#1 出会い
丘を登ると遠くに建造物が見え、自分が目指している場所に近付いている事を実感した。後は眼前の森林地帯を抜けるだけだ。目的地に間違いはないか念の為改めて置き手紙を確認する。
『エルドリスの街に拠点を移した、流石にあの田舎では資源の調達に限界がある。ここならば不便になることはないだろうナギサ、もう、17の歳になる。戦いに生きるのも悪くはないが、育ての親としてはやはり、普通の生きかたを学んで欲しい。場所はこの地図に記しておく、住居はチイサ区073だ それと、戦闘は極力控えるように』
確かに合っている。元いた拠点からそう遠くはなかったため疲労はそこまで蓄積してはいないが、これから抜ける森林地帯ではどんな魔物が潜んでいるか、いつ襲われるか分からない。気を抜くにはまだ早い
「グオアァァアア! 」
ある程度進んだ所で、少し離れた場所で一瞬、火がチラついた後に魔物と思しき咆哮がした、これは恐らくオークだ。しかも魔物の声に混じり人の声も聞こえる。
「人が襲われているのか? 」
段々とオークと人の声が近くなってくる。少し先で木々がなぎ倒されており、開けた場所にはオークから逃げ惑う一人の男が見えた。
「おいアンタ、大丈夫か! 」
私が声を掛けるとその男はこちらに気付き、オークの棍棒による一振りを間一髪で躱しながら火を浴びせていたが、オークはものともせずに男に襲い掛かる。
「私の火炎魔法が効かずに戦えないのだ! というかお嬢さんは危ないから逃げた方がいい! 」
この男は何故逃げないのかと思ったがよく周りを見ると、気を失い地面に倒れているもう一人の男が見えた。オークが棍棒を振りかぶり、男は再び躱そうとするが木の根に引っ掛かり尻もちを着いてしまった。咄嗟にオークと男の間に割って入り、右腕で棍棒を受け止める。男は驚いた表情をして、右腕を凝視した。
「その腕、聞いたことはあるが初めて見る…魔法戦義手なのか!? 」
「私が囮になる、アンタその人連れて早く行け」
男はこちらと倒れている男に交互に見、少し迷った後、倒れてる男性を背負った。
「恩に着る…! 助けを呼んで戻ってくる! 死ぬなよ義手のお嬢さん」
横目に男たちが去るのを見送り、視線を目の前の魔物に戻す。三メートルもの巨躯から繰り出された一振りに、右腕の義手がギシギシと悲鳴を上げている。
「ーーッこの、薄鈍野郎がッ! 」
右に身体を大きく躱し、オークがそのまま勢い余って体制を崩し、眼前にきたオークの醜い顔目掛けて思いっきり右の拳をお見舞いした。そのままオークは五メートル程吹き飛び、木に激突する。
「マナを込めた拳の味はどうだよ、さっきのお返し。次で殺す」
背中に背負っていたカタナを抜き、義手からカタナへマナを通じ、切れ味を増す。
「ーーグオ、ォオ…」
うめき声を上げながら立ち上がって振り返り、憤怒の相で私を睨む。相当アタマに来ているのか、その場で地団駄を踏んでいる。次の瞬間、手に持っていた棍棒をこちらに投擲してきた、瞬時にそれを切り裂くと、棍棒の影からオークが猛突進してきていた事に気付き、全身を左に捻って躱しそのまま回転の勢いに乗り逆袈裟斬りをカウンターで当てると再びうめき声を上げる。
「…? なんだ、傷が浅えな。」
少し違和感を感じるがその原因も分からないまま間髪入れずに今度は両手を広げ、掴み取るように腕を伸ばしてくるが、特に早くもない動作に捕まるわけもなくたやすく迫る腕を避け続けていたときに、背中に何かがぶつかった感触がした。
(木だ、くそ。こんなのに気付かないなんてな! 調子に乗りすぎた…!)
