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うぉーもんがー





『――――――戦争とは、それを知らぬ者にとっては甘美である』





「くひひ。くひひひひ!!」


 男が奇怪な笑いをあげていた。

 隊列に混じってフードで顔を隠した、頑強な兵士の中でも一際高く分厚いその男を、周りの男たちは詰まっているながらも出来るだけ距離をおいて怪訝な顔で見ている。暑さと恐怖で狂ったのではないかと噂する者まで居た。近隣から徴集された部隊の隊列なのでそもそも服も装備もばらばらだが、その中に白銀の立派な鎧が混じっているだけで嫌でも目立つ。それも悪目立ちの類だ。

 しかし兵士達が囁きあうように、少なくとも男は暑さや恐怖などで狂ってはいなかった。狂っているとすればとうくの昔に別のものに狂っている。


「くるぞぉッ!!召喚された魔獣クリーチャーどもだぁっ!!」


 最前列の兵士が大きく叫びをあげる。味方を鼓舞する号令だったが、わずかに怯懦も感じられた。

 それも半ば当然のことで、ここには理論に基づいて訓練された国家の軍隊の兵士も、独自に訓練を積み修羅場を潜り抜けた傭兵もいないのだ。存在するのは半分奴隷のような消耗品として差し出されたもの、つても何も持たずそれでも名を上げたい駆け出し、ご法度を起こして集団を追放されたあぶれもの、農場や職を失った食うに食えぬ愚か者……そんな連中の集まり。役割は精鋭が突撃し、射撃を行うために、敵の同じような境遇の連中や召喚士が呼び出す制御のきかない魔獣を相手にして時間を稼ぐための肉壁、つまりは死ぬことが前提の徴集部隊なのだ。

 その中で乱戦に運よく生き残り、首を持ち帰ったものだけが名を上げて戦場から解放されるか、同じ戦場でも名誉と次が残りやすい別の場所に移ることができる。

 この場所に居るということは死人も同然、運が良い人間だけが蘇ることができ、運がいい人間など端からいないこともままある。死の隊列なのだ。そんな場所に訓練された人間が居るはずがないし、それが余計に命の軽さを加速させる。今この瞬間は世界の中で最も命の安い場所のひとつに数えて間違いないだろう。

 それでも戦わなければならない。逃げれば後ろから刺されて死に、勇敢に……あるいは無謀に前に出れば格好の餌食として死ぬ。故に固まって互いで互いを盾にしながら、味方の煌びやかな武具を着飾った部隊が敵の本体を壊滅させるのを祈りながら耐え忍ぶしかないのだ。

 正規の兵士達からおざなりに聞かされた隊列を組んで、見よう見まねで固め、戦況戦術を理解せぬ愚者として化け物どもとぶつかり合う。

 獰猛な怪物の咆哮が迫る。ありとあらゆる場所から喚び出される凶暴なだけの、統一感さえない知能もない化け物が恐ろしい勢いで殺到する。


「押し負けるナァァァァァァッッ!!!!突っ込めぇええええええええええ!!!!!」


 右手に剣を、左手に盾を。密着し、一つの塊となって個では絶対的な差がある魔物の群れを押し返す。押し負ければ一息に踏みつぶされ、食い殺されるのだ。誰もが歯を食いしばって鬼の形相だった。

 どちらともなく崩れた場所から追い打ちが始まり、乱戦になっていく。ところ構わず肉が削げ、弾ける音、金属のぶつかる音、咆哮と怒号で満たされる。

 ―――――そんな中を、ひたすら血しぶきを上げて突き進む一人の男がいた。


「ハァーーーーーッハッハッハッハァーーーッッ!!!!」


 周りの男が鬼ならば、その男は鬼神そのものだ。死が満たすその場所で、咆哮に勝る高笑いをあげている。まるで己の全存在が今の刹那の為にあると言わんばかりに。


「GYArrrruuuuuuuuuuuuuuuuuuuooooooohhhhhhhhh!!!!!!!!」


「オオオオオオオオオオオオオオオォオォッォォおおおおおラァアアアアアアアア!!!!!!!!!」


 怪物の怒りの声をそれに勝る気合の怒号でかき消して、大木の枝のような瘤だらけの腕が振るわれるのを大剣で力任せに切り払い、重々しいその装備を木剣か何かのように切り返すと、豪快に怪物の太い胴体

