脅しと空かしと本音とタテマエ
「ハハハハハッッッ!!!!こっち見えてるんでしょ?騎馬に火槍を引き連れて、サボテンでも眺めにきたように見えるゥ?言うに事欠いて何しに来たのかなんてねぇ。ちょっと見ない内にずいぶんとまあ、日和ったじゃぁないのご老人」
「なんだと……っ」
小鳥を操る声の主は、シルバレルの挑発に苦虫を噛み潰したような低い唸り声をあげた。
「そもそもこれは我が国に留まらず、周辺諸国との同盟に対する重大な背信行為なのだぞ!!?何故、古龍国が我々を攻める……!!」
にたり、と小鳥にむけて侮蔑の笑いにシルバレルが顔を歪めると、渦巻く憎悪を吐き出すように使者を遣わした主人は語気を荒める。
「わからないなら死の淵でゆっくり教えてあげるわァジイさん。せいぜい楽しみに駒の奥で震えてな」
どこまでも馬鹿にしきった口調で挑発するシルバレル将軍には、この争乱に対する説明責任など存在しないと言わんばかりだ。
「おのれッ、こんなことが許されるか!!国家の威信に泥を被せるこんな裏切りは決して許されぬ!!諸国は必ずやこの背信に怒りをもって答えるだろう!!貴様わかっているのか!!?」
「っさいわねぇ糞ジジイ。ウチの国が後でどうなろうと、あんたはここで後ろの弟子どもと仲良くくたばるか、アタシの前にはいつくばって許しを乞うか二つの道しか残されてないのよォ。で、どうすんの?」
「ふざけるなよ成り上がりの奴隷風情が!!こんな卑劣な奇襲に我々が屈することはない!!」
「まぁアタシとしちゃそれでも話が早くて構わないんだけどぉ、ねえジイさんちっとは頭を冷やしたらどうよ?卑劣な奇襲を企んでいたのがどっちか、古龍国が何も知らないとでも思っちゃってるわけぇ?」
獲物に巻きつこうとする蛇のごとく、シルバレルの言葉はゆっくりと、しかし逃すような隙間など決して与えないといわんばかりに容赦なく、相手を縛り上げていく。
「この無礼な暴力に、何か申し開きでもあると言うのか!!」
あくまで強気を崩さない相手だが、しかし内心冷や汗を流しているに違いないとシルバレルはほくそ笑む。
「けけっ!無礼なのはあんたらだっつってんだよォ!こそこそと鼠みたいに動いてたみたいだけど、鷹が鼠の走り回るのを見逃すとでも思ってんのかしらぁ?――――――持ってんだろ、ロゼッタの石?寄越せよ?」
「ッ――――何を」
「学徒上がりは上品すぎて、嘘が下手くそねェ。それともアカデミーで仲良しこよしする間に戦争の作法も忘れちまったのかしらぁ?老いたわねぇ敵兵を震え上がらせた宮廷魔道士も。あんたらが異教徒の、それも外法に手を出してるような連中とつるんでロゼッタの研究をしていたことはわかってんだよお。そいつは木端みたいな小国が持ってていいものじゃないんだよ、メガロポリスとバビロンの安定のためにそいつはバビロニアで取り上げさせてもらう。周りの連中も異教徒や蛮族を山ほど抱えてるあんたらが自分たちより抜きんでるよりかは、気休めでも保護を買って出てるうちらがそれを持ってるほうが安心だろうさ。ちょいとばかり甘い蜜でもちらつかせてやれば、簡単に黙って尻尾を振るだろうよ!!」
蒼褪める老体の顔が目に浮かぶようで、シルバレルは抑えることもなく喉から溢れる哄笑をあげた。
「そんな愚かしい馴れ合いがあってたまるか……。子供の喧嘩のように強い者が欲しいものを取り上げるなど……っ」
老人にもシルバレルの言葉通りの画が見えているのか、その言葉には先ほどまでの力がない。
最後の拠り所さえ奪われた深い絶望が伝わってくる。
「愚劣にただ力だけを求めたわけではないのだ。この砂漠のオアシスの小さな国は、異教徒も獣人も分け隔てなく暮らせる楽土になるのだ!!その理想を貴様らのような虎の威を借る薄汚い豚どもに邪魔されてなるものかァっ!!」
「知らねーな。うちらのやり方が気に入らねーんなら自分らがもと来た場所に帰んな。アタシらだって寝ながら飯食ってるわけじゃねーぞカスどもが!!滑稽なほど弱っちい癖に人のシマに半泣きで踏み込んできてデカい面しようとしてんじゃねェッッ!!!!!」
諭すような、あるいは縋るような老人の吠え声を、真正面からの暴力的とも言えるシルバレルの一喝が脆くも打ち砕く。
「最初からテメーらのお家事情なんぞは聞いてねえんだよこっちはよ。象に踏みつぶされて虫みてーにくたばんのか、頭ァ地に擦り付けて汚ぇ尻尾振ってみせるのか、こっちが聞いてやってるうちにさっさと決めろや田舎臭ェウジ虫どもが!!!」
どこまでも尊大で相手を見下した強者の大喝を叩き付け、鳥の先にいる敵を睨み付ける。
「……ッッそんなに愉しいかシルバレル……。鉄火と精兵を己の後ろに並べ、従え、弱者を目の前に這いつくばらせるのが……ッ!!」
軽やかな小鳥の嘴から発しているとはとても思えない、星霜の砂岩のような重々しい声が苦々しく呟いた。
「ひゃはははは!!心が躍らないと言えばウソになるわねえ。生憎と育ちが悪いもんで、こういうのにしか楽しみを見出せないわけでねえ。王侯のように粛然とは振る舞えそうにないワぁ」
まるでその問答を楽しんでいるように、相手の固さとは正反対の親しさで返答するシルバレル。
「私の指図一つで泣きながら死んでいく敵味方のザマを思うと心震えるしネェ。悪いけど骨身の髄まで糞悪党らしいのよね。やるってんなら、さぁ楽しい皆殺しタイムの始まりよん?」
「……かかってくるがいい豚にも劣る化け猫どもめ。窮鼠の意地を見せてやろう」
それだけ言うと、小鳥が駱駝の上から飛び立った。
「あらら、もう少し居れば飯ぐらいだしてやったのに。気の早い使者ねぇ。優雅さが足りないワ。減点」
気の抜けたように会談を打ち切られた将軍は肩をすくめた。
しかし氷のように冷たい声でぼそりと呟く。
「残念ねェ。けど気の毒なのはアンタの部下達よネェ……」
振り返ったシルバレルの表情はやはり、部下たちには殺気が抜けているように見えたが、ここで将軍の戦意を疑うものはもはやいないだろう。
「失敗しちゃったわねぇ」
「は……」
言葉と裏腹な呑気な調子で傍らの側近にそう零したが、先ほどまでの滲み出る狂気にも近い殺気を味わった後では、側近も軽口を返す余裕はなかった。
「正直気分が乗らなかったけどしゃーねーワ。もう一辺戦争するわよアンタ達。準備なさい」
最後に残った導火線を焼切る言葉に敬礼を返し、部下たちは伝令と指揮に散っていく。
「今度は皆殺しねェ」
気負いの無い表情から剣呑に過ぎる言葉を吐き出すこの男の精神性こそ、敵にとって最も恐るべきものなのかもしれない。