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はやく仕事行けよ

「……てめェらがどんだけ自分の頼りない手札に命を賭けたか、嫌とも言えなくなるまできィッっっっちりッ教えといてやるよ。あの世でたぁぁぁっぷり後悔するといいさ。くっくっく、ハッハッハーーーッッ!!!!」


 歯を見せて最後に高笑いを上げるシン。吐き気を催すような殺気こそ多少は緩んだが、その言葉は辛辣極まる。

 もはや兵士たちにも甘い推量を抱く余地は残っていなかった。

 この男に退くつもりは、……自分達を見逃すつもりなどは毛頭ない。それを思い知らされた。

 ならば畢竟戦うしかない。殺るか殺られるかだ。


 「……仕方ねえッ……!!行くぞッ」


 一人が小声で全員に向かって号令した。否も応もない。

 兵士たちは七対一の余裕などこれっぽっちも感じることなく、ごくりと生唾を飲み込み、武器を持つ手に力を込めた。

 先頭の男が呼吸を一つ吐き出しつつ間合いを見計らって、一瞬大きく息を吸い込み、……床を蹴る。


「おあああぁぁぁらぁああああ!!!!」


 気合いの叫びと共に、シンの全身を覆う鎧の胴と脚部の隙間を狙って槍が突き出される。と、籠手ガントレットで弾こうしたシンの思惑にフェイントとなる形で槍が跳ね上がった。腰の重心を落とした体勢で下から突き上げる。本当の狙いは頭だったようだ。

 頭部は固い頭蓋骨で弾かれ、滑る可能性があるので、本来なら槍で狙うのは致命傷よりむしろ打撃、昏倒狙いの攻撃となるが、この勢いなら貫通で即死もあり得るだろう。

 ただ、相手が悪かった。


「へェ~え?」


 男の会心の一撃は、僅かに感心したような声で呟きを落としたシンに、最小限の、首を逸らす動きのみで回避される。


「意外ッ。ねェ?案外に上手く槍を使う奴がいるじゃぁございませんか。まあ、つってもそんなに大したことぁねえんだが。しかし……」


 余裕綽々でそんな感想を漏らしつつ、回避と同時に後ろから突き出された二本の槍をさらに迎撃する。


「こいつらはぜェんぜん駄目だな」



 金属のぶつかる音が二連鎖。

 しなりのきいた左の拳が二発、高速で近付く穂先の側面を叩いて弾き、いともあっさりと突きの軌道を逸らした。


「穂先にまったく力が入ってねぇ~わ。まるで素人ちゃんじゃないのネェ」


 簡単に語っているが全力で突いてくる槍を二本同時に鎧を付けた手で捌くのだ。この男には本当に攻撃がスローモーションにでも見えているのだろうか。パンチスピードも尋常でない。恐らく脇から見ていても本当に何をしていたか見えないだろう。

 一人だけ時間軸が違うような動きに兵士達は翻弄されていた。

 弾きや最小限の動きは攻防一体である。弾かれた槍は周りが石壁のため刺さりこそせず、狭いので壁で止まって取り落としもしなかったが、持ち主は前へ進もうとする力に横への力が加わって大きく態勢を崩す。完全に後の先を取られた形だ。

 槍を回避された先頭の男も、引き戻そうとしたところを右手で槍の柄を掴まれた。構わず引き抜こうとしたが、石に絡め取られたかのようにまったくビクともしない。男は雷に打たれたように驚きをあらわにした。

 自分は文句なく全身の力を使っている。相手は馬鹿みたいに、蠅でも掴むように頭の横の片手のみで力比べをしている。……あれでは右手の力と、せいぜい使えても肩の力ぐらいまでだろう。

 にも関わらず動かなかった。まったく。信じられないほど圧倒的な筋力の差がある。

 まるで本当に大人と子供だった。

 すると、さて、――どうなるか?この状況……持ち主が入れ替わるのである。

 持ち主が棒の先についた“おまけ”と化す。マッチ棒の先に付いた粘土のように、ただの重りのかわりとなっていた。


「おおおぉぉぉぉオォォッッ!!!?」


 獣の吠え声にも似た兵士の驚きの絶叫が響き渡る。

 シンが両手と体の力を使えるように槍を持ち直し、「それらしく」力を使う体勢をとり、……そして力を込めたのだ。いや、移り変わりの動きが無駄なく速すぎて、本当に正しくは理解できなかった。ただ、おそらくそういうことだと思考が至っただけなのだが、間違ってはいないと思う。それよりなにより男は正常に物事を認識できるような状態でなかった。

 ――――視界が――――体が高速で回転している。ぐるりと風景が歪んでいる。それはそれは高速で。まるで悪酔いの酩酊のように。

 肩には疾走する痛みが強烈に脳に這い上がり伝わって。そして混乱も一瞬のことだった。すぐに回転は止まる。更なる痛みと衝撃を伴って――。


「――――――ぐああァァァッッ!!!?」


 相当量の重量を持った肉を、床に叩きつける鈍い音。重いながらも硬質ではない、独特の音が大きく大きく石壁の隅々に至るまでを一瞬で駆け抜けた。悲鳴と共に空気が勝手に排出された。


「~~~ッッ~………!!!?」


 声にならない悶絶の声をあげてうずくまる男が二人。槍を介したシンの剛力で直接投げられた男と、その後ろで巻き込まれた男の二人だ。

 まさか力比べの状態から槍を使って人を回転させるなどとは想像も出来なかった戦術なのだろう。いや、普通なら想像する必要もない。人間の筋力ではそうそう出来る芸当ではないのだから。シンの技……というか力が超人的なのだ。

 受け身も取れずに石の床に叩きつけられた男達は至る所から襲ってくる衝撃的な痛覚に体を丸め、呻く。恐らく肩や肋骨は脱臼か骨折をしているだろう。何しろ投げられたスピードが尋常でないのだから。

死を覚悟して恐れず向かってくるような精強な兵士達ならともかく、負傷した彼らではもはや戦力になるまい。

 残りは五人。だがその程度の数の有利では、既に本人達ですら優勢を感じられなかった。虚構のような魔法のような、信じられない闘い方を見せつけられ、何もかもが吹っ飛んだ。戦術も、余裕も、知恵も。

半ば呆けた頭に理解しやすい情報だけが入ってくる。何より今や敵の手の中に、自分達の優位を保証するはずの射程距離リーチを握られていると。


「槍もォ~らいっとォ~」


 足下でもがき苦しむ仲間をあえて無視して男達が視線を上げると、奪った槍を手に弄んで眺め、ニヤリと薄笑いを浮かべるシンの姿が飛び込んでくる。

 樫や桜など、丈夫な素材で柄を作られた槍は、担架の支えの代わりや川を越える時の幅跳びなどにも使われる程で、太さにも依るが人を一人支えた程度ではそうそう折れないのである。

 故に、持ち主が手を離した槍は無事目出度く敵の手に渡ることになったわけだ。


「さァて」


 シンの悪魔じみた笑いも手元から上がってきた。目が合うと、まさに蛇に睨まれた蛙のように、思わずもまた男達は生唾を飲み込んでしまう。これから何が起こるか予想してしまうと、冷や汗が流れ落ちるばかり。口からひとりでに意味を持たない叫びをあげてしまう寸前だった。


「ボクチンも思わず笑っちゃいそうなチミたちに、正しい槍の使い方って奴をレクチャーしてやるとしようか」


 鼠をいたぶる猫のように楽しげに笑いながら独り言とも会話の投げかけともとれるトーンで呟いたシンの体が、前に“ぐらりと”傾いたと思った次の瞬間だった。


「ね」


 槍を装備した三人のうちの最後に残った一人の頭が、弾けるような音を立てて横へ吹き飛んだ。前触れもなく唐突に頭を走り抜けた衝撃に押し出されるように、男の意識が虚空に消える。男はそのまま糸の切れた人形のようにぐしゃりと床へ倒れこんだ。

 ゆっくりとした初動からの雷霆のような踏み込み。そして追随して伸びる、飛燕の槍捌き。

 後ろから見ていた連中にも、仲間が失神させられた事後にようやく槍が飛んできたことがわかるような馬鹿げたスピードだ。

 魔法のようなその光景に軽い混乱をきたす。が、それを落ち着かせるまで相手が待ってくれるはずもない。

 そして近付くとさらに体感速度は増す。


 「つゥぎィっ、いィきまぁすよォッ―――」


 自分が昏倒させた敵兵の倒れる動きをほとんど無視して、それが邪魔にはならないように着地の位置を調整しつつ、さらに距離を詰めるよう踏み込む。

 獲物へ走る蛇の鎌首のように。

 見る者を幻惑する素直ならざる軌道の、しかし凄まじく速い打突がその手から矢継ぎ早に放たれた。


 「そォら、そらッ、そらァぁッ!!!」

 「――――うがっ!」「ぐあっ!」「がはぁっ!」


 吠え声が一つ、悲鳴が三つ。

 笑い声まで聞こえてきそうなほど愉快そうに聞こえたシンのかけ声を伴に、標的に辿り着いた槍の石突はもはやどれ一つとしても、彼らの勘やまぐれの要素を以てしてすら防げるような域を超えていた。

 成す術も無く打たれ、鈍い音と共に三つの肉体が冷たい床に倒れ伏すことになる。


「ひヒっ!!――――ほい。さ。終いだァ」


 ぴたり。

 逆向きの槍の先、石突が、真っ直ぐに伸びて最後に残った一人の額に突きつけられていた。

 目と鼻の先にあるひやりとした重みと、その奥にちらりと映る表情、頑健な犬歯をむき出しにしたシンの細められた視線に、男は生唾を飲み込んで立ち尽くす。


「た、助けてくれ。死にたく……ない」


 半ば呆然としながらも滝のように汗を流し、震えながらようやく絞り出した男の声にシンは僅かに眉をひそめた。明らかに不愉快そうなその口元が「てめえ……」と呟きを落とすように動いたように思う。


ゥアァっっっっっ鹿じゃねえの、っかッッ!!」

「ひぃっ!!?」


 石で堅く造られた壁や床すら震えそうな、怪物が吠えたようなシンの怒声と共に、一瞬引かれた槍が大きく突き出される。悲鳴が吐き出されるころにはもう石突は男の頭へ辿り着いていた。


 ごぎっ!!と、物凄く不快な音……耳を塞ぎたくなるような音が石の廊下に響いた。



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