やばい、捕まっちまう!掴まれたら私の力じゃ多分抜け出せない。咄嗟に跳躍し伸ばしてきた腕に乗り、顔目掛けて全力で走る。オークが必死にもう片方の腕で掴もうとしてくるがスレスレで躱す。そして頭の頂点を踏み台にし、飛び越え、ついでに後頭部を斬りつけようとしたが、当たったのは角の部分だった。そのまま一回転し受け身を取り即座に体勢を立て直す。
「…っぶねえ、悪いな、お前との熱烈なハグは、また今度な」
知能はそこまで無いが、タフさが尋常じゃないのが厄介だな。心の臓をピンポイントで狙うか?いや、あの腕に掴まれるようなリスクは犯せない。喉元掻っ切るにしても位置が高い。
「グオォウアアア!! 」
雄たけびを上げ、相も変わらず真っすぐ突っ込んできやがる。巨躯から繰り出される拳の連撃を悠々と避けながら隙を伺うが、やはり目標の位置が定まらないおかげで踏み込めない。
「はあ、イライラするなぁ。」
少々手間はかかるが、このやり方のほうが確実だ。未だ続く連撃を搔い潜りながら、相手の脇に飛ぶ込み背面に移動しながら足の腱があるであろう箇所を斬る。相手が膝をつき隙を晒す、ガラ空きの背中目掛けて跳躍し、刃を下に向け突き立てたその時、視界の端に何かが映る。
「…ッッ! 」
右半身に衝撃が走り、吹き飛ばされる。意識が飛びそうだ。咄嗟に右腕で防御姿勢を取らなければやられていたかもしれない。
「マ、マジか」
何とか立ち上がり辺りを確認すると、このオークの子分であろうゴブリンがわらわらと集まってくる。更にその奥から杖を持つ少し変わったもう一体のオークも出てきた。さっき受けたのは、あの杖持ちの魔法か、それにしてもまさか、群れの一体だったとはな。数え切れないほどのゴブリン、相手にするには少々骨が折れそうだ。右腕の戦義手を更に稼働させようとすると、バシュっと一瞬火花をチラつかせ、今にも自壊しそうだった、それを見て今ようやく感じていた違和感の正体を把握した。
長くない旅とはいえ、一度も整備していない、更に手負いの男たちを逃がすために受けた、あのオークの一撃、あの時点でかなりの負荷がかかっていたらしい。
「…こりゃ最高だな」
まずは杖を斬り、遠距離攻撃の手段を無くすか、雑魚共を一掃するか。
「ハァ、ハァ…」
この義手の力がなければ死も同然、こんな窮地、幾度となく経験してきた、ここで死ぬなら私もその程度だったってワケだ。死など恐れるな。あの地獄を思い出せ。
ナギサの義手が悲鳴を上げるが、お構いなしにマナを込め続けた。義手から伝い全身にマナを通わせた、誰もが最初に習得する基礎的な身体強化魔法だが、コレは違う。極限までマナを通わせ、劇的な身体強化を行う、しかし、それ相応の身体的負荷がかかる。マナを伝わせた元の義手には、それ以上のマナによる強化が施される。
産まれながらに隻腕であったナギサは、魔法も使用することができなかった為、平民の中でも更に最下級であった。平穏な暮らしにナギサの居場所はなく、義手を抱き、戦にのみ生を見出した。
「ッはあああァ! 」
ナギサは重心を低くし、一気に跳躍する。杖を持つオークを優先的に無力化しようとするが、その前には無数のゴブリンが立ちはだかる。肉壁になるゴブリンを容赦なく斬り伏せるナギサであったが、数が多く、疲弊していく一方であった。
「ぐっ、身体が、持たないッ…! 」
身体強化による負荷が次第に大きくなっている事に、ナギサは焦りを覚え、一か八かの選択肢に出る。自分の近くにいるゴブリンを強引に吹き飛ばし、杖持ちのオークに向かって自身の獲物を勢いよく投擲したが杖に当たりそのままオークの二の腕に刺さり、得物を失ったナギサは、そのままゴブリンの壁を押しのけながら杖を失ったオークに向かっていく。
「チッ、邪魔なんだよッ、くそ! 有象無象共が…」
近づく途中、ゴブリンに腕に嚙みつかれ、脚を掴まれるがものともせずに一直線に近づく。オークまでの距離が五メートルほどまでの距離に達した所でナギサは、脚に力を入れ、一瞬でカタナが刺さっている部分へ飛び込む。オークの角を左手で掴み刺さったままのカタナを右手で掴み、そのまま強引にオークの心臓へ向かって刃を走らせ、大量の返り血を浴びながらも思いっきり振り抜く。
「グ、オオォ、ァ…ア」
そのまま血しぶきを上げながら倒れ込むオークの上に立つ血塗れのナギサに魔物達は、動きを止めた。本能的に恐怖したのだ。ナギサは意に介さず、もう一体のオークの方へ跳躍する。飛びかかってくるナギサを払いのけようと横なぎにこぶしを振るうが、到達する前にナギサの高速の太刀筋により切断され、苦痛の声を上げているオークの肩にすかさず着地する。
「ああ? 何言ってるかわかんねぇよハゲ」
首を一刀両断する。地面に伏せながら血を吹き出すオーク二匹を見て、ゴブリン達は後ずさりする。
「―次は、誰だ? 」
ナギサは切っ先をゴブリン達へ順番に向け、キョロキョロと見渡す。少しの静寂が訪れたが、ゴブリン達は数で圧倒できると考えたのか無数のゴブリンが咆哮しながらナギサへと襲い掛かった。
「「グギャギャオオォ!! 」」
