実習2
時間少し遡り、実習開始直後。
デニス達のパーティも実習を開始していた。
『みんな、気を引き締めていこう』
アリサがパーティのみんなに向けて言う。
『そうだね、でもデニスがいれば楽に終わっちゃう気もするけど』
シリルが苦笑混じりに答える。
『それでも何かあるか分からないでしょ、それに実習態度も評価されるんだから真面目にやってよ』
シリルの態度にアリサは少しだけ怒りを見せる。
『分かりました、よ、アリサ様』
巫山戯る様にシリルが答える。
パシっと、ハイネがシリルの頭を叩く。
『アリサを怒らせないで、真面目にやりなさい』
ハイネに怒られて、シリルは大人しくなる。
『ありがとうハイネ』
『いいよ、でもアリサもあんまりムキにならないでね
シリルも本当に気を抜いたりするつもりもないんだろうし』
『うん、ごめん、分かってるけどついね』
ハイネに諭されてアリサも反省する。二人とも何故だかハイネには頭が上がらないのだ、年は同じだけど、このパーティのお姉さんの様な存在なのだ。
『みんな、止まって何かいる』
デニスが、前方を見据える。
デニスが見据えた先の木々が揺れ、魔物が姿を現した。
人の背丈ほどの赤の体躯を四足で踏みしめた魔物。
息吹は荒々しく頭に兇悪な2本の角が勇ましく伸びている。
『レッドブルか突進してこられたら、ちょっと厄介だな』
シリルが表情を引き締めて呟く。
レッドブルは、それほど強力な魔物ではないが、巨体を生かした突進の破壊力は凄まじく、まともにくらったらデニスはともかく他のみんなは、ひとたまりもないだろう。
『先手必勝でいきますかな』
デニスは呟くと、足下に落ちている拳ほどの大きさの石を拾いあげると、レッドブルに向けて投げつける。
デニスの放った石は、目にも止まらぬ早さで飛んでいき、次の瞬間にはレッドブルは吹き飛び地面に倒れ伏した。
『あれ、倒してしまったのか』
倒れて動かないレッドブルを見てデニスが意外だとばかりに言う。
『ほら、俺の言った通りだろ』
シリルが呆れた様な表情を浮かべる。
ハイネとアリサは呆然としたまま、動けずにいた。
『何か悪いな、まさかあれで倒せてしまうとは思わなくて』
焦る様に、デニスは謝罪を口にした。
『いいのよ、デニスの判断な間違ってないわ、レッドブルの突進を未然に止めてくれたんだから』
ハンナがデニスの謝罪を否定する、実際にデニスは間違ってないわけなので当たり前だが、これでは私達の実習の意味がない、ハンナも困ったが、次は私達にまず戦わせて欲しいと言う事で話しをまとめた。
それから、しばらく魔物とも会わず歩いていた時、ドンと言う衝撃音と共に男の人の悲鳴が聞こえてきた。
デニス達四人は驚き、悲鳴が聞こえた方に向かう。
そこで見たものは、禍々しい形相の魔物と、倒れて血を流している監視役の教師の姿であった。
『あれは、魔猿か? あんな凶悪そうな見た目の魔猿なんて聞いた事ないぞ』
シリルが、目の前の魔物を見て言う。
他の三人もシリルと同意見であった。
四人が驚き呆然としている中、魔猿は倒れている教師に向い距離を詰めていく、止めを刺そうと言うのであろう。
魔猿が右腕を振り上げ倒れている教師に向い振り下ろす。
ガンと言う音とともに、魔猿の腕が止まる、魔猿の腕の下にデニスが割って入り攻撃を受け止めていた。
ミシリとデニスの腕が軋む。
何て威力だ、只の魔猿の力とは思えない、見た目同様その力も普通の魔猿とはかけ離れている。
腕の痛みを我慢し、魔猿の腕をとると投げとばす。
『アリサ、先生の回復を頼む、それと魔道具を使って他の教師に連絡を』
アリサにそう言うと、デニスは投げ飛ばした魔猿に向い駈け出す。
投げ飛ばされた魔猿も、転がりながら体勢を立て直しデニスを迎えうつ。
魔猿の振るう腕を掻い潜り、デニスは拳を腹に叩き込む。
デニスの拳を受けて魔猿は少しだけ苦悶の表情を受けたが、かまわずにデニスに腕を振るう。
攻撃が当たったのにも関わらず、反撃を受けた事にデニスは驚き反応が遅れる、が紙一重で何とか避けると、体勢を立て直すために魔猿がら距離をとる。
後ろに下がるデニスを追おうとする魔猿に、水弾と風の刃が降りかかる。
シリルとハイネが横から攻撃している。
二人の攻撃をまともに受けたはずの魔猿だが、少し鬱陶しそうにするだけで、ダメージを受けた様には見えない。
『こいつはとんでもないな、ハハ』
シリルがいつもの様な軽口を叩くが、その顔は引き攣り上手く笑えていない。
ギロリと魔猿の視線と敵意が、シリルに向く。
『あっ、やば』
ゾクリとシリルの背中に悪寒が奔る。
次の瞬間には魔猿が一足飛びに目の前に立ち腕を振り抜いてくる。
恐怖と共に、世界がゆっくりに見える。
奇跡的とも言える(シリルにとっては)反応で、シリルが水壁を構築する、と同時に腕で体を守り衝撃に備える。
シリルにとって、最善、いや完璧と言ってもいい防御だった。
が、そのすぐ後に来た衝撃は防御など紙切れかの様にシリルの意識を弾き飛ばしていく。
あっ死んだなこれ!
