第19話 武蔵の土と三つの墓 ――和田義盛の涙
(治承七年〈西暦1183年〉二月・武蔵国)
伊豆を離れ、東へ。
冬の関東は、乾いている。
山は低く、野は広い。京や近江とは違い、空が近い。
治承七年(1183年)二月。
源九郎義経と武蔵坊弁慶は、武蔵国へ入った。
目指すは、和田義盛の館。
坂東武者の中でも名の通った豪胆な武士。
かつて熊野参詣の折、息子義慶とともに弁慶――当時は熊野別当の娘・静――と出会い、縁を結んだ家。
弁慶の足取りは、重い。
義経は気づいていた。
「……辛いか」
馬上からの問い。
弁慶は首を横に振る。
「いえ」
だが声は、わずかに低い。
(義慶殿……)
あの男の名を、この地で呼ぶことになる。
和田の館は、質実そのものだった。
板塀、太い柱、馬屋の匂い。
坂東武者の拠点らしい実直さ。
門前で名乗ると、すぐに取り次がれた。
やがて現れた和田義盛は、背が高く、肩幅の広い武者だった。白髪が混じるが、目は鋭い。
その目が、弁慶を捉える。
一瞬。
呼吸が止まる。
「……静、か」
低い声。
弁慶は深く頭を下げる。
「義父上」
その呼び方に、館の空気が変わる。
義盛は一歩近づき、弁慶の顔を見つめた。
「生きておったか」
その言葉に、弁慶の喉が詰まる。
「はい」
義盛の目が、義経へ移る。
「そなたが、義朝公の御子か」
義経は膝をつき、名乗る。
「源九郎義経」
義盛は頷いた。
「頼朝殿の弟か」
その目は試すようだ。
義経はまっすぐに答える。
「はい」
義盛はしばらく黙ったのち、静かに言った。
「まずは中へ」
館の広間。
火が焚かれ、寒気が和らぐ。
義盛は座し、弁慶に向き直る。
「義慶は」
短い問い。
弁慶は、まっすぐに見返した。
逃げない。
「京にて、平家の兵二百と戦い」
「立ったまま、矢にて……」
声が震える。
だが止めない。
「弁丸も」
「腹の子も」
広間の空気が凍る。
義盛の拳が、ゆっくりと握られる。
「……そうか」
その一言に、怒りも悲しみも、全てが詰まっていた。
やがて義盛は立ち上がり、背を向けた。
広い背が、小さく見える。
「義慶は、わしの誇りだった」
その声が、低く震える。
弁慶は額を床に押しつける。
「守れませんでした」
義盛は振り返る。
「違う」
強い声。
「守れなかったのは、わしだ」
館の武士たちが、息を呑む。
義盛は続ける。
「坂東におれば、あのような最期はなかった」
その言葉は、悔恨。
弁慶の胸が締めつけられる。
「義父上……」
義盛は歩み寄り、弁慶の肩に手を置いた。
「よく、生きて戻った」
その手は、大きく、温かい。
弁慶は初めて、涙をこぼした。
声をあげず、ただ静かに。
翌日。
館の裏山の裾。
小さな寺が建てられることになった。
義盛の命だ。
「義慶と孫三人の墓を、ここに建てる」
坂東の土は硬い。
武士たちが鍬を振るい、土を掘る。
義経も加わった。
弁慶はその姿を見て、胸が熱くなる。
源氏の御子が、土を掘る。
義経は、黙々と作業する。
やがて石が立てられる。
三つ。
義盛は、その前に立つ。
風が吹く。
「義慶」
低く、呼ぶ。
「孫よ」
その声は武士ではなく、父であり祖父だった。
義経は、静かに手を合わせる。
弁慶も膝をつく。
「ここで、尼として生きよ」
義盛の声。
弁慶は顔を上げる。
「武を捨てよとは言わぬ」
「だが、土を踏め」
その意味が、弁慶には分かる。
戦だけが道ではない。
義経が口を開く。
「我も、ここで修練を」
義盛は頷く。
「源氏の御子であろうと、坂東では腕が全てだ」
その言葉に、義経の目が光る。
夕刻。
裏山の寺は、まだ小さい。
だが灯がともる。
弁慶は僧衣を整え、読経を始めた。
義慶、弁丸、名なき子。
三つの名を胸に。
読経の声が、山に響く。
義経は縁側に座り、弁慶を見つめる。
(強い)
あの夜、五条橋で出会った鬼。
いまは尼。
だが、その背は折れていない。
義盛は、酒を持ってきた。
「飲め」
義経に差し出す。
「坂東では、まず飲む」
義経は杯を受け取る。
「苦い」
義盛は笑った。
「それが坂東だ」
笑い声が、冬の空に溶ける。
弁慶は読経を終え、三つの墓前に深く頭を下げる。
(ここから)
戦も、祈りも、ここから始まる。
治承七年(1183年)二月。
武蔵の土は、冷たい。
だがその土の上に、源氏の芽が確かに根を張り始めた。
武蔵坊弁慶の日記(義経記)
治承七年(西暦1183年)二月、武蔵国に至る。
義父和田義盛公に拝謁。
義慶殿と孫三人の最期を語る。
義父公、「守れなかったのはわしだ」と涙す。
裏山に小さき寺を建て、三つの墓を立つ。
我、尼としてここに住む。
義経殿も修練を望む。
坂東の風、厳しきも温かし。
ここより再び、歩み出す。




