公演開始まであと、1ヶ月-①
宇鷹 ユウはいつものように、髪をひとまとめにした。結ぶというより、髪を掻き集めるようにしてお団子にする。非常に楽な髪型である。
前髪を作ることをやめてから、垂れてくる全ての髪の毛が鬱陶しく感じるようになった。そして、自然と髪をまとめるようになった。そっちの方が視界はクリアだし、だらしなく見えない。
洗面所の前で全身の身だしなみを最終確認する。
……よし。座長に相応しい、整った身なりだ。
身支度をほどほどに済ませ、足元に置いておいたリュックサックを持ち上げる。そして背負ったその瞬間。スマートフォンが鳴った。
兼賀さんからだ。
「もしもし」
「おはようございます、宇鷹さん」
「どうされました?」
「少しはやく到着しそうで。入口付近で貴方を待っていても宜しいでしょうか?」
「いいですが、団員にちょっかいはかけないでくださいよ」
「ええ、それはもちろん。私だって仕事で来ているんですから」
そう言う兼賀さんの声色は、おちょくっているようだった。彼が浮かべる胡散臭い微笑みが、この声だけで想像できてしまう。未だに第一印象の色眼鏡がかかっているなと思った。
「程々にお願いします、という意味です」
「わかっていますって。じゃあ、また後で」
一方的に通話が切られた。兼賀さんはこうやって釘をさすと、鬱陶しそうに通話を切ることがある。この時期だからこそ、尚更行動には気をつけてもらいたいだけなのに。
最近の劇団内では、2種類の緊張感が張り詰めている。
1つ目は、公演が迫っているがゆえの、良い緊張感。『現代版:ハムレット』の公演が1ヶ月後に迫っている。それは日を重ねれば重ねるほど募っていく。同時に、劇団員や関係者の高まりも感じられる――非常に良い緊張感である。
対する2つ目は、とある殺人事件が発生したことによる、悪い緊張感だ。
この世の中毎日何かしらが起こるのは当たり前。だが、その内容が問題なのだ。
劇団ウィリアムの元関係者3名が、赤坂で遺体となって発見されたらしい。刑事さん達によれば、3人目はほんの数日前に殺害されたとのことだった。恐ろしいことに、犯人は今も尚野放しになっている。もしかしたらそこら辺に歩いている可能性だって否めない。
このことはまだ表立って公表はされていないが、劇団ウィリアム本部への刑事さん方の出入りが、どんどん隠しきれないような量になっているらしい。
その事は風の噂で伝わっていき、今や稽古場にも届きつつあった。お偉いさんが何かやったのか、不祥事でもあったのか、事件なのか。そんな不確定で、不穏な事柄が独り歩きしている。全体的に悪い緊張感が皆に伝播するのも無理はない状態だった。
兼賀さんは、今回の連続殺人の捜査を行う警察官の1人。そして、自分はそれに協力している。
それが意味するのは、劇団員を警察官たちのように疑い続けなければならないという義務。
もしかしたら、捜査に協力するという名目でこちらが監視されているのかもしれないが。
憂鬱な思いを抱えながら外に出ると、気持ちがいいくらいの快晴が自分を待っていた。