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#03 だが断る

「あなたは勇者になれるのです」


まんまだ。

まるでお決まりのテンプレートがあるようなセリフだ。

しかし矛盾している。

さっきの話では、女神様は下界の出来事に直接介入することができなかったのではなかったか。


「その人が生まれる前は、です。それに前世で黄金律によって間引かれた人間は、不幸、貧困、悪といった人間性の均衡が崩壊した存在です。あなたの幸福度を底上げして、なおかつ黄金律が傾いている異世界に転生させることこそが重要なのです」


まるで、今までも同じような人間が何人もいたような口ぶりだ。


「その通りです。俗にいう異世界転生の物語は、黄金律を調整するために転生者を送り込んだ別の神が記録した実録ものです」


ルポルタージュだったのかよ……。


「さあ、細山田小太郎。あなたはこれより神の権能を一つ授けます。そして記憶をそのまま受け継いで、異世界の勇者となり、人々を救うのです」


転生か―――。

俺も一時期はかなりハマって読みこんでいた。金がなさすぎて原作なろう小説しか読んでなかったが。


今でも憧れだった主人公たちが思い浮かんでは消えて行く。


スライムになったり。

骨になったり。

蜘蛛になったり。

おっさんがそのまま異世界に転移したり。

おっさんが剣星になったり。

おっさんが貞操逆転世界に行ったり。

おっさんが美少女になったり。

おっさんが悪役令嬢になったり。

おっさんが―――。


「おっさんものに偏りすぎてませんか?」


気のせいですよ、女神様。


「それで……あなたはどんな権能が欲しいですか?」


そうですね……転生か。

転生っていいですよね。

俺も憧れていました。

なんというか、レベルカンストしたまま第二の人生を送れるって最高ですよね。


「ええ。皆さん感謝を述べてくれていますね」


そうですか、そうですか。

それでは女神様。一つ不躾ならが質問よろしいでしょうか?


「なんでしょう?」


素人考えで恐縮なのですが、ここで拒んだら転生ってできない感じですよね。だいたい、そんな感じで皆さん転生による第二の人生を選んできたように思えます。


「そうですね。二つ目の選択として、ここで魂を循環させ、まっさらな状態に戻して輪廻転生をさせます。プロセスは変わりませんが、異世界転生と違って、前世の記憶を失うということだけ覚えていてください」


ちなみに第二の選択をした場合、転生先は選べますでしょうか。


「ランダムです。動物や昆虫、植物に生まれ変わることもあるかもしれません。楚の場合、人間のような理性はありませんが」


そうですか。

そのなんといいますか、それも拒んだらどうなりますでしょうか?


「輪廻転生自体を拒むってことですか?」


そうなりますね。


「その場合、あなたの魂は無に還ります。普通は魔族とか悪魔に堕ちた人間だとか天使だとかがそうなっちゃいますけどね」


無に還るということは、詰まる話、俺という存在そのものが消えてなくなるということでしょうか。


「紙を燃やすと跡形もなくなりますよね?あれと同じです」


無に還った存在はどうなるのでしょうか。


「新たな生命のエネルギーになります。無というのは存在の極致ではなく、単に形を持たないということなのです。あなたは今、意識だけの存在ですが、存在である以上、形があるのです。ですが無はその形が溶けた状態で混ざっていき、そこから別の形をした存在になっていくのです。しかしその存在はあなたという形ではない別の何かです」


なるほど、それは良いことを聞きました。

俺はふぅと溜息を漏らした。意識だけの存在でも呼吸のようなものはできるのだなと思った。


「そんなことを聞いてどうするのですか?」


女神様。俺、決めました。


「そうですか。それで権能は何にしますか?」


俺を無に還してください。


「………は?」


女神の目が見開かれた。

光の粒が一瞬止まり、白い空間が静まり返る。


「あ、あの。私の聞き違いか、あなたの言い間違いですよね? 『転生させてください』って言ったんですよね?」


いいえ。

無に還してください。


「な、ななななんでやねん!」


女神がツッコミを入れた。

荘厳な空間に、場違いな関西弁だった。


「普通、第二の人生を謳歌したいって思うでしょ! スローライフ楽しみたいんじゃないですか!? あなた以上の元社畜の皆さんだって、魔力カンストで便利に過ごしたり、異世界でカフェやって世界救ったりって人がいたんですよ!」


わあ、それはめんどくさそうですね。

だが、断る。

 

「なんでやねん!」


二度目のツッコミが入った。


女神様、俺は何も考えなしに無に還りたいと言っているわけじゃないんですよ。


「どういうことですか?」


何というか、考えるのを止めたいんですよね。


「何を言ってるの?」


その声は、ほんのかすかに震えていた。

まるで恐ろしいものを見るような目で女神が俺を見つめていた。


俺の前世を見ましたよね。

黄金律でしたっけ? これに打ちのめされて、散々な目に遭いましたよ。

それでこの天界で、女神様が答え合わせをしてくれたわけです。


「と、いうと?」


結果論なんですよね。

ならば、俺が異世界に行ったところで、結果はたいして変わらないんじゃないですか?


