3 最後の夜
最後の夜
町に帰ってきたところで、シウトが支調房の工作室に寄ってくると言うので、そこで別れて、僕は食房に向かう。
昼に僕の手で完成した小額とは別に、なにか作っていたらしい。
食房のベンダ・マトンにことわって、魚と、たまたま入荷していた生姜の甘酢漬けを貰う。
油の後片付けが面倒なので、ついでに調理場を借りて天ぷらを作る。さっき採った山菜も一緒に揚げていく。
仕上がった天ぷらを紙に包んでランドセルにしまった頃合いにシウトが食房に入ってきたので、今晩飲む酒を選ぶ。
僕たちはアルコールに耐性が殆どないので、度数の高いお酒を飲めない。
調理に使用することが出来ないレベルではないが、サピエンスが愛飲する麦酒であれば大きなマグカップ1杯くらい、ぶどう酒であれば小さなコップくらいが限界だ。なので、食房で手に入るお酒はどれも度数が1~2度くらいのもので、サピエンス用に発酵させている途中の、酒もろみや搾った後の酒粕を加工したものが多い。
焼酎粕をぬるま湯で抽出したものに糖蜜と炭酸を加えた甘い焼酎パンチが人気だが、今日は黒米の酒粕を水で溶いた「甘粕汁」を大ビン(1.8L入り)でもらって帰る。これをぬるめに温めて飲む。
明日の朝、早起きするつもりはない!
やはりシウトは明日出発するとのことだった。
最終目標はアウロラが見られる場所だそうだ。
夏までにバイカル湖まで進み、寒くなってきたら砂漠の近くまで南下して、点々とオアシスを回りながら地中海に抜け、海沿いに北に抜ければ見られるところまで行けるんじゃね、とのことだ。
僕たちにとって地球は結構狭い。
AOIのおかげで、世界中どこにいても衣食住は困らないので、僕たちの旅は非常に身軽だ。ランドセルとチェストパックに身の回りの道具を詰め込み、入らなかったものは知り合いに配ればすぐに出発できてしまう。
シウトとの最初の出会いは、ランドセルとは別に大きなザック一杯の「おこし」(米や粟などを密閉した状態で加熱し、高圧になって火が通ったところで圧力を急激に解いてパフにする調理方法。)を担いで泣きそうな顔で畑を管理しているベンダ・マトンから逃げているところを匿ったことだった。
僕が暮らしているネストに招いて話を聞いたところ、畑の一部に色々な種類の麦を播いて地上絵を描いたそうだ。
芽が出始めてから収穫までの色々な段階で、畑に麦で描かれたサピエンスが、徐々に歳を取っているように変化するという仕組みだった。
結構近くの街で1日も走れば着く距離だったので、何か変わるきっかけを探していたところだったので、無理矢理にでも見に行くことにしたのだった。
僕が見たのは5月頃の絵(青々とした中で一部が少し色付き始めたところで、壮年の姿に見えた。)だった。話に聞いていたより大きくて、その表現にいたく感動したので制作者に会って話をしたいと思ったがあいにくと留守だった。2~3日滞在したが、帰ってくることはなかったのでそのまま諦めて帰ってしまった。
その本人が転がり込んできたのだ。ザックいっぱいのおこしとともに。なんだこれ。
種を撒いたときは気づかれなかったが、麦の芽が出てくると、アントシアンが多い種類や、真っ直ぐ伸びる種類が混じっているので、畑を管理しているベンダ・マトンにすぐに気づかれたそうだ。
そして、朝起きると、ネストの前に腕組みをした畑マトンが腕組みして、白い蒸気を吹き出しながら仁王立ちしていたらしい。
「そりゃ怖いな。」
「だろう!」「あいつら、喋らずに「フンフン」言いながら身振り手振りで何時間も説教するから、途中で逃げ出したんだよ。」
「そしたら、その後ずっと追いかけられてて、あの町の先にあるサピエンスの町に隠れて生活してたんだ」
「・・・何をやっているんだ・・・」まあ、たしかにそれなら会えなくて当たり前か。
「ネストをほったらかしにして逃げていて、気になって戻ったら捕まってな、まる1日こってり絞られたよ。」「手振りだけだから何を言ってるのか半分も解らなかったけど・・」食べ物で遊ぶな!ということなんだろうな。
「それで終わったと思ったんだけど、6月のはじめから麦刈りを手伝わされて、収穫した麦は色々混ざっちゃったんで、そのまま粉にできなくて、なんか食べる方法を考えろと言われて、思わず「ポン菓子」って言っちゃったんだよねえ。」
なぜ?それにしてもポン菓子なんてよく知ってたなあ。
「前の街のみんなに助けてもらって結構食べたんだけど、食べ続けてるとあんまり美味しくなくなるんだよ、あれ。」それで、糖蜜をまぶしたら、薄っすい甘みのついた「おこし」になったらしい。
「みんなとがんばって、あと30kgのところまで食べたんだけど、こっそり捨てないように畑・マトンのおっさんが腕組みしてずっと見張ってんの!もうね、もうだめだってなって、逃げてきたんだよ。」
30kgのおこしは壮観だった。よく捨てなかったと思う。AOIは食べ物を粗末にすることを許さないから、捨てることは出来なかったろうけど・・・。
「こっちの町に来て、レシピ考えてくれる道づ、いや、仲間ができてホント助かったよ。」
だいぶ酔っている。こいつ、いま道連れって言ったなあ。
シウトが転がり込んできてからは、二人で色々な料理を考えてみんなに配った。
おこしの塊を小さく分けて薄くしたものをたくさん作って、醤油味をつけて照り焼きソオスを浸した魚フライを挟んだもの、さつまいもを裏ごしして牛乳で練ったクリイムを塗ったものはまあまあ成功した。油で揚げたら糖蜜が焦げて真っ黒になったので揚げ物系は断念した。
結局一番人気があったのは、お味噌汁の具材で、食房で「ご自由にどうぞ」と書いて置いておいたら、1週間で10kgくらい配ることができた。
最後のひとつが無くなったときは感動だった。
いつもと違うことを考えるのは楽しかった。
そのあと、僕の作ったサプレットの話をして、シウトが気に入ってくれたので、シウトのマイクロマシンにアタッチして使えるようにした。お酒でふわふわした状態で設定したので、色々バランスが悪いかもしれないが、試しに使ってみたところうまく動作したので大丈夫だろう。
これは、何かに感動した気持ち(脳波の波紋)を非常に単純なコサイン波の組み合わせに変換して、クラウドドライブに保存するサプレットで、その場に残した本人の銘やマークを見た人にその時の感動を脳波の感覚として伝えることができる。
銘を残した人が、ここで何かに感動した感覚をちょっと共感できる、という程度なので、何にどう感動したかまではわからない。
「そういう不自由なところが、俺には丁度いいよ。」と言ってシウトは笑ってくれた。
気がついたら日が昇っていて、天ぷらはすべてなくなっていた。松露は食べそこねた。
未来のAI像は、多分、攻殻機動隊(地上波放送)のタチコマの影響が強いです。
誤字脱字、物語の矛盾などがあれば、修正がんばりますので教えてください。