ナレ死予定の転生令嬢、王弟殿下とはやっぱムリです!
ここはレーメア王国の王城。豪華で繊細に手入れされた、だだっ広い王城の中のだだっ広い園庭の中にある東屋。
もちろん、ここから見える銅像は某巨匠の作品だし、あちらの大木は数代前の国王と忠臣との逸話が残されていて、優秀な庭師が大切に守っている木の一つ。
私こと、サクヤ・デーボは、傲慢チキで高飛車ゆえに自力で侯爵家に嫁入りを果たしたパワフルな伯母に振り回されて社交界に引っ張り出された、ショボい伯爵家(伯母の力でちょっと上向き)の長女です。
辺境伯?違います。田舎なだけです。ご始祖様が揚げた功績だけでギリ伯爵なだけ、デーボの領地はのんびり田舎なのです。
モトは伯母のごりごりゴリ押しでしたが、とある茶会をきっかけに、なんだかんだでニコイチにされ、なんだかんだで『婚約を結ぶことになりそう』な、王弟殿下ーーカザマツ・レーメア殿下と、庭を散策しました。いつものごとくお互いに貼り付けた笑顔のまま。
だって、カズー(普段こう呼んでいるので)は王弟殿下で、将来の公爵様で、国の中枢に席が用意されていて。
で、私は?
そりゃあ、5つも歳が離れてはいるけど、前世の記憶とやらで、多少かさ増しした精神年齢のおかげでジェネレーションギャップは感じません。
元々、王侯貴族的には5歳差など、歳の差に入りません。
入りません、が。
16と11はキツイわー。
仮定したら高校生?仮想したら小学生。
いや、無い。
あるよ?あるのよ、物語にも現実にも。稀なカップリングというカタチで。
でも、私の感覚的には無い。
ジェネレーションギャップを埋める前世の記憶のおかげで、現在の立ち位置が飲み込めない…本末転倒な現状。
ーーこのロリコン!
と、言ってやりたい。
話がズレてしまいました。この王城の瀟洒な東屋に至った所で私の仮面は剥がれ落ちて。
カズーとバトル中でした。
「サクヤーー」
「無い無い無い無い無い無い」
「君には情緒が無い」
「あってたまるかって状況でしょう!」
「ん?」
こてり、と首を傾げて。
フルスクリーンでイケメンが困った顔をしている。
絆されたくなるけど、ここで緩める訳にはいかない。
なぜなら全力で迫られているから。
キスまでカウントダウン始まってたから!
ロリコーン!おまわりさーん!
でも誰も助けてくれない。カズーの従者の方、回れ右してますからね。
こんなこそっと人目につかない所、危険極まりない…こともない…城内だもんね!王族向けの奥まった園庭だもんね!安全だよね!
「サクヤと私とで、何の問題が?」
「大アリです」
「婚約の話?」
ーー逃げ腰の私を、からかいながら追い詰め過ぎずしっかり距離を詰めてくるのはカズーの得意技。
クリーンヒット。
「ーー逃げるな、と、おっしゃいますが」
「君で足りている」
私では不足、という言葉を先に塞ぐ。
「十二分だよ」
及第点を超えるとさえも言及し。
「ーー足りない、と、感じている時点で足りないのです」
「『自身は王弟妃に不足なし』という傲慢が相応しいと?」
高笑いする某令嬢の面影が脳裏にチラつく。ーーうん。うん…。問題ナシとはいえないけれども。
「時と場合によりますがっ。伯母様の様に堂々と振る舞う場も必要でしょう」
「君はまだ若い。年齢的には幼いといえるほどに。時間はある。自覚にも、姿勢にも、教養にもね」
ひいいいいい!
勉・強・漬!