「そ、それは……まあ」


黄金律がある限り、その天秤を調整するために転生者を送り込むってことは、 すでに出来上がっているゲームシナリオのリメイク作品で、オリジナルを壊さない範囲で新人ライターが新展開を書かされてる、そんな感じですよね。


「嫌に具体的ですね。いや、そうなんですけどね」


で、転生者は黄金律の調整を受けて異世界で楽しく過ごせると。


「まあ、魔王がいたり、戦争の危機だったりはしますけど」


あ、余計めんどくさいですね、それ。


「さっきからめんどくさいって何なんですか、あなたは!」


女神が少し顔を赤くして、声を上げた。光の粒がその衝撃でふるふると震える。


いやね。前世の黄金律のせいであれだけ苦労したのに、また苦労させられそうだなって思ったんですよ。

もう自分がこうして意識の状態で女神様と会話しているのも実はめんどくさくて。


「不信心な……」


それに権能でしたっけ?

あれでしょ?

剣が強くなったり、魔力が常人より優れていたりって特典ですよね?


「まあ、ぶっちゃけそうです」


あー、めんどくささが青天井ですね。


「どういうことですか!」


だって、異世界に転生して超人になるんですよ。スパイダー●ン観てませんか?

「大いなる力には大いなる責任が伴う」ってあれですよ。

あれ本当にめんどくさいですよ。

だって、人を助けたりしないと文句言われたり、助けても敵作って酷い目に遭うじゃないですか。彼女が死ぬとか最悪な展開があったりしますし。

正直、俺にそんな責任負わされましても……。


「ですが、黄金律を調整するために世界を救うってことは重要でして」


でも救った後の世界もどうせ変わらないですよね。

例えば、魔王を打ち倒したところで人間同士の争いは枚挙に暇がないですし。種族間の争いだってあるでしょうよ。エルフを奴隷にする人間がいたり、ドラゴンに呪いをかけられる人間がいたり。

もうそうなればみんな魔王じゃないですか。


「それをいっちゃあ、おしまいですよ」


でも事実じゃないですか。

黄金律を調整する程度ってことは、結果はわかりきってますよね?

前世でも人間だけの世界であれだけの戦争が途切れることなく続いているんですよ?


それに転生者が前世の知識を使って「自由」とか「平和」をもたらすっていっても、どうせ一過性のものですよね?

だって黄金律の調整が入るなら、転生者が天寿を全うした後にまた人類が絶望するような状況が何度も繰り返されるんですよね?

俺はそんな結果が分かり切っている無駄なことをやりたくないのですが。


「で、ですが……無に還ってしまうとあなたの存在がなくなるんです! それだと―――」


それだと?


「それだと私の査定に響くんですよーーー!」


ですよー

ですよー

すよー

よー……。


女神の声の残響だけがむなしく反響した。

俺は、この状況だと堂々巡りの口論になると考え、面倒くさいがいくつか考えることにした。


無に還りたい理由は単にこれ以上、物事を考えたくないからだ。考えたところで世界はある一定の結果に収束してしまうのならば、これ以上何をやっても無駄なのだから。


だが、黄金律というものは少なからずその結果を達成できない、この世界で唯一の「原因」となるものを修正する自己再生プログラムのようだ。そして黄金律が崩壊すると、これらは自爆スイッチのような自己破壊プログラムへと変貌すると言った具合だろうか。


世界は一つの収束点へと突き進むが、収束点を動かす「揺らぎ」もまた存在する。

宇宙の摂理的なものが「決まった結果へと予定通り進むこと」であるならば、そこに揺らぎが生じて黄金律が調整するのは宇宙的危機の訪れといえなくもないだろう。

その黄金律すら崩壊すれば、宇宙は死ぬということか。

その黄金律の天秤を一定に保つための最終手段が「転生者」だろう。


女神によれば、すでにその世界に生まれた人間では、ただ黄金律の調整のために世界から振り落とされるだけで、真の調整役になることはできない。転生者は黄金律の天秤をいつでも揺り動かせる存在ともいえるだろう。


バグばかりのゲームの修正パッチに近い。


転生者の責任は非常に重い。

黄金律を崩壊させるような変数を排除して均衡を保ち続けなければならないのだから。


しかもそれがこの女神の査定に響くとかいう理由だ。

そりゃそうだ。

こいつらにとって「宇宙」や「世界」といったものは無数にある。いろんな世界から人間を引っ張ってきては異世界に移動させるだけ。


いわばこいつら神は現場を知らない無能上司!

