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空色の虚空  作者: 赤月
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一話 空に浮かぶ城

 ――それは常に空にあった。

 

「退屈だな」

 朔はそう呟いて、足下を見下ろす。

 国で一番高い建物の、一番高い場所に朔は立っていた。足元から、扇状に広がる家々。地平線上、遠くに見えるのは低い山々。背後を振り返っても、そこには鬱蒼とした森が広がっているだけ。別段、面白味のある風景ではない。

「朔様、お願いですからそこから降りて下さいまし」

 同じく、何の面白味も無い台詞が下からかかる。朔はちらりと声の方向を見やった。見慣れた初老の男の顔が、疲れたようにこちらを見上げている。相手も注意をすることに飽いているのだろう。それならば、放っておいてくれれば良いのだ。

 朔が立っているのは、国で一番高い建物――王宮の一画に建つ、一番高い場所――見張り台の屋根の上、だった。だが、足を滑らせても遥か眼下の地面に叩きつけられることは無い。せいぜい注意をしてきた男の立っている見張り台に落ちるのが関の山だろう。そう危険なことではない。

「――朔様」

 男がもう一度、名を呼んだ。子供では有るまいし、屋根に昇ったくらいで、文句を言われる筋合いは無い。朔は男を無視して、天を仰いだ。下には見るべきものは無い。


 そこには大きな城があった。

 真っ青な天に浮いた、大きな緑の大陸。大陸に聳え立つ白亜の城。


 ――何故、空に城があるのか。

 唐突に容赦なく空に浮いているあの物体に、人々の興味は尽きない。日によって、浮いている方角や位置が変わるのもまた良い。それは時に頭上に移動し、日光や雨を遮ったりもするのだ。

 昔から皆は空を見上げてきた。今も空を見上げている。朔がこうやって天を仰いでいるこの時にも、きっと誰かが空を見上げているだろう。空に浮ぶ城を見るために。


 その城には、神が住んでいるらしい。全知全能の神が、人々を見下ろしているのだ。宙に浮く大陸こそが、神の存在を、神の力を証明しているではないかと人々は言う。

 他の人間は、あれこそが黄泉の国だという。死んだ人間は魂だけの存在になり、軽くなってあの城へと昇っていくのだと。あの城に辿り着けた魂だけが、永遠の命を得るのだと。

 羽の生えた天使や悪魔だけが暮らせる場所だと言う人間もいる。

 我々とは全く別の人種が、空の上で暮らしているのだと言う人間もいる。

 

「朔様、危険で御座います」

 朔は僅かに舌打ちしてから無造作にそこから飛び降りる。下に居た男は、飛び降りた朔に向かって驚いたような顔を見せ、微かにため息を付いて見せた。

「もう少し御身を大切になさってくださいませんと」

「怪我をするとお前が困るからな」

 朔は皮肉気にそう言ってから、窓から屋内へと入る。ここが自分の部屋だった。

 国王に希って与えてもらった一室だ。ここは時計台や見張り台として使われている建物であり、本来なら、人が寝泊りするような場所ではない。だが、朔はここが気にいっていた。空に最も近いというのが良い。王宮にも部屋を持っていたが、そこは息が詰まってしょうがなかった。

「怪我をなさると、陛下が悲しまれます」

「ふん、王は俺の顔など覚えてもいないだろうよ。俺だって兄弟全ての顔を覚えてはいない」

 質素で小さな部屋には不釣合いなほどの立派な長椅子に身体を沈めながら、朔は口の端を上げる。



 歴代の国王の中でも無類の女好きとされる現王・眞は、正妻二人と数多の側室を持ち、王子・王女と呼ばれる人間だけでも軽く四十人はいる。朔はその十二番目の子に当たった。王子だけで言うと、上から九番目だ。それは、王位継承権の九位を持っているということになるが、いくら朔でもそんな順位にまで王冠が回ってくるとは思っていない。周囲もそう思っているだろう。だれも朔に王子たる振る舞いを期待してはいない。

「そういえば近々、王宮で何かあるのだったか」

 足を組み替えながら、朔は男の顔を見上げる。

 朔のお目付け役のような役割を振られているこの初老の男は、見るからに冴えない顔をしていた。王子王女の教育係――というか単なる子守か――も、第五王子くらいまでは国の賢者を集めてその任につけているような印象があるのだが、朔の辺りにまで来ると寧ろうだつの上がらない人間が選ばれているような気がする。王子や王女の一人一人に有望な人間を付けていては、人材の無駄遣いになるとでも思ったのだろうか。

「はい。明後日、日出の間に集まるようにと、王宮から知らせが届いております」

「ふうん? 何か面白い催しでもあれば良いがな。また姉妹の誰かが他国に嫁に出されるからといって、兄弟姉妹全員の祝辞を聞かされるはめになるのは御免だぞ」

 朔はそう言って、目にかかる鋼色の髪をかきあげた。

 だが、他国に嫁ぐことの出来る王女と言う存在は、跡取りとなる王子並に優遇される。他国と縁を築く意味でも、他国に与える人質としてでも、他国に借りを作る時にでも、婚姻と言うのは有効になるのだ。だから第九王子などという朔よりもよっぽど、第二十王女の方が役に立つはずである。

 朔はそう思いつつ、その考えを鼻で笑う。

 

 こうも嫁げる娘が多いと、閉口しているのは押し付けられた他国の方だろう。


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