受付嬢がチート転移者をデートに誘う話
私はギルドで受付をしている。
ギルドの受付には、毎日沢山の人が来る。
力自慢のチャレンジャー、日銭を稼ぐ冒険者、暇つぶし、その他色々な人。
一ヶ月前にふらりと現れた銀髪の彼は、そのどれとも違っていた。
強いて言うなら――死に場所を探しに来た、そんな感じだった。
この場にいるのに、いつもどこか遠くを見ているような。
ある日、彼――ライガさんは私のいる受付までやって来た。
相変わらず、何も興味がなさそうな顔をしながら。
「巨大イノシシ狩りの依頼を受けたい」
「えっと……はい」
一瞬反応が遅れた。
目の前の、男性にしては細くて小柄な身体と、巨大イノシシを倒すイメージが全く結びつかない。
私の記憶が正しければ、彼は過去に何度か危険なクエストを受けているが――今回のクエストは、それに比べても段違いに難易度が高い。
……この人、大丈夫なのかな?
「わかりました。成功報酬は60イーネ、場所はここから大体7キロ先の森林になります。地図だとこの辺なんですけど」
「案内どうも」
私は地図を指差しながら、ライガさんの顔を盗み見た。
綺麗な銀髪に、赤い瞳の中性的な顔立ち。
少し掠れたような甘い声。
彼の体格のわりに大きな手に、私の手が一瞬触れて、慌てて引っ込める。
けれども彼は全く気にしていないようで言葉を続けた。
「あぁ、任務成功の証明には何を持ってこればいい?以前シカ狩りをした時、シカ1頭を分割せずに運べって言われてすごく困ったんだが」
「そうですね……こちらの依頼は、土地のオーナーさんからサインを貰ってきて下さい。トラブル防止のため、報酬はその場では受け取らないで下さいね」
「わかった。じゃあ登録を頼む」
彼は一瞬だけ私と目を合わせると、書類にサインした。
それから何も言わず、そのまま背を向けて去っていった。
……そういえば、ライガさんが武器を持っているところを見たことがないけれど……いつもどうやってモンスターを倒しているんだろう?
私がその後ろ姿をぼんやりと眺めていると、すぐに次の人がやって来た。
「カティちゃん、今日もかわいいね。オレと付き合わない?」
「えっと……ヴィンさんこんにちは。ご要件をどうぞ」
「おっと、スルーされた。じゃあ、オレの手続きも頼むわ」
「はい。今日は何を受けますか?」
「オレもさっきの小っこい銀髪野郎と同じやつにする」
ヴィンさんはいつも軽い調子の、少しチャラい人だ。
二日前にも、別の女の子に粉をかけて振られていた。
私は慌ててギルドの概要を確認した。
概要には「当クエストは同時に2組まで請負可能、成功報酬は先に倒した方に渡すものとする」と書いてあった。
ライガさんもヴィンさんもパーティを組んでいないから……この場合は二組と言えど2人だ。
「いいですけど……早い者勝ちですよ?」
「構わん。オレがあいつより先にイノシシを狩れば報酬は全部オレのだからな」
「はぁ……」
私は少し困惑しながらも手続きを進めた。
ヴィンさんは時々、既にクエストを受注した人がいるにも関わらずこういうことをする。
依頼主からすれば、請け負ってくれる人間が多い方が失敗率が下がるから好都合なのだろうが……ギルドの受付としては、トラブルの元になるから本当はやめてほしいところだ。
私が受付を済ませると、ヴィンさんは私にウィンクしながら「じゃ、待ってろよカティちゃん、オレがあの銀髪野郎より格好いいとこ見せてやるからな!」と言いながらギルドを出ていった。
……何を言っているんだ、あの人。
私は呆れながら、次の請負人の手続きをした。
その日の夕方、私が受付に座っているとライガさんがやって来た。
私が少し緊張しながら待ち構えていると、ライガさんはさして興味もなさそうに「今日の依頼の証明書だ」と言いながら手元の書類を私に見せた。
イノシシ狩りが成功した旨と、依頼主のサインがある。
……どうやら、ヴィンさんはライガさんとの勝負に負けたらしい。
「あ……クエスト成功おめでとうございます。こちらが報酬です」
私はそう言いながら、報酬の金貨が入った包みをライガさんに渡した。
彼はそれを「どうも」と言いながら受け取り、受け取りのサインをすると、中身の確認もせずにその場を去っていこうとした。
この今にも消えそうな雰囲気の人が、巨大イノシシを倒したなんて信じられない気持ちでいた。
私は思い切って彼に話しかける。
「あ、あの……」
「何だ?」
「もう一人、請負人の方がいたと思うんですけど……トラブルとか大丈夫でしたか?」
ライガさんはしばらく何かを思い出すような顔をした。
そんなさりげない仕草まで、不思議と目を引く人だった。
「あぁ、もしかしてサングラスをかけた奴か?」
「あ、多分その人です」
「あいつならすぐに伸びてたぞ。依頼主には報告しておいたから大丈夫だと思うが」
「そ、そうだったんですね」
何しに行ったんだ、ヴィンさん。
私が頭の中で呆れていると、ライガさんは「他になんかあるのか?」と聞いた。
「いえ……クエストお疲れ様でした」
私が頭を下げると、ライガさんは今度こそ背を向けてギルドを出ていった。
ーーー
翌日、私はいつものようにギルドで受付をしたあと、休憩室でお弁当を食べていた。
今日のメニューは肉巻きチーズと卵焼き、サラダとデザートのフルーツだ。
私が一人で座って食事をしていると、隣に受付の同僚のニアがやって来た。
ショートカットの髪に、ゴールドのピアスが煌めいていた。
「カティ、おつかれ。ねぇ今日人多くない?」
「お疲れニア。今日は天気いいもんね。クエスト日和なのかも」
「こういう日はモンスターも元気だからやめとけばいいのに」
