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魔女とオカマ

 いたる箇所から黒い煙の上がる砂漠の一角に、騒がしく声を飛び交わしつつ人が行き来している地点があった。それでも、鼓膜を打ち破るのが目的であるかのような轟音ばかりの戦場においては、声を張り上げなくても会話ができるだけかなりましな方だとは言える。

 少し黄色がかった白い天幕がずらり、と並んでいるこの場所には、本当に忙しく人が出入りし、この戦闘におけるありとあらゆる情報が飛び交っている。


 都市国家連合メガロポリスの中でも特に有力とされるうちの一つ、古龍国バビロンの兵と、人類が暮らす世界中に種族の垣根すら越えて広く信仰されている一大宗教、熾天教の聖騎士団、さらに傭兵達もいる。

 この場所こそ、それら今回の遠征軍の士官たちが集まる、この軍の頭脳。いわば彼らの総本陣だった。

 まあ、共同軍といえば聞こえは壮大だが、たかが異端者と蛮族の寄せ集めの征伐に、そんなに大規模な部隊を用意するはずもない。

 バビロニアのちょっとした兵力と傭兵たちの混成部隊に、異端者たちの討伐に率先して協力しているという名声が片端から欲しい教会の戦力がおまけのようにくっついた、向こうが寄せ集めならこちらも寄せ集めといったふうの、そうたいしたこともない今の御時勢どこにでもあるような兵団だった。


 そんな本陣の幕舎の中では、異端者どもへのトドメとなる最後の突撃に向けて様々な打ち合わせが進んでいた。この騒がしさもそのためだ。


「ったく、楽な戦だったなあ」


「“だった”じゃねえだろ。……まだ終わってねえ」


 喧々囂々(ケンケンゴウゴウ)の会議や報告が行われている中で、中には空きが出来て手持ち無沙汰な人間もいる。今も二人の若い男達が、幕舎の外で腕を組んで会話をしていた。

 二人とも公国軍の士官服に身を包んでおり、この状況で世間話をするような暇ができる身分にも思えないのだが、たまたま報告の帰りに命令が滞ったらしく、片方の愚痴にもう一人が付き合っているような形である。


「そう言うが、もう俺達のやることなんてほとんど残ってないだろ。後は傭兵どもと信仰馬鹿の神殿騎士団の末端の連中でも突っ込ませて残党狩りだ。情報士官のする事なんて挙がってくる首の数を報告するぐらいしかねえよ」


「まあ……確かにそれには違いない」


 眉間に皺を寄せた同僚の、あからさまな態度に呆れたような笑いを浮かべつつ、内容については否定はしない。


「大体、わざわざ強引に攻め込まないといけないような状況でもないだろ。街はほとんど占拠が終わってるんだ。砦に追い詰めた後は持久戦に持ち込めば楽に勝てる。なんせ奴らの戦力じゃ、逃げようとして一箇所に集まって集中攻撃しようが簡単に返り討ちに遭うのが関の山だからな。奴らに残された道は降伏か自決だけだ」


「俺は将軍殿の気持ちもわかるぜ。昼は熱い、夜は寒い、砂が拭っても拭ってもどこへでも入り込んでくっついてきて鬱陶しい上に、武器はすぐ傷む。どう考えても最悪の環境に、できるなら一秒もいたくねえよ」


 不満そうに愚痴をこぼしながら男は肩をすくめた。

 もう一人の男は単眼鏡を取り出し、敵陣を覗く……のかと思いきや、それを自分たちの陣に向けた。

 ぐるりと陣を見渡し、そしてすぐに停止する。

 レンズが拡大した光が、テントの影から戦場を眺める一組の男女を映し出す。

 奥に居る男の方は影になってよく見えないのだが、女の方は綺麗に観察できた。とは言っても奥と話をしているのでチラチラと横顔が見えるぐらいだが。

 深みのある暗い赤、ワイン色をした長い髪の女が、男と何事か話し合いをしている。

 年齢が判断しづらい顔をしているが、とりあえずなかなか若くは見え、横顔だけ見ても美しいとも判断できる。

 ただ、女はその左目に大きな眼帯をしていた。



「いたいた」


「……何やってんだ?」


 訝しげに仲間の行動を見ていると、いいからとりあえずお前も見てみろとそのまま単眼鏡を渡される。

 何を見ているのか気になったので、男も普通にそれを受け取って覗いてみる。


「うん?ありゃ……蠍の女団長サマか。って事は奥に居るのがうちの大将ってわけだ。……いや、なんでこんなもん覗いてんだよ。見ても次の動きなんかがわかるわけもねえだろ……?」