脳内キキョウ先生が、分厚い本を机に並べ出す。
『こちらは夜会での礼儀作法。こちらは挨拶状の教本。こちらは、某国王妃の側仕えを経験した貴族夫人の手記…』
まだまだ本は並べられていく。キキョウ先生の優雅な手つきと、抱えこむ本の冊数がアンバランス。あんな重いのをどうやって…あ、違う。これ私の妄想でした。
妄想キキョウ先生は、ダブルで愕然とする私の考えをちらりの一目で読み取り、
『妃たるものーーいいえ、淑女たらんとするならば、日々精進でございますよ。気の緩みは派閥の緩み。某夫人の手記によるとーー』
一冊の本を開き持つキキョウ先生は、ぱらりとお目当ての項を見つけて、滔々と過去の事象をお話しくださいます。先生、ソレ古典の原文ですから。
「ーーそんなに、わたしの妻になるのは嫌?」
ささやきは、脳内キキョウ先生が霧散する破壊力。
ふるえながら見上げると、フルスクリーンのイケメン、カズーことカザマツ殿下が眉毛を下げる。
いつものように花を背負ってるんじゃなくて。
そこに浮かぶ淋しさに向かって、咄嗟に手を伸ばす。
頬に向けた手ーーあぁ、これは不敬に値するかもしれない。
触れる前に頭が働いて、半端なところで止まる。その手に、カズーは優しく触れて頬を寄せる。
頬に触れる。
きっと、カズーの淋しさに無遠慮に触れてしまった。ーーでも、届いた。
笑顔で武装する、高くて堅い壁の向こうのお城のような人。弱音など、作為でしか見たことがない。弱音を、どこでなら、誰になら、晒すことができるのだろう。
「ーーまだ、たりないの。でも、いつになったら埋まるんだろう。わからなくて」
「ーーうん」
「たりないままかもしれなくて」
「ーーうん」
「ーーわたしは嫌なの」
カズーが目を開く。見つめる。
「たりないままじゃ、嫌なの」
カズーが動いて、手が滑り、ざらりとした何かに触れる。
整えられた貴公子らしい滑らかな肌に、確かに存在する、男性らしさ。
ーーこの人は、おとこのひとだ。
身体が固まった瞬間、
手に、また違う感触が。
「今は、これで我慢する」
貴婦人への挨拶としての、手にキスをーー本当に、く、口、あたった!!触れないのに!本当は触れないのに!
(脳内キキョウ先生が、眼鏡をキュッと上げていらっしゃるーー!)
真っ白に石化した私が意識を取り戻したのは、翌日の友人との茶会に至ってからだった。
「殿下とどちらへお出かけになったの?」
「ーーっ!」
全身が雷に打たれて、ビリビリと揺れた。その衝撃は持ち上げたカップにビリビリと伝わる。
「あら大変。手にお怪我は?」
カップをひっくり返しかけた私は、紅茶をいささか撒き散らしたようだった。手には、冷めた紅茶がじわりと伝う。
「ご心配なく。手は問題ありませんわ。ぼうっとしておりまして、失礼いたしましたわ。クロスを汚してしまいましたわね」
バルトイ伯爵令嬢、アユーラさんが呆れたように追加する。
「貴女の手袋もよ。替えはあって?」
あったかしら?まぁ、この程度。
「火傷の心配があるのだから緊急時よ。まずは外しなさいな」
テキパキとこの席の主人ーーダボ男爵令嬢ソルベさんに、席を整えたり、手袋の替えをメイドに取って来させたりという雑事の指示を依頼する。
さすがアユーラさん。でしゃばりすぎず、有能。
ダボ男爵令嬢ソルベさんのお呼ばれ茶会は、気のおけない(元)王弟妃候補の皆さんで。
気が抜けたままだるーんと参加できていた所、大打撃だ。
「進展ナシ、というところでしょうか?」
「え?ちょっと、え?」
室内だし、この皆の前なら良いやと、手袋をはずそうとしたところ、である。
「まさかぁ。殿下は奥の庭園まで連れて行かれたのでしょう?ーーあ、コレは王城で侍女として働く従姉妹に、たまたま姉が会ってたまたま聞いた話なのですけどね」
え?昨日の今日だってば!
