幸せ
特訓を初めてから、ひと月、ふた月と、日々はあっという間に過ぎていった。
自分自身で言うのも何ではあるが、随分と強くなった実感は湧いている、学園長には感謝しなくてはいけないと思う。
とても忙しなく日々が過ぎていく日々に、私は不思議な充実感を感じていた。
体は疲れ、のんびりとする暇もないが、穏やかと言える様な心地よさを感じている。
今まで気を許せる人間は、アニーくらいしかいなかった、けれど今は知らず知らず、デニスやアリサにも心を開いている自分に驚いている。
デニスとアリサは真っ直ぐで、気持ちのいい性格をしている、捻くれ者の私とは違い時に眩しく感じるほどだ、そんな二人だからこそ私も心を許せてしまったのかもしれない。
いや、もしかしたら私が見ない様にしていただけで、他のみんとも気を許し仲を深める事もできるかもしれない。
そんな、以前の自分では考えもしない事を思う様になっていた。
あなたも、変わってきているのよ。
アニーにこの話をしたら、そう言われた、私が変わってきている、それは少しだけ怖い事に思える、今までの自分を否定する様で。
悪い事ではないわ。
アニーがそう言ってくれる、それは嬉しい事だった、少しだけ安心する。
あなた、最近凄く穏やかな顔をしているもの、幸せそうなね。
幸せそう、私が、それも、また驚きだった、幸せというのは私にとって言葉だけのもので、いつだって他人事だった。
けれど納得もする、最近のこの不思議な気持ちは幸せだったのかと、それは私の中で世紀の発見の様な衝撃と昂揚感をもたらした。
瞳が潤い、涙が溢れそうになるのを私は堪えた、アニーに見られるのが恥ずかしかったからだ、けれど、彼女は多分気付いていただろう、いつもは直ぐに私を揶揄うと言うのに、その時はただ黙って優しい笑みを浮かべるだけだった。
この横に立つ、まだ前世の私よりも年若い少女は、いつも私を支えてくれる、私の弱さを許し励ましてくれる、その事に言い尽くせぬ感謝と自分自身の情け無さを感じる。
ありがとう、いつも世話をかけてすまない。
かろうじて私は、言葉を振り絞り、アニーに伝える。
そう感謝しなさい、でも、私もあなたには少なからず救われているのよ。
そう言って彼女は微笑む、衝撃だった、私が彼女を救っている、そんな事は考えたこもなかったから、それは、とても嬉しい事だった。
少なからずだけどね
私が呆気にとられて呆然としていると、彼女はそう続けて悪戯っ子の様な顔をして笑った。
幸せな時間だった、そう私は今幸せなんだと強く実感する。
それはとても嬉しい事だ、と同時に怖くもなった、失いたくないと思った、この幸せを。
どうとでもなっても構わないと投げやりに生きてきた。
失うのが怖いと思った、多分私は、弱くなったと思う、特訓のおかげで戦いは強くなっただろう、でも心が弱くなった、きっと傷つきやすくなったし、臆病にもなったとも。
アニーがずっと横で、微笑んでくれている。
大丈夫と言われている気がして、不安を和らげてくれる。
ありがとう
もう一度、私はアニーに、礼を言う。
今度は彼女は何も答えなかった、ただ優しく微笑むだけで。
こんな日がいつまでも続けば良いと思った。
けれど私は忘れていたのかも知れない、目の前の幸せに浮かれて何の為に特訓をしていたのかを。




