覚醒 28~30
(28)
と、その時、教室のドアが開いて先生が入ってきた。手にはしっ
かり木刀が握られてる。
「あっ、誰だ、授業が始まってるのに床に寝てる奴は。ちっ、デク、
またオマエか! オマエはいつも自分勝手な行動をとっているんだ
な。オマエの様な奴の親の顔が見てみたいわ!先生がそう言ってた
と、親にもよく言っとけ! まあいい、床を拭いてから自分の席に
とっとと着け!」
どうしてこの僕が床の上に倒れているのかをよく知っているはず
なのに、また先生はいつもの通りに指図をする。それに先生が親を
持ち出すのはこの僕にだけだ。他の誰かに言ったら大問題になっち
ゃうもんね。
考えてみればそうだろうさ。だって、この学校の生徒は僕みたい
なのを除けば、みな各分野の天才で、小学生と言えども国の頭脳の
一端を担ってるんだから。いくら創られた【ナチュラル】でない天
才でもね。
その小さな天才達に、集団生活や年相応の一般常識を教えるのが
この学校の使命なんだから。
それを指導する先生だって気が休まる暇も無いんだろう。で、先
生だって僕になら都合がいいから、言葉の暴力で憂さ晴らし。これ
が先生の小さなストレス解消法にもなってる訳。
本来先生は気の弱い人だし、力での暴力よりも言葉での攻撃の方
が野蛮でないと考えてるんだろうけど、僕はさっきみたいに木刀で
殴られる方がまだ楽だ。
体の傷は時が経てば癒されるけど、心の傷はそうはいかないんだ。
先生の言った【オマエの様な奴の親の顔が見てみたいわ!】ってい
う屈辱的な言葉は、思い出す度に繰り返し繰り返し、僕を痛めつけ
る。でも、先生はそんな僕の痛みなんて考えたこともないだろう。
結局、僕は先生の言う通りにせざるを得ないんだ。
いつも給食の後の五・六時間目は、割とおとなしく過ぎてゆく。
人間はお腹が減ってる時は凶暴になるし、お腹がいっぱいな時は平
和愛好者になりがちだ、というのはまんざら嘘じゃない。僕が受け
る仕打ちやお仕置きの数も、給食の後の方がずっと少なくなるって
のがその証拠でもあると思う。
(29)
ま、そんなのは本当にみんなのお腹がいっぱいで、眠くなってくる
五・六時間目位なものでその後はまたいつもと同じ事の繰り返しな
んだけどね。
だから僕はこの五・六時間目の間にせめて色んな事を考えるよう
にしてるんだ。今日は後で考えようと決めてた事があった。
あれは…そうだ。あいつ、アルファさんがあの時、どうしてこの
僕を庇うような素振りを見せたのかだったな。
ええと、考えられる事は…あの時あいつの傍にはあいつの好きな
人がいて、その人によく思われたいってのがまず考えられるよね。
人ってのは、
自分の好きな人には良く思われたいってのがあるからね。特に女子
の場合は、優しく思われたいとか、親切に思われたいとかね。
う~ん、でも僕のデータでは、今あいつには好きな人がいないっ
て出てる。じゃ、これは除外して、他の考えられる理由はと…もし
かしたら、あいも校長先生と同じ様なストレスで精神情緒不安定な
のかも? まさかあいつがね。そんなはずないさ。だってそういっ
た人種は目を見ればそれと分るはずだもの。あいつの目はそんなん
じゃない。あ、だったら宗教上の理由かな? でも、あいつの家の
宗教は特に変わったものではないしな…
こうして僕は様々なケースを想定してみたけど、どうしてもその
原因を特定する事が出来なかった。仕方がないので、僕は次の疑問
に頭を切り替える事にした。
ええと、次のは…そうそう、どうして僕が本当は嫌な事をする時、
あいつの顔がチラチラするのかだ。今まではあいつの名前が脳裏か
ら離れない程度だったのに、今日の段階ではあいつの映像が、まる
で三次元フォログラムで投影したみたいにくっきりと浮かび上がっ
てくるんだ。どうしてだ? どうしてなんだ?
(30)
「は~い、それでは後は掃除をしてから帰りの会、その後下校とな
ります。あ、そうだ、デク、今日は月初めの一日だから行事がある
日だぞ。忘れないよう今すぐ一年生の教室に行くように。おい、み
んな、今日の掃除はみんなでやれ! いいな!」
僕は先生のこの言葉で我に返ったんだ。でも、その瞬間、答えが
僕の脳裏を一瞬横切ったみたいに感じた。それは、僕が掴んだもの
は、そう、僕があいつに向かって倒れこんだ時、最初あいつがこの
僕を突き飛ばそうとするかに見えた瞬間、この僕は安心にも似た平
安な心持になったのではなかったか?
淀みの中でたゆたう様に、これからは心乱さないよ、と誓ったの
ではなかったか…? という事は…??? まだ正解が出せない。
こんな事は初めてだ。
授業の終わりのチャイムさえ聞こえない程集中して考えたのに、
あいつの事が絡むと僕の頭はおかしくなってしまう。
クラスのみんなも同じこの先生の言葉を聞いて文句たらたらで騒
いでいるけど(この先生の言葉一つでだって、いつもは誰が掃除を
しているのかが分るだろう?)僕のこの行事は何よりも優先される
ので、おとなしく掃除に取り掛かるようだ。
で、僕はさっき先生が言った通り、一年生の教室、僕の割り当て
の一年四組へと急ぐんだ。
月に一度の僕の行事。何事にも最優先される僕のお勤め。それは
僕がもっとも気の進まない、そう、給食の時間よりももっと嫌いな
イベントでもあるんだよ。
一年四組のドアを開けると、担任のまだ若い女の先生が僕をキッ
と睨み、僕と入れ違いに教室を出て行った。
教室ではかわいい一年生達が、きちんと机の前に座って僕の方を
注目してる。早速僕は彼らの前に立ち、今年三回目の僕の行事にと
りかかるんだ。
約一時間後、僕は張り裂けんばかりのつらい心のまま、教室から
出る。つぶらだった彼らの瞳が陰を帯びてきた事に気づくものは余
り居ないだろう。でも、僕にはそれが痛い程分るんだ。
こうして彼らも徐々に、上級生のお兄さんやお姉さん達と同じ様
に、何の抵抗もなく、デクにお仕置きやトラップを仕掛けられるよ
うになるんだ。




