#07 とりあえず寝てください
さて、最初の使い魔との儀式はこれにて終了。
あとはこの小さな従者を、どう扱うかを考えねばならない。
「使い魔の魔力というのはどの程度あるんだ? その魔力源とかはどこから供給される?」
「私たち使い魔の魔力は、主人となる魔法師の100分の1になります。これは使い魔が反逆を起こさないための契約上の措置です」
なるほど。俺は頷き、少し考えた。
「ちなみに、さっき自分の魔力を確認したんだけど、大きな壺が大量にあるイメージが浮かび上がったんだ。これって何を意味していると思う?」
「ルネ様は大魔法師としての器が既に完成されていますが、女神の寵愛を受けてもいるのだと思われます」
『魔法』に書かれた内容と同じ答えが返って来た。
「じゃあ、その100分の1というのはどうやって計算されるんだろうか?」
「確認します」
オルサは静かに目を閉じた。
黒曜石のような瞼の奥で、何かを測るように意識を沈めている。
室内の空気が、ふと止まったように感じた。
「……驚きました」
「なにが?」
「成人の魔法師並みの魔力があります」
「それってすごいことなのか?」
俺は一般的な魔法師の感覚がよくわかっていない。
だが、オルサの驚く表情から察するに、俺の魔力はかなり多い方なのだろう。
そうでなくては転生のし甲斐がない。
「魔力とは、この世界に満ちる空気のようなものです。すべての生物は呼吸をするたび、微量の魔力を取り込んでいます。そして息を吐くように、またそれを外へと放っています。しかし、魔法師はこの自然の循環をねじ曲げることができます。体内に魔力を留めることで、蓄積し、力へと変えるのです。魔法とは、吸収し、蓄積した魔力を意図的に変換する術です。攻撃や治癒に用いるだけでなく、魔法具の発明や、私のような使い魔の召喚、さらには生活のあらゆる場面でも使われます」
……こいつは驚いた。
オルサは懇切丁寧に「魔法」について説明してくれる。
なんて便利なAIボットなんだ。
いや、ここまでくると、昔のパソコンに出てきたあのイルカを思い出す。
―――何について調べますか?
「お前 消す方法」
懐かしい……。
「魔力は、鍛錬や訓練によって『循環能力』を高めることができます。吸収と放出の循環をさせなければ、『魔』の元素ですので健康に悪いんです。
吸収・蓄積・放出のバランスが取れていなければ、魔力の過剰摂取で体調を崩したり、蓄積しすぎて命を落とすこともあります。そのため、人間は幼い頃から魔力の扱いを学ぶはずなのですが……」
オルサは一瞬言葉を切り、金の瞳を細めてこちらを見た。
「ルネ様には、その鍛錬の痕跡が見当たりません。魔力を蓄えすぎたり、急激に放出してしまっています。その繰り返しで、身体が蝕まれた状態です……それに……」
「それに?」
「呪力や霊力と衝突してしまっています。様々な薬品を一つの器で混ぜている状態です。薬品ですら、有毒ガスを発したり、副作用があったりします。異なる力が同じ器にあるというのは、非常に危険なのです」
だから、この身体はやせ細っていたのか。
魔力や呪力、霊力を操作できずに体調が悪化し、毒を吐き出す気力も体力もなく孤独死した。
これがルネ・ド・オーレリオンの最期なのだ。
「ルネ様の場合は、生まれた時点で魔力・呪力・霊力の三つが膨大でした。
霊力とは、地・水・風・火の四大元素を司る精霊の力、あるいは、物質に宿る微量の霊体を取り込み、何らかの目的に利用する力です」
それは『霊力』のスキルブックにも記されていた。
要するに、精霊の召喚やネクロマンサー的能力のことだ。
死者を単純な動作なら蘇らせることもできる。
「呪力は、人間や生命体の負の感情でもあります。これを蓄積させると、精神が不安定になります。呪力は他者の負の感情を取り込むだけでなく、自分の感情を高ぶらせて使うこともできます」