「あはは、まぁ正直バラけてくれたほうがありがたいよね」
二人でそんな会話をしていると、ニアは「えっその肉巻きめっちゃ美味しそう、1個ちょうだい」と言った。
「そう言うと思って多めに作ったよ。はい」
「やったー!!カティ最高!大好き!」
「はいはい」
「もー何でこの子には彼氏がいないのかしら!?こんなに可愛くて料理も上手なのに!!しかもおっぱいが大きい!!」
「余計なお世話。同性でもセクハラだよ」
私がニアを軽く睨むと、ニアは「ごめん」と悪びれた様子もなく言いながら、肉巻きを口に入れた。
「まぁそれはそれとしてさ。カティ、彼氏とか作らないの?こういう男性多い場所にいるとやたらと声掛けられてだるいじゃん」
「あー、確かにイリーナに彼氏出来てから私に流れてくる人多くなったなって感じする。昨日もヴィンさんがなんか変なウィンクしてきたし」
「プククッ、想像つくわ。あの人も懲りないよね」
「ねー。誰でもいいならせめてよそでやってくれないかなぁ。かわすのも面倒なんだけど」
私がそうぼやくと、ニアは少し楽しげに笑った。
「じゃあさ、例の銀髪くんはどうなの?」
「どうなのって……ライガさんのことは素敵だとは思ってるけど、推しっていうか……そういうのじゃないし」
「ほーん。でもさぁ、何だかんだカティがあの銀髪くん見てる時って結構女の子っぽいよね」
「いいじゃんそれくらい。仕事にも潤いは必要なの」
「ふーん」
ニアはニヤニヤと探るような顔で私を眺めていた。
彼女は既婚者なので、こうして他人の恋バナに口出しするのが楽しいのだろう。
「……別に、私は仕事をしにギルドに来ているのであって、恋人探しをしているわけじゃないし」
「それはそうだけどね」
「大体、請負人と付き合ってる子、ろくな目に遭ってないじゃん」
「あーね」
「特に冒険者。連絡取れないし、住所不定だし、どこ行っても出会いあるし。リアちゃんの話聞いた?」
「相手が五股してたやつね。よくやるよねー」
「ね。ギルドには横の繋がり結構あるからバレるのにね」
「すごい修羅場だったって」
「怒ると激しいもんね、リアちゃん」
わたしはそう言いながらため息をついた。
こういう話は珍しくない。
……ライガさんがそういう人だとは思っていないけれど。
でも、おそらく彼も冒険者だろう。
そういう相手に踏み込むほどの勇気は、私にはなかった。
「というか、ライガさんの一番素敵なところはそもそも私に興味がない所なの。多分あの人、私の顔すら覚えてないと思う」
「……そこまで行くと逆に淋しくない?」
「ちょっと寂しいけど……でも胸ばっか見られるよりはいいよ」
「ふーん。巨乳も大変だねぇ、アタシからすると勿体ない感じするけど」
ニアは目を瞬かせた。
「あ、そういえば例の銀髪くん、今日はアタシのとこに来たよ。なんかドラゴン退治受けてた」
「ど、ドラゴン退治!?ちょっと前に重傷のやけどしてる人いなかった!?」
「うん。私も一応『これ結構みんな大怪我してますよ、大丈夫ですか?』って聞いたんだけど、『別に問題ない。俺が弱くて死んだなら、ただそれだけの話だ』だって」
「えぇ……何それ……やば、好き……」
あの線の細さと今にもどこかに消えそうな雰囲気で、そんな危なっかしいことを言うのか。
発言自体はまともだと思えないのに、ライガさんが言うと変に似合ってしまう。
ニアは少し訝しげな顔をした。
「マジで言ってる?アタシはむしろ『こいつ近寄ったら駄目だろ』って思ったけど」
「他の人だったらちょっと引くけどライガさんは別。でも……そんなこと言うのは何だか心配になっちゃうな」
彼には待っている家族はいないのだろうか?
それは……とても寂しいことのように思えた。
「いやそれ好きでしょ」
「違うってば」
「素直になりなよ。まぁ正直、辞めといたほうがいいと思うけどさ」
「素直になるのか辞めとくのかどっちなの」
「んー、あの人を好きだと認めた上で諦める」
「一番損じゃん」
私はためいきをつきながら、お弁当の蓋をしめた。
「じゃあさ、次会った時にご飯誘ってみなよ」
「……何で」
「今のカティは、あの銀髪くんを勝手に理想化して王子様にしてる状態でしょ。だから、もうちょっと会って現実見たらいいんじゃない?そのまま王子ならラッキーだし、違うなら諦めもつくじゃん」
「何で勝手に話進めるの?ライガさんはただの推し、仕事の小さな潤いだってば」
「どう見てもその設定は無理があるよ」
ニアは苦笑し、「じゃあね、肉巻きありがとー」と言いながら受付に戻っていった。
ーーー
翌日、私が受付に座っていると、ライガさんがやって来た。
……待って、昨日ドラゴン退治したばかりなのに?
早くない?
ていうか左手、火傷してない?
ドラゴンにやられたの?
私の心配をよそに、「クジラ捕獲の依頼を受けたい。まだ期限内だよな?」と言った。
「いいですけど……あなたの昨日のドラゴン退治した方ですよね?」
「……よく覚えてるな」
あ、目が合った。
覚えているどころか――あなたが視界に入る度にあなたのことばかり目で追っている、なんて口が避けても言えなかった。
私はなるべく落ち着いた、事務的なトーンで話すよう努めた。
「あの依頼、高額なのに誰も受けたがらなかったので。いくら小型とはいえ火を吐くドラゴンなんて、魔法使いくらいにしか対処出来ませんから」
「ふーん……まぁ俺も受けるか迷ったけどな。何だ?ギルドランクでも上がるのか?」
「いえ、そういうシステムはありませんけど……」
言いながら、私は思わず彼の顔を見つめた。
この人は何者なんだろう?
そんなに立て続けに高難易度のクエストを受けるなんて、何か事情があるのかな?
