2 温泉
温泉
朝ごはんの片付けをして、残ったコフィをチビチビ飲む。
・・・
シウトがニヤニヤしながら「出来たんだろ、どうだった?」と、煽ってくる。
AOIのコンソォルには通知のポップが出ている。
「まだ見てないよ」
仕方ないのでコンソォルをアクティブにして通知を開く。
まあ、分かっていたがC判定。
「Cだよ・・・」
「ぶはははぁ、倫理評価通ってよかったなぁ、おめでとう!」
めちゃくちゃ笑ってるよね、まあ最初からC評価になることは判っていたし、これはB評価をもらうために作ってたわけじゃないし・・・と、言い訳を考えながら、むっとした顔を向ける。
解っているのに、AOIからはC評価とした理由(約1分)を聞き、続けて徹夜したことのお説教を聞かされる(30分、今日は短めだ)。
ずっとシウトに見られていたので、何とも恥ずかしいやら、情けないやらごちゃごちゃだ。
コンソォルにはAOIの身振り手振りが映されているが、声は僕にしか聞こえていない。それに僕の言い訳の声だけが響いているというシュールな姿だ。
でも、どうしても今日までに完成させたかったのだ。
基本的に倫理判定は、サプレットを使っていいかどうかを判断するだけなので、判定が通っただけで十分価値があるのだが、
B:すべての者にサプレットの適用を推奨する。
C:サプレットの一般的な適用は推奨されない。
使用方法や効果を理解した上で、必要な者に必要な期間のみに限定。
ということで、基本的に無くても問題ないサプレットという扱いだ。
なお、適用必須の判定となる「A」は、ここ百年出ていない。マイクロマシンプログラムのバグフィックスや、考えられる危険性の修正などは、常にAOIが検出して手当してくれており、それがA」判定と言えるが、そうした修正を僕たちが気づいて提案することはまず無い。
サプレットについて詳しくないシウトにそうした説明をするが、半眼 ω 口のシウトの顔は「言い訳にしか聞こえない」と言っているように見え、だんだん尻すぼみになる。
ちなみに、百年くらい前にB判定を獲得したのは、事故で心停止したとき、僕たちの体で最も大きな筋肉である足と尻尾を強制的に動かし、心肺機能を補助することで延命措置を行うサプレットだ。
命に関わることなので、「A」判定でもいいのでは?と思うが、AOIの考えでは、そうした事故による死も、ひとつの生の「普通の」終わり方だし、その者(物)の人生をもったいないとか、かわいそうと考えて無理やり助けるのも、長い未来を考えると生物全体の成長や適応には、あまりよくない事らしい。
僕たちより遥かに長い未来を生きるAOIにとっては、一瞬の痛みを和らげるよりも、「死」の学習が重要ということだろうか。
3~400年で死んでしまう僕たちには、なんだか厳しい感じがするが・・・いや、もっと短い生を生きるサピエンスの方が、そういった事をよりよく理解しているらしい。
笑いながらそんな話をしてくれたリブのことを、一瞬思い出す。
「気晴らしに風呂に行こうぜ!」
風呂はシウトの最近のお気に入りで、2日に1度は入りに行っている。
風呂と言ってもサピエンスが使用している室内に作った湯船とはちょっと違っていて、天然温泉の露天風呂のようなものだ。
今から200年前に「温泉卿(狂)」の二つ名を持ち、温泉(主に露天風呂)を創ることに専心していた「アボレント」による作品「廃墟の泉」だ。
基本的に流水で汚れを流すかお湯で体を拭くだけで、湯船に入る習慣がない僕たちには珍しい趣味の技術者だ。シウトは会ったことがあるらしいが、眼がギラギラしていて変な人だったそうだ。
廃墟の泉は、正確には温泉ではなく、川の近くに掘った井戸から汲み上げた水を太陽光で温める方式で、温まった水と川の水の温度差でスタアリング機構を動かして水を汲み、温まった水が岩をくり抜いた浴