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第5話 バッグの中の倉庫

「今日は冒険者向けのマジックバッグ倉庫です」

出社するや否や、アゼッタが今日の研修内容を告げてきた。

「冒険者」という言葉に肩がすくむ。


アゼッタが給湯室の先の戸を開いた。

鉄の匂いが鼻腔をくすぐり、白い息がふくらんだ。


魔法陣を踏まないように、部屋の奥に浮かぶ結晶の前まで移動する。

「これは『コア』。ブロード商会の心臓です」


私は目を細めてコアを見つめた。

コアからは、空間が歪むほどの濃い紫の光が溢れ出していた。

光は霧となって台座の縁からこぼれ、床をゆっくり這って、靴先でたゆたう。


「なんというか、ちょっと不気味ですね」

昨日もこの部屋に立ち入ったはずなのだが、足元の大きな魔方陣ばかりに気を取られていたようだ。

改めて見回せば、この部屋の妖異な雰囲気に嫌でも呑み込まれる。

全身の毛がピリピリとした空気に反応していた。

気付けば思考が停滞し、夢でも見せられているのではないかと錯覚するほど、ゆっくりと流れていく時間。


「不思議ですよね。このコアの光、蓄えられた魔力なんです」

アゼッタは揺らめき溢れ出た光を掬い、掌で遊ばせながら呟いた。


「え?」

初耳だった。そのような技術、まるっきり聞いたことが無い。

魔法についてはまるっきりの門外漢だが、魔力を貯めて使うなど想像すらしたことが無かった。

そんなものがあるなら、冒険者の魔導士たちが皆使わない訳がない。


「ブロード商会の創始者、デベロ・ブロードが生んだ技術です」


「ほー」と呑気に相槌を打っていると、アゼッタは眉間にしわを寄せて、こちらを一瞥した。

「この情報は商会の最深秘であり、ギルドやどの取引先にも伏せている情報です。いいですね?」


私は思わず姿勢を正して何度も頷いた。

「は、はい、絶対に漏らしません!」


なるほど、聞いたことが無いわけだ。

そして、よく理解した。この技術がブロード商会の急成長を支える礎なのだと。



「これを見てください」

アゼッタがコアに手をかざした。


コア周囲に、大小の光の板が層状に展開された。

「これは、倉庫の縮尺模型?」

「はい。これで倉庫全体の状況を確認します」

よく見ると、板の上には小さな箱が無数に並んでおり、通路を箱が移動していた。



「コアを中心に、その魔力を利用して、倉庫空間を具現化しているのですが――」


――なんと美しい。そして、愛らしい。

眺めていると、昨日作った2重ループが、模型の上でも滑らかに回っているではないか。


「チアリーがゴーレムを動かす際の魔力も、精霊の給与としての魔力も、このコアから――」


見れば見るほど愛おしくてたまらない。

我ながら、スムーズな物資の流れに見惚れてしまう。

自ら描いた物流を俯瞰で見られるのが、これほどまでに気持ち良いものとは。

図らずも口元が緩んでしまう。



「……ちょっとレジーさん、聞いていますか?」


「ああ、ごめんなさい!」

いけない。すっかり見惚れてしまっていた。


「まぁいいです。マジックバッグ倉庫に向かいますよ」


魔法陣の上に移動した。

アゼッタが魔法陣を起動すると、目の前を白い光が覆った。




目を開けると、白い空間内に、昨日よりこぢんまりとした倉庫。

いくつものブースに分けられており、入出庫ゲートがブースごとに1つ配置されていた。


「剣、回復薬、罠、テント……ここがマジックバッグの中なんですね」

「はい。ゲートそれぞれが、別々のバッグ入り口に繋がっています」


ブォンと音を立てて、ゲート上のモニターが点灯した。

同時にゲートに繋がるコンベアが駆動し、そばのゴーレムも起動した。


「持ち主がバッグを起動したみたいですね」

モニターの出庫リストに剣名とロットが表示された。


ゴーレムは素早い動きで、すぐ横の棚から該当の剣をコンベアに流した。

剣はゲート内に消えていった。


「これはすごい。商会・工房向けのシステムを小規模にして、冒険者向けの運用に落とし込んでいる」

「はい。ベルの発想をチアリーが形にした、ブロード商会の新しいビジネスモデルです」

めずらしく、アゼッタの耳がうっすら色づいた。


そう知った上でその倉庫を見回すと、まだまだブース数は20にも満たない。

「冒険者への販売促進は喫緊の課題ですね」

アゼッタはそう言いながら、ブース数を数えていた。




その時、奥のブースから「ジリリリ!ジリリリ!」と大きな音が響き渡った。


鼓動が速くなる。

この前のアラームとは明らかに違う、心の底から不快を煽り立てる音色だった。


アゼッタと一瞬だけ視線を通わせ、アラームの元へと駆け出した。


警告灯が点滅する倉庫に到着するも、特段の異常は見受けられなかった。

だが、アラームは鳴り響き続けている。

音がなる度に全身の毛穴が一斉に騒めき、何らかの危機を伝えていた。

「何があったんですか!?」


「持ち主に生命の危機が迫っているようです」

アゼッタは淡々と述べながら、壁の通信機を手早く起動した。

「チアリー、ベル、緊急事態です」

『今から向かいます!』



間もなくして、白い光から2人が現れた。


チアリーがモニターを操作すると、映像が切り替わった。


肩から指先まで強ばりが走り、息が一拍、胸で止まった。


『グゥオォォ!』


けたたましい咆哮と共に、ワイバーンがモニターに大写しされた。



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