を薙ぎ払って両断する。

 掴み掛る大きな猿の顔面に砲弾のように拳を叩き込み、反対から牙をむく大蛇に片手で大剣を振り下ろして脳天から瀑布のように叩きおろして切り潰す!後ずさる蛙を突き殺し、突っ込んでくる牛の頭蓋を膝で粉砕し、蟷螂の首を蹴りで刈り取り、蜥蜴の頭に頭突きを返し、熊の首を絞めて圧し折る!!

 全身を凶器そのものと化し、大剣を破城槌と為し、一陣の血風となって戦場を縦に引き裂いていく。

 フードなどとうに吹き飛んだ頭からは乱暴に縛り上げた美しい白髪が暴れ、秀麗な頬は刺青タトゥーごと大きく歪んでいる。全身を返り血に染めてなお狂気の笑いを浮かべて疾走するのは、紛れもなくあのシン・ザイドリッツ・クリムゾノスに他ならなかった。


 戦争狂ウォーモンガー

 狂戦士ベルセルク


 この男はただ己の手でより生々しく豪快に鮮烈に、破壊と殺戮を振り向くため、それだけの理由で名誉もない死線の奔流に紛れ込んでいたのである。




「――――ブッ!」


 鼻に入った血の塊を勢いよく吐き出す。


「いやーッ、戦争ってのはやっぱこのぐらいぐちゃぐちゃじゃねえと面白くねえよなァ」


 己の周りに散らばる、敵味方問わぬ死体の渦を眺めて感嘆の声を上げるシン。少なくともこの場にいる人間は誰もその意見に賛成しないだろう。もっとも既に大半はもの言わぬ肉塊になっているが。

 顔面にべっとりと貼り付いた血と汗を乱雑にぬぐうと、指を咥えて息を吹き込む。大分静けさを取り戻した戦場の一角に高音が鳴り響いた。指笛である。


「おーーーーーいココ君やーーーいッまた乗っけてけろーーーッ!そろそろ本隊援護しねぇといい加減ルカババァにどやされらぁ!」


 戦場と思えない牧歌的な呼び声に応じ、その騎獣が駆けつけてくる。モンスターの群れを俊足で迂回してきたのだ。


「くぇえーーーーーーーー!!!!」


「おう、お前もさすがに血まみれだな。ケルディム格闘選手権がありゃ俺がセコンドについて優勝狙える器だぜ」


 言葉通りココもかなりの血を浴びていた。同じく足の速い魔獣は倒してきたのだろう。シンの無茶に普段から付き合わされているのか、確かにケルディムの中でもかなり卓越した能力をしていると言えよう。 しかしそれにしても呑気な激励であった。少し離れれば当然まだ白兵戦をしている者も大勢いるが、どうやら助ける気は毛頭なさそうだ。


「よっしゃーーーーーーーッッ!!!そろそろ本隊も拠点の入り口に取り付いてる頃合いだからな!このアホらしい数の召喚獣はどうせロゼッタのせいだろーしよ、おいしいところ持ってけるかも知れねーぜ!!」


 この男の言うおいしいとはつまり、どうせ余計に激烈な闘争が待っているということだろうが、ココに通じるわけもない。というか騎獣とはいえこの男のパートナーを務めているのだから案外ココも同じ穴の貉なのかもしれない。


「クルッルルェエエエエーーーーーー!!!」


 勇ましい咆哮を上げたココは疲れを感じさせず走り出した。




 主人公はもしかしてただのアホかと思ったらその通りだったぜ!

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