第一話:転生、そして顕現するステータス
目の前には、白木の机と、数冊の古びた魔術書。
朝倉 蓮は、戸惑いながらも自らの手のひらを見つめていた。
つい数時間前まで、彼はブラック企業に勤めるただのサラリーマンだったはずだ。それが今、ここは見知らぬ異世界の安アパートの一室。
転生、という現実離れした事態を受け入れるには時間がかかったが、蓮には動揺している暇はなかった。
彼の頭の中には、前世の記憶と同時に、この世界——「アルカディア」の常識と、一つの特殊な情報が埋め込まれていた。
それは、この世界を支配する法則、「ステータス」と「スキル」。
蓮は意を決して、脳内に問いかけた。
「ステータス・オープン」
瞬間、彼の視界に透明なウィンドウが展開された。
前世で慣れ親しんだゲームのインターフェースと酷似したそれは、驚くほど詳細で、彼の現在の存在を規定していた。
朝倉 蓮 種族: ヒューマン クラス: 【無職】 レベル: 1
HP: 80 / 80 (生命力。ダメージを受けると減少する)
MP: 50 / 50 (魔力。スキルや魔法の使用に必要)
筋力(STR): 5 (物理攻撃力と持ち運べる重量に影響)
耐久力(VIT): 6 (物理防御力とHP回復速度に影響)
敏捷性(AGI): 4 (移動速度と回避率に影響)
魔力(INT): 15 (魔法攻撃力とMP量に影響)
精神力(MND): 12 (魔法防御力と状態異常耐性に影響)
運(LUK): 7 (アイテムドロップ率や会心率に影響)
スキル:
【異世界配信】 Lv.1
効果: 視聴者からの魔力供給とコメントによる情報収集が可能。配信エリア内の詳細な情報解析と表示機能。
【日本語翻訳】 Lv.MAX
【生活魔法】 Lv.1
称号: 【転生者】
「【異世界配信】...これは、前世の記憶にある『ライブ配信』のスキルか」
蓮は思わず息を呑んだ。
魔力(INT)が異常に高いこと以外、彼のステータスは一般人以下だ。
このアルカディアでは、ダンジョンに潜り、魔物を討伐し、その成果を報告することで生計を立てるのが一般的だが、この初期ステータスでは、まともに戦闘をこなすのは不可能に近い。
だが、このユニークスキルは、前世の知識をこの世界で活用しろと囁いているようだった。
蓮は配信に使うための装備を準備した。
彼が持つユニークスキル【異世界配信】は、彼自身が持つ魔力を消費して、現実の映像を別世界——前世の地球と酷似した世界へ送信できる。
彼の手に残された唯一の魔導具は、転生時に持っていたスマートフォンと酷似した形状の「魔力映像機」だった。
この世界で作られたものではなく、転生時に彼に与えられたものだ。
「よし、最初の配信を始める」
魔力映像機を起動させ、スキルを発動する。
魔力消費: 10 MP / 10分
【異世界配信】 を開始します。
彼の視界の端に、地球の文字で書かれたインターフェースが表示された。
ライブ配信タイトル: 初心者必見!異世界ダンジョン攻略配信 現在の視聴者数: 0
配信開始から五分後。
視聴者「アリス」が参加しました。
視聴者「アリス」: え、マジで? これゲーム? 映像めっちゃリアルじゃん。
蓮は戸惑いを押し殺し、冷静に、しかしはっきりと語りかけた。魔力映像機は、彼の声をクリアに地球へ届けているようだった。
「皆さん、こんにちは。私はレンと名乗ります。ここは現実の異世界アルカディア。私はこれから、この世界の最下級ダンジョン『灰色の石窟』を攻略する様子を配信していきます」
視聴者「アリス」: うわ、喋った! 本当に配信者だ。え、まって、これマジの異世界なの? 背景の岩とか、すげー質感。
視聴者「匿名A」が参加しました。
視聴者「匿名A」: どうせ釣りだろ。凝ったCGかVRゲーム。
蓮は動揺しなかった。
この【異世界配信】スキルには、配信エリアの詳細なデータ解析を視聴者の画面に表示する機能があったからだ。
この機能こそが、彼の配信の説得力となる。
彼は意図的に、この都市「フォルトナ」の郊外にある最下級の迷宮区「灰色の石窟」の入り口に意識を集中させた。
情報解析:
エリア名: 灰色の石窟 第一層
魔力密度: 低
主要な魔物:
スライム(最下級・平均レベル3)
コボルト(下級・平均レベル5)
攻略推奨レベル: 5
蓮は、この解析情報を配信画面に表示させた。
視聴者「アリス」: なにこれ、解析画面? ゲームのUIみたい。
視聴者「匿名A」: ...おい、ちょっと待て。このUI、市販のどのゲームにもない。しかもこの魔物名...。
蓮は、視聴者の反応を確かめながら、石窟の内部へ一歩を踏み入れた。
内部は湿気と土の匂いが充満していた。
通路を進むと、床から這い出た粘性のある青い塊がいた。
その大きさはバケツほど。
蓮は剣を構え、解析をさらに深める。
魔物名: スライム レベル: 3 ステータス: STR 1, VIT 10, AGI 0, INT 0, MND 1, LUK 5 弱点: 斬撃、火属性 危険度: 極低
蓮は、事前に購入しておいた錆びたショートソードを抜き、解析情報を参考にスライムの核を狙って切りつけた。
魔物の身体はほぼ水分でできているため、刃を通せば核を破壊できると知識にあった。
ガムのような抵抗感と共に、スライムは不快な音を立てて弾け飛び、青く小さな魔石を残した。
経験値 を獲得しました。
(経験値ゲージ:20%) レベル が 1 から 2 に上昇しました。 視聴者 から 魔力 が供給されました。
視聴者からのコメントが急速に増える。
視聴者「アリス」: 倒した! なんか経験値とか出たけど、レベルアップ!? 剣、一撃じゃん!