思い返せば、流れ込んできた記憶の中のルネは、いつも孤独で、怯え、怒り、憎しみに染まっていた。
父親や継母の歪んだ感情も、幼い彼にとっては呪力の源でしかなかったのだろう。
オルサは、ふと窓の外に視線を移した。
「力はどうすれば循環できる?」
俺は思い切って尋ねてみた。
「普通であれば親が子の魔力や呪力を吸収したり、どこかで放出させたりして調整するのですが……」
ルネは母親が死んで以降、そうしたことを父親にされた記憶がない。
継母に至っては、言うまでもない。
「ルネ様の体はすでに限界を迎えています。
ここ数日で、霊力と魔力、呪力が急激に放出され、器が損傷しています。このまま力を制御できず、暴走による発散を繰り返せば――命に関わります」
オルサは怖いことを平然と言う。
「まずは三つの力を安定させ、吸収と放出を繰り返すことが重要です……なので……」
オルサはトコトコとベッドまで歩くと、毛布の上に軽やかに飛び乗り、振り返って言った。
「寝てください」
「寝るって……それだけでいいの?」
「はい。この世界のあらゆる生命は眠っているときだけ、魔力や霊力、呪力をうまく循環させています。なので寝れば寝るほど綺麗な循環が行えます」
「じゃあ、この世界の人間はみんなかなり寝ているってこと?」
「ルネ様は仕事をしながら、一日中寝れますか?」
愚問だった。
日常生活を送っている普通の人間であれば、一日中眠っているなんてことは早々ないだろう。
だからこそ、起きている間にも鍛錬が必要なのだ。
ある意味、俺のように病弱で、家族から放置されている人間だからこそ、可能なことなのかもしれない。
だが、二つほど懸念があった。
「俺が眠っている間は無防備にならないか?」
「なります」
なるんかい……。
思わず心の中で突っ込んでしまう。
あっけらかんとした返事ほど、現実を突きつけるものはない。
「ですが、私はルネ様の『使い魔』です。命令していただければなんでもやります」
オルサは相変わらず淡々とした口調だが、どこか頼もしく見えた。
実際、俺もそのためにオルサを召喚した。
「使い魔」を召喚するとはいったが、多くは悪魔と彼らが支配する魔族のいる魔界の中の下級魔族を強制的に康れたのは一匹の黒猫だった。
艶やかな漆黒の毛並みは、まるで夜そのものを撫で固めたようだ。
金の瞳がゆらりとこちらを見上げ、喉の奥で小さく鳴いた。
こいつが俺の愛しの奴隷……じゃなくて「使い魔」か。
スキルブックには「使役」に関する魔法もあった。魔法によって使役できるのは「使い魔」と呼ばれる従僕である。
魔法師は「魔物」であれば従僕を作ることができる。そしてそれは多くが黒猫や鴉、狼などの動物である。そして大抵の魔物は人間に化けることができるのだ。
「使い魔」の用途は様々だ。某イギリスのファンタジー小説のように、ふくろうで手紙や荷物を運ぶこともできる。
その他には留守番や偵察がある。
「黒猫か……」
黒猫に荷物持たせて配達でも……。
……いや、止めておこう。
ならば引っ越しの時はパンダかアリを使役して……。
……いい加減にしておこう。
毛並みの整った黒猫は、しなやかに尻尾を揺らしながら俺を見上げた。
「召喚に応じて参上いたしました、ご主人様」
そう呼ばれた瞬間、背筋にぞわりと鳥肌が立った。
先日までただの庶民だった俺に「ご主人様」なんて敬称は荷が重すぎる。
それに、どこか虫唾が走る。
某執事漫画の二番煎じよろしく「イェス・マイ・ロード」とか言われたら、たぶん鳥肌を立てていたかもしれない。
「ご主人様早めてくれ。せめてレネって呼んで」
「ではレネ様で」
黒猫は金色の瞳をじっとこちらに向けたまま、抑揚のない声で淡々と答えた。
「お前はなんていうんだ?」
「名前はございませんので、レネ様がお付けください」
以前、どこかのなろう漫画で読んだことがある。
