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空色の虚空  作者: 赤月
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二話 空に託した願い

――ここは、地に這い蹲る城


「俺が……いえ、私が」

 朔はそう言って、中央に進み出た。

 人々の視線を受けながら、陛下に向かって跪く。だが頭は下げずに、朔は平然と父親でもある国王を見据えた。国に二つと無い豪華な玉座に座った王は、こちらに声をかける前に隣に立っていた宰相へと顔を寄せる。宰相の唇が僅かに動いた。

「綾様の長男である朔様です。第九番目の王子にあたります」

 声はほとんど聞こえなかったものの、彼の唇から推察するにだいたいそのような言葉であるだろう。綾というのは朔の母の名だ。一時期はそれなりに陛下の寵を貰ったらしいが、美しさ以外に取り立ててとりえも無かった母は、すぐに飽きられてしまったらしい。

 陛下は納得したように頷いた。

「そうか、綾の。言われて見れば良く似ておる。美しい青年になったな」

「有難う御座います」

 朔は嘲笑しそうになる顔を隠すように、深々と頭を下げる。普段ならそのまま皮肉気な顔を陛下に向けるのだが――どうせ自らに向けられた嘲りに気付くような、聡い王ではない――今回は機嫌を損ねるわけにはいかなかった。朔は顔をあげる。

「その任務、私にご命令ください」

「ふむ。……しかし、危険な任務となる。生きて帰れる保証はないのだぞ」

「構いません」

 朔は不敵な笑顔を陛下へと向ける。

 陛下の近くにいる兄たちが、哀れみとも嘲笑ともとれる表情でこちらを見下ろしていた。彼らには朔の行動が、陛下に取り入るための小賢しい策に見えているのかもしれなかったし、危険な任務に進んで就くとは物好きなことだと思っているのかも知れなかった。

 そう、玉座に近い彼らには解るまい。

 朔の抱えている慢性的な退屈と無為に過ごす日々に対する後ろめたさ。

「必ずや、陛下のお役に立って見せます」

 ――命を賭してでも。朔はそう言って陛下の顔を見上げる。

 朔の命などいくら賭けても良い。このまま退屈な日々を送るくらいなら、死んだ方がましなのだ。どうせ生きていても、王宮に縛られて暮らすだけの人生。

「それならば、これはお前に任せよう。――天空の城の探査に、朔を向かわせる」

 陛下の言葉に、朔は始めて心から頭を下げた。

 


 空へと旅立つことは、長年の人類の願いだった。

 空に浮ぶ城の正体を知りたい、と。人間たちは空へと舞い上がる方法を模索してきた。

 最近になって、近隣している国がその手段を手に入れたらしい。

 

 朔は部屋に戻り、それを初老の男に語る。他に語る相手を持たなかった。

「要するに、大きな風船のようなものらしい。下で火を燃やし、暖かい空気を溜める事によって浮力を得る。その風船の下に籠を付け人間が乗れるようにしたものだ。瑠国ではそれを気球と呼ぶらしい」

「しかし何も、朔様がそのような危険な任務を負わなくとも……」

「危険……危険か。瑠国では既に五基が天空の城へと向かったが、一基たりとも戻ってこなかったらしいな」

 朔は口の端に笑みを浮かべながらそう言う。杯を差し出すと、男は赤い液体を注いでくれた。赤酒は瑠国での名産品だ。この讃国でも酒は作っているが、味は赤酒に遠く及ばない。他にも隣国に及ばない物は多くある。生産性で言っても技術的な観点から言っても、だ。

 天空の城に瑠国が先に辿り着いてしまったら、何かしらの技術や思想や力を手に入れてしまうかもしれない。隣国と、これ以上の差を作ってしまうことをこの国は恐れているのだろう。だから必死で瑠国の技術を盗み、気球を作ったのだ。

「朔様には自信がお有りなのですか?」

「自信? そんなものは無いな。剣を使えば勝てるような相手でもないだろう。その風船に穴が開けば地面に叩きつけられて終わりだし、城には何があるのか皆目検討もつかない」

 朔の台詞に、理解が出来ないとでも言う風に男は首を振った。

 だが男にしてみれば、朔が死んで御役御免になった方が良いはずだ。いずれ王冠を争うような王子に付いたお目付け役ならば色々な特典もあろうが、朔の面倒を見る役目など、貧乏くじを押し付けられたのと変わりはしない。それは朔の下にいる十名ほどの王子にしても同じだろうが。

「陛下は反対なさらなかったのですか? 他の殿下方は?」

「国を代表するような計画だ。真剣さを瑠国や他国に見せびらかす意味でも、王子を使いたかったんだろうよ。……こういう時には子が多いのも使い捨て出来て便利だな」

 朔はそう言って皮肉気に笑った。

 将来を嘱望された年長の王子たちは、こんなつまらぬ任務で命を捨てる気にはなれないだろうし、年若い王子たちは、まだ絶望を知らないほどに幼いのだろう。だが朔の場合は。

 己の命の価値など、一度の冒険で燃え尽きても良いと思えるほどに安いものだ。


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