世界一周クルーズ その3
世津は部屋に入ってきた豊を見て言った。
「豊さん、ケイさんがどこかで私を見張っているみたい。私が海へ落ちそうになったら瞬間移動させたんです」
豊は部屋の中で三メートルくらい瞬間移動してみせた。それを見た世津は
「何で? イヤァー! いつ豊さんと入れ替わったの? 私の豊さんを返して!」
「初めからそんな人はいなかったんです。こんな顔なんて二十分もあれば取り替えることはできます。もともとこの顔は、地球中に知られてしまったケイとしてではなくて、世津さんとこっそり地球で過ごすためのものだったんです」
「何で一人二役やって私を騙したんですか?」
「騙すつもりじゃありませんでした。そのうち告白して驚かせようと思っていました。だけど世津さんは豊としての僕の方に惹かれているみたいだったので、自分で自分に嫉妬してしまって言い出せなくなってしまったんです」
「そんな・・・酷いです」
「世津さんこそ何で気づいてくれなかったんですか? ケイとしてのジャニーズ系な顔も、豊としての爽やかで誠実そうな顔も、それ以外の外見も簡単に変えられる表面的なことにすぎなくて一番大切なことじゃないのに」
「地球人の私にそんなこと想像がつきますか? ケイさんはやっぱり酷いです」
「すみませんでした。許してください」
「イヤ! 知りません」
「許してください。どんな方法でだって世津さんを諦められるはずがありません」
そしてケイは約七十年にわたって世津を見守ってきたことを語った。ケイは世津が母親の留守に砂糖を舐めた頃から知っていた。そして夜間高校や夜間大学に通っていた頃は、暗い夜道を大丈夫か心配でハラハラしていたという。一人で世界旅行をした時もそうだった。
世津は夜学へ通っていた時の暗くて寂しい怖い道を思い出した。自分では苦労して困難な道を歩いて来たつもりだったけど、ずっと見守られていて、とんだ箱入り娘で箱入りお婆ちゃんだったと思った。
少し「ケイはとんでもないストーカーではないか?」という考えも浮かんだが、半年以上も豊としてのケイと結婚生活を過ごし、どれだけ一途に愛されているかわかっていた。
怒っているフリやすねているフリをしたい気もしたが、それは世津の性格上無理だった。それでケイに
「もうしばらく豊さんとしてのケイさんと過ごさせてください」と言った。ケイは
「世津さんがこの外見を気に入っているなら気がすむまでこのままです」と言った。
大西洋の真ん中あたりで二回目のフォーマルディナーが開かれた。世津は何故か持ってきてしまった、ケイに買ってもらった虹色の水玉模様の銀色のワンピースを着ることにした。
フォーマルディナーのメイン料理は大きなロブスターの半身で食べごたえがあった。
食事の後、レストランの上の階で開かれているダンスパーティーに行った。
世津とケイはスローペースの曲を簡単なステップで踊ってみたが世津はケイの足を三回踏んでしまった。
二人はキューバに着くまで船上で社交ダンスの練習に励んだ。
キューバの寄港したハバナのあたりは雰囲気がとても明るく、活気があって港町的な透明感があり芸術的でオシャレだった。
二人は陽気な人たちの中を葉巻工場を見学したり、ヘミングウェイ博物館へ行った。ヘミングウェイゆかりのコヒマル村ではモヒートを飲んだ。
キューバの後はパナマ運河だった。パナマ運河はゲートとゲートの間に水を注入して水位の違う所を移動していく階段式の運河だった。
その日の昼食は運河を通って行く様子をデッキなどで見ながら食べられるようにランチボックスが配られた。
世津とケイは運河の独特な様子やワニがいたりする熱帯雨林の風景を眺めた。途中で虹も出た。そしてアメリカ橋を過ぎてパナマ運河を完全に抜けるとクルーズの旅は太平洋に戻ることになる。