知りたい事はたくさんあった。
しかしどうやら少し長く見つめすぎてしまったらしい。
ライガさんは私を困惑したような顔で見た。
「……何だ?」
「あ、いえ……すみません」
「じゃあ登録を頼む」
彼はそう言って受付を離れようとした。私は慌てて「待って下さい!」と彼を呼び止めた。
彼は面倒そうに振り返った。
「何だよ」
「その……左手、火傷してませんか?」
「あぁ、別に大したことない」
「これ、使ってください」
私は受付の机の中から自作の塗り薬を取り出し、彼に手渡した。
ギルド内でもよく効くと評判だ。
彼はそれをぽかんとした顔で受け取った。
「……どうも。いくらだ?」
「お金はいらないです。でも……あの、無事に帰ってきてくださいね」
「……あぁ」
彼は戸惑いながらも、私に回復薬を突き返そうとはしなかった。
そしてそのまま背を向けて歩いていく。
彼の姿が見えなくなったところで、私はがくりと脱力した。
「き、緊張した……」
思い出したように心臓が高鳴る。
やばい、王子だ。
しかも多分天然の。
危うい雰囲気はプンプンするし何考えてるかも全然わかんない。
その上相変わらず私には全く興味がない。
「よく覚えてるな」だって。こっちの視線に一度も気づいたことのない人の口からしか、そんな言葉は出ないだろう。
王子が庶民の視線に気づくわけないのだから当然だ。
でも、むしろそこが推せる。
私がライガさんにポーっとしていると、隣に座っていたニアが「分かりやすいよねー」と笑った。
ーーー
翌日の午前中、私がギルドの受付に座っていると――見覚えのある銀髪が現れた。
ライガさんだった。
……早くない?
あのクジラ狩りってそんな早く終わるっけ?
あの人、本当に何者なの?
もしかしたらクエスト受注の取り消しかもしれないけど……何となく違う気がした。
彼は私の前まで来ると、1枚の書類を見せた。
「昨日受けたクジラ狩りの成功証明書だ」
「はい。確認します」
私はそれに目を通す。
彼がレンタルした銛でクジラを一突きしたところそれが急所に当たった旨が書かれていた。
思わず感嘆の息が漏れた。
「……凄いですね。このクエスト、何日もかかるのが普通で、その上失敗する人のほうが多いのに」
「まぐれだ。もう二度とやらない」
「ふーん……」
彼は気まずそうに私から目を逸らした。
まぐれ、か。
これだけ高難易度のクエストを難なくこなして、その自己評価なのか。
嫌味なくらい、謙虚だと思った。
もしこの人が、例えば――ヴィンさんだったなら、朝から晩までずっと武勇伝としてしつこいくらい語っただろう。
でも、ライガさんはそうしない。
受付で素っ気なく1枚の書類を事実として提出して、そのことについて触れられたら気まずく目を逸らすだけ。
……もしかして、結構シャイ?
「とりあえず、クエスト成功おめでとうございます。こちらが報酬の200イーネになります」
「あぁ……どうも」
私は受付の奥から、金貨の入った袋を彼に渡した。
彼は相変わらず興味なさげに受け取り、その場から離れようとした。
その瞬間――自分でも理解できないくらい、身体が勝手に動いた。
「待って下さい」
あ、やばい。勢いで立ち上がっちゃった。
ライガさんの驚いたような顔と目が合う。
周囲の人たちも、ちらちらと私を見ている気がした。
どうしよう、何か言うつもりなんてなかったのに!
「何だ?」
やばい、何言えばいいのか全然わかんない。
その瞬間、ニアの「ご飯行けば?」が脳裏をよぎった。
「あの……今日の夕方、空いてますか?」
「……別に特に予定はないが……」
「だったら、あの……私と一緒にお食事とかどうですか?」
「……?」
ライガさんは不思議そうに首を傾げた。
そ、そりゃそうだよね!!
ちょっと雑談しただけのただのギルドの受付に急に食事に誘われても困るよね!!
何言ってるの私!!
けれどもライガさんは何も言わないまま、しばらくわたしをじっと見つめた。
まるで――わたしを始めて認識した研究者みたいに。
こんな変なこと言われたら、もう明日からこの人はギルドに来なくなっちゃうかもしれない。
そう思うと、冷や汗が額を伝った。
しばらくして、ライガさんは口を開いた。
「……いいよ。どうすればいい?」
その瞬間、全身がカッと熱くなるのを感じた。
「じゃ、じゃあ……今日の夕方6時に、中央公園の噴水で待ち合わせしましょう。それでいいですか?」
「わかった。えっと……自己紹介がまだだったな。俺の名はライガ。君の名前を教えてくれないか?」
「あなたの名前は前から存じています。わたしは……カティと言います」
私は思わず微笑んだ。
ライガさんは戸惑いながらも、そのまま去っていった。
ーーー
仕事が終わると、わたしは急いで家に帰って身支度をした。
急いでシャワーを浴びた。
それから……杞憂だとは思うが、下着も新しいものを下ろした。
別に何かを期待している訳じゃない。自分の気分を上げるためだ。
お気に入りの黄緑色のワンピースをクローゼットから引っ張り出した。
それから、髪を整え、化粧を直した。
ついでにネイルも服に合わせて塗り直す。
せっかく推しとご飯に行けるんだから、一番可愛くした所を見て欲しい――なんて、ニアが見たら「それ推し活じゃなくて恋だよ」と笑うだろうか。
鏡に映った自分を眺める。
絶世の美女じゃないけど……まぁまぁ可愛いよね?