それが、意識を失う寸前にシリルが思った事だった。
『シリル!』
デニスの視線の先で、シリルが吹き飛ばされいく、あっという間の出来事で助けに行く事が出来なかった。
魔猿の視線がハイネに向く、魔猿に睨みつけられたハイネは恐怖のためか呆然と立ち尽くしている。
まずいな、このままではハイネも攻撃されてしまう
デニスは焦り、駈け出す。
『お前の相手は俺だ』
魔猿とハイネの間にたち、魔猿を迎え打つ。
魔猿が腕を打ちつけてくる。
その腕を掻い潜り、蹴りを放つ。
デニスの蹴りが魔猿の右膝裏に入り、ガクリとバランスを崩させる。
が、ダメージはさほどない、お返しとばかりに魔猿は体勢を戻しながら足を振り上げる。
その蹴りも、デニスは難なく避ける。
スピードもパワーも凄まじいが、全部大振りで軌道は読みやすい、落ち着いて対処すれば、何とか戦えそうだ。
先程は、倒し切るつもりで攻撃したので即座に反応出来なかった。
何より、自分が本気で殴ってすぐに反撃してくるような相手は初めてで、予想外の出来事で反応が遅れた。
相手は今までになく強い、倒せないかも知れない、が他の教師が駆け付けるまで時間を稼ぐだけなら、できるだろう。
『アリサ、連絡はとれたか! 後どれくらいで着く』
アリサに呼びかける、全員とは言わないが近場の教師ならそれほど時間もかからないはずだ。
『だめ! 通信機が壊れてる』
悲鳴の様なアリサの返答が帰ってきた。
絶望
一瞬、最悪の未来がデニスの頭をよぎる
ここで死ぬのか?
いや、まだ諦めるな!
焦る心を無理やりに抑え込み、考えを巡らせる。
『ハンナ! 君が直接助けを呼びに行ってくれ』
それが、デニスが考えついた苦し紛れの作戦だった。
『でも、それじゃ...』
ハンナの戸惑う様な声が聞こえる
直接助けに行ったのでは、どれだけ時間がかかるか分からない、上手くいくとは思えないのだろう、ハンナの戸惑いも分かる、自分一人が逃げる様に感じてる事だろうから。
『頼む、ハンナそれしかないんだ! アリサはシリルの回復を頼む、まだ助かるはすだ』
ハンナの戸惑いは分かるが、今は他に思いつかない、アリサを残すのは躊躇われたが、彼女がいないと全員が助かる事が不可能になってしまう。
デニスにとっても苦渋の選択だった。
『分かった、必ず助けを呼んでくる! だから絶対に死なないでよ』
『ああ、大丈夫、約束するよ』
デニスが返事を返すと、ハンナは背を向け走りだした。
その間にも、次々と魔猿は攻撃を繰り出していく。
ハンナにはああ言ったが、こいつはしんどいな全くダメージを与えれてる気がしない。
初撃の様に踏み込んで打てばいくらか、効くだろうが
それをすれば反撃をもらう恐れがある、今は時間を稼ぐ方が重要だ。
攻撃は避けれる、後は体力勝負だな!
*1時間後
変わらず、魔猿の攻撃を避けづつるデニスだが次第に息が切れてくる、体を重くなり緊張感を保ち続けた精神は疲弊していく。
まだ何とか避けきれてはいるが、避け方にも余裕がなくなってきている。
思ったより、疲労が早く進む
何故だ?
分かってる、恐怖のせいだ、人生初の命がかかった戦いに恐怖し必要以上に消耗してるんだ。
くそ、ヤバイな限界だよ
息が苦しい、体が重い
もうダメだ、休みたい
けれど、迫り来る魔猿の攻撃は一向に休まる事はない
化物め、 ああ疲れた、限界だ、苦しい、もうどうでもいい
けれど!
怖い 怖い、死にたくない、だめだ、まだ諦めるな、くそ、まだ、こんなところで
思考がまとまらない、ただ必死に避ける、避ける
そして、隙をみては、効かないだろう攻撃を繰り出す、効かなくとも牽制にはなる、避けるだけではいずれ捕まる。
くそ、ハンナはまだか、もう無理なのか?
『アリサもう無理だ、お前だけでも逃げろ!』
張り裂けそうな肺を無理矢理に、逃げろと叫ぶ
『イヤだ! 私は逃げない、みんなで帰るのよ! 気合い入れて頑張りなさい』
泣きそうな声でアリサの返事が返ってくる。
本当に泣いてるのかもしれない、けれど、もう顔を見る余裕もない。
アリサなら、そう言うと思ってた。
俺は卑怯だ、それでも言ってしまったのは
ああ、そうだ、覚悟を決めたかったから
俺がだめなら、みんな死ぬ、アリサも
やり抜くしかない!
足がもつれる、魔猿の腕が、体スレスレを掠めていく
それでも
後少し
後少しだけ頑張る
後10分... 後5分... 後1分...後少し...後少し...
ついに、デニスがバランスを崩す、瞬間、魔猿の蹴りが飛んでくる。
避けれない!
咄嗟にガードするが、大きく吹き飛ばされ倒れる!
倒れたデニスに魔猿が迫ってくる。
デニスの脳裏に死の文字が浮かぶ
その時、豪炎が魔猿を包んだ!




