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#01 余裕が欲しい男

労働者の味方は、総じて国民の敵らしい。


どういう理屈かは知らないが、世の中ではそういう空気がある。労働者が声を上げれば、決まってスーツ姿の誰かが眉をひそめる。


「黙って従えばいい」

「選んだのは自己責任」


これは余裕のある人間ならば誰しもが考えていることではないだろうか。


余裕。


人生には余裕が必要だ。


貧困は思考力を低下させる。

これは俺の実体験からきている。


貧困には余裕がない。

金の余裕、時間の余裕、そして力の余裕。

ただその日暮らしをするだけの人生には希望という余裕すら生まれてこない。


逃げ場なんて、どこにもない。


「海外の方が働きやすいぞ」


そう言いながら北欧や北米に移住をすすめる人間もいた。

だが、俺の隣で働いているベトナム人の女の子は鬱病で蒸発してしまった。


どの国でもそうだが、外国人労働者が通用するのは単純に労働力の対価が安いからだ。その国の言語を使えない場所でなら、どんな扱いをしても自由だ。


自分は受け入れられると思うのは単なる世間知らずだ。誰が好き好んで自分の家に好きだからという理由でずかずか上がり込んでくる人間を歓迎するだろうか。

それがグローバリズムというものだった。


中小零細企業が外国人を積極的に雇用する理由は、安いサンドバッグだからに過ぎない。俺の隣のバングラデシュ人は、上司のパワハラで頭がおかしくなっていた。


作業規則を遵守しないバングラデシュ人の実習生も問題だった。しかし彼の日本語能力は低かった。そのため、長い文字の羅列を理解するのに苦労しただろう。


現場も余裕というものは存在しない。

とにかく成果、とにかく結果が全てだった。

だから作業効率が求められるのだが、現場の日本人からすれば言葉の通じない外国人はただ煩わしい存在だっただろう。


「教えたじゃん」


そう文句をいう作業員がいて、さらに言葉の意味はわからないが、外国人労働者も何となく嫌味を言われていると感じていた。

作業員も言いたくて言っているわけではない。


「自由があればなんでもできる」

「人権は大事だ!」


そんな言葉を叫ぶ人間ほど、実際の労働現場を知らない。せいぜいカフェでノートパソコンを開いてるだけの第三次産業の住人だ。

自称ビジネスマンたちは、夢ばかり見ている。

まるで、現実を知らない青少年のようだった。


俺達の現状に自由はなかった。

余裕とは「自由」そのものではないだろうか。

限りあることにしか金を使えない生活を「自由社会」と呼んでも良いのだろうか。


男ならまだよかったかもしれない。

バイト先の女の子は化粧品がなければ人として認められないと嘆いていた。ノーメイクはビジネスにおけるマナー違反らしい。だから限りある給料の中で化粧品を買った。


昔それでシングルマザーが罵詈雑言を浴びせられていた。

彼女を中傷しているのは、余裕のある人間だろう。

俺は正直羨ましいと思った。俺も余裕のある人生の中、誰かを蔑むような人間でありたい。


俺の名前は細山田小太郎(ほそやまだこたろう)

肩書きはフリーターだ。


両親はすでに病で他界し、唯一の肉親である妹も、先日行きずりの男とどこかへ消えた。

妹にはせめて不自由のない生活を、と願って、学費も遊興費もできる限り渡していたつもりだった。


俺の暮らしは、まるで節約の教科書だった。

使い古しのシャツに擦り切れたスーツ。シャワー代すら惜しむ。

働いても働いても、手元に残るのは、空っぽの財布と酸っぱい体臭だけ。


「臭い」

「汚い」

「気持ち悪い」


男が言われて一番堪える「3K」を、よりにもよって妹に言われ続けた。いつの間にか、あの子の中で俺は「家族」ではなく「恥ずかしい存在」になっていた。


両親が死んだばかりの頃は、あんなに泣いて俺にしがみついていたのに。感謝の言葉ひとつ、聞いていなかった。


貧乏は、家族関係をも壊したのだ。


仕事で家を空けることが多く、帰っても会話は減る一方だった。妹は、俺の背中に「生き続けることへの苦しさ」、「貧困への傷み」を見たのかもしれない。

そんな現実を見て、目を背けたくなって、逃げたくなったのかもしれない。


静まり返ったアパートの一室で、俺は妹の書置きを読みながら虚しい気持ちになった。

糸が切れたかのようにその場に寝転がった。


もう何もしたくない。

ただ何も考えずに眠っていたい。


けれど、日常というやつは、残酷なまでにこちらの都合を無視して動く。

動かなければ、何も始まらない。

腹は減るし、腹が減れば食材が必要だ。食材を買うには金がいる。金を得るには働かなければならない。


資本主義の基本原理だが、そんな当たり前すら、今の俺には拷問のように感じられた。


二日ほど水だけで過ごし、仕事を休んだ。

けれど、それが限界だった。


のそりと起き上がり、錆びた関節を動かすようにして着替える。

財布をポケットに突っ込み、靴を履き、玄関を出る。

今日は卵とししゃもの特売日だったはずだ。


めんどくさい。でも、空腹は待ってくれない。妹がいなくなっても、腹は減る。

人間は、そうやって生きるしかない。


空腹で思考力が低下していた俺は、漫然と歩いていた。だからこそ、自分が赤信号になっているにもかかわらず横断歩道を歩いていることに気付かなかった。


けれど、驚きも恐怖もなかった。

むしろ、ようやく休めるのだと、安堵に似た感情が胸を満たした。


視界がゆっくりと白く滲む。

音が遠のいていく。


眠るように。

ただ、深く。


そして、目を覚ましたとき。


「目覚めましたか?」


グラビアでしか見たことのない肌の白い超絶爆乳美女がそこにはいた。


今日も世界がヤバイ。

この一言に尽きた。


もう考えるのもやめたいです。


余裕が欲しいです。

誰か頼みます。

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