私は約束の夕方の6時より、20分ほど早めに着いた。
中央公園の噴水の前には、私以外の待ち合わせと思しき人が何人かいた。
そわそわしながらライガさんが来るのを待っていた。
約束の5分前に、ライガさんが現れた。
少し周囲を見回した後、目が合う。
体温が上がるのを感じた。
「あ、ライガさん」
「どうも。あんたも物好きだな、俺と会いたいなんて」
「ふふふ、そうですか?」
ライガさんはあまりこういう事に慣れていないのか、少し照れている――気がした。
彼の赤い瞳と目が合う。
その瞳に、今は私が映っていると思うと――何とも言えない動悸がした。
「その服、いいな」
「えっ」
「あんたによく似合ってる」
「あ……ありがとうございます……」
ライガさんはそう言って少し笑った。
……あまりの破壊力に気絶するかと思った。
顔が熱い。
今なら顔面で目玉焼きが作れそうだ。
あのいつも無表情のライガさんが、私の服を褒めてくれて、しかもちょっと笑ってる!!
なにこれ!!夢!?
そんなの……好きになっちゃう!!
ダメダメ、ライガさんは推し……!!
これは推し活!!ファンミーティング!!
オタクは一線を引いて推しに迷惑をかけないようにしないと!!
私は慌てて口を開く。
「この辺にいい感じのお店あるんで、そこ行きません?」
「俺はこの辺のことはよくわからないから任せる」
「はい、わかりました」
彼は私のあとを素直についてきた。
なんか……可愛い!!
ここで知ったかぶらないとこ、ポイント高い!!
エスコートが苦手なくせに主導権を握ろうとしてくる男性と何度かデートしたことのある身としては、このライガさんの変に格好つけない素直さはすごく新鮮に感じる。
私は何度か女子会で利用したことのある個室の店に入った。
雰囲気が良くて気に入っている場所だ。
ライガさんは店でメニューを開き、少し困った顔をした。
「なぁ……これって何を頼めばいいんだ?」
「あ、あんまり慣れてないですか?」
「俺はよそ者だからな。この土地の料理はよく知らないんだ」
「なら、このコースメニューでどうですか?」
「あぁ、それでいい」
彼はこくりと頷いた。
いやもう……めちゃくちゃ可愛い。キュンキュンする。
気になる男性を可愛いと思い始めたら、それは恋だって言ってたのは誰だっただろうか。
一緒にここに来るまでは格好いいとばかり思っていたけれど……こうして一緒にいると、不器用ながらも私に合わせてくれているのがわかって、私の心の中は興奮で舞い上がっていた。
駄目、好きになっちゃ駄目。
ライガさんは多分冒険者で、明日にはもうこの土地にいないかもしれない人なんだから。
ライガさんは少し恐る恐るというように口を開いた。
「カティは……趣味とかあるのか?」
「わたし、薬草を調べて調合するのが趣味なんです。その辺に生えてる草とかでも、治療とか美容とかに使えることがあって結構便利なんですよ」
あ、しまった。
ついディープな方の趣味を滑らせてしまった。
いつもはカモフラ用に『料理が趣味です♡』って言うようにしてるのに!私のバカ!!
しかし、予想に反してライガさんは小さく笑った。
「あぁ……それは確かに楽しそうだな」
「えっ、本当ですか?」
「俺も周囲から科学オタクって呼ばれてきたからな。色んな素材を組み合わせて思いもしないものが出来るのは、なんていうか……面白いよな」
その瞬間、どくりと大きく心臓が鳴り響く。
男の人にこの趣味の話をすると、大抵は少し引かれるか、何も聞かなかったことにされるのかの二択だった。
なのに……
「この趣味に共感してくれる人なんて初めてです!嬉しい!」
「そ、そうなのか」
「はい」
どうしよう、ときめきが止まらない。
私の頭の中は既に推し活という建前は崩れつつあった。
だっていいなって思ってた人と、ちょっと変わった趣味まで合うなんて……こんなの運命じゃない?
「わたしがギルドの受付として雇われているのも、薬草に詳しいからなんです」
「あぁ……なるほど。確かにギルドの中に女性って珍しいよな。大変じゃないか?」
「うーん、もちろん大変な事もありますけど……みなさん優しいですし、何より薬草の知識が活かせるのは楽しいですよ」
「ふーん……いいな、それ」
「本当ですか?」
「あぁ」
ライガさんは手元にあった水を飲む。
細くて綺麗な手に、少しだけ男の人らしい筋が浮かんでいてドキドキした。
「最近だと毒草を精製して回復薬にしたりとか、アイグリーンって言う薬草をネイルにしたりとかしてます。このネイルもそれで作ったんですよ」
私がお手製のネイルを彼に見せると、彼は身を乗り出して私の爪をじっと見つめた。
一つ一つの動作が素直で可愛い。
「へぇ……大したもんだな」
「ライガさんに渡した塗り薬も、私が作ったんですよ」
「あぁ、あれか……確かに良く効いた。ありがとな」
「ふふ、良かった」
ニヤけ顔が止まらない。
綺麗な顔と目が合う。
やばい、格好いい。
「ライガさんは今までどんなものを作ったんですか?」
「あぁ、最近だと火薬かな」
「火薬?」
「あー……」
聞き覚えのない言葉に首を傾げていると、ライガさんはどう説明したものかと逡巡しているようだった。
一瞬、何故か彼が私の背後をじっと見つめるような仕草をした。
……何だろ?
「要は爆発物だ。洞窟の中に可燃性ガスがあったら困るから、ドラゴンを洞窟の外まで誘導して、それから外で爆破した」
「へぇ……凄い……爆発物なんて魔法でしか見たことないのに」
この人、本当は魔法使いなのかな。
ギルドの登録にはそんな表記無かったから、多分違うけど……。
それにしても、ライガさんって本当にすごい人だな。
ドラゴンの退治だってクジラの退治だって、あっという間にこなしてしまう。
魔法使いじゃなかったとしても、魔法使いみたい。
「ライガさんって何者なんですか?」
「……逆に何が聞きたいんだ、それは」
ライガさんは少し困ったようにそう言った。
……確かに、少し抽象的だったかもしれない。
「だってライガさんって、一ヶ月前にふらっとギルドに現れたと思ったら、すごく高難易度のクエストをあっという間にクリアしちゃうんですもん。そんな凄い人、あんまり見たことなくて」
「あぁ……そういうことか」
ライガさんは少し表情を硬くした。
「その辺は……別に俺が凄い訳じゃない。再現性のある技術を偶然知ってるだけだ」
「へぇ、どんな?」
再現性のある技術?