 気の抜けた顔でレンズを覗き込みつつ、若干呆れたように相方に尋ねた。


「いい女だよな?」


 覗きこむ男が、その言葉でピタリと停止する。そしてもう一人に向き直り、憐れむような、引きつったような複雑な表情で尋ねた。


「……お前……お前、気は確かか……?」


 彼はいろいろ言おうと思ったのだが結局そんな言葉しか出なかったという感じで、その態度にもう一人は顔を歪める。


「当たり前だろうが。失礼な奴め」


「いやいや、相手は女だてらに傭兵団の頭張ってるような奴だぞ?俺達じゃ相手にされねーし扱いきれねーよ。下手すりゃチンコ握り潰されるか切り落とされちまうぞ」


 可哀相な相手を諭すように言って、単眼鏡を持ち主に返す。すると男はもう一度覗き始めた。


「バーカ、所詮はただの女を相手に何をビビってんだよ。見てろ、戦に買った後の酒の席で口説いてや……うおぁッ?!」


「お前のスケベ根性はホントいっぺん死なねえと治らねえな。……どうした?」


 喋りながら突然腰を抜かしたように単眼鏡を放り出した同僚を、奇異の視線で眺める。

 尻餅をついた男は、見ていた方角を肉眼で凝視したまま、信じられないといった表情で口を開いた。


「あ、あっかんべーされた……」


「……………………は?」






「あら~ン?どうかした?」


 油を売っている馬鹿な下士官達が仰天していたころ、テントの下で話をしていた女性の後ろから声がかかる。この、……何というか、……奇妙な声に反応して赤髪の女性は振り向いた。


「ん?ああいえ。少ーし遠くから視線を感じたものですので。どうせ手の空いた暇なガキどもがどっかで覗きでもしているんだろうと思いまして。……フフン、ちょい、っとばかりからかってやろうと」


 指でほんの少し、のジェスチャーをつくりながら、女性がにやりと薄く笑った。

 明らかにそうそう気配に気が付けるような距離じゃないのだが……、こともなげにそう言った女性がその隻眼で隣に視線をやると、そこには実に……妙な男が座っていた。

 男は胸の前で手をあわせつつ体を不自然にくねくねとひねりながら、甲高い声を上げる。


「あらあらまァまァンッ――?!一体どこのボウヤ達かしらん!?」


 それは軍の上級士官の皮を被った変態……もとい、この軍団の(誰にもそうは見えない)司令官殿であった。

 刈り上げの短髪と、彫りの深い濃い顔立ち、そして長い手足の長身が特徴の男だ。

 “彼”は間違いなく、見た目でもわかる通り立派な男性なのだが……仕草に必要ないしなりを入れたり、言語に無理な上品さを醸し出してくる。

 つまり……いわゆる体は男、心は女。そう――――――オカマ。という世にも強力な生物である。


「私達から漂うフェロッモホォ~ンに誘われてしまったのねェン?イケナイ子たちだわァ。……でも可愛いじゃナイ。後で少し……優しくお話してあげようかしら……」



「……………さ、寒気がァッッッ――――!?」


 若者達が言い知れぬ身の危険を感じているころ、隻眼の女性も爽やかに笑いを浮かべていた。


「はっはっは。それはまた。……災難ですな」


 言葉の前半と後半で若干間を開けつつ、口調のテンションも変えるというなかなか小粋な対応だった。


「ちょォっと、ちょっとォーッ!どぉういう意味ィ?」


「いえいえ、深い意味はないですよ。言葉通りです」


 訂正。爽やかというより腹の中は、輝くような真っ黒ではないか。このひと。

 笑い方が妙に陰が無く美しいのが余計に怖い。


「ンッもォ~!!相変わらず世辞の言えない女ねえ~。いい女っぷりしてるのにまったく、勿体無いわぁー!?」


 悲鳴のような声をあげながら、しかし実際皮肉に対してはあっけらかんとしつつ、オーバーに手を広げる。その様子に女性の方も楽しげに笑った。


「フフッ、光栄ですな。こっちこそ、シルバレル将軍がお変わりないようで安心しましたよ」


「ヤァーねー、それも皮肉ゥ?」


「まさか。相変わらず人の心を掴むのが上手い人だとそう言ったつもりです」


「あァら、言えるじゃないお世辞。それ、悪くない気分よォ?」


 目を細めて笑うシルバレル将軍に、女性はいたずら娘のような笑いを浮かべて言った。


「ついでに相変わらずお美しいと言っておけば最高だと」


「わァかってるじゃなぁ~い!!?……あれ、この場合褒められてるのかしら?アチシ?」


 一瞬首を傾げたが、次の瞬間にはどうでもよくなったのかまた口を開く。


「それよりシルバレル将軍なんて水臭い呼び方じゃなァ~い?ルサルカちゃんならジルって呼んでいいわっていつもいってるでしょーぉ!?」


 無茶言いよるなこのオッサン。


「はっはっは!!そうでしたねージル姉さん!呼べっていつも言われてましたなぁそういえば!しかしそれを言うと私もルカと呼んでくれといつも言っているでしょー姉さん!?」