視聴者「匿名B」: 経験値とレベルアップ...ガチで異世界か? ていうか、レンさん、今の動き、剣術の基本に忠実すぎないか。
初心者にしては綺麗すぎる。
蓮は、剣術の基礎を、この世界に転生した際に手に入れた、前世のゲーム知識とすり合わせながら身体が覚えた感覚だと理解していた。
そして、「視聴者からの魔力供給」。
このスキルがユニークである最大の理由だった。
視聴者の熱狂や注目度が、蓮の魔力(MP)を回復させ、スキル使用を継続させる燃料となるのだ。
MP: 40 / 50 → MP: 45 / 50 (魔力供給により回復)
「視聴者の皆さん、見ての通り、この魔石が魔物を倒した証拠です。これが換金され、私の生活の糧となります」
蓮は魔石を拾い上げ、カメラに向かって示した。
視聴者「アリス」: マジで面白い! 応援する!
視聴者「匿名C」: 換金? じゃあ、配信者がリアルで生きていく様子を見せるってことか。
蓮は確信した。
自分はただの転生者ではない。
地球の視聴者という、無限の魔力と情報を持つ強力な「支援者」を得た異世界配信者なのだと。
レベル2に上がり、魔力がわずかに回復した蓮は、意気揚々と石窟の奥へ進む。視聴者数は十数人に増え、コメントの流れも速くなっていた。
視聴者「匿名D」: レンさん、その剣、錆びてる割に使い方が上手いね。元剣道部?
視聴者「アリス」: 次の敵はコボルトだって! レベル5じゃ、レンさんのレベル2だと危ないんじゃない?
蓮は冷静に視聴者のコメントを確認しつつ、スキルによる解析を行う。
情報解析:
エリア: 灰色の石窟 第二区画
魔物: コボルト(下級・平均レベル5) × 3体
行動パターン: 群れで行動。リーダー格が指示を出す。打撃系攻撃主体。
目の前の通路が広くなった場所に、小型の犬のような頭を持つ人型魔物、コボルトが三体、棍棒を構えていた。
彼らの目は蓮に向けられ、殺意を放っていた。
「くっ、いきなり三体か」
視聴者「匿名E」: 三対一はまずい! レン、画面左上の解析情報見ると、コボルトの【敏捷性】が高いから、正面突破は避けるべだ!
視聴者「匿名F」: 壁際をキープしろ! 囲まれると終わりだ。一体ずつ誘い込め!
視聴者からの具体的な戦術アドバイスは、蓮の前世の知識にはなかった、この世界の戦闘における「常識」だった。蓮は彼らの助言に従い、すぐに壁に背をつけた。
そして、手持ちの【生活魔法】を試す。
これはごく初歩的な魔法で、水を少し出す程度の能力だ。
「【生活魔法:水球】」
手のひらから生み出された水滴の塊を、蓮は群れの手前に放った。
MP: 45 / 50 → MP: 44 / 50
水球は地面に落ち、コボルトたちの注意を引く。その一瞬の隙に、群れのリーダー格ではない、最も端にいた一体が、不用意に蓮に向かって飛び出した。
「もらった!」
蓮は、その一体の棍棒の振り下ろしを辛うじてかわし、ショートソードの切っ先を、鎧の隙間から脇腹に深く突き刺した。
レベル差を、冷静な判断と視聴者からの情報で覆した一撃だった。
一体のコボルトが断末魔と共に消滅する。
経験値 を獲得しました。
レベル が 2 から 3 に上昇しました。
視聴者 から 魔力 が供給されました。
残りの二体は驚愕と怒りの表情を浮かべたが、蓮は既に逃走経路を確保していた。
彼は無理に戦闘を継続せず、次の通路へと走り出した。
「今日の配信はここまで。皆さん、助言ありがとう。おかげで生きて帰れます」
蓮はダンジョンの入り口付近まで戻り、魔力映像機の電源を切った。
【異世界配信】 を終了しました。
彼のダンジョン配信は、わずか一時間で終了した。
だが、その一時間は、この異世界での彼の生存戦略を確固たるものにしたのだった。
ちょ、ちょっと、あなた聞いているの?
あの新人、レンとか名乗っている人! 灰色の石窟に行ったらしいじゃない。装備はあの錆びたショートソード一本、まともな革鎧さえ着ていないって、ギルドでも噂になっているわ。常識がないにも程があるでしょ。
しかも、妙な光を放つ板みたいなものを持ち込んで、誰かと会話しているみたいだったって? 迷宮の中で独り言なんて、完全に気が触れているわ。ダンジョンを舐めているとしか思えない。レベル5のコボルトに正面から挑もうなんて、自殺行為よ。私がたまたま別の階層にいて、彼と遭遇しなかったのは不幸中の幸いね。
でも...ちょっとだけ、気になったの。
彼の動きは、いくら素人だとしても、無駄が少なすぎた。まるで、敵の動きを全て知っているかのように的確に急所を狙い、不利と見ればすぐに撤退する。あれは、ただの運ではない。
...まさか、何か強力な隠しスキルでも持っているのかしら?
ふん。どっちにしても、あんな危なっかしい真似を続けるなら、そのうち私が助ける羽目になるかもしれないわね。迷惑な新人だわ。
次にもし見かけたら、ちゃんとギルドの先輩として、この世界での生き方を教えてあげないと。命を粗末にしちゃだめよ、まったく。
リリアナ (フォルトナ冒険者ギルド所属 Bランク冒険者)




