目録と宰相と未来の王妃へ
「では、改めて褒賞についての説明しますね」
白鷺の君、ルシアン殿下は本日も変わらず優美で嫋やかだ。
王国の貴族令嬢や、王宮の女性官吏達が蕩けきったかおで視線を向けるのも納得の美貌である。
筆頭数理官となったクラリスは、いつの間にか与えられていた王宮内の私室権研究室で、ルシアンと向かいあわせで座っている。
「先日は兄上が貴方を連れ出したので、結局お伝えできませんでしたし、かと言って目録を読み込むなど貴方はしないでしょう?」
だから私が来ました。
そう言って、ルシアンは秘書官が小脇に抱えていた分厚い目録を二つ、テーブルに並べさせる。
「あの、ルシアン殿下?ちゃんと読むのでそこまでしていただくわけには」
クラリスの抵抗を完全に無視して、ルシアンは早速目録を広げ始めた。
ランヴァリオン王家・特例褒賞目録
【爵位・身分に関する条項】
1.カステロ公爵家(フェリクス家)の養女としての籍の保証。
2.帝国籍の正式な抹消およびランヴァリオン王国への国籍移譲。
3.ランヴァリオン王国「筆頭数理官」への就任。
4.王室会議への出席権および議決権の付与。
5.王族に準ずる「紫金色の紋章」の使用権。
【不動産・居住に関する条項】
6. 首都ランヴァリス内、最高級区画のタウンハウス(邸宅)の授与。
7. 王宮内・東離宮にあるクラリス専用私室の永久確保。
8. 王宮内の王専用図書室への24時間自由出入り権。
9. 国王キリアンの私室の鍵の授与(私的領域へのフリーパス)。
10. タウンハウスおよび私室の維持管理費(使用人・光熱費等)の永久王室負担。
【研究・仕事に関する条項】
11. 歴史学者バルトロメウス伯爵の研究室の永久貸与。
12. 古代熱変換装置の運用・管理の総責任権。
13. 国立アカデミーにおける「数理学」特別教授の称号。
14. 王国が所有するすべての古代遺跡への立ち入り・調査許可。
15. 古代語および禁忌数式に関する秘密書庫の閲覧権。
16. 研究に必要な機材・消耗品(特殊なインクや羊皮紙など)の無制限発注権。
17. 未解明の古代遺物の「優先解析権(第一発見者の権利)」。
18. 筆頭数理官のみが使用できる、純金製・魔力触媒の「専用印章」。
19. 数理官補佐として、有能な文官を最大10名まで自由に雇用する権利。
20. 帝国の最新科学誌・技術情報の優先購読および輸入。
【金銭・資産に関する条項】
21. 筆頭数理官としての基本給、10年分の前払い。
22. 功績に応じた特別ボーナス(成功報酬)の永久請求権。
23. ランヴァリオン王立銀行における「無制限引き出し」特権口座。
24. アンバーカノープスで作られたスピリッツ(ラム酒)の売上のうち、0.5%を研究費として永続還元。
25. クラリスの名を冠した「奨学基金」の設立。
【生活・護衛・移動に関する条項】
26. カステロ公爵家配下の精鋭騎士による、24時間の身辺警護。
27. 王家専用の馬車と車(数理計算ができるようデスクを設置した特別仕様)の供与。
28. 帝国女帝チトニアより贈られた「大鷲」の永久貸与および維持権。
29. 海上移動時、王室専用船の優先利用権。
30. 専属の侍女(クラリスの性格を理解した、口の堅いベテラン)の配属。
31. 王宮専属の仕立屋による、四季折々の衣装(仕事着兼ドレス)の無償提供。
32. クラリス専用の通信用伝書鳥(魔獣カナリア)の無償提供。
33. 健康管理のための王宮筆頭医官による定期健診。
【キリアン王に関連する特権】
34. キリアンの「熱暴走」時、全騎士団に命令を下せる「一時的指揮権」。
35. キリアンが執筆した未発表の研究論文、すべての独占閲覧権。
36. 王の食事の「毒見(という名の同席)」およびメニュー決定権。
37. 王立地下醸造庫の最奥部、ヴィンテージ・ラムの解錠権。
38. キリアンのスケジュールの「優先割り込み権(公務よりクラリスを優先させる権利)」。
39. 王の身の回りの世話を「数理計算のため」として独占する権利。
40. アンバーカノープスの起動時に発生する「黄金の数式残渣」の採取・研究権。
