#05 異世界ジョブ概論
四冊の本は『魔法』、『陰陽』、『降霊』、『暗殺』というタイトルがそれぞれ記されていた。
ファンタジーの知識はそれなりにあるが、
『魔法』はそのまま「魔法師」のジョブに、
『陰陽』は「陰陽師」に、
『降霊』はおそらく「召喚師」と「死霊師」に、
『暗殺』はそのまま「暗殺者」に対応しているのだろう。
中身を読んでみると、どうやらスキルブックのようだった。各ジョブでどのようなスキルが使えるかといった解説本か、図鑑のようなものだ。
筆者はそれぞれこの世界の人間のようだ。
俺は女神の言葉を思い出した。俺のいた「現実世界」にも異世界からの転生者を派遣して、小説として様々な異世界の物語を宣伝したと言っていた。
ならば、その逆もありえるだろう。
「現実世界」において魔法や降霊というものは「概念」こそ研究されていても、物理法則が「異世界」と異なるため、誰もそのようなファンタジックな「力」を持たず、使うこともできなかった。
だが、「異世界」ではそうした力が物理法則の中に組み込まれていて、誰しもが自然に使えた。つまり「概念」よりも先に「力」があったのだ。
この本のあとがきには、筆者の言葉が残されていた。
曰く、「私は神託を受け、この書を編むに至った」。
恐らく筆者も、俺と同じく女神によって「現実世界」から「異世界」へ転生した人間なのだろう。
異世界で学者として生き、この世界の法則を観察し、記述し、体系化したのだ。
いわばファンタジーゲームの攻略法を研究するブロガーのようなものだ。
その労力と執念には、頭が下がる。
そうした先駆者のおかげで、転生の土台が完成されているのだろう。
どこの誰かは知らないが、感謝しておこう。
さて、今俺に必要なのは、現状どうやればジョブスキルを使えるということだ。
それにも考えがあった。
まず俺は『魔法』のスキルブックを開いた。そこには、使える魔法の名称、詠唱の手順、難易度、そして魔力消費量まで、細かく書かれていた。
魔力とは、魔法を使う際に消費される力のことだ。
陰陽師なら呪力、召喚師や死霊師なら霊力、そして暗殺者はこれらいずれかの力を媒介に、特殊なスキルを発動させるという。
問題はその「力」がどの程度、俺に備わっているかだ。
一般的にスキルブックの「入門」にあたる箇所では、最初に魔力量の確認を行うことが推奨されていた。
自分にどの程度の魔力や呪力があるのかは、ある程度「自己理解」のスキルを通して感覚的に認識することができる。
ただ、この世界にはもう少し制度的な仕組みもある。
それが年に一回、聖教会によって実施される健康診断だ。数値は努力や訓練で上昇し、記録され、その結果は個人宛てに送られてくるらしい。
こうした診断は聖教会の医療部が貴族や学校、商会、ギルドなどを相手に手広く行っている。
ちなみに診断料は階級によって異なり、貴族や皇族は高額だ。
まずは、スキルブックの冒頭に記された「自己理解」を試してみることにした。
俺はゆっくりと目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。耳を澄ませ、呼吸を整え、感覚のすべてを内側へと向けた。
すると、胸のあたりが、かすかに熱を帯びる。その中心に、水の入った壺のような「器」のイメージが浮かび上がる。
どうやら、これが魔力の源らしい。
器が溢れんばかりに満たされているならば、魔力や呪力は満タンであるということだ。
人が一人につき、イメージに出てくる壺は一つらしい。
だが、俺の場合は少し異なっていた。
無数の巨大な壺が俺の周囲を取り囲むようにしてそびえたっていた。しかし、どれもヒビが入り、枯渇していた。その光景は壮大というより、むしろ不気味だった。
「なんだよこれは……」
思わず呟きながら、『魔法』のスキルブックを再び手に取る。
巻末の脚注に、小さな文字でこう記されていた。
壺のビジョンは人によって異なる。巨大な壺がイメージとして投影された
場合、その者は《大魔法師》になる器を持っていることになる。そして、
地平線まで壺が果てしなくそびえたっているイメージが投影された場合、
その者は《祝福を授かった者》である。祝福とは「再生の女神」である
エルセホネによるものである。通常、これら二つのイメージが投影され
ることは絶対にありえない。《祝福を授かった者》とは前世にてエルセホネ
によって一つの祝福を得た者であり、その者は厳しい鍛錬と経験の末に
その壺を大きくしていくからである。
あの女神め。
ジョブを「奮発」した結果、こんな妙なシナジーが生まれたというわけか。
だが、魔力が枯渇していては話にならない。名画を描く画家が、乾いた筆で絵を描くようなものだ。
まさか最初に夢を見せておいて、あとから絶望を味わわせるつもりじゃないだろうな。
しかも俺にとって最大の懸念事項は「めんどくさい」だ。
女神が「転生」を持ちかけてきたとき、正直なところ、俺の希望はただ一つだった。
何もせずに生きていけるスキルが欲しい。
寝ていても、勝手に問題が解決する。
食って寝てるだけで、世界が救われる。
転生先の面倒臭いことを全自動でやってくれるようなスキルが一つでもあれば、転生も悪くないと思ったのだ。
そこで魔術師と陰陽師、召喚師、死霊師に注目したのだった。
この四つのジョブには、ある共通点がある。
「よっしゃ。とりあえず試してみますか!」
俺はそう言って『魔法』のページをぺらぺらと捲り、あるページで指を止めた。
「難易度は初級から上級まであるのか……なになに……」
俺はそして、そこに記されていた呪文をそのまま唱えた。
すると、空気が震え、閃光が弾け、煙が舞う。さらには自分の胸の中にあった壺から潤いが少し失われたのを感じた。
そして目の前に現れたのは。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
一匹の猫だった。




