第七話 入学式の日の夜
第七話 入学式の日の夜
「にしても、あの学園ってかなり広いよな~。」
生徒会での仕事の説明が終わって、家へと向かう途中、俺は秀樹にそう話しかけた。
生徒会室だけでなく、学校全体の案内などもしてもらったので、思ったよりも帰るのが遅くなってしまっていた。
「そうですね。
まぁ、大学も隣接していますからあの位の敷地が必要なのでしょうね。
この学園の訓練施設は警察なんかも利用するほどの設備ですから。」
そう、この学園にある訓練設備は警察の訓練などにも使われるほどの高性能なのだ。
まぁ、軍隊の訓練設備と比べるとさすがに劣るのだが。
ちなみに、なぜ警察がここの訓練設備を使うかというと、警察官にはここの卒業生が割りと多いためという理由がある。
超能力の訓練などを行う際に、ここの設備はちょうどいいのだ。
まぁ、そういう理由があって、この学校はかなりの広さがあるのである。
そんな話をしつつ、電車に乗り込むのであった。
そういえば、俺が今借りているマンションは学校から三つ先の駅にあり、秀樹の方は、俺よりも一つ前の駅の近くにあるマンションを借りている。
俺も秀樹も、実家から通うにはこの学校は少し遠いため、どちらもマンションを借りているのだ。
というわけで、俺たちはどちらも今現在一人暮らしとなっているのである。
秀樹と別れ、ひとり家の前のマンションについた俺が部屋の前に着くと、どうも部屋の中から人の気配がする。
誰が何の目的でいるのかは全く分からない……ということはなくむしろ心当たりがありまくりな訳なので、とりあえず確認をするという意味も含めて、部屋に入るため鍵を開ける。
「あっ、おかえりなさ〜い。」
靴を脱いで部屋にあがると、姉さんがエプロンをつけて料理をしていた。
「ただいま。
来てたんだ、姉さん。」
「まあね〜。
かわいい弟の入学式な訳だしやっぱり駆けつけなくちゃ行けないかな〜って思って。」
ピンク色のエプロンをつけてルンルンと楽しそうに料理を作っているのはわが姉であった。
まぁ、こないだ当日は会議があるから来れないけど、その日中には絶対行くからというような連絡をもらっていたので別に不思議ではない。
「ありがと。
あっ、夕食も作ってくれたんだ。」
「どういたしまして。
お祝いということで、ちょっと腕を振るってみたのよ。
後もう少しでできるから着替えたら座って待っててね。」
「分かった。」
自室で私服に着替え、テーブルで待っているとしばらくして、夕食が運ばれてきた。
「はい、どうぞ〜。
たくさん食べてね。
今日はブイヤベースを作ってみたの。
酒井さんが何匹か魚を譲ってくれたからちょうどいいかなって思って。」
「へぇ、珍しいね。
いただきます。」
「召し上がれ〜。」
酒井さんというのは、実家の近くにある漁港で漁師をやっているおじさんで、うちの父親の昔からの友人らしい。
家にもよく、捕った魚を届けに来たりしてくれるのだ。
気前のいいおっちゃんで、おれも、会うとよく話をして、いろいろとお土産なんかをもらったものだ。
とれてすぐの新鮮な魚を使って作った、姉さんが腕を振るった料理(ブイヤベースといっても、本格的なものではなく、昔ながらのもの、とはいってもトマトは使っているが)に舌鼓を打っていると姉さんが話しかけてきた。
「今日は行けなくてごめんね。
本当はお姉ちゃんも行きたかったんだけど、どうしても会議に出なくっちゃいけなかったのよ~。」
「それは仕方ないよ。
社会人なんだし、いろいろとあるんだろうから気にしてないって。」
「しゅう君が気にしてなくてもお姉ちゃんが気にするのよ~。」
ちなみに、しゅう君というのは昔から姉さんが俺を呼ぶ時に使っていた呼び名である。
外で呼ばれると少し恥ずかしいのだが、やめてくれと言うとすごく悲しそうな目をされるので、一度言いかけてからは言ったことはない。
「本当はね、ずっと前からそこは休みますってず~っと言ってたのに、三日前になって急に会議があるから絶対来いって言うんだよ。
その時はお姉ちゃん、もうほんとにどうしてくれようかと思っちゃったのよ。」
「ははは。」
ちなみに、わが姉はやるといったことは必ずやり通す人で、ほかの人が割と冗談だと思っていることも本気でやることが多い。
「正直さぼっちゃおうかな~なんて思ったんだけど、|茜≪あかね≫が『もう社会人なんだからわがまま言わないの』っていうから……。
ひどいと思うのよ、こういう時は私の見方をして休んじゃえって言ってくれると思ったのに。
