第122話 異端の魔術師
開幕早々、〈零下〉を放ったのは誰でもない月宮リエサだったが、しかし、その中身が別の人物であることをレジアが知る由はない。
「⋯⋯聞いてた話と違うな。変な心核結界展開してるし⋯⋯何より魔力量がイアと同じかそれ以上あるんじゃないか? それに今ので死なないとは⋯⋯」
『リエサ』は再生するレジアを見て判断した。もはやこの大魔族はイア並の化物になりつつある、と。
「⋯⋯お前さん、何者だ?」
あの魔術を至近距離で放たれたためか、ゼルスの炎は消えてしまった。
心核結界自体は展開し続けていたから、再度炎を纏うだけでよかった。
ゼルスは、彼女に話し掛けた。
「ぼ⋯⋯。⋯⋯私は、リエサ・ツキミヤ。超能力者よ」
「⋯⋯知っている。イア・スカーレットと戦ったという能力者の少女だろう? が、その上で聞いている」
「⋯⋯はあ。わかった。⋯⋯僕はアルター。わけあって月宮の体を借りてる魔術師だ。言っとくが、月宮を乗っ取ったわけじゃない。彼女の許可がなければ僕は体を動かすどころか視界すら共有できないからな」
アルターはそう言ってから、レジアを目前に捉える。
彼は体の大穴を修復しつつ、アルターを警戒していた。どうやら先行はこちらに譲ってくれるようだ。やり辛いったらありゃしないが。
(さて、月宮。良い機会だ。『Accel Edit』を文字通り実体験させてあげよう)
『私の時とは少し違う感覚だけど?』
(表層化する意識によって『Accel Edit』の性質が別物になるみたいだからな。今のほうが『Accel Edit』の性能は高い。というか、生前の僕のと同じくらいだな。が、その分超能力との相性は悪くなっている⋯⋯まあ、些細なことだ)
魔力量、魔力出力はアルターのもの。変わっていたのは魔力効率と操作精度だが、これは表層化した意識がリエサのものだったから。
今の状態だと、魔術師としての能力は生前のアルターと同程度になっている。尤も、肉体そのものの性能や超能力の有無などの差異はあるが。
『大魔族と戦うってのに怖くないのね。私は今とても怖い。私じゃアレには勝てない、って思ってしまう』
(安心するといい。僕より君のほうが魔力効率も操作精度も上だ。ただ、魔術の経験と、魔力を生まれ持っているかどうかの違いが大きく出ているだけ)
アルターは指先をレジアに向ける。
(覚えておくといい。僕にできることは勿論、僕にできないことさえも君ならばできる。今はまだその時じゃないってだけだ)
『Accel Edit』──〈時間跳躍〉
──アルターの指先から不可視の弾丸が放たれ、それはレジアの心臓に命中し、そこを消し飛ばす。魔力が溢れるがそれは問題にはならない。
問題は別にある。
(何が起きた? あの小娘の魔力出力程度なら俺には通用しないはずだ)
レジアは体の中央の穴を魔力で満たし、アルターに襲い掛かる。斧を振り下ろすが、それが砕いたのは肉と骨ではなくコンクリートだった。
『Accel Edit』──〈四重加速〉
アルターは一般攻撃魔術を三門展開する。
レジアの認識通り、アルターの魔力出力では、魔力防御を施している彼の体は傷つけることすらできない。
しかし、例外はいつだってある。アルターは被封印指定者だ。
魔術光線がレジアの肉体を貫く。さらにアルターはレジアに接触し、魔力強化した打撃を叩き込みつつ、魔術を行使する。
「〈時間停止〉」
「──ッ!?」
レジアの肉体時間のみが停止した。
言葉による合図がなくとも理解できる。
抵抗しなければ不味い。直撃は、致命だ。
なぜなら、そこには、刀を鞘に納め、魔力を練っているゼルスが居たのだから。
「──〈灰燼一刀〉」
時間停止の解除と全く同じタイミングで炎の剣がレジアを刈り取った。胴体を両断したかと思えば、次の瞬間には全身が燃やし尽くされた。
いや、殺し切られてはいない。心核結界は展開され続けている。魔力の残滓が残っている。そこから再生することは容易。
「⋯⋯はは。まさかここまで翻弄されると──」
なのになぜだ。なぜ、今の一撃で死ぬかもしれないと思った? なぜ、命の危機を感じた?