【その他の条項】
41. 帝国時代の旧友・恩師をランヴァリオンに招待するための旅費全額負担。
42. 万が一、クラリスが「休暇」を希望した場合の豪華客船でのクルーズ権。
43. クラリスが考案した「数理モデル」を王国の国家標準とする権利。
44. 王国全土の「数学・物理学」に関連する教科書の監修権。
45. 国内の有名菓子店からクラリスの私室へ、毎日「最新のスイーツ」を届ける特約。
46. 王宮庭園内に、思考を巡らせるための「静寂の散策路」を建設する権利。
47. バルトロメウス伯爵との「共同研究」における主導権。
48. 帝国の追手(旧教信徒等)に対し、王国の総力を挙げて反撃する「武力行使確約」。
49. クラリスの父(エヴァンジェリン氏)の墓所のランヴァリオンへの移設および永代供養。
50. 「将来、クラリス・エヴァンジェリンが望むあらゆる願い」を王家が叶えるための白紙委任状。
「……」
「はい、起きてください。ようやく半分です」
「ま、まだあるんですか!?」
「ええ、まぁあとは寝ててもらっても良いような内容ですけど」
「…ちなみにどんな」
怯えるクラリスに、ルシアンがこれ以上ない笑顔を浮かべる。
「将来生まれてくるお子様の教育予算や、王妃としての公務免除特権などの福利厚生についてです。貴方にとっても悪い話ではないでしょう?」
「お子様…」
「そんな顔をする必要はありません。兄上は貴方が頷きさえすれば、明日にでも盛大な結婚式典を開くつもりでいますから、お子様も時間の問題でしょう」
楽しみですねぇ、兄上のお子様に早く会いたいです。
ルシアンが鼻歌でも歌い出しそうな調子で言う。
やはり確定事項としては、ルシアンはクラリスの意向はまるで汲む気がないのと、クラリスのための目録と言いながら、ほとんどキリアンのための褒賞なのだ。
良いけどさぁ…、とクラリスが項垂れる。
そんなクラリスを放置して、ルシアンは残りの50項目について朗々と読み上げていた。
ランヴァリオン王家からの褒賞についての目録読み上げと、不親切な解説は終わった。
「では次に」
読み上げた目録をクラリスの方に押し付けると、もう一つの分厚い目録を広げ始める。
水を一口飲んで潤した後、ルシアンは顔を上げた。
「こちらはサン・エターラ帝国皇帝チトニア陛下からの授与品目です」
親愛なるクラリス・エヴァンジェリン嬢へ
これまでの帝国の貴方への不義理と不親切を謝罪致します。
今後、新しく生まれ変わる帝国を統治するわたくしから、ランヴァリオン王家に嫁ぐ貴方へ、せめてもの餞別と友情の証を贈ります。
帝国女帝チトニアより贈られし「真実の友」への目録
【帝国における地位と安全の保証】
1.帝国籍抹消に伴う、帝国における「名誉国民」としての地位の授与。
2.クラリスおよびその関係者に対する、帝国全土での「不逮捕特権」の付与。
3.旧エヴァンジェリン家の財産・領地に関する、帝国政府による永久管理と収益の送金。
4.帝国の「帝国大図書館」への無制限閲覧許可。
5.帝国軍および秘密警察に対し、クラリス・エヴァンジェリンを「最優先保護対象」とする命令の発令。
【移動・通信・友情の証】
6. テキラナ国神獣「大鷲」の永久貸与および専属飼育員の派遣。
7. 大鷲を用いた、帝国―ランヴァリオン間の「優先飛行航路」の確保。
8. チトニアと直接対話するための「魔獣カナリア」の授与。
9. 今後開発される航空機械での帝国の全港湾・飛行場における、クラリス専用機の「着陸料永久無料」。
10. クラリスが帝国を訪れる際、女帝と同格の「国賓」として遇する権利。
【知的好奇心と研究への支援】
11. 帝国が隠匿してきた「古代ジュネヴァ国」に関する極秘資料の写しの進呈。
12. 帝国の最新型「計算機」の試験提供。
13. 帝国アカデミーの全論文に対する、無償購読権の付与。
14. クラリスが望む場合、帝国の若手優秀な数理官を「研修生」として派遣。
15. 帝国の産業機械の定期的供給。
16. ジュネヴァの血統に関する、帝国各地のフィールドワーク調査費用負担。