しゅう君もそう思うよね?」
うん、それは茜さんが正しいと思う。
ちなみに茜さんというのは、フルネームで|梅野茜≪うめのあかね≫さんといい、姉さんの同級生で、生徒会にも入っていたいわば、姉さんのサポート役である。
外見に関して言えば、気品のある物腰が特徴のスリムな女性である。
姉さんは、基本何でもこなす超人的な人であるが、ちょっぴり抜けているところがあるのでそれをフォローしてくれているのだ。
うちの家族を除くと、姉さんの内面を知っている唯一の人物であるといえる。
姉さんとは昔からの付き合いで、今でもまだまだ仲が良いらしく、職場は違うけど(学園近くの喫茶店で働いている)、よく会っているらしい。
そういえば、久しく会っていないし、今度会いに行ってみようかな。
ともあれ、姉さんのこの質問に対して否定の返事を返すと姉さんが「お姉ちゃんじゃなくて茜の味方をするんだ。」とかいって拗ねてしまうので、ここは肯定の返事が正解だ。
「そうかもね。」
「そうよ~。
まったく、茜はやっぱり少し頭が固いと思うのよね。」
「ははは。」
いや、それは姉さんが自由すぎるだけじゃ、なんて言いたくなったが、これも言わないのが吉だ。
これ以上愚痴を続けるのは不毛なので、話を返させてもらおう。
「そういえば、俺、生徒会にも入ったよ。」
「あぁ、そういえばしゅう君も主席入学なんだから入るんだよね。
私も入ったな~。
懐かしいな~、今となっては。
あれって結構大変なのよ~。
特に学校行事が行われる時期なんかは結構キツキツなの。
多分初めての仕事となる体育祭はなんかは慣れていないだろうからなかなか大変よ。
仕事量もなかなかハードだし、実行委員を引っ張っていかなくちゃ行けないからね~。
まぁ、何か困ったことがあったら何でもお姉ちゃんに相談してくれていいから。
なにせ、私は先輩なんだからね。」
そう言って姉さんは少し胸を張って姉さんが自分の胸を手のひらでたたく。
顔がかなり自慢げだ。
「わかったよ。
何かあったら相談させてもらうね。」
「任せなさい。
呼ばれたら仕事中でもすぐに飛んでいくから。」
いや、仕事中はダメだろ。
そう思うもやはりこれは口には出さない。
「うん、やっぱり姉さんは頼りになるね。」
「まあね。
だってお姉ちゃんだもの。」
そういう姉さんは大人な感じを演出しようと思ったのであろうが、口がニヤニヤしているせいで、うまくできていない。
「でも、忙しいんだったら無理しなくていいんだよ。」
「無理なんかじゃないわよ。
お姉ちゃんがやりたくてやっているんだから。
そういえば、夏の大会はお父さんもくるみたいよ。
体育祭はいけないみたいだけどね。」
「そっか、その日は帰ってきているの?」
「というか、来賓として呼ばれているんだって。
きっと息子の活躍をみたいだろうから、しっかりと期待に応えなきゃだめよ。
主席入学なんだから出場はほぼ決まってるんだしね。」
「うん、わかったよ。」
「よしよし。
あっ、そういえば、茜からもらったコーヒーがあったんだ。
入れてくるからちょっと待っててね。」
そう言って姉さんが、コーヒーをフィルターの上にのせて、お湯を注いでいく。
しばらくして二つのマグカップの中にコーヒーがたまるとそのうちの片方をこちらに手渡してきた。
「茜のお勧めのコーヒーなんだって。
ハイマウンテンっていう種類みたいよ。
ブルーマウンテンの親戚だって言っていたわよ。」
「へぇ~、茜さんのお勧めか。」
そう言って俺はコーヒーを一口すする。
おっ、これは生徒会で飲んだのも同じ品種なのかな?
どちらも酸味があまりなくて甘みが強い感じでおいしいな。
ちなみに、普段俺がよく好んで飲むのはトラジャ・カロシという種類だ。
あの深いコクが俺の好みにとてもよくあっているのだ。
しばらくコーヒーを飲みながら話を続けていると、そろそろ姉さんが帰る時間のようで、帰りの支度をし始めた。
「さてと、お姉ちゃんはそろそろ帰らなくちゃ行けないから。
しっかりと勉強も気を抜かずにやりなさいね。
後家事はしっかりとやって、風邪をひかないようにするのよ。
分かった?」
「もちろん大丈夫だよ。
どれもしっかりやるつもりだから。」
「あとあと……」
「そんなに心配しなくても大丈夫だって。
しっかりとやるから。」
「う~、ちゃんとやるのよ?」
「わかった。」
「よろしい。
それじゃあ、また来るからね~。」
そういって姉さんは俺の頭を軽くなでて部屋を出て行くのであった。
第七話 end