薬草作りのようなものだろうか。
私が疑問を浮かべていると、ライガさんは懐から謎の黒い筒にスイッチが付いたような装置を私に見せた。
「何ですか?これ」
「これが俺の武器だ。『銃』って言うんだが……こいつは距離が離れていても、対象に攻撃することができる。危険物だから触るなよ」
「へぇ……魔法みたいですね」
「そうかもな。こいつのおかげで、俺は何とか生き延びてる」
「へぇ……でも、それでもモンスターに立ち向かうライガさんってやっぱりすごいと思います」
「……」
本心だった。
どんなにすごい技術を知っていたとしても、モンスターが恐ろしいのは変わらない。
それなのにこの人は……その恐怖をものともせず、高難易度のクエストに挑んでいる。
「私はギルドにいるときから、あなたを何度か見かけたんですけど……やっぱり思った通り、あなたって……すごく、強くて格好良い人ですね」
「……いや……」
「その上爆発物を作れるほど頭まで良くて、それなのにすごく謙虚で……」
「……」
「あなたのことを、ますます素敵だなと思いました」
「えっと……」
「本当にあなたって完璧な人ですね!」
その瞬間――彼の顔がさっと青ざめるのがわかった。
……あれ?私……何かまずいことを言ってしまったのだろうか?
よく見ると、彼の身体は小さく震えていた。
今にも帰りたそうに、目が泳いでいる。
「あの……」
その時、メインディッシュの肉料理が運ばれてくる。
シェフの気まぐれメニュー、今日はチキンの香草焼き。
ライガさんはそれを口に運んでいたけれど……心ここにあらずといった感じだった。
どうして?さっきまで楽しくお話してたはずなのに。
不意にライガさんは立ち上がった。
「ごちそうさま。支払いはこれでいいか?」
彼はそう言いながら、数枚の金貨を机に置いた。
二人分を支払ってもお釣りが来る額だった。
「ら……ライガさん?」
「悪い。料理が口に合わなかった」
「えっ、あ……ご、ごめんなさい、私なにかしましたか?」
背筋が冷えたように、手足が冷たくなる。
どうして?
私の好意は迷惑だった?
私が戸惑っていると、ライガさんは目を伏せて申し訳なさそうに呟いた。
「……いや、あんたは何も悪くねぇよ。ただ……俺はあんたが思ってるような人間じゃない」
彼はそう言って、その場を後にした。
机の上には少しだけ食べた跡のある香草焼きと、余る程の金貨だけが残されていた。
ーーー
私はしばらく呆然としていた。
今のは……何だったんだろう?
ライガさんの「俺はあんたが思ってるような人間じゃない」という言葉がリフレインしていた。
……確かに、ライガさんのことを理想化しすぎていたかもしれない。
悪気は無かったけれど……それが彼にとって席を立つほどのショックだったのだとしたら、謝りたいと思った。
そもそも、身近な人を「推し」として扱うのは、あまり褒められた行為じゃない。
好意の押し付けが暴力みたいなものだというのは、私だって知っているはずだったのに。
もう遅いかもしれないけれど、私は席を立ってライガさんの後を追った。
すると、少し先の街頭の明かりに照らされた彼がいた。
話しかけようとして――彼が誰かと話していることに気づく。
けれども周囲を見回しても、彼は一人だった。
「……彼女だって可哀想だろ」
ふと、ライガさんの声が耳に入る。
その瞬間、どくりと心臓が跳ねた。
私は咄嗟に近くの物陰に隠れた。
「……そうだな。全部俺が悪い」
ライガさんは尚も無に話しかけていた。
その響きは……独り言にしてはやけに切なかった。
……おそらく彼の話し相手は魔法使いだ。
魔法の中には、『遠くの相手に話しかける』というものがあると聞いたことがある。
実際、彼のように誰もいない空間に話しかける様子の人を、今まで何度か見たことがある。
多分間違いないだろう。
「そもそも俺は、ホセイちゃんがデートしろって言うから会ったんだ。義理は果たしただろ」
ライガさんの声は少し苛ついたような怒気を含んでいた。
彼がそんな顔をする所なんて、初めて見た。
「別にカティに悪気がないことなんか分かってるよ。多分ホセイちゃんの言う通り良い子だと思うし、一瞬可愛いと思った。何なら趣味まで合うしな。だけど……」
急に自分の名前が出て、一瞬驚く。
ライガさん、私のこと可愛いと思ってくれていたんだ。
それなのに。
「だけどあの子はホセイちゃんじゃない」
――その瞬間、全ての謎が解けた気がした。
ライガさんには好きな人がいたんだ。
「ホセイちゃんの言う通り、俺は子どもなんだ。君に振られた直後に他の女の子を好きになれるほど、俺は大人じゃない……」
彼は泣き出しそうな顔でそう言った。
その顔には私が今まで見ていた格好良さは欠片もなく――幼い子どもみたいな痛々しさだけがあった。
ーーー
その後はどうやって帰ったのか覚えていない。
ただ目の前が真っ暗だった。
無意識に帰路についたのだろう。
一人暮らしのドアを開け、倒れ込むようにベッドに転がった。
「……振られちゃったな……」
メイクも落とさないまま、天井を見上げる。
涙は出なかった。
ただただ虚しかった。
今にも消えそうで、儚げなのに実は強いという彼のギャップにときめいていた。
