第7話:『ルカの足跡』
図書館で「天海ユキ」と出会ってから、蒼一の心は一層掻き乱されていた。彼女はルカではない。しかし、ルカの面影を宿し、そして「並行世界論」の本を読んでいた。あの指先の光と、世界の歪み。偶然にしては、あまりにも出来すぎている。
蒼一は、ユキが読んでいたのと同じ「並行世界論」の専門書を借りていた。難解な内容だったが、蒼一は必死に読み込んだ。精神時間粒子、量子もつれ、多世界解釈……。頭が痺れるような情報量だったが、ルカを取り戻すための手がかりが、この中に隠されていると信じていた。
翌日、蒼一は学校の屋上へと向かった。放課後の屋上は、いつも人気がない。ここなら、誰にも邪魔されずに、ルカの未送信メールと、ユキの存在について深く考えることができる。
スマホを取り出し、未送信メールを何度も読み返す。
『もし世界がわたしを忘れても、蒼一くんだけは、わたしを覚えていてください。』
このメールは、ルカが消えることを予見していた。なぜ、彼女はそれを知っていたのか? そして、なぜ「未送信」のままだったのか?
「……もしかして、ルカは、自分自身が消えることを知っていて、このメールを僕に送ろうとしたけど、間に合わなかった?」
蒼一は、そんな仮説を立ててみた。もしそうなら、ルカは、自分が精神時間粒子と関係していることを、どこかで知っていたことになる。
その時、屋上の隅に、古びた落書きがあることに気づいた。
それは、誰かがマジックで書いた、小さな、しかし特徴的なイラストだった。
三日月と星。
蒼一は、ハッとした。
このイラストは、ルカがよくノートの端に描いていたものだ。彼女のトレードマークのようなものだった。
蒼一は、急いでスマホのアルバムを開いた。ルカが消える前、彼女と撮った写真の数々。しかし、そこにはもう、彼女の姿はなかった。
だが、蒼一の記憶の中には、鮮明にその写真が残っている。
ルカが、この三日月と星のイラストが描かれた、お揃いのキーホルダーを蒼一にくれた時の写真。
そのキーホルダーは、今、蒼一のリュックのポケットの中に、たった一つだけ残されていた。
蒼一は、リュックからキーホルダーを取り出した。
三日月と星。
屋上の落書きと、全く同じデザインだ。
「ルカ……」
蒼一の目に、熱いものが込み上げてきた。世界がすべてを上書きしても、ルカは、確かにここにいた。そして、彼女の痕跡は、まだこの世界に残されている。
この落書きは、ルカがここにいた証拠。そして、彼女が自分を覚えていてほしいと願った、最後のメッセージかもしれない。
蒼一は、屋上のフェンスに手をかけた。夕焼けが、空を赤く染め上げていく。
ルカは、なぜ消えたのか。そして、なぜユキとして現れたのか。
この三日月と星のイラストが、次の手がかりになるかもしれない。
蒼一は、ルカの残した足跡を辿ることを決意した。
たとえ、それがどんなに危険な道だとしても。
彼の孤独な戦いは、ルカの微かな残像を追って、新たな局面へと進んでいく。