「王城の奥の庭園と言えば、現国王が王妃に結婚を申し込んだという、王族の伝説的スポットですわね」
「何もなかった…本当に?」
へどもどする私を、ニヤニヤと友人たちがつつく。
「殿下の心に『何も無かった』という証明にはなりませんわね」
「何かしらのご予定は立てられたりしてたり?」
「予定を粉々に破壊した可能性もございますけれど」
ウフフと微笑む令嬢方は、王弟妃候補に自らリタイアを選択できる面々ーーしっかりした後ろ盾があり、なおかつ、自我をもつ、ひとくせはある方々なのだ。
「だまっちゃうのね〜」
「動揺する程度のことはあった、と」
「んふふ」
「まぁ、このご様子では亀の進展でしょうから。美しい思い出の花園を踏み荒らすのは失礼というものでしょう」
「ねぇ」
各々扇子やカップでさりげなく隠された口元が、どれほどゆるんで居るのか鏡を見ればいいと思う。
「皆様、顔に色々描いていらっしゃいましてよ」
「あら『楽しみ』とか?」
「まぁ『次に期待』とか?」
「『もっとやれ』でしょう?」
ちらりと覗くお顔は、意地悪気に微笑みを絶やさない。
ーーどうにも分が悪い。こんな時は退散に限る。
これは敗北ではない。次の勝利への一手である。
「手袋の替えがございませんので、もうしわけありませんが今日はこれで」
「はいはい。じゃあもうその話はいたしません」
「つぎー、ジェルさんのお見合いについてー」
初耳の情報にてのひら返しでストンと座席する。えっ、聞いてない聞いてない。ジェルことスカイラン男爵令嬢エヴァンジェリンさんいつの間に!?
「一応お見合いという名目では無かったのですが、さる御夫人を通じて、ごくごく内輪のお茶会に招いていただいて」
「お相手の方とジェルさんと御夫人だけのお茶会だったのでしょう?」
そんなの完全なるお見合いじゃないの。
「騎士団にお勤めの方なのでしょう?」
「右軍にお勤めなの?それとも左軍?」
えっ、みんな耳がはやい。
なんてことでしょう。それでもお相手の名前は知られていないらしい。
右軍は、近衛を中心とした守備警邏をお役目としていて、左軍は国境警備を中心とした実戦も有り得るお役目だ。
貴族令嬢としては、右軍の見目良い方々が話題に上りやすい。
「右軍のーーオーバージーン様と言われる方で」
「中隊長候補の方ではないの」
「そうそう。今年の御前試合でも四強にはいられたのでしょう?」
オーバージーン様は、令嬢間でも名前が囁かれる面々のお一人。王城警備隊をされているため、王城の間を借りたお茶会などでお仕事されている所を、見かけた人の間で人気が上がってきた。
王子妃候補の茶会でもお仕事されていたように思う。当然、みんなの反応も弾んで声高になる。
「いいお相手じゃないの。実際に会ってみてどんな感じだったの?」
そうそう。
オーバージーン様を知りたいのは、乙女ゴゴロ、2人の相性を知りたいのは、友情。どちらにせよ、聞きたい!となるわよね。
19歳。真面目な様子で、軟派なところはナシ。(これは、ファンへの対応からもイメージ通り。)
某伯爵家と縁はあるものの、実家に爵位ナシ。将来は自分の功績で騎士爵を獲得したいということらしい。
「噂通りに御立派な方のようだけれど、決めかねているの?」
ジェルさんは、人気の騎士との結婚話を手放しで喜んでいるという感じではない。そこをソルベさんが鋭く突く。
「わたくしが男爵家を継ぐとなると、領地に居る時間が長くなりますから。騎士爵を求めていらっしゃるなら、中央に近い方が相応しいようにも思えてしまって」
ジェルさんの、王弟妃レース降板理由は、従兄弟を押し退けての爵位獲得に動くことだった。血統的、実力的にジェルさんが一番相応しいと親世代に認めてもらったところなのである。次は伴侶をーーとなるのも道理で、そこに爵位なしの貴族家縁者というのも順当。
そして、その相手が自身の爵位を望むのも、理に反するものではない。身一代の騎士爵であれば、男爵の夫に相応しくこそあれ、余計な爵位とはならない。
けれどーー功績を積むと簡単に言っても、爵位を戴くまでとなれば、一握り。アンラッキーにぶち当たって、弛まぬ努力を運良く発揮して誰よりも目立つ功績をあげる。なかなかない。
こつこつこつこつこつこつこつこつ出世して、結構なお年と結構な役職に就いて
……着実。
手っ取り早くは戦功。この情勢ではすぐになど望めないしーー戦争を、望みたくない。
ジェルさんはゆくゆくは領地持ちの女男爵、時間には制約がある。自身の子を持つのならば、余計に。
「良い方でも、難しいお相手ということですわね」
ままならないなぁ。
「次は、父に会いに来るという名目で、我が家に来てくださるのだけれどーーお断りするのならば、早くしないと、とは思っていて」
ん?