自分の命を何とも思っていなさそうなところに、危うくて惹かれた。
だけど彼の本当の姿は、本命相手に振られて子どもみたいに泣くような、普通の男の子だった。
幻滅した、とも違う感覚があった。
多分私は――彼がそこまで感情を剥き出しにする相手が自分じゃないことに絶望したのだ。
別に彼の何だったわけでもない。
だけど……きっと私は、どこかで彼の支えになることを期待していたのだと思う。
ライガさんは今にも居なくなっちゃいそうな、私だけの王子様ではなかった。
その場所にはもう、別の誰かがいた。
ライガさんが振られても諦められないほどの相手が。
それなのに、彼の上辺だけを見て好きになって舞い上がって……馬鹿みたいだ。
いっそ幻滅して嫌いになれれば良かった。
それなら……こんな風に苦しまなくて済むのに。
そういう意味では、彼は最後まで王子様だった。
好きじゃない私のことを、私のいないところで「良い子」「可愛い」って言うなんて……反則だ。
ライガさんに想われている女の子のことを考えた。
ライガさんを振った、本命の女の子。
会話を思い出す限り――どうやらその彼女が、私と会うことを彼に勧めた。
そしてライガさんは言われた通りに私と『デート』した。
なんて残酷なことをするんだと思う。
彼に対しても、私に対しても。
だけど、それを責める気にもなれなかった。
だって多分――あの魔法使いの彼女も、そうしたくてそうしたわけじゃなさそうだったから。
本当にライガさんのことがどうでもいいなら、そもそも振った男性と連絡を取る必要なんかない。
だけど、それでもライガさんとは恋人になれない何らかの事情があるのだろう。
二人にしか分からない何かが。
……もしかしたら、既婚者だったりして。
いずれにせよ……わたしが彼に選ばれなかったのは事実だった。
私はのろのろと起き上がり、ワンピースを脱いで化粧を落とした。
おろしたての下着姿が、やけに虚しく鏡に映っていた。
……そういえばライガさん、私の服は褒めてくれたけど……私の胸には全然興味なさそうだったな。
彼のそういう、下心を感じないところが好きだった
だけど……
もしライガさんに下心があって、私を女の子として見ていてくれたなら……彼は最後までいてくれたんだろうか?
本当にこの胸は、肝心な時に役に立たない。
私は服を着替え、再びベッドに転がった。
暗闇の中、街頭の灯りだけがカーテンのすき間から差していた。
何となく、もうライガさんはあのギルドに来ない予感がした。
消えそうな彼のスイッチを、他でもない私が押してしまった。
そう思うと、罪悪感で涙が頬を伝った。
ーーー
夜が明けて、わたしは寝不足のままギルドの受付に座っていた。
我ながらものすごく『終わり』の顔をしていると思うが……どうせライガさんは来ないはずだ。
仕事するだけなら、何の問題もないだろう。
わたしは事務的に最低限の仕事をしながら、昨晩のことをまだ引きずっていた。
すると、昼食にニアが話しかけてきた。
「カティ、何かあったの?」
「うん……まぁ……」
「例の銀髪くん?」
「よくわかったねぇ……」
「まぁ、カティがあの人誘うとこ隣で見てたからね」
「ふふ、うふふふふ……」
乾いた笑いが唇から漏れた。
昨日、彼を食事に誘ったとき、ちらちらと視線がこちらを向いていていたことを思い出す。
我ながらなかなか大胆なことをしてしまったと思う。
「カティが帰ったあと、ちょっと噂になってたよ。『あの清楚なカティちゃんがいけ好かない銀髪野郎を誘うなんて!』って」
「あいつら男のくせに男見る目ないな……」
「へー、高評価。でも確かに、あの人いつも一人だからねぇ、強いのは知っててもいい奴なのか悪い奴なのかはよくわかんないかも」
「少なくとも、私といる時のライガさんは最後まで王子様だったよ。ただ……」
わたしは遠くを見つめた。
木の上で鳥達が求愛するように飛び回っている姿が目に入る。
「彼にとっては、もう大事な人がいただけ」
「あー、そのパターンか……」
「うん……」
ライガさんが王子様をやめて、泣きそうな顔で「だけどあの子はホセイちゃんじゃない」と言っていたことを思い出す。
「ホセイちゃん」ってどんな人なんだろう。
名前だけ聞くと、神様みたいだ。
この世界、ナーロッパの物語を司る神である主人公補正……通称『ホセイ神』。
……まさかね。
恋敵が神様なんだとしたら、いよいよ敵わない。
不意に隣のニアが立ち上がった。
「カティ、今日は一緒に買い物行こう。それからカフェ行っていっぱいしゃべろう、失恋の話だけじゃなくてどうでもいいことも、たくさん」
「ニア……ありがと……好き……」
「ふふふ、あたしに惚れんなよ」
「既婚者には流石に行けないなー」
わたしたちはふざけながら食事を終え、受付に戻った。
ニアのおかげで、少し心が軽くなったような気がしていた。
受付業務をしていると、窓口にヴィンさんがやってきた。
相変わらず、変なサングラスをカッコつけながらかけていた。
彼は私の前まで来ると、「さっきのコニーが受けた仕事、オレもやるわ」と言った。
「ヴィンさん……前々から思ってたんですけど、他人が先に受けた仕事わざわざ受けに行くのどうかと思いますよ?規約上問題無いとは言え、他にも依頼あるんですから。以前それでトラブルになりましたよね?」
