公演開始まであと、1ヶ月-②
「単刀直入に申し上げます。貴方には、我々の捜査にご協力して頂きたいのです」
あれは公演が始まる、2ヶ月前のことだった。
稽古も準備段階だが、やんわりと忙しくなってきた矢先の連絡。そして、それに応答したあとすぐに警視庁から来客があった。
全体で台本読みを行った後で良かったと思う。でなければきっと、顔や声に出てしまっていたに違いなかった。
裏方のスタッフが別室に通してくれた部屋は、八人程度が囲める机と椅子が置かれているシンプルなもの。
そのシンプルさが、いまは余計に緊張感を増やしている。パイプ椅子に座ってからというものの、耐えられずに意味もなく腕を組み、吐息をついた。
「……ええと、すみませんが少し、整理させて下さい」
「はい。もちろん大丈夫です」
テーブルを挟み、向かい合っている兼賀、と名乗ったその人は頷きながら言った。
左側に流したサイドパートに、アーモンド型のような鋭い瞳。そして、黒で統一されたスーツが散らかっているこの部屋とミスマッチしていて、その事実ですら緊張度合いに拍車をかける。
それに加えて、警察官である、ということを前提に彼を見ていると、その鋭い眼差し全てで自分を疑われているような気がしてならなかった。
「都内で起きている連続殺人の犯人が、この劇団、もしくは劇団関係者の中にいる可用性が高い、ということでしたよね」
「はい」
「ということは、俺も含めて、何名かは被疑者のような扱いになっているんですか?」
「詳しいことはお答えできません。ですが、そのような状態であると捉えて頂いても結構です」
「そんな……」
思わず視線が床に落ちる。視線を下げたことによって、重たい事実が余計に重たく感じた。
「宇鷹さんにとって、お辛いことだと思います。ですが、これは貴方がたの安全の確保にも繋がります。狙われているのは、劇団関係者の皆さんなんですから」
思わず手に力が籠る。頭では分かっている。分かっているが、やっぱり辛い事実なんだと心の中で繰り返した。
そんな風にぐるぐると考えていると、ふと疑問が湧き出てきた。顔を上げ、兼賀さんに向き合う。
「あの、ひとついいですか」
「はい。どうぞ」
「俺も疑われているのなら、どうして俺にこのことを話すんですか?」
「確かに、貴方の疑問はごもっともです。貴方が犯人なら、警察の動きを漏らすようなことに等しいですからね」
兼賀さんは想定内、と言わんばかりに落ち着きを払った声色で話す。
「ええ。そう思います。なので余計に、何故なのかと……」
「理由としては2つあります。1つ目は、貴方は被疑からは外れたから。そして2つ目は、貴方が座長だからです」
「座長だから……?」
「はい。順を追って説明しましょう。まず、貴方には最重要被疑者の情報をお伝えさせて頂きたく思っています」
「最重要被疑者……ですか」
一々響きの重たい言葉が出てくる。勘弁して欲しい、と思わずにはいられなかった。
「ええ。今回の公演関係者には、疑うに値する人物がいます」
「え……」
衝撃の言葉に驚きを消化しきれないうちに、兼賀さんは言葉を続ける。
「その人物は外部からだと中々接触しにくい。正直なところ、行動パターンも洗い出しが不十分でして」
洗い出しが不十分、ということは、意図的に人目を避けている人がいるということになる。そんな人が、うちにいただろうか。全て何かの間違いであってほしい。
「そしてここからが本題なのですが……”貴方の被疑が晴れている”、という情報。それを今しがたお伝えしたのには理由があります。貴方には、これから警察の捜査協力者になって頂き、その人物のことを監視して頂きたいからです」
「か、監視!?」
思わず身体がビクリと反応する。兼賀さんは再び想定内、と言った感じで淡々と話し続ける。
「ええ。と言ってもそんな難しいことではありませんし、業務のお邪魔はしません。気になったことがあったら即座に教えて頂く、といった具合のものです」
日常の中に飛びいる非日常めいた話に目眩がしそうだった。真夏の暑さで項垂れていたら、突然冷水をぶっかけられたような衝撃だ。
兼賀さんは口を開き、話を続ける。
「座長という立場の貴方なら、今回の公演では、関係者によく接触をするのでは無いでしょうか?」
「……もう、責任者のことは確認がとれているみたいですね」
「勿論です」
「兼賀さんのおっしゃる通り、今回責任者の貴船は不在です。それもしばらく。だからきっと、不慣れなことも沢山あると思います。それもあって……上手くやれるかは、正直分かりません」
貴船。貴船 大和。劇団ウィリアムの東京支部長であり最高責任者だ。彼は今、イギリスへの海外出張で数週間程不在である。最低でも2週間はいないだろう。
「ええ。あえてそこを狙っている人がいるかもしれません。貴方の目を掻い潜ろうとして誰かを狙うかもしれない。それに、以前まで標的は元関係者でしたが、今度は公演がひかえていますよね?それを見越して、次は関係者だって狙うかもしれません」
確かにそうなのかもしれない、と思った。
疑うことが仕事である警察官の視点は、全ての可能性を疑い、警戒している。
彼等に協力するということは、自分もこのような視点を持たなければいけないのだろうか。
「いかがでしょうか。改めて、我々の捜査にご協力、および協力者になって頂けませんか」
ひとつ呼吸を置き、兼賀さんを見る。
腹は決まっていたが、やっぱり気になったことがある。
「……そういえば」
「なんでしょう」
「貴方の具体的な所属を伺っていませんでしたよね。警視庁所属なのと、刑事部の事件捜査本部に帰属している者、としかお伺いしませんでしたが……」
「……大変申し訳ありません。そうでしたね。事件への捜査協力を最優先に考えてしまって、つい」
さっきまで堅い表情をしていた兼賀さんは、少し柔らかい表情でそう言った。
そして、ジャケットの内側に手を入れ、1枚の名刺を取り出してこちらに差し出した。
「申し遅れました。警視庁公安部所属の兼賀 行人です。よろしくお願いします」