「オーバージーン様を気に入っていらっしゃるのね」
「……計りかねているのです。良い方だとは思いますが」
「ふうん」
頷くソルベさんの顔に、有りもしない眼鏡がキラリと光った(ように感じた)。次の瞬間、私の違和感をスパリと解決した。
「ジェルさんは、基本即決即断よね。そのあなたがこの悪条件で切らないのだから、それは反対なのよ。そう。もうあなたは決めているの」
「っでも!」
「でもで続くものは家のこと?領地のこと?ーーその大切なものと並び立つほど、彼の方の存在が大きくなっているのね」
俯くジェルさんに、沈黙が降りる。
それぞれ、家のことを引き合いに出されたら、感情論はねじ伏せねばならないことを知っているから。
それなのに、スッパリ切り捨てたソルベさんだけが、晴れやかな顔をしてお茶を飲んだ。
かちゃりとわずかな音を立ててカップを置き、穏やかな顔の真ん中の丸んまるな目を更に丸くしてぱちくり瞬かせて。
「あらやだ。皆様難しい顔をして。これほどの事が問題だとでも?」
いやいや問題だから、ジェルさんが困ってらっしゃるわけで。
「皆様ご存知の通りわたくしこの方とは長いお付き合いですが」
ええ、確かに領地も王都邸も隣り合った家族ぐるみのお付き合いと、皆は知っております。
「本当の気持ちに気づいたら、全力で手に入れる方なのです。だってそうでしょう?皆様、なぜこの面々で集まっているのか思い出してくださいませ」
「ああ」とか「そうよね」とそれぞれ頷く。えっ、私ついて行けません。友人で集まっただけですよね!?
「まぁそこがサクヤさまの可愛らしいところなのですが」
「何で?」と顔に描いてあるのが可愛いの?ナニソレ。
「(王弟妃)候補降り隊ですものね」
あ、そうでしたそうでした。
私たち『なりたくない派』で仲良くなったんでした。
即決即断、『なりたくない派』だって設立しちゃう私たちの一人。ならば、自分の欲しいものを掴み取ることもーー
「できる」
「うん。ジェルさんなら」
「そう。エヴァンジェリン姉さんなら、全てを自分の物にできますよ」
爽やかな風に吹かれて微笑むのは、11歳から16歳までの未婚の令嬢たち。
人生悟った顔して貫禄たっぷりにエールを贈るのは、私と同い年のソルベさん。
ソルベさんソルベさん。
あなた、ここの最年少、11歳ですよー?
ちょっとツッコミつつも、ステキな恋話で華やいだ茶会を満喫した。
ーーーうん。
わたしの問題は何一つ解決していませんでした。
習い事して買い物して習い事して自習して刺繍して、ちょっとぼーっとして、その裏でこっそり趣味全開に浸って過ごしていたら、カザマツ殿下との約束の日になるのが通常営業。
正式な約束ではありません。
正式な婚約はしていないから。
ただ、毎週私が図書館に出かけるときに、殿下も図書館にお立ち寄りになるだけ。
ばったりお会いして、さらっと何処かへ立ち寄って、お話をする関係。
ご予定がある時は、事前に伝えてくださるか、見知った顔の関係者がこっそり教えてくださるという、フォローもバッチリな体制。
ーーうん。
私の意気地なし。
その癖、約束通りに顔を出す。
私の根性なし。
いつもと違う準備をして、過ごした期間を思うと、いつものように図書館の門をくぐる所で足が止まってしまう。
図書館の入り口を前に、方向転換をする。
すこし、すこぅし、座りたい。
木陰の席を目指す。
一人じゃない。家から家人を連れている。今日返す予定の本を抱えてくれているので、ベンチの隣のテーブル席にする。家人と席を共にするのは、この場合無作法という程ではないから。
力いっぱい、お腹の空気を外に出す。
きらきらと木漏れ日が緑の葉を透かして落ちる。
ーー美しいもの。
そよ風と、輝きを浴びて目を瞑る。
はぁ、と、もう一度腹から空気を出して。
私はカバンの中の『ナイフ』の切れ味を吟味する。
目を開くと、柔らかでも確実な刺激に目がチカチカする。そのぼやけた視界の先に、待ち人の姿を認める。
こちらに気づいて片手を上げたカズーの、胸元までどれ程の距離かを計る。
「外で座るなど珍しいな。確かに気持ちの良い天気だ」
「ええ」
「今日はもう済ませたのか?」
「いいえ、まだです」
ちらり、2人で立ち上がった家人の手にある、三冊の本が入ったカバンを見やる。
「どうした?体調でもーー」
「いいえ」