私が苦言を呈すと、ヴィンさんはバツの悪そうな顔をした。
「いやまぁ、そうなんだけどよ……コニーって新人じゃん」
「え……まぁ、そうですけど」
「それなのにあいつ、まだパーティ組んでないだろ?受けた仕事は『ヌー狩り』だけど……まだちょっと早くねぇ?」
「……よく見てますね」
私がそう言うと、サングラスの奥の目は思いのほか優しく笑った。
「そう言うわけで、オレはあいつがピンチになったら助けてやろうって魂胆だったわけ」
「へぇ……優しいですね。もしかして……前回のライガさんの時もそうだったんですか?」
「あぁ、あの銀髪野郎な。あいつ友達いないもんな。なのにちょっと前に戦闘してるとこ見た時、少し震えてたからなー」
「……そうだったんですか」
「そうそう、怖いんなら早くパーティー組めよって感じだけど、あいつ無愛想だからさ」
私はヴィンさんの言葉をじっと聞いていた。
ライガさんは、どんな敵にも勇敢に立ち向かえる人じゃなかった。
見る目がなかったのは……もしかして私の方だったのだろうか。
「だから俺は少し心配で、親切心でついて行ってやったんだけどよ。あいつ一人で全部何とかするんだもんな」
「……」
「震えてるくせに大したもんだとは思うけど、それにしたってちょっとは人を頼れよな」
ヴィンさんは少し肩をすくめた。
「でもあなた、あの時は現場で役に立たなかったらしいじゃないですか」
「げ、あいつバラしたな」
「それに、これまでも他人の手柄を横取りしようとトラブル起こした事だって忘れてないですよ」
「ははは、まぁ俺にも生活があるんでな。だけど俺って結構いい奴だからさ、別にそれだけが理由じゃないんだよ」
「へぇ……自分で言うなって感じですけどね」
「まぁとにかくコニーには悪いが、俺は勝手にあいつを助けに行くぜ。登録を頼むよ、カティちゃん」
「今回は揉めないでくださいよ?」
「大丈夫、ヌーは群れで行動するんだろ、どうせ一人じゃどうにもならん」
「それは……そうかもしれませんが」
ヴィンさんはそう言いながら、書類にサインをした。
それから悪戯っぽく私をじっと見つめた。
「ど?カティちゃん。俺にしない?」
「そういう話はしていません」
「ちょっとくらいオレのことを『素敵♡』と思ってくれてもいいんだぜ」
「それとこれとは話が別です。手続きが終わった方はあちらへどうぞ」
「塩対応!でもそこがいい!!」
ヴィンさんはそう言いながら出口へ向かっていく。
彼の株が上がったのは事実だが……この人が誰にでもこういう事を言うのは知っている。
その瞬間、彼の右手にできたばかりの切り傷が見えた。
「あ、待って下さい」
「ん?どしたのカティちゃん」
「右手、ケガしてますよね」
「あぁ、大したことないけど」
「こちらをどうぞ」
私は机から塗り薬を取り出し、ヴィンさんに手渡した。
「えっ、これ……カティちゃんと仲良くなるともらえるっていう、例の傷薬!?」
「なんですかそれ。怪我してる方には誰にでも配ってますよ」
「嘘ぉ!オレ初めてもらったけど!」
「……そうでしたっけ。ヴィンさんが怪我をしているイメージがあまりなかったので」
私は明後日の方向を見る。
確かに……ヴィンさんに対しては、今まで苦手意識があって、そこまで気配りをする余裕がなかったかもしれない。
「まぁ頑張ってください。コニーさんを邪魔しない程度に」
「おう、任せろ!!」
ヴィンさんはニカッと笑いながら出口に向かっていく。
その姿を見送りながら、私は次の業務を進めた。
ギルドの外では、風で木々が揺れている。
いつもの景色が、今日は少しだけ違って見えた。
ーーー
数年後、私は結婚した。
相手は普通の――死にそうでもないし、特別格好良くもない、だけどとても優しい人だ。
その日も、わたしは変わらずギルドの受付に座っていた。
今日はあまり人がいないこともあって、隣にいたニアが雑談を振ってきた。
「ねぇカティ、『銀の弾丸』の噂聞いた?」
「なにそれ?」
「あ、知らない?どんな依頼もあっという間に終わらせちゃう凄腕の請負人がいるんだって」
「ふーん……」
「本当かどうかは知らないけど、マンモスとか巨大カマキリを一人で倒したり、嵐を止めたり、隕石を破壊したんだって」
「ふふ、後半は流石にデマでしょ」
「まぁアタシも半分くらいは信じてないけどね」
「そんなに凄腕なんだったら、このテガの森のクマ駆除の依頼も受けてくれないかな。誰も受けてくれなくて困ってるんだよね」
「あぁ、これね。頭が二つのクマがどんどん増殖してるなんて、不気味だよねぇ」
私とニアがそんな会話をしていると、ギルドの扉が開いた。
その先には――あの日の銀髪の面影を感じる男性がいた。
隣には、12歳くらいの少年。
「おいケイ、お前あの依頼本気で受けるのか?お前戦えないだろ」
「大丈夫だって。僕はあの頭が二つのクマを調べたらすぐに逃げるよ。なんてったって僕には『銀の弾丸』がついてるからね」
「お前な……俺を便利屋扱いするなよ」
「へへへ。『戦闘は俺に任せろ』なんて言ってたのはライガお兄ちゃんでしょ」
少年がそう言った瞬間、私の心臓がどくんと音を立てるのを感じた。
今あの子……「ライガお兄ちゃん」って言った?