猫の名を付けるときに「シロ」だの「クロ」だの「タマ」だのと、安易に決めてしまうのは「敬意がない」というセリフだ。
確かに、何も考えずに異世界の人々を尊重せず、ゲームや漫画の中の出来事のように扱い、ふざけた感覚で名を与えてしまえば、責任が希薄になるだろう。
かといって、じゃあ「ブラック」だの「ノワール」だのと名付けても、根本的には語感が気に入っているだけだ。
結局、意味は「クロ」でしかない。
それが自分の味方になるような存在であればなおさら敬意を払うわなければならない。この世界は今日から俺の「現実」になるのだ。
たまに転生ものの主人公が、周囲の人間をNPCのように扱うが、それは大きな誤りりだ。この世界の人々は、「物語の登場人物」ではなく、俺と同じ現実の中で生きている。
その上で、某VR装置を使ったデスゲームを描いた作品の主人公は偉大だった。NPCとわかっていても人間性を維持するために決して犠牲にはしなかったのだから。
だからこそ、目の前の猫には真剣に向き合いたかった。
使い魔だとしても俺の魔力が生み出した一つの生命なのだから。
「ならば『オルサ』でどうだ?」
「オルサですか?」
俺は「オルサ」という文字を書く。アルファベット表記ではorsaと書くのだ。
これはラテン語で「すべての始まり」を意味する。
「むかしの言語で『すべての始まり』って意味なんだ。俺がこの世界にやってきて、最初に出会った命も、召喚したの従者も、最初の味方になったのもお前だからな」
「……そうですか」
黒猫――オルサは、まっすぐに俺を見上げた。金の瞳がかすかに揺れる。
猫だからか、それとも無機質な声のせいか、喜んでいるのか、不満なのか――俺には分からなかった。
さて、最初の使い魔との儀式はこれにて終了。
あとはこの小さな従者を、どう扱うかを考えねばならない。
「使い魔の魔力というのはどの程度あるんだ? その魔力源とかはどこから供給される?」
「私たち使い魔の魔力は、主人となる魔法師の100分の1になります。これは使い魔が反逆を起こさないための契約上の措置です」
なるほど。俺は頷き、少し考えた。
「ちなみに、さっき自分の魔力を確認したんだけど、大きな壺が大量にあるイメージが浮かび上がったんだ。これって何を意味していると思う?」
「ルネ様は大魔法師としての器が既に完成されていますが、女神の寵愛を受けてもいるのだと思われます」
『魔法』に書かれた内容と同じ答えが返って来た。
「じゃあ、その100分の1というのはどうやって計算されるんだろうか?」
「確認します」
オルサは静かに目を閉じた。
黒曜石のような瞼の奥で、何かを測るように意識を沈めている。
室内の空気が、ふと止まったように感じた。
「……驚きました」
「なにが?」
「成人の魔法師並みの魔力があります」
「それってすごいことなのか?」
俺は一般的な魔法師の感覚がよくわかっていない。
だが、オルサの驚く表情から察するに、俺の魔力はかなり多い方なのだろう。
そうでなくては転生のし甲斐がない。
「魔力とは、この世界に満ちる空気のようなものです。すべての生物は呼吸をするたび、微量の魔力を取り込んでいます。そして息を吐くように、またそれを外へと放っています。しかし、魔法師はこの自然の循環をねじ曲げることができます。体内に魔力を留めることで、蓄積し、力へと変えるのです。魔法とは、吸収し、蓄積した魔力を意図的に変換する術です。攻撃や治癒に用いるだけでなく、魔法具の発明や、私のような使い魔の召喚、さらには生活のあらゆる場面でも使われます」
……こいつは驚いた。
オルサは懇切丁寧に「魔法」について説明してくれる。
なんて便利なAIボットなんだ。
いや、ここまでくると、昔のパソコンに出てきたあのイルカを思い出す。
―――何について調べますか?
