表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第9話:『重なる影』

美術室で天海ユキの描いた絵に「三日月と星」を見つけた時、蒼一の心は激しく揺さぶられた。彼女はルカではない。しかし、ルカの面影を宿し、同じモチーフを好む。これは単なる偶然ではない。


蒼一は、美術室を出た後も、ユキのことが頭から離れなかった。彼女の描いた絵。その片隅に描かれた、あのマーク。

(ユキは、ルカの「もう一つの姿」なのか?)

もしそうだとしたら、ユキと関わることで、ルカが消えた世界の謎、そしてルカを取り戻す方法が見つかるかもしれない。


翌日から、蒼一は意識的にユキと接するようになった。図書館で「並行世界論」の本を読んでいると、偶然を装って隣に座り、話しかける。

「この本、難しいよな」

「ええ、でも、すごく興味深いわ」

ユキは、蒼一の言葉に、いつも穏やかに微笑んで答えた。彼女は、ルカのように明るくはしゃぐことはないが、その静かな知的な雰囲気は、蒼一の心を落ち着かせた。

蒼一は、ユキが「並行世界論」に興味を持っていることに、かすかな希望を見出していた。もしかしたら、彼女も無意識のうちに、この世界の歪みを感じ取っているのかもしれない。


ある日の放課後、蒼一はユキを誘った。

「もしよかったら、美術室で、君の絵を見てもいいか? あの抽象的な絵、すごく引き込まれたんだ」

ユキは、少し驚いた顔をした後、嬉しそうに頷いた。

「ええ、もちろん。嬉しいわ」

美術室で、ユキは蒼一に、これまで描いてきた絵を見せてくれた。どの絵も、どこか寂しげで、しかし、深い感情が込められていた。そして、その中には、やはり「三日月と星」のモチーフが、様々な形で隠されていることに気づいた。

「このマーク、本当に好きだね」

蒼一が言うと、ユキは少しはにかんだ。

「ええ。小さい頃から、なぜか惹かれるの。夢の中で、このマークが光っているのを見たことがあるような……そんな気がするの」

夢の中。

その言葉に、蒼一の心臓が跳ね上がった。夢の中で、光るマーク。それは、ルカが消える直前に、ユキの指先で光ったあの輝きと、何か関係があるのだろうか。


蒼一は、ユキの言葉の奥に、ルカの影を感じた。彼女はルカの記憶を持たない。しかし、ルカの「何か」を、確かに引き継いでいる。

その時、美術室の窓から見える校庭の風景が、一瞬、揺らいだ。

校庭の隅にある、古びた桜の木。昨日まで、満開の桜が咲き誇っていたはずなのに、その枝には、もう花びらが一枚も残っていなかった。まるで、一瞬にして、季節が移り変わったかのように。

蒼一は、息を呑んだ。まただ。世界が、また、上書きされた。

そして、その変化に気づいているのは、自分だけだ。


ユキは、桜の木の異変には気づいていないようだった。彼女は、蒼一の視線に気づき、不思議そうに首を傾げた。

「どうしたの、真咲くん?」

「いや……なんでもない」

蒼一は、慌てて視線をユキの絵に戻した。

この世界は、ルカを消し去るために、あらゆるものを書き換え続けている。

だが、天海ユキという存在は、その書き換えの波紋の中で、ルカの面影を宿して現れた。

蒼一は、強く思った。

天海ユキは、ルカを取り戻すための、唯一の希望だ。

彼女が持つ「三日月と星」の記憶。そして、彼女が惹かれる「並行世界論」。

蒼一は、ユキの秘密を解き明かすことが、ルカへの道だと直感した。

彼の孤独な戦いは、今、ユキという「もう一人のルカ」と共に、新たな局面へと踏み出そうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