「〈時間跳躍〉」
レジアは不可視の弾丸を躱した。
「どんなに凶悪な魔術も、当たらなければ意味がないぞ?」
「ほう。無限に再生できるお前が、わざわざ回避するか? おかしいよな。まあつまり不死身ってわけじゃあなさそうだ」
「⋯⋯⋯⋯そうだな。俺は不死身じゃないが、お前たちに殺される気はない。心核結界が展開されている限り、お前たちに勝ち目などない」
油断はない。ゼルス一人だけだったなら、その超火力にだけ注意すればよかった。
でも今は違う。アルターは決定打こそ欠けているが、マトモに相手していれば負け筋を作られる。そんな気がした。
──違和感。
(⋯⋯なんだ、この焦燥感は。何が俺を⋯⋯)
再生能力に不備はない。心核結界の維持も強固。魔術練度も魔力量もその性能も、何もかもレジアのほうが上。
負け筋などないはずだ。では、どうしてレジアはアルターならば自分を負かすことができると考えたのか。
(⋯⋯俺に、何が起きている⋯⋯。⋯⋯いや、まさかッ!?)
「ようやく、気づいたかの? 魔族め」
ゼルスの炎の剣を、レジアはかつてないほどの危機感を持って躱した。
あんなもの直撃したって問題はない。癖で避けているわけでもない。
死を感じたから、避けた。そう、死を。死を、レジアは感じ取っている。
「──犠牲ありきの勝利など、あってはならない。なのにあやつは⋯⋯本当に馬鹿な男だ」
シュラフトの『死の魔眼』は、無意味に終わった。
──そう思っていたのは、レジアだけだ。
確かに、あのときのシュラフトでは、レジアを殺し切ることはできても、心核結界ごと殺すことはできなかった。
けれど、彼はそれを理解していた。彼我の実力差を把握できないで、特級魔術師になどなれるはずがない。
その上で、彼は、生命を賭して魔眼を使った。
自らの命だけでは、不死身となったレジアを殺すことはできない
ならばどうする?
回答はひとつ。
「──死の概念の付与かっ!」
少し前も同じ方法でレジアは殺されかけていた。けれど今回は正真正銘、不死身を殺すために使われた。
依然、実力差が影響してレジアの不死性を完全に失わせることはできていない。
が、それは遅行性の毒のように、レジアに死を侵食させていた。
なぜ警戒していなかった。なぜ気がつくのに遅れた。なぜ、なぜ──。
「大魔族とまともにやり合って勝てる魔術師なんて、イアくらいだ。それでも、人間はこれまでに大魔族を何体も屠ってきた。それがなぜだか分かるか?」
アルターはレジアとの距離を詰めようとした。レジアは硬質な葉による物量攻撃を行う。だが速すぎた。レジアの懐に入ったアルターは、拳を叩き込む。
「〈時間停止〉」
「⋯⋯ッ!」
停止時間が短くなっていた。ゼルスの炎の斬撃をレジアは躱したが、とはいえギリギリだった。
「はあ⋯⋯全く、一回食らわせただけで耐性付けるなよ」
もう二回か三回、〈時間停止〉を使えば接触発動すらできなくなる感覚だ。ゼルスの魔力量も残り少ない。アルターもそうだ。全力戦闘ができる余裕は限られている。
「まあ、なら別の方法も考えるだけだ」
アルターが動き出す。速い。対応できないわけではないが、それは一対一だったらの話。
同時にゼルスも迫って来ている。
レジアは斧でアルターを対処し、そこを狙ってきたゼルスは植物の根で足止めした。
魔力爆破による高速移動をしつつ、素早く距離を取り直す。
(死の概念が完全に俺を侵せば、この再生能力に意味はなくなる。心臓か頭を失っただけで死ぬだろう。あと一分でそうなる)
レジアは大質量の葉でアルターたちを押し潰そうとしたが、全てゼルスに焼き落とされた。また、迫ってくる。あの時間停止は厄介だ。耐性を得られてはいるが、だからといって受けられたものじゃない。
(⋯⋯なら、攻撃を受けなければいい)
レジアは心核結界の要件を変更した。
不死性を得ていた術式、自己強化、魔力生成の術式を解体。心核結界の効果を魔術の相殺のみに絞るが、それの効力を強めることはしない。
リソースは全て、一つの術式に注ぎ込む。
(これは⋯⋯)(こやつ⋯⋯!)