恋愛小説にも、この国の歴史書解説本にも答えはない。
「殿下の、御心を聞きたくて」
「中では話せないと思って、ここに?」
「ーーただ足が向いただけです。それを、殿下がお声かけくださったのです」
「そうか。邪魔をしてしまったようだな」
「いいえ」
立ち上がるカズーを手で制する。
「いいえ、お会いできて嬉しいです」
自然に口が笑む。
どんな時でもこの方を見て、胸に湧き上がるのは、温かな感情。
ストンと受け止めると、ずいぶん前からそうだったんだ。
手元のカバンから、『ナイフ』ーーではなく、封をした手紙を取り出す。
「事前に言葉にしていてようございました。お会いすると、鈍ってしまうと思いましたので。ーーいいえ、別れの言葉ではございません。何度も同じことを申し上げますが、『覚悟がない』と」
殿下の微笑みが固まる。
「私は、『覚悟』をもてるでしょうか」
「それは、勿論」
固まった微笑みから、かさかさにひび割れた声が返る。こんなにもこの人が動揺を見せるとは、思わなかった。
それなのに。こんなにも、この人は、笑顔を手放せないとも思わなかった。
「使い慣れた表情ですわね、『殿下』」
すっと風が吹き、ふわりと机の封筒が動く。私が目で追う前に、カズーの手が伸びて封筒を机に縫い止める。
「お受け取りいただけて良かったです」
そんなつもりは毛頭無かったのに、酷く傷ついた顔をしている。笑いながら。それでも。
「私を捨てるのか?」
何も進んでないけど、何もかも始まってないわけじゃ無かった。
刻んだこの数ヶ月を、全て放り投げる勇気もまだ育っていない。
ーー捨てる?
「どうして? こんなに大事なの、捨てることなんてできないよ」
「ならば。君も所詮は『殿下』しか見ていないということか。『王弟』とか『将来の公爵』としか見えていないのだろう」
笑顔は今度は皮肉に歪む。
あからさまな挑発。
私を怒らせてーーキレさせてーー終わらせるの?
そう。そのつもりなの。
ぶつり、私の『穏やかに話ができたらいいな』という理性は切れた。
終わらせてもいいというのならーー望み通りにキレてやる!
「所詮その程度の娘だったのかとおっしゃりたいならそうでしょうよ。ずっと言ってまいりました。わたくしは、『その程度』だと!
十把一絡げですよ。そこら辺いる、石投げたら当たるどこにでもいる令嬢ってやつですよ。そこら辺に石投げたら当たる王弟殿下はいないのにね!」
言ってみてこりゃ不敬だなと気づいた。
王族に石投げたらダメだわ。
ふつうに令嬢にもダメだけど。
はい、深呼吸。
「『殿下のような方』が陥り易いトラップに、私のようなカテゴリーがございます。ご存知?」
「罠に嵌った愚かな男と言いたいのか?」
公共の場のベンチには不釣り合いな長い足を組んで、リラックスしたように微笑んで言う。これこそ仮面。本音なんか分からない、見せない、ちぐはぐなこの人をーー鼻で笑ってやる。
「何をおっしゃいますやら。カテゴリーはこっちのことですよ。殿下のお立場はそりゃあ『身分のいいモブ』でしょう。特別感あるのかないのか訳わかんないですね。殿下も訳わかんないからぴったりなのかもしれませんね!
殿下のことは置いといて、私のカテゴリーです。わたくしみたいなのを『おもしれー女』と申します。何が面白いなんて別に芸人じゃないんだから始終殿下を笑わせるなんて無理難題ですよ。今までも別に笑っちゃいなかったでしょうよ。少し毛色の違う猫か犬の様に見てただけでしょうよ!実際毛色が人様と違う訳じゃないから、私は永遠に『毛色の違う猫か犬』のマネをしろって言うんですかね!?『おもしれー女』の女側からしたら何も別に面白くないんですけどね!?殿下からしたら、『おもしれー』何かがあるんでしょうね?やっぱ始終笑顔の殿下を笑わせるのは無理難題すぎるので、ちょっと毛色違うくらいじゃどうにもならないのでは無いかとも思うのですが!」
殿下の護衛が、数年時間を共にしながらも、見たことがない殿下のキョトン顔に打ち震えていることに、私は気づかない。
笑顔仮面を崩してやる!と、言い出したくせに、溢れ出した思いは、顔を見る余裕なんて皆無だ。
「ーー『捨てるのか?』なんてこっちのセリフ!『おもしれー女』の成れの果てなんて、金を産むガチョウになるか、面白くあり続けるしかないじゃないのっ!」
平々凡々な私になにができるっていうの?