「ヤダぁ~っ!!そうだったわねえルカちゃん、私達の仲だものねえ~!!」


 そこで二人して豪快に笑い声をあげた。

 何やら意気投合している。二人で肩でも組んで酒でも飲み始めそうな空気である。

 もし外で新米の兵士でもが見張りをしていたら、どうしてこうなったのかわからずきっとすごく神妙な顔をしているに違いない。……ていうかベテランでも変わらんかも。


 その空気のまま、ルカが口を開く。


「さて、本題なのですが、一つお聞きしてもよろしいですか?」


「ン、なぁーにぃー?」


 おどけるように目を少し見開くシルバレル(誰が何と言おうとモノローグではシルバレル、もしくはオッサン)に微笑を浮かべたままルサルカが尋ねる。


「よろしかったのですか?」


 主語が無い。本来であれば何について聞いているのか、といったところだが、この二人にとって今その問いに結びつく案件は当然のように一つきりだった。

 これから行う突撃の是非である。シルバレルも聞き返したりしない。


「ま、反対も色々あるみたいだけど、しょうがないわぁ。ロゼッタを逃がしちゃ正直私には何の意味もないしィ。かといってずうっと囲んでてもねェ?若い連中の食費はバカにならないし、お腹が空いてギラギラしてるような連中と、まったりしはじめてるウチの若い衆をぶつけるような事はしたくないのヨォ」


 首をすくめ、気の抜けたような、溜息のように息を吐き出す。

 この男も案外一応自分の軍について考えているのだと、人は見かけによらない事を教えてくれるセリフである。


「ま、そもそも、ロゼッタを使って何かを召喚しようとしてるなんて聞いちゃったら、否も応もないんだけど」


「確かに。その通りですな」


「悪いけど、ルカちゃん?アンタんとこの連中にはたっぷり働いてもらうわよ?」


 シルバレルの目がぎょろりとルサルカを見据える。

 その視線に大して彼女は口の端を吊り上げた。


「勿論。金を貰っている以上、値段分は働かせて頂きます。特にジル姉さんには毎度目をかけて頂いておりますから、私どもとしても気張らせていただきますよ。」


 澱みのない口上だったが、そこで詰まらせた。次の言葉が出るまでのわずかの間に、ルサルカの不敵な笑顔にほんの一瞬だけ眉間の皺が寄ったような気がする。まあ……、何か嫌なことでも頭をよぎったんだろうネ。


「……ただ、うちの切り込み隊長を呼び戻してる最中でして、出来ることならもう少々突撃はお待ち頂きたいのですが……」


ルサルカは笑顔のまま、しかし申し訳なさそうに頼んだ。


「ああ、あの色男ねェ。ええ、アタシんとこの連中もまだ準備が整ってないみたいだしそれは構わないけど、……長くは待てないわよ?時間がかなりかかるっていう話だけど、召喚がいつ始まるかわからないし、こっちの準備が整い次第始めるわ」


「ご配慮傷み入ります」


「流石にルカちゃんも“アレ”には苦労してんのねェ……?」


「……ハハ。まったくですよ。お恥ずかしい。馬鹿しかいない傭兵の中でも、ヤツはとびきりですな」


 笑いに大分疲労の色が混じっていたように思う。きっと気のせいでもないだろう。


「ま……戦力としてもとびきりだからある意味羨ましい話だわァ。ウチにはいらないケド」


「偉そうな物言いで申し訳ないですが……まぁ、とても賢い判断だと思いますよ」



(……やれやれ。エルの話じゃ一応やる気にはなったって話だったんだが……、一体どぉこほっつき歩いてんのかねェ。……あの大バカの大将は。)


 ひとまず目的の時間を稼いだ傭兵団の女団長は、心の中で溜息を小さくつきつつ、呆れたように笑った。




 ゆるり、と熱砂の上を風が巡る。

 ガチャガチャと、鉄の触れ合う音がいたるところからそれに乗る。

 静かに気勢を溜める兵士たちの準備が整うまで、……あと僅かだ。



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