ゼルスは心核結界によって、アルターは時間の減速魔術によって、レジアの植物化魔術に対抗していた。
しかし、その均衡が破れる。
「心核結界と対抗魔術。それらの強度を上げる必要があるだろう?」
ゼルスの心核結界を広げれば、レジアのそれに押し合い、拮抗し、相殺することはできる。そのあとどうなるかはもはや分からないが、どちらにせよそれはできない。アルターを焼くつもりはないからだ。
(僕がやっていることは所詮、遅延でしかない。根本的に植物化の魔術を防いではいない。心核結界と通常魔術の性能差がもろに出る、その速度、強度が上げられれば⋯⋯!)
アルターの魔力消費が跳ね上がるのを感じる。軽い頭痛がした。
瞬間、レジアはアルターを狙って斧を振り下ろした。避けられない。死ぬ──。
「っ!」
ゼルスが前に出てきて、アルターを庇った。彼は右腕を斬り落とされたが、レジアに炎を浴びせた。
レジアは燃やされながらもゼルスを蹴りつける。彼は吹き飛び、建物に叩きつけられた。
「ちぃ⋯⋯鬱陶しいな」
あと十四秒でアルターの魔力は底を尽きる。ゼルスもプラス数秒程度で同じ結末を迎えるだろう。
「だが、もう終いだ。死ね、人間」
その僅かな猶予で、レジアを殺せるか? 頼みの綱であるゼルスは、アルターを庇ったせいでもう動けない。だから、否。それをするには一撃で決めなくてはならないが、リソースが足りない。
『でも今やらなくちゃならないでしょ。アルター、私に代わって』
(は? 何馬鹿なこと言っているんだ。遅延の魔術は僕だから使えているものだ。君に代われば、それこそ一秒経たずに植物化するんだぞ)
『さっき言ってたじゃん。アルターにできることは私にだってできるって』
(それは将来的な話だ。今この瞬間で──)
『そして、私ならあんたにできないことだってできるって』
その声には、確信があった。
アルターは、リエサには変わるべきでないと判断している。それは至極真っ当な判断だ。いくら魔術に天才的であっても、できないものはできない。
だが、リエサの心はそうではないようだ。
(⋯⋯⋯⋯。⋯⋯わかった。君に任せる)
意識の交代が行われる。
『確かにね、私に遅延魔術は使えない。感覚的にも理論的にも理解できたけど、練習なしには使えないと思う。でもそれは些細な問題。⋯⋯だって簡単な話でしょ? 一秒経たずに即死するのなら──』
目の色が黄色に変化したのを、レジアはなぜかはっきり見てしまった。見ずには、いられなかった。
それが何よりの危険信号だったからだ。
「──全部凍らせればいい」
疑融結界──〈極冷氷結世界〉
射程距離は僅か5メートル。しかし、レジアは彼女を確実に殺すため、近づいてくれていた。
「アルターのおかげよ。あんたが遅延魔術を使ってくれたから、この方法を思いついた」
『⋯⋯対象の選別と解析、魔術そのものへ干渉する感覚か。君は理論派だと思っていたが、案外感覚派なところもあるな』
リエサはレジアの心核結界を概念的に凍らせることによって、機能を停止させた。原理としては遅延魔術と同じである。
確かにリエサに遅延魔術を使うことはできなかった。が、停止能力を使うことはできた。
『だがまさか⋯⋯これほどとは』
目の前には、クリスタルに封じ込まれた大魔族が一体。
「油断大敵ね。まさか反撃してくるとは思っていなかったんでしょう。まあとはトドメを⋯⋯」
〈零下〉によって、レジアの上半身を消し飛ばす。残った下半身が塵になって消えてゆくのを確認した。
「⋯⋯魔力の消滅を確認」
リエサはレジアが完全に死んだのを確認してから、ゼルスの応急処置を行い、後の処置は駆けつけた魔術師たちに任せた。
「⋯⋯はあ。もっと早く助けに入れば、犠牲は減らせたのかな」
『自分を責めるな、月宮。元より彼らで対処しなければいけない相手だったんだ。君や僕があの大魔族を相手に生きられていたのは、フラームたちが削っていたからだ。君は最適のタイミングで助けに入った。君の判断は間違いじゃなかった』
あのタイミングでなければ、リエサは戦力にはなれなかった。レジアが消耗していたからこそ、助けになることができたのだ。
「⋯⋯ごめん。ありがとう」
──大魔族のうち二体が討伐された。そして残る一体との戦闘もまた、佳境に入っていた。
大魔族、ギーレと戦闘を繰り広げていたのは、星華ミナ、ただ一人。
「⋯⋯ミナたち、大丈夫なのかな」