「お前 消す方法」
懐かしい……。
「魔力は、鍛錬や訓練によって『循環能力』を高めることができます。吸収と放出の循環をさせなければ、『魔』の元素ですので健康に悪いんです。
吸収・蓄積・放出のバランスが取れていなければ、魔力の過剰摂取で体調を崩したり、蓄積しすぎて命を落とすこともあります。そのため、人間は幼い頃から魔力の扱いを学ぶはずなのですが……」
オルサは一瞬言葉を切り、金の瞳を細めてこちらを見た。
「ルネ様には、その鍛錬の痕跡が見当たりません。魔力を蓄えすぎたり、急激に放出してしまっています。その繰り返しで、身体が蝕まれた状態です……それに……」
「それに?」
「呪力や霊力と衝突してしまっています。様々な薬品を一つの器で混ぜている状態です。薬品ですら、有毒ガスを発したり、副作用があったりします。異なる力が同じ器にあるというのは、非常に危険なのです」
だから、この身体はやせ細っていたのか。
魔力や呪力、霊力を操作できずに体調が悪化し、毒を吐き出す気力も体力もなく孤独死した。
これがルネ・ド・オーレリオンの最期なのだ。
「ルネ様の場合は、生まれた時点で魔力・呪力・霊力の三つが膨大でした。
霊力とは、地・水・風・火の四大元素を司る精霊の力、あるいは、物質に宿る微量の霊体を取り込み、何らかの目的に利用する力です」
それは『霊力』のスキルブックにも記されていた。
要するに、精霊の召喚やネクロマンサー的能力のことだ。
死者を単純な動作なら蘇らせることもできる。
「呪力は、人間や生命体の負の感情でもあります。これを蓄積させると、精神が不安定になります。呪力は他者の負の感情を取り込むだけでなく、自分の感情を高ぶらせて使うこともできます」
思い返せば、流れ込んできた記憶の中のルネは、いつも孤独で、怯え、怒り、憎しみに染まっていた。
父親や継母の歪んだ感情も、幼い彼にとっては呪力の源でしかなかったのだろう。
オルサは、ふと窓の外に視線を移した。
「力はどうすれば循環できる?」
俺は思い切って尋ねてみた。
「普通であれば親が子の魔力や呪力を吸収したり、どこかで放出させたりして調整するのですが……」
ルネは母親が死んで以降、そうしたことを父親にされた記憶がない。
継母に至っては、言うまでもない。
「ルネ様の体はすでに限界を迎えています。
ここ数日で、霊力と魔力、呪力が急激に放出され、器が損傷しています。このまま力を制御できず、暴走による発散を繰り返せば――命に関わります」
オルサは怖いことを平然と言う。
「まずは三つの力を安定させ、吸収と放出を繰り返すことが重要です……なので……」
オルサはトコトコとベッドまで歩くと、毛布の上に軽やかに飛び乗り、振り返って言った。
「寝てください」
「寝るって……それだけでいいの?」
「はい。この世界のあらゆる生命は眠っているときだけ、魔力や霊力、呪力をうまく循環させています。なので寝れば寝るほど綺麗な循環が行えます」
「じゃあ、この世界の人間はみんなかなり寝ているってこと?」
「ルネ様は仕事をしながら、一日中寝れますか?」
愚問だった。
日常生活を送っている普通の人間であれば、一日中眠っているなんてことは早々ないだろう。
だからこそ、起きている間にも鍛錬が必要なのだ。
ある意味、俺のように病弱で、家族から放置されている人間だからこそ、可能なことなのかもしれない。
だが、二つほど懸念があった。
「俺が眠っている間は無防備にならないか?」
「なります」
なるんかい……。
思わず心の中で突っ込んでしまう。
あっけらかんとした返事ほど、現実を突きつけるものはない。
「ですが、私はルネ様の『使い魔』です。命令していただければなんでもやります」
オルサは相変わらず淡々とした口調だったが、その声には、どこか安心を誘う響きがあった。
実際、俺もそのためにオルサを召喚したのだ。
「使い魔」というのは、もともと魔界に棲む下級魔族を強制的に呼び出し、自身の魔力を与えて束縛し、半自律的な従者にする魔法である。
オルサの冷淡な口調や、感情の乏しい表情は、人の心を知らぬ魔族ゆえのことなのだろう。
「ならば、眠っている間に怪しい人間が来たら捕まえてほしい。もし俺を殺そうとする奴がいれば、首謀者を聞き出しておいてくれ」
「お安い御用です」
オルサはそう言うと、毛布を口でくわえて整え始めた。
それから、ぷにぷにの肉球でシーツを踏みしめる。
――たぶん、ベッドを整えているつもりなのだろう。
「さあ、寝てください」
「お、おう」
俺がベッドの上で横になると、オルサは器用に毛布を引き上げ、肩までかけてくれた。
オルサがふみふみした部分がかすかに温かく感じられた。
オルサは俺の頭の横で身体を丸くして横たわっていた。これれが俗にいう「アンモニャイト」というやつか。
瞼を閉じると、部屋の明かりがゆっくりと遠ざかっていった。




