表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

第2話:『空白の教室』

クラスメイトたちの顔が変わった。

見慣れたはずの友人たちが、まるで別人のように見えた。いや、顔が変わったのではない。彼らの「記憶」が変わったのだ。蒼一は、混乱と恐怖に全身が震えるのを感じた。


「おい、どうしたんだよ、蒼一」

隣の席の男子生徒が、心配そうに声をかけてきた。その顔は、蒼一が知る彼の顔と寸分違わない。だが、その声には、蒼一が知る彼との間にあったはずの、ある共通の記憶が、完全に欠落しているように感じられた。

「……お前、ルカのこと、知ってるか?」

蒼一は、震える声で尋ねた。

男子生徒はきょとんとした顔で首を傾げた。

「ルカ? 誰だよ、それ。うちのクラスにそんな奴いたっけ?」

その言葉は、蒼一の胸に冷たい鉛となって沈んだ。何度か他のクラスメイトにも尋ねてみたが、反応は同じだった。誰も、天原ルカという名前を知らない。彼女の席は、最初から空席だったかのように、そこに存在していた。


世界は、本当に彼女を忘れてしまったのか。


スマホの画面を再び開く。未送信メール。

『もし世界がわたしを忘れても、蒼一くんだけは、わたしを覚えていてください。』

その文字だけが、唯一の真実として、蒼一の指先に熱を帯びていた。このメールは、ルカが消えることを予見していたのだろうか。なぜ、未送信のまま残されたのか。


放課後、蒼一はルカの家へと向かった。いつも通っていた道なのに、風景がどこか違って見える。家に着くと、そこには見慣れない表札がかかっていた。

「鈴木……?」

ルカの家は、天原家だったはずだ。恐る恐るインターホンを押すと、出てきたのは見知らぬ老夫婦だった。

「どちら様ですか?」

「あ、あの、天原さんのお宅は……」

「天原さん? ここは鈴木ですがね。ずっと前から」

老夫婦の言葉は、蒼一の足元から地面を奪い去った。ルカの痕跡は、どこにもない。彼女の存在は、この世界から完全に消え去ってしまったのだ。


夕焼けが、蒼一の心を嘲笑うかのように赤く染まる。

彼は、ただ、スマホの画面に映る「天原ルカ」という文字を、何度も、何度も、指でなぞった。

この記憶だけは、誰にも渡さない。

世界が何度書き換わろうと、この痛みだけは、僕だけのものだ。


その時、スマホの画面が、一瞬、ノイズを走らせた。

まるで、遠い場所で、何かが崩れ落ちるような、微かな、しかし確かな“音”がした。

世界は、まだ、揺らいでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