ニコラ
暖かい日差しが廊下の窓から差し込んでいる、少しだけ風が肌寒い季節になってきた。
これくらいが丁度良いなと、考えながら私は廊下を歩いている。
学園長の指導を受け始めてから、ひと月が過ぎようとしていた、このひと月で炎球の維持は少しずつだが成長している、アリサとデニスの二人も同様に手応えを感じているみたいだ。
ただ、この訓練が実戦にどれほど影響できるのかが分からず、少しだけもどかしさを感じる。
私が思うのだから、デニスやアリサはより大きく感じている事だろう。
そんなふうに物思いにふけりながら、廊下を歩いているとデニス達を見かけた。
一緒にいるのは、アリサと、もう一人は誰だろうか、見知らぬ女の子がいた。
『こんにちは』
私は軽く手をあげながら、三人に声をかける。
私に気がつくと、慌ててデニスとアリサも挨拶を返してくれた。
『そちらの子は、初めてだね、宜しくね二年のロイ・オーランドです』
軽く、デニス達二人と会話をした後、置いてけぼりにするのは悪いなと、隣の女の子に話しかける。
『こちらこそ、宜しくお願いします、私の名前はニコラ・コリンズです、ロイ先輩のお噂は良く伺ってます』
そう言ってニコラは笑顔を浮かべる。
ニコラの背は小さい、顔が私の胸くらいの位置にあって見上げる様に私を見ている、顔も幼く見えて、小動物の様な印象を受けた。
『彼女は同じクラスの子でね、先輩の事話したら、会ってみたいって言ってましたよ』
アリサがそう言って、ちゃかす様な笑みをニコラに向ける。
アリサの言葉に、ニコラが恥ずかしそうに顔を赤らめる。
『もう、アリサたら、そう言う事を本人の前で言わないでよね』
『ごめん、ごめん』
そう言って、アリサとニコラは二人で笑い会った。
『仲が良いんだね』
私は素直な感想を言う。
私の言葉に、二人は笑顔で頷いた。
その後は、しばらく四人で談笑していた。
ニコラはデニスと同じく、珍しい黒の魔力持ちで、それもあってか、同じ魔力のデニス、魔力は違うが、珍しい白の魔力持ちのアリサと仲が良くなったと言う話しを聞いた。
ニコラの髪は少しだけ黒っぽい程度の金髪で魔力はそう強くないみたいだが。
『しかし、女の子で黒の魔力てのは、なかなか大変だね』
私は何気なく思った事を口にする、口の魔力持ちは主に肉弾戦になる、それに戦闘以外でも肉体労働を任される事が自然と高くなってしまう。
『そうなんですよね、一応、形としては練習してますか格闘なんて怖くてできませんし、デニス君みたいに魔力も強くないし、魔法士としては、役ただつですね』
そう言って、ニコラはあっけらかんと笑った。
ニコラの正直な物言いに私は何も言えなくなってしまう。
『でも、魔法士と生きていくだけが人生じゃありませんし、学者や政治家、事務員とか、後は素敵な男性のお嫁さんとかね』
私が言葉を返せずにいると、ニコラはそう話しを続けて、また華やかな笑顔を見せる。
確かにニコラの言う通りだった、実際に仕事で魔法士として活動する人間はそんなに多くない、戦闘に関わる事はさらに少ない人間となる、社会全体を見れば平民には魔力が少ないものがほとんどだ。
けれど貴族社会では、魔法士としての力量は多岐に渡り影響する、それは、学者や政治家、事務員といった魔法士と関係ない様な分野まで及ぶのだ、婚姻も、魔力が高いものが好まれる、もちろん魔法士と違い、それ以外の要素で補う事もできるが、学生にはなかなかに重たい事実だ。
それをこんなにも明るく笑い飛ばせるニコラに少しの戸惑いと尊敬を覚えた。
『凄いな、君は、前向きな子だね』
『ありがとうございます、できないものは仕方ありませんから、やれるだけ、頑張るしかありませんし』
そう言ってニコラはまた笑う。
『格好いいな、君は』
素直な思いだった。
『と言っても、割り切れない時もありますけどね、ただ、状況が悪くても良くても、いつだって自分が最善と思える道を行けばいいって、昔、父から言われたものですから』
そう言ったニコラは目を細め、少しだけ悲しげな表情をしている様にみえた。
『良いお父さんなんだね』
『はい! 数年前に事故で死んでしまいましたが、優しくて大好きな父でした、あっ、私養子なんですよ、父がなくなり、養子としてコリンズ家に来たんです、もちろん、今の義両親も良い方達ですよ』
何でもない話しの様にニコラは言う、その顔には先ほど見えた悲しみの色は無くなっていた。
『そうなんだ、すまない、無遠慮な事を聞いてしまって』
『いえ、ロイさんは悪くありませんから、私こそ、すいません、急にこんな話しをしてしまって』
『そうか、なら良かったけど、ありがとう、俺はもちろん気にしてないからね』
お互いに謝ると話題はまた、たわいの無い話しに戻る。
それから、しばらくして私は三人と別れた。
そして、また放課後になると私は闘技場へと足を運んでいく。
『今日から訓練内容を少し変更する』
その日闘技場に集まると学園長が口にした。
だんだんと、日々の訓練に慣れてきた私達に僅かな緊張感が過ぎった。
どんな訓練をするのだろうか。
『まず身体中に魔力を充満させさい、魔法を放つ前の様に』
指示通り、私達は身体中に魔力を充満させる、後は魔力を変換させるだけで魔法を放てる状態だ。
学園長は、静かに私達を見ている、魔力を充満させたままなので、体がウズウズとする、魔法を放ちたいと体の中の魔力が言っている様だ。
『悪くないな、よし、その状態で、いつもの走り込みを行いなさい、決して魔法に変換してはいかんぞ、特にデニスは肉体強化に回したら意味がないからな』
『このまま走るのですか!』
私は思わず声をあげる。
『うむ、初めは大変かも知れないが、常に魔力を充満させていれば、黒の魔力持ちでなくても、多少の身体強化を得られる、それに魔法を放つ速度も上がるからな』
『そんな効果があるんですね』
関心した様にアリサが言う。
『ああ、これも学生にはあまり馴染みのない技術だ、それなりに高いと魔力制御が必要とされるし、ほとんど戦闘以外には使えないからの』
なるほどな、一応、戦闘の実習を受けると言っても、実際に戦闘に関わる事になる生徒は一握りだろう、できるかどうか怪しい技術を教える事もないと考えた訳か。
『まあよい、まずは走ってみよ』
学園長は話しを切り、促す。
私達は走り出す。
確かに体は軽く走れる、だが魔力が体の中で暴れる様な感覚に襲われる。
私は必死に暴れる魔力を抑えつけるが、10分ほど走った後耐えきれなくなり、魔力が霧散し立ち止まる。
やはりというか、かなりキツイ、呼吸を整えてからもう一度、魔力を充満させ走りだすが、今度は10分も持たずに、魔力が霧散してしまう。
何度も、魔力を充満させながら、少しずつ前に進んでいく、多少は慣れてくるが、それ以上に精神力を消耗し、三人が走り終える頃には、すっかり日も暮れてしまっていた。
結局、その日の訓練は走り込みだけで終わってしまった。