「殿下は私の何を知ってるの?そこらにひとカゴいくらで山盛りに売ってるみかんと変わんない私に、何の価値を見出してるの?」
王弟妃には、価値は必要。
この人の側に居るだけなら?
ーー行き着く先は『側妃』『愛人』。
コレは、私の我儘でしかないにしても、その立場は嫌だ。受け入れられない。
私の伯爵令嬢とか、侯爵家の後援ありとか、そこらへんは肩書きで。
私自身なんかじゃなくて。
殿下にとって都合がいいのは、肩書きアリの中で、「面白いヤツ」だからだ。
朱に交わった中でも、『赤い』からだ。
更にはその『赤さ』が、この国に新たなモノを生み出すからだ。
それだって、私自身なんかじゃない。
そんなもん期待されたって、うすらぼんやりした記憶を錬金できる術はもってやしない。
伯爵令嬢のサクヤは、なに一つ選ばれてなんてない。
「価値がないとだめなのか?」
「だめでしょうよ!」
反射で切り返してから、正面の顔をまじまじと見つめる。
「あなたを損なわせてまで隣に立つ覚悟はこれからも抱くつもりはありません!」
国益なしに立てる場でなく、国益なしに立つと言うなれば、相応のモノを失う。私ではなく、「身分のいいモブ」たらんとする殿下のつるりとした看板に大きな傷をつけ、いついつまでも足枷として殿下の行動を制限することだろう。
かご盛りみかんのちっぽけなプライドは、それを許さない。
「ーーなんか可愛いとかでは?」
「ふ、むむ」
可愛いって一つの価値。
でも
『なんか』ってぼやけると…価値?
「……ちょっとなにいってるか分かんないです」
「誤魔化したね?」
誤魔化しますよ。この世界の人には伝わんないだろうネタだけど!
「そんなところがーーなんか、かわいい。もちろん、犬猫とは違う意味でだよ」
「ち、ちょっともうなに言ってるかっ」
咄嗟に助けを呼ぼうと家人の方を向くと、護衛たちとでキャッキャしている。『殿下、圧勝』誰かの呟きに、ウチの家人が喜んでいるようだ。
あ、コレ、賭けてやがりましたわね。しかも、殿下に入れましたね。家令に言いつけてやる。帰宅したら覚えてろっ。
大敗した私は、すっかりいつも通りにカズーと過ごした。
頭のから、すっぽりと『手紙』を落としたまま。
ど忘れした『手紙』を読んだカズーから、「えっちょっと待って何で領地に帰るの?さっき誤解は解けた様だから帰らないよね?病弱設定とかいいから。婚約者候補じゃなくて、さっさと婚約しちゃった方がいいってことじゃないの?
心配だから、火球的速やかに会おう」
というのを婉曲表現で示したお返事が届くまでは。
珍しく誤字まであった。
火球的…なんだかとっても早そうだ。
うん。やっぱり手紙でよかった!
私、領地に、帰ります!
名目『療養』であっさり領地に戻った私の元へ、カザマツ殿下から矢の様に連絡便が届き、最終的には殿下自ら視察ついでに領地に寄ってくださるのだけれども。
「適切な距離感と適切な時間配分により、適切な関係が築かれると思いませんか?」
「全く」
「つれない返事ですことー」
「本音は?」
「そんなの隠していませんよ」
言いつつ、カズーの耳元に口を寄せる。
「もうちょっと、大きくなるまで待って?」
離れて見上げると、帽子を下げ、手のひらをかざしている。
ぱっと見、「いい天気だな」なポーズだけれど。
「全く、君には勝てないよ」
顔だけは余裕綽々に、カズーは言った。
ちなみに、カゴ盛りみかんとは、パーティーメニューではなく市場にある方であることを後程確認修正させていただきました。
そんな、飾り盛りされたヤツではございません、殿下。
もう一カゴ買ったら幾らになる?って言う方です。田舎令嬢ですからね。