「確かに言ったが……お前はすぐ無茶するからな。俺の身体がいくつあっても足りん」
「でも僕らはラスボスのところに行かなきゃいけないんでしょ。だったら、手がかりになりそうなものは全部調べるべきだよ」
「……お前には怖いものとかないんだな。羨ましい限りだ」
「ライガお兄ちゃん、強いのに怖がりだもんね」
「うるせぇ」
彼らはそんな会話をしながら、私のもとにやってきた。
えっと……もしかしてこの人……
心臓がばくばくと音を立てていた。
銀髪の彼は私を一瞥すると、「テガの森に出るクマの駆除の依頼を受けたい」と言った。
「……はい、かしこまりました。こちらのギルドは初めてですか?」
「数年前にここで何度か依頼を受けた。あー、メンバーズカードは無くしてしまったんだが」
「確認します。お名前をどうぞ」
「ライガだ」
「……お久しぶりです、ライガさん」
やっぱり――思ったとおりだ。
私が少し微笑むと、ライガさんは私をしばらく見つめた後……ぎょっとしたように慌てて後ずさった。
「えっと……もしかして、カティ?」
「はい」
私が頷くと、ライガさんはあの日みたいに気まずそうに目を逸らしたあと、ずぶ濡れの子犬みたいにしゅんとした顔をした。
……彼がそんな顔をするなんて、今初めて知った。
「あの時は……途中で帰って悪かった」
「いいえ、私こそ……あなたを勝手に理想化してしまって、すみませんでした」
彼と目が合う。
以前のキリッとした王子様のような雰囲気ではなく……もう少し奥行きを感じるような不思議な存在感があった。
「『銀の弾丸』の噂はたった今聞きましたが……まさか、あなたのことだったんですね」
「あー……いや、あれはなんて言うか……噂が盛られ過ぎてるんだ。本当の俺にそんなことはできない」
「でも、巨大カマキリとマンモスを倒したのは本当なんですね?」
「……まぐれだ」
「数年前にも同じようなことを言っていました。そうやって謙遜するところ、相変わらずですね」
「……」
ライガさんは困ったように私から視線を外した。
すると隣にいた少年が口を開いた。
「ねぇライガお兄ちゃん、この女の人が『ホセイちゃん』?」
「あ?んなわけないだろ。ホセイちゃんは体長20センチのピンクツインテールの超絶美少女だ。彼女はどう見ても20センチじゃないだろ」
「ライガお兄ちゃん、やっぱ頭おかしいよ。人間の髪の色素にピンクは存在しないし、何よりそんなに小さな人間がいるわけないじゃないか」
「ホセイちゃんは人間じゃねぇ、妖精さんだ。というか生物大好きのお前が新人類であるホセイちゃんを否定すんのか?生命には無限の可能性がある!とか言ってたじゃねぇか」
「言ったけどさ、人間の肉体で20センチサイズはどう考えても骨格も筋肉も内臓も成立しないよ。仮にいたとしても、生存や繁殖の能力を維持できないんじゃないかな。そもそもその存在を観測したのってライガお兄ちゃんだけでしょ?」
「この生物オタクめ。よーし、じゃあホセイちゃんサイズの人間が実在したら俺の勝ちな!!」
ライガさんが少年に向かって啖呵を切る。
その横顔は……すごく生き生きしていて、子どもっぽかった。
その姿を見ていたら、私は微笑ましい気持ちになっていた。
ライガさんはため息をついた。
「……すまないな、カティ。俺はとある制約で常にこいつを連れ回さなきゃいけないし、こいつの要求にはあまり逆らえないんだが……依頼を受けるのは可能か?」
「パーティを組んだということで再登録されるのでしたら可能です。問題は彼の年齢ですが……」
私は受付から身を乗り出し、少年と目を合わせた。
彼の目は好奇心できらきらと輝いていた。
「君の名前と年齢を教えてくれる?」
「ケイ、12歳です」
「はい。では年齢も問題ありませんね。こちらは登録用の書類と、あと怪我をした時の保険や誓約書です。よく読んで頂き、サインを」
「はーい」
ケイくんが元気よく返事をすると、ライガさんが横から口を挟んだ。
「おいケイ、本当によく読めよ。お前はすぐ好奇心が先走るからな」
「ライガお兄ちゃんは心配性だな。別のギルドでも登録してるし大体一緒だよ」
「お前な……」
ライガさんが頭を抱える。
しかし、その表情は以前よりどこか明るかった。
今のライガさんは消えそうじゃない。
どこにでもいる……歳下に手を焼いているだけの、普通の青年だった。
「……ふふふ。ライガさん、その男の子は、あなたの弟さんですか?」
「血は繋がっていないが、弟分ではあるな。俺とこいつの関係を話すとややこしいんだが……縁あって、こいつの冒険を俺がサポートすることになっているんだ」
「へぇ……」
ライガさんはやれやれとため息をついたが……その表情は、不思議と優しく見えた。
……あぁ、やっぱり――私はこの人が好きだ。
消えそうじゃなくなって、相変わらず私に興味がなくても……この人が素敵なのは変わらない。
私は机の中から傷薬を出し、ライガさんに渡した。
「これ、どうぞ」
「え?あぁ……ありがとう。これは……」
「あなたなら、クマの駆除もあっという間に終わらせてしまうでしょうから……先に渡しておきますね、『銀の弾丸』さん」
「えっと……いくらだ?」
「これは私からのサービスです。安心してください、軽度の怪我人には誰にでも配ってますから」
「……そうか」
私がそう言うと、ライガさんは少しはにかんだように笑った。
それから何かを思い出すように、視線を宙に彷徨わせた。
「あの時あんたと食べた料理、美味かったな」
「……そうでしたか」
「あぁ。残すなんて勿体ないことをしたのかもしれない」
「……」
「でも俺、少食で偏食なんだ。いくら美味しくてももう満腹だった。あの時は特に」
「……それは、今も?」
「あぁ。あの頃よりはかなりマシだけだけどな。でも……あの時の味はまだ覚えてる」
ライガさんはそう言って小さく笑った。
何となくそれは……彼の人付き合いのあり方と似ている気がした。
彼はふと、私の手元を見た。
「カティ、結婚したんだな。いいな、結婚って。好きな人とずっと一緒にいられるってことだろう?」
「ライガさんは結婚しないんですか?」
「俺は……そうしたい人には、もう会えないから」
彼はそう言いながら、切なげな目をした。
私が何も言えないでいると、彼は少しおどけたように言葉を続けた
「まぁでも、今は子守で忙しい」
「ふふふ、そうですね」
隣の少年が書類を書き終える。
私は彼の少し拙い字を確認し、「不備はありませんね、登録しておきます」と言って頭を下げた。
「ねぇライガお兄ちゃん、この辺に美味しい料理屋あるの?」
「お前本当に食いしん坊だよな……俺もこの辺には詳しくないが、知ってる店ならある。後で連れてってやるよ」
「やったー!」
ライガさんとケイくんがギルドから出ていく。
私はその背中を見送った。
風が二人の髪を優しく撫でていた。
読んで頂きありがとうございました
こちらの話のライガ視点は以下です
興味があれば是非(R-18)
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全年齢の別キャラが主人公の話はこちら
ライガとホセイちゃんがいます
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