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形の無い借金取り

作者: アマラ

 能力、才能。

 本来は生まれ持ったものであり、後から得る事ができないそれら。

 それを「貸し与える」者達が居る。

 「借金取り」と揶揄される彼らから能力や才能を「借りる」事ができれば、きっと成功する事ができるだろう。

 だが、忘れてはいけない。

 それらは「借り物」であり、いつか返さなければならない事を。

 ただ、「借金取り」が「徴収する」のは、必ずしも借りたものであるとは限らない。

 契約するときに約束した、別のものを支払いに回す事もできる。

 ただ、支払わずに逃げる、という選択肢は選ばないほうがいいだろう。

 そのときはきっと、何故彼らが「借金取り」と呼ばれているのか、その理由を思い知る事になるのだから。




 一人の見習い職人の青年が居た。

 宝石の産出で有名なその町には珍しくない、彫金職人の見習いである。

 来る日も来る日も金属を叩き、親方には才能がないとどやされ、同じ見習い達からも笑われていた。

 それでも、青年は必死になって修行に励む。

 青年の家は、裕福ではなかった。

 父は採掘者であり、母は針子をしている。

 下の弟妹達は、まだまだ食べ盛りだ。

 両親の稼ぎは、そんな弟妹達の食費に消えている。

 今は見習いで稼ぎも無いが、一端の職人に成れさえすれば皆に楽をさせてやれるだろう。

 どんなに馬鹿にされても貶されても、青年は必死に必死に修行を続けた。

 それでも、彼の腕はのろのろとしか上達しない。

 弟弟子達が一人前になっていく中、青年はずっと半人前のままだった。

 腐って、投げ出してしまおうかとも思った青年だったが、そのたびに必死に働いている両親の姿が頭によぎる。

 なんとか、きっかけさえあれば……。

 あるとき酒場で酒を飲んでいた青年は、奇妙なうわさを耳にした。

 才能や特殊な能力を貸し付ける連中が居るらしい、と。

 何を馬鹿なことをと笑う青年だったが、何日たってもその話が頭から離れなかった。

 もし本当なら。

 自分に「彫金の才能」があれば。

 きっかけさえつかめれば、自分は一人前になれるのではないか。

 そんな思いが頭の中をぐるぐる回っていたある日。

 町の掲示板の隅に、小さな紙切れが止まっているのを見つけた。

 歓喜に溢れるデフォルメされた顔と、絶望に打ちひしがれるデフォルメされた顔の二つがかかれた小さな紙切れ。

 うわさに聞いた、才能を貸し与えてくれるという連中の印だ。

 青年は思わずそれを手に取り、嘗め回すように覗き込む。

 二つの顔の裏側に書かれていたのは、日付と時間、そして場所の名前であった。


 数日後。

 書かれている時間、場所に、青年は立っていた。

 月も出ない真夜中の、町外れの広場。

 誰も居ない、誰も来ないそこで、青年は一人紙切れを握り締め立っていた。

 そして、その紙切れにかかれた時間がやってくる。

 最初に青年の耳に入ったのは、小さな足音だった。

 こつこつという規則正しい足音と、ぱたぱたという軽い足音。

 弟妹が多い青年は、軽い足音が子供のものであるとすぐに気が付いた。

 音のするほうに振り返った青年が見たのは、女と、少年の姿だ。

 腰まで届く長い銀髪に、赤い目をした奇妙な女であった。

 黒いコートと黒い帽子を被った黒尽くめの格好をしているのに、奇妙に銀と赤が印象に残るのだ。

 少年のほうは、どこにでも居る普通の子供のように思われた。

 隣に居る女が強烈に印象に残るせいで、余計に特徴が無いように思われる。

 この奇妙な二人組みは青年の近くまでやってくると、その目の前でぴたりと足を止めた。

 たじろぐ青年をよそに、女はすっと指を伸ばす。

 その先にあるのは、青年が握っている紙切れが。


「貴方はそれが、何の印だか知っているの?」

「あ、ああ。すごいものを貸してくれるって連中の目印だって……」

「借りたいものがあるのかしら?」

「それがアンタに関係あるのか?」

「ええ。だって、私がその連中の一人ですもの」


 目を剥く青年を見て、少年が呆れたようにため息を付く。


「もう、お客さんかもしれないんだろ? もうちょっと言い方考えなよ。お兄さん借りたいものがあるの? なら、早く言ったほうがいいよ。彼女、気が短いんだ。あと探られるのも嫌いだから、さっさと用件言わないと、帰っちゃうよ?」


 ぺらぺらと話少年を、女は僅かに眉をひそめて見下ろす。

 少年はいたずらを叱られたように首をすくめる。

 青年はあわてて口を開いた。

 欲しいのは、彫金の才能。

 自分は彫金職人の見習いで、才能がないと皆に言われる。

 努力はしているつもりだが、どうしても芽が出ない。

 才能が有れば、才能さえあれば。

 女はそんな青年の話を、無言無表情無挙動でただただ聞いていた。

 そして、コートの中に手を伸ばし、小さな赤い小石のようなものを取り出す。


「これを飲めば、望みのものが手に入る。丁度よそから徴収したてのものだ。質はそこそこと言った所だろう。ただ、その代わり。五年後お前から能力を徴収する。安心しろ、彫金の才能はもう間に合ってる。別のものを貰う事にする」


 女が告げたその能力は、青年にとっては意外なものであった。

 だが、彫金の才能が手に入るならばと、青年は五年後、その能力を渡す事を約束した。




 翌日から、青年の彫金の腕は、見違えるように上達し始めた。

 まるでそれまで溜め込まれていたものが、あるきっかけであふれ出したようであった。

 思い描いて通りに金属が動き、デザイン画が紙から抜け出してきたような作品を難なく作り上げられるようになっていった。

 青年はいつしか細工をするだけでなく、自分でどのようなものを作るかもデザインするようになっていた。

 修行時代、誰よりも必死になって様々な細工を見てきた青年には、様々な思いつきや発想があったのだ。

 幾つもの斬新な細工を考案し、それを自分で作り上げる。

 いつしか青年は一人前の職人と呼ばれるようになり、小さな店まで持つようになっていた。

 誰もがうらやむ成功を掴みかけていた青年だったが、その胸にはいつも空しさが渦増していた。

 はじめのうちは、夢にまで見た才能に酔いしれた青年だった。

 だが、それはただの借り物で有るという事実が、青年の中に重くのしかかるようになっていたのだ。

 借り物と言っても、返すのは別の能力だ。

 たとえ女に能力を徴収されたとしても、才能がなくなるわけではない。

 だが、所詮自分の能力は簡単に奪われてしまうものなのであるという事実が、青年の心を苛んでいたのだ。

 そして、周りが青年の彫金の腕を褒めたてえるたび、それが自分へ向けられた言葉ではないように感じるようになっていった。

 褒められているのは、借り物の才能だ。

 青年自身ではない。

 努力はした。

 必死にした。

 だが、それは報われなかった。

 だから才能を借り受けたのだ。

 悩みを振り切ろうと、青年は必死になって仕事に打ち込んだ。

 そうするごとに、青年への評価は上がっていった。

 すばらしい彫金の腕だ。

 こんな彫金は見たことが無い。

 褒め称えられるのは、彫金の事。

 不安や苛立ちが、青年を襲う。

 だが、青年は逃げ出す事ができなかった。

 ようやく少しずつ楽をさせてやれるようになった両親や弟妹達を、捨てる事など出来なかったのだ。

 気が付くと青年は、一人で町外れの広場にたたずむようになっていた。

 あの女と少年に出会った、広場である。

 晴れない心を抱えてたたずむ青年の耳に、耳慣れないものが聞こえてきた。

 聞いた事のない言葉と、聞いた事のないリズム。

 不思議なその歌に、青年の心は不思議と落ち着きを取り戻していった。

 声の主は、近くに建つボロ小屋の中に居た。

 ゆり椅子に座り編み物をしているその女性に、青年は声をかけた。

 奥手で女性に免疫のない青年からは、信じられない行動である。

 声をかけてから、しまったと凍りつく青年。

 女性はそんな青年に、にっこりと笑顔を向けた。


 その女性は、子供のころ病気で目を患ってしまったのだと青年に話した。

 医者も少ないこの地方では、そういった話は珍しいものではない。

 今では一人暮らしだという女性だったが、彼女には優れた才能があるという。

 青年と話している間も編んでいる、その編み物がそれなのだとか。

 なんでも呪いを込めて編んでいるのだとかで、編みあがったものを身に着けていると不思議な効果が得られるのだそうだ。

 そういった魔法の道具はとても希少で、作る事ができる職人は極限られていた。

 極効果が弱いものだとは言うのだが、そうであったとしても女性はすばらしい才能を持っているという事になる。

 だが、青年は女性にはもう一つ才能があると感じていた。

 その歌声である。

 まるで心に凝り固まっているものが解けていくようだった。

 そう青年が言うと、女性ははにかむように笑った。

 編み物を褒められた事はあるけれど、歌声を褒められた事はなかったという。

 というよりも、歌声を聴かれたのは初めてだ、と。

 それから、青年は時折女性の家を訪ねるようになった。

 その歌声を聴き、不安を解きほぐすために。

 そこへ通う理由が、歌を聞くためから、女性に会う為へと変わるには、そう時間は掛からなかった。


 青年と女性は、ゆっくりと関係をはぐくんで行った。

 お互いのことを話し、お互いの話を聞いた。

 青年はとても奥手であり、女性の手をとることもなかった。

 いや、出来なかった。

 とても、酷く臆病な性格だったのだ。

 二人で一緒にすごすうち、青年は女性の歌っていた歌を口ずさむようになっていた。

 同じ歌を二人で歌うその時間は、青年の心を穏やかにしてくれた。

 だが、あるとき女性が告げた一言が、青年の心を一瞬で凍りづかせた。


「私、貴方の声、とっても好きなの」


 あの日、月の出ていない夜。

 女が言った言葉が、青年の中でよみがえった。


「五年後にお前の声を徴収する」


 女性とは、手を触れた事もない。

 彼女が青年を青年と知りえるものは、その声しかないのだ。


 青年は臆病だった。

 あれから五年後、徴収日はもうすぐに迫っている。

 それまでに、女性との距離を縮めて、声以外でも自分とわかって貰えるように成れば。

 だが、青年は自らその考えを否定した。

 彼女はこういったのだ。

 貴方の声が好きだ、と。

 才能に劣等感を抱いていた青年にとって、その言葉はとても重いものであった。

 もしこの声が無くなったら、女性は自分を好きで居てくれるのか。

 きっと大丈夫だ。

 いや、嫌われる。

 様々な考えが、頭の中でぐるぐると渦巻いていた。

 今までこんなときは、女性の歌を聞いて心を落ち着けてきた。

 だが、今はとてもそれを聞きにいける心境ではない。

 青年はただただ一人で思い悩み、心苛まれ続けた。




 ふと、青年はあることを思いついた。

 もし借金を踏み倒したらどうなるだろう。

 そうすれば、自分は今の生活を続けられるのではないか。

 だが、すぐに女の言葉を思い出す。


「もし約束を違えれば、お前の才能と能力を全て徴収する。平たく言えば殺す。そして、極近い人間からお前に関する記憶も徴収する。情報隠蔽という奴だ」


 死ぬ。

 そして、記憶から消される。

 考えただけで、恐ろしくてたまらない事であった。

 青年は極々普通の彫金職人として暮らしてきた。

 そんな恐ろしい世界に、足を踏み入れたことはない。

 勿論、世界にはそういうことがあるのは知っているし、才能が奪ったり与えられたりする事も、身をもって知っている。

 だからこそ余計に遠い世界に感じ、だからこそ余計に恐ろしかった。

 それに、今の青年には守るものも出来ていた。

 少なくとも借金さえ払えば、彫金の才能は残ったままに出来る。

 そうすれば、親弟妹は養っていける。

 失うのは、女性だけですむ。


 数ヵ月後、青年はその美しい声を失った。

 それから、日課であった女性の家へ行く足は、ぷっつりと途絶えた。




 もくもくと仕事をする青年の店に、一人の女性がやってきた。

 がらがらに潰れた声で驚く青年に、目の見えない女性はにっこりと微笑んだ。


「ハンマーを振るう音は、歩くリズムと同じなんですね」


 その言葉に、青年は堰を切ったように泣き崩れた。

 体に染み付いたものというのは、たとえどんな事があっても消えはしない。

 青年が「彫金の才能」を得てからもその前も、彫金に関して一つだけ変わらないものがあった。

 それは、ハンマーを振るうリズムだ。

 死ぬ思いで体に刻み付けたそれだけは、女から才能を借り受けた後も変わる事がなかった。

 染み付いてしまったリズムは、青年が何をするにも滲み出していたという。

 歩くときも、話すテンポも、ものを食べるときも。

 目が見えないからこそ、誰よりも耳の鋭いその女性は、それを持って青年の事を見つけ出したのだ。

 ずっとずっと、たとえ才能が無くてもひたすらに積み上げてきたものが、女性に青年を見つけさせたのだ。

 うずくまって泣きじゃくる青年に、女性はそっと手を伸ばした。

 反射的に、青年はその手をとる。

 こうして二人は、初めて手を繋いだ。




 小さな緑色の結晶を眺める女に、少年は不思議そうな顔を向けていた。


「あのひと、珍しく幸せそうじゃない?」

「幸せは人それぞれだ。今後も続くとは限らない」

「そういうものなのかなぁ。借り物の才能なのにね」

「才能はあくまで才能だ。能力を伸ばすには努力も居る。あの男は十二分に努力をした」

「へー。随分買ってるんだね」

「あの男はきちんと契約を守った上客だ。上客には礼を払う」

「じゃあ、悪いお客さんには?」

「払いが遅れれば延滞料を徴収する。踏み倒そうとすれば、持ち物全てを差し押さえる。いつも通りだ」

「いつもソッチばっかりじゃん」

「欲張りな奴が多いのだ。人間という奴は」

「人間って困ったもんなんだねー」

「ああ。お前も含めてな」

「えー、僕だけー?」


 不満そうに頬を膨らませる少年を見て、女は僅かに目を細めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ええ話や(T∀T)
[良い点] くっそおもしれえ。 [気になる点] おい。声がつぶれても会いに行けっっw [一言] 女性は必死で探したんだろうなあ。 もう逃げられん。
[良い点] 途中までハラハラしながら読んでいました。 努力家な彼らのこの先にも幸あれ。
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