな声で、問い詰める。
この絵に描いたよ美少女が、見た目通りの人間では無い事を、私はよく知っている、彼女【アニー . シーンズ】は、同じ侯爵家で幼い頃から知っているし、何より私の婚約者でもあるのだから、そして彼女の髪は美しい白銀の髪である、断じて桃色なんてファンシーな色ではない。
『そんな、ロイ様はお気にめしませんでしたか、とても可愛いと思ってロイ様に見せるのも楽しみにしていたのに』
そう言って、アニーは悲しげな顔をする、元女な私がみても抱きしめたくなる様な儚げな表情だ、過去に私は何度も騙されたので、これが嘘な表情な事は分かっているが、それでも一瞬ドキリとしてしまう、全く持ってやっかいな女だ。
『可愛い、可愛くないとかそういう問題じゃないだろ、魔力の元になる髪を染めるなんて、学園の問題になるぞ、それに魔法にも影響したらどうするんだ』
周りの目を気にしながら、彼女を叱りつける。
髪の色は、この世界では自分の魔力を示す誇りあるものだ、特に貴族社会では血筋がら魔力の高いものが平民より多いため、髪を大事にする文化が根付いている、そして髪や髪の色を損なうと魔力も失われるとは昔から言われている事である。
『あらあら、ロイ様はそんな迷信をまだ信じてらっしゃるのですか? 魔力を失うと髪の色が変わる事はあっても、その逆はありませんわ、それはもう10年も前に証明されている事です』
くすくすと笑ながら、彼女は言った。
彼女の言う事は確かに真実である、私も知っているしかしその考えはまだ世間には馴染んでいない、知らないものも多いし、古い世代の人間は信じていないものが多い、古くからの常識を覆すの並大抵の事ではないのだ。
『それに、最近は女の子の間では髪を染めるのがでは流行っているのですよ、この魔法瓶の中の薬液を使うと髪に負担なく簡単に色を変えられますの、ロイ様は存じられないのですか?』
彼女は、いつの間にか手に持っていた魔法瓶を私に見せる。
小ぶりの魔法瓶はの中にピンク色の半透明の液体が見える。
目の前の物について目にしたのは初めてだが話しは聞いた事はあった。
この世界には、魔法のおかげで前世より便利なものもある、その代表的な物が魔道具だ、魔道具には大きくわけて2種類ある、使用する際自分の魔力を使うものと、使わず魔道具に込められている魔力だけで使えるものである、目の前の液体は話しを聞くかぎり後者のはずだ、名称は忘れたが最近流行っているとの話しは私も聞いている。
『知っている、しかし平民の間での話しだろ貴族が使ってるなんて聞いた事ないぞ、むしろ平民の行動を侮蔑してるものも多いときくぞ』
そんな物をアニーは平然と使っている、私には理解できなかった。
『貴族の年寄りは頭の硬い人間が多いですからね、物の価値が分からないのでしょう、しかしこの【イロカワール】はこれからは貴族の間でも流行りますわよ』
自信満々にアニーは言い放つ
『流行る訳ないだろ、どこにその根拠がある』
『私が使っているからですわ』
『はあ、本気で言ってるのか』
さも当然の事の様に言うアニーに私は呆れてしまう。
確かに、アニーは男子のみならず女子にも人気が高く憧れの存在として学園の有名人ではあるが、いくらなんでも髪の色を変える人間がこの世界にいるとは思えない、というか思いたくない、もしいたとしたらそれこそ大問題になるだろう。
『当たり前ですわ』
私の言葉を聞いてもアニーの自信は揺るがない、だんだん私の方が自信がなくなってきた、こいつなら、もしかしてと思えてきた、アニーのチートぶりは今まで散々見せつけられてきた。
まさか、このまま!
いや、まてよ、そんな事がありえるか?
色々と思考が錯綜する
『どうされました? ロイ様、ご気分がよろしくないのですか?』
私が困惑していると、アニーが涼しい顔で問いかけてくる。
そんなアニーの顔を見て私は考えるのをやめた、アニーと張り合おうとしても疲れるだけだ。
『もういい疲れた好きにしろ、もう教室に向かうぞ』
そう言って私は教室に向かい歩きだした。
後ろでアニーが、クスクスと笑っている。
私はイライラしてきたが、ふーと息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
どうせ、アニーには敵わないのだ、経験上それは嫌と言うほど分かっていた。
これが、私の婚約者【アニー . シーンズ】である。
今の会話も、傍目からは仲睦まじい様に見られている事だろう、現に周囲からは羨望に似た眼差しを受けている、今日にかぎってはアニーの髪に驚いているものもいるだろうがな。
自分で言うのも恥ずかしいが、わりと人気のあるであろう私が、女子からのアプローチをあまり受けないのはアニーのおかげと言えるだろう。
理想の男になろうと、決めたが女の子と付き合いたいとは今だに思えない私としては嬉しい事である。
アニー自体婚約者と言う感じはしないし、ある意味彼女が婚約者で良かったと私は思っている。
その日、案の定アニーは注目の的だった、遠目から様子を伺うもの、直接話しを聞きにいくもの多種多様な反応にアニーは揺るがない笑顔を保っていた。
あいつの精神は何でできているんだろうな、私は思いながら、騒動に巻き込まれない様、授業に集中する事にした。
結局の所、アニーは教師の呼び出しを受けた、私はやっぱりな思い、あいつもこれで少しは大人しくなるかなんて呑気な事を思いながら家路に着いた。
次の日学校に行くと、驚いた事にアニーは相変わらず桃色の髪をしていた。
アニーが教師に反抗しているのか? と訝しんでいると、私はさらに驚くことになる、アニーを呼び出した女の教師の髪の色も変わっていたのである、そしてアニーと仲良さげに話しをしている、昨日見た時は今にも切れだしそうな勢いだったのに。
それはゾッとする光景だった。
それから気が付くと、皆髪の色を染める様になっていた、はじめは女子学生だけだったが、だんだん男子や教師も染める様になった。
まさしくアニーの言った通りになった。髪を染めてない者の方が少なくなった頃アニーは『あきた』と言って髪を元に戻した。
もう一度言うが、これが私の婚約者【アニー. シーンズ】である、前言は撤回しよう、彼女が私の婚約者である事が、私の今世の最大の不運である