差し詰め、転生者は現場監督や中間管理職!


割を食うのはどんな存在だろうか?


決まっている!

後者の人間だ!


めんどくせ……。


「今、めんどくさいって思いましたね!」


そりゃあ、だって……ねえ?


「くうう! 今まで人間といえば異世界転生で喜ぶ存在だったのにぃ! そのためにあなたたちの世界にも異世界からの転生者を送り込んで、作家にして、転生ライフを宣伝させたというのに!」


なろう小説って、女神の下請けだったのかよ。

もはやプロパガンダじゃねえか。


「宣伝効果があったからこそ、皆さん疑うこともなく快く転生してくれたのに……あなたのようなケースは初めてですよ……。今まで私たちの業績はオール転生で、人間は全員異世界に送り込んでいたのに、これでは私が神史上初めての転生拒否者を産んでしまうんです! ね? お願いです! どうか!」


女神は崩れ落ちるように額を床につけた。

……プライドは、ないのか。


「だってこのままだと査定に響きますもん! プライドで飯は食っていきませんもん!」


「もん」やめろ。

じゃあ、思考放棄しつづけても勝てる権能とかないですか?


「あ る わ け な い や ろ ! そんな権能あったら、私が使ってるわ!」


確かに。転生者の選別とか、異世界に送る際の手続きとか大変そうですよね。

そういえば、気になったんですけど「権能」っていうのは具体的に何なのでしょうか?


「言い忘れていましたね。オンラインのRPGのゲームだと、キャラクターのジョブを選択できますよね? 端的に言えばあれです」


どんなジョブが選択できるのです?


「たくさんありますよ。リストをお見せしましょうか?」


そう言って、女神は何もない空間から分厚い本を取り出した。中を開くとそれは図鑑のようで、無数のジョブが記されていた。


剣士、騎士、聖騎士、魔法使い、錬金術師、侍、戦士、弓術士……。

たくさんありますね……ところでこの中からジョブは一つだけしか選べないんですか?


「ええ。規則ですから」


でもぉ、俺は無に還れればそれでいいんですよねぇ。


「そうは言っても規則で―――」


じゃあ、無に還ります。


「二つまで可能にしましょう!」


十個で。


「いやいや、いくらなんでもそれは……三個までですよ、それ以上はいくらなんでも無理です」


九個じゃだめですか?


「無理ですよそんなの! 三個です!」


じゃあ七個は?

そうでないと無に還っちゃいますよ?


「うぅ……なら四個!」


あーあ、もう無に還っちゃおうかなぁ。


「くぅぅ~、じゃあ五個です! もってけ泥棒!」


ならここにある、「魔法師」、「陰陽師」、「召喚師」、「死霊師」、「暗殺者」の五つをください。

俺は早口でまくし立てた。


女神はしまったという顔をした。

こちらが最初からふっかけていたことに、ようやく気づいたらしい。


女神との値切り交渉という資本主義が生み出した悪魔のコミュニケーションを終えると、俺はようやく異世界行きも悪くないと考えるようになった。


「五つも権能を渡したとかバレたら、始末書と減俸かな……ふふ」


女神は先ほどの威厳を失い、どこかやつれた顔をしていた。

まあ、無茶を言った自覚はある。

けれどもう、これ以上は何も考えたくない。異世界では、ただ寝ていられればそれでいい。


「その代わり、黄金律が今にも崩れそうな世界に送りますからね!」


まあ、それでもいいですよ。

そういえば、世界が崩壊したら俺はどうなるんですかね?


「そりゃあ、無に……」


なら崩壊させた方が早く片付くだろうな。


「何としてでも、あなたは強制的に転生させますからね」


……ちぇっ。


「まあ、それはそうとして……細山田小太郎。いいえ、この名前のあなたを見るには今日で最後でしょう。転生先でのあなたには新たな名前、新たな人生が与えられます。どうかその権能を使って、黄金律を調整してください」


女神が天を仰ぐと、視界が白く滲みはじめた。

意識が少しずつ薄れていく。


「幸運を祈っております」


なんやかんやあっても、最後に向けられた笑顔は不思議と優しかった。

もしかしたら、先ほどまでのコミカルなやり取りも、全て計算のうちだったのかもしれない。


「ふふふ……これが私の素なんです」


そうでしたか……。


俺は、その言葉を最後に、完全に光の中へ沈んでいった。

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