覚醒4~6
デクの日常…
(4)
僕は窓の所まで行くと、さっきの破れたシャツでガラス窓を拭こ
うとしたけれど、ちょっと考えてからやめた。破れたシャツが汗と
血でドロドロだったからだ。これで拭いても窓ガラスはキレイにな
らないからね。それにしても最近のガラスは強くなったものだ。こ
れが一昔前だったら間違いなく割れてたと思うと、僕は我が国家の
工業力が頼もしく思えた。
「早く拭きなさいよ! 私が席に座れないじゃないのよ!」
背中にチクンと熱いものを感じると同時に、女の子が怒鳴った。
振り返るとコンパス片手にシーさんが仁王立ちしてる。
「ふ、ふいまへん、いまふぐ…」
シーさんにもう一度背中を向けるとまた激痛が走ったけれど、表
情を変えない様にして、僕は新しい包帯でガラス窓を拭いた。ここ
で少しでも痛そうな顔をすると、シーさんはかさにかかってムチャ
クチャを始めるからだ。この前なんてもう少しで背中に天の川を彫
られそうになった。でも、今回はどうやら北斗七星で済みそうかな
と思いながら作業をして、拭き終わるのと同時位に先生が教室に入
ってきた。
「おい、誰だ、教室のドアを外した奴は! あっ、デク、またオマ
エが騒ぎの張本人か!」
見ると、他のクラスメイト達は全員ちゃんと席についているのに、
僕一人だけが体に包帯を巻いて、鼻からチョークを二本出したまま、
窓辺に突っ立ってる。着てる服はおばさんが着るようなかっぽう着
だし、この状態では何を言っても無駄ってもんだ。このかっぽう着、
さっき慌てて着替えたので、それとは気づかなかったんだ。
僕は自分のカバンの中に、着替えの服を何枚か持つようにしてる。
だっていつもさっきみたいに服を破られちゃうんだからさ。裸のま
までいるってのも気分は悪くはないんだけど、みんなに悪いからね。
だって、こんなに醜い物体が裸でいたら、他人なら誰だって気分良
い訳ないもんね。
(5)
僕は神様ってもんを信じちゃいないけどさ、もし感謝するコトが
あるとしたら、自分自身の姿を見る為には鏡かなんかを利用しなけ
れば見えない位置に目が付いているってコトに感謝するな。だって
そうだろ? もし目が手の甲なんかに付いててごらんよ。いつでも
自分の顔や姿を気にしてさ、他人と比べる毎に意気消沈してたらと
っくの昔に自殺しちゃってるよ。
ま、とにかく今現在、かっぽう着を着てる僕だけど、このかっぽ
う着だって好きで選んだんじゃないんだ。毎日のように服を破られ
てたら、いくら温厚な親だって、そう何度も新しい服を買ってくれ
やしないよ。そんなの当たり前だって分かり切ってるからさ、僕は
文句を言う前に自分で自分の服を手に入れる努力ってもんをしてる
のさ。ほら、シティじゃ最近でも、まだまだ使える物でもどんどん
捨ててしまうだろ?
だから僕はゴミの日には朝早くゴミ回収場を巡回して、まだ着ら
れる服を集めておく、ってコトをしてるんだ。これは週二回、月曜、
木曜なんだけどね。で、これが結構あるんだな。でもさすがに自分
の好みの物があるってのは少ないんだ。更にサイズも問題だしね。
で、その結果が今着てる、替えのかっぽう着ってコトになるんだな。
「おい、デク、おまえ、変わった服を着てるな。まあいい。早く席
に着け!」
チラッと僕を見た先生は、僕の体の包帯や鼻から出ているチョー
クには全く触れずに、こう言ってドアを自分で直した。指先が小刻
みに震えているのは、自分自身のアイデンティティを守るのに必死
なのかもしれない。
先生は気の弱い人なので、今の状況が起こった理由を一つ一つ生
徒達に問い質し、それを自分の教育理念に沿って指導していくとい
う事が出来ない。
もしそれが出来れば先生の中の先生足る精神は満足できるのだろ
うけど、手間がかかるしね。第一、受け持ちすべての生徒達の生活
や精神状態を一々指導するってのは生半可な事じゃないから。
(6)
これはここが特別な学校である、という理由を除いても、同じだ
と僕は思う。
以下は僕が考える先生論さ。勿論例外もあるけど、大多数は当た
らずとも遠からずだろう。それはね、そもそも先生になろうって人
は、自分が生徒の時に先生から大切にされて、だから学校が居心地
のいい場所で、なおかつ、ある程度自分の思い通りになった場所な
んだよ。イコール楽園って言うのかな。そんな想いがあるからさ、
自分が職を決める時にはその楽園に住める身分を選択するんだと僕
は思う。
けどさ、いざ自分が先生になってしまえば、かつての自分はほん
の一握りで、後の大多数は自分が軽蔑し馬鹿にしていた野郎どもだ、
ってコトに気づくんだ。楽園は立場を変えれば楽園じゃ無かった。
こんな当たり前の事実に気づかない人が先生になるんだろう。
だからこそ今僕の目の前にいる先生も、先生になった今、自分の
都合の悪い件には気づかない振り、これが精一杯なんだよ。だから
ね、それを責めるのは酷ってもんさ。よくある建前の熱血教育論保
持者の要求には、給料に対して見合わない程の覚悟と熱意が必要だ
しね。
それに今まで長い間、現教育システムを認めてきたんだから、そ
れなら部外者は誰も口を出すな、ってのが正しいと僕は思うんだよ。
そんなコトを考えていた僕は、先生に向って先生こそ大丈夫です
か? と言ってやりたかったけれど、黙って席に着いた。
と、グニュッという嫌な感触がして、次の瞬間、教室中に異様な
匂いが立ち込めた。
立ち上がって椅子の上を見ると、汚物をビニール袋に入れた奴が
はじけて、僕のお尻のあたりを汚してる。
それでも愛は与える程に中身を増すのだろうか…