ナギサは不敵に笑い、カタナを少しクルクルと遊ばせ、構え直し、ゴブリンの群れへと向かっていった。
「こっちだ!! あの個体は群れからはぐれた一匹だ。もし群れが合流したらお嬢ちゃんは…」
複数の馬を走らせ、焦り顔の貴族は言った。それに続くのは四人の仲間だった、羽織っているマントには同じ紋章がある。
「セバスチャンよう、もうやられてんじゃねえのか お前がウチのギルドに帰ってきてから一時間以上は経っとるぞ」
「縁起でもないことを言うな、カイラン!助けを呼ぶ、と約束したのだ」
屈強なガタイのいいカイランと呼ばれた男は溜息をつき、後ろの二人と少し目を合わせた後、肩をすくめ、黙って先頭を走るセバスチャンに付いていった。
ナギサがいた方向へ近づいていくと次第にセバスチャンは血なまぐさい臭いが強くなっていることに、鼓動が早くなる、馬に合図を出しさらに速度を上げ、臭いの原因を探る。馬を走らせていると大量のゴブリンとオークと足跡を発見する。
「な、なんだこの量は」
セバスチャンはおびただしい量の足跡を確認しながら、鼓動が加速する。全員が最悪の事態を思い浮かべながら更に奥へと進んで行く。誰一人何も言葉を発さずに空気が張り詰める中、少し開けた場所に出ると、そこには無数のゴブリンの死体があった、セバスチャンとその仲間は、異様な光景を目の前にしばらく動けずにいた。
「せ、セバスチャン、これは、どういう…?」
震えながら、静寂を破ったのは背の小さい気の弱そうな少年と、落ち着いた雰囲気をした長身の全身にローブをまとった男だった。
「魔物同士が争ったのか…? いやしかし…」
「ミラーナ、シーフよ。よく見てみろ、綺麗にスパっと斬られた痕がある。魔物同士じゃこうはならない、セバスチャン確かお前、剣を持ってたって言ってたな?」
「ああ、しかしあのような可憐な少女が、ッ!? おいッ!あそこ見て見ろ!!! 」
セバスチャンが指さした場所には無数の死体と共に、木に背を預け座り込んでいる血塗れのナギサの姿があった、駆け寄るとナギサはセバスチャン一行に気付き力なく笑う。
「…ぁあ、アンタか、無事だったんだな…」
「それはこちらの台詞だ!な、何がったんだ!なんだこの死体の山は…」
ミラーナによる回復魔法で応急処置をしたあと、セバスチャンの後ろに乗せてもらいながらナギサは簡単な自己紹介と、自身がエルドリスの街が目的地であることを話した。
「産まれながらにして片腕がなく、更に魔法もその義手がロクに無ければ使えないとは、普通ならば魔法が使えぬ者は前線にでず、街の内側で人生の殆どを過ごすと聞くが」
カイランは未だに新じられぬといった顔で言う、それは、セバスチャンや他の者も同感であった。しかしナギサは特に驚く様子もなかった。
「私にとってはアレが普通だ」
「確かに、ごく稀に、魔法を使わずして戦う者も見たことはあるが、ここまでのは初めて見た。…して、どうしてエルドリスへ?」
「育ててくれた親が、普通の生き方をしてほしい、って、私にはよくわかんないけど、それでエルドリスに行けばみんなの言う普通が、分かるのかなって」
「そういえば仲間を見当たらないけど、どこの所属なの? 」
ミラーナは不思議そうに質問した。
「親以外、仲間は居ない、一人で魔物を狩り、あちこち転々としていた。」
セバスチャン達はそれ聞いて、しばらくうーんと唸り四人で顔を合わせたあと、カイランがとある提案を持ちかけた。
「それなら…セバスチャンよ、うちのギルドに入れてはどうだ?特にノルマなんぞはないから、のんびりとやればいい、だろ?」
「まあ、ナギサくんさえ良ければ、だがな。エルドリスはこの一帯でも一番大きな街だ、親御さんが言う普通ってやつを学ぶにはもってこいさ」
「また勝手なことを、まずはギルドリーダーにだな」
シーフは顔を左右に振り、あきれた様子でセバスチャン達に言う
「うちのリーダーなら絶対大丈夫だよ! こんな僕にも優しく歓迎してくれたからね、これから宜しくね! ナギサ! 」
ナギサはどうしていいか分からず困惑する、それを察したセバスチャンは気さくに言葉を続ける。
「なあに、全てこの私に任しておきたまえ。それに仲間と私の命を救ってもらったのだ。出来る限りの事はなんでもするつもりだ、っと着いたな」
森林地帯を抜けるとすぐに塀に囲まれた大きな扉があった、解放されていた扉から覗く綺麗な街並みはセバスチャン達に安らぎを与えた。そして馬から降りたナギサは初めて見る立派な建物や賑わいを見せる人だかりに目を奪われ、しばらく時を忘れ眺めていた。
「いい街だろう。ここならきっとナギサくんがまだ知らない事を学べるさ、そんなボーっとしてどうした?何か物珍しいか?」
「す、すまない、こんなところは初めてでな。ふっ、イイ奴らだな、アンタらは」
「んじゃコレ、ウチんとこの住所な!親御さんに聞いといてくれよ! 待ってるぜ、お嬢ちゃん! 」
ナギサに紙を渡し、手を振りながら去っていくセバスチャン一行を見送った。セバスチャン達の好意を受け取ることにしたナギサはこれまでの何度も戦で得ていた高揚感とは、別の高揚感を抱きながら歩みを進めた。
ご覧いただきありがとうございました