17. 帝国の「星読みの塔」における天体観測データの共有。
【もしもの時のために】
18. 「ランヴァリオンの王が貴方を泣かせた場合」の、即時亡命受け入れ。
19. 帝国北部の避暑地に用意された、クラリス専用の別荘(隠れ家)の提供。
20. 帝国の最高級仕立屋による、ランヴァリオンの気候に合わせた「皇帝級ドレス」50着。
21. 帝国宮廷の専属料理人による「帝国の味」をいつでも再現できるレシピ集と調味料セット。
22. チトニアの「話し相手」として、いつでも公務を放り出して帝国へ遊びに来る権利。
23. キリアン王に対し、チトニアが直接「小言」を呈する「女帝の抗議文」発行権。
【実益と贅沢品】
24. 帝国特産の高級茶葉および香辛料の終身提供。
25. クラリス専用に調合された、集中力を高める「女帝の香油」。
26. 疲れを癒やすための、帝国最高品質の「シルクの寝具一式」。
27. 解析作業中に便利な特殊インクと筆記デスク。
28. 帝国で最も流行している「新作小説」と「数理パズル」の定期配送。
29. 帝国の庭園にのみ咲く、クラリスの髪色のバラ「夕日の賢者」の苗木。
30. どんな難解な数式も書ける、折れることのない「ヴァダの万年筆」。
【特殊権限と象徴】
31. 帝国の公式行事における「女帝の特別顧問」としての称号。
32. 帝国軍の通信網を、個人的な連絡に(内密に)利用する権利。
33. クラリスが解いた数式を、帝国政府が正式な「法則」として登録する権利。
34. 帝国における「数学教育」のカリキュラム監修権(名誉職)。
35. 帝国全土の書店に、クラリスの著作を特等席に置かせる命令。
【個人的な「贈り物」】
36. チトニアとお揃いの、友情を証明する「翡翠のブローチ」。
37. 帝国で密かに流行している「猫型のマッサージ機」。
38. クラリスの父の思い出を形にした、帝国の名匠による「特製オルゴール」。
39. 数理計算で疲れた目を癒やす、蒸気のアイマスク。
40. キリアン王の「弱点」を記した、チトニア秘蔵のメモ。
41. 帝国製の「絶対に壊れない計算用眼鏡」。
42. 寒いランヴァリオンの夜のための、自動発熱する「皇帝の毛布」。
43. クラリスの解析能力をブーストさせる、特殊な「糖分補給用最高級チョコレート」。
44. 帝国で最も腕の良い絵師による、クラリスの肖像画(チトニアの自室用とクラリス用の2枚)。
45. 帝国風の「筆頭数理官」正装一式。
【女帝の「保険」条項】
46. ルシアンがクラリスを働かせすぎた場合、帝国から「労働基準に関する勧告」を出す権利。
47. クラリスが「一人になりたい」と思った時、大鷲が自動で彼女を迎えに行く設定の付与。
48. キリアンと喧嘩した際、帝国大使館を「絶対安全な避難所」として利用する権利。
49. 帝国とランヴァリオンの間に「クラリス・エヴァンジェリン友好条約」を締結する権利。
50. 「貴方がどこにいようとも、わたくしの親友であることを世界に宣言する」権利。
浮世離れした妖精姫の遊び心溢れる目録に、クラリスは後半部分は笑いっぱなしだった。
ひとつ読み上げる度にルシアンが小さく舌打ちをするのを見て、クラリスは余計に笑いが止まらなくなった。
「貴方、楽しそうですね?ランヴァリオンの目録より生き生きしてるように見えますけど」
「そんなことはないんですけど…っふふ。チトニア様がこんなに楽しい方だったなんて」
クラリスが笑いながら話すのを、ルシアンは仕方なさそうに見ながら目録を畳む。
「というわけで、贈呈品などについては以上です」
「お忙しい中、ありがとうございました」
頭を下げるクラリスに一礼して、ルシアンは秘書官と出ていく。
残それた目録を見ながら、クラリスは思った。
「こんなにあると中身を忘れちゃう…」
物品などすぐに用意できるものなどは既に運び込まれている。しかしそれも箱の山となって、部屋の隅に積み上げられていた。
クラリスの初仕事は、この贈り物達をどうにか片付けて、目録の整理をしてくれる人を探すこと。になった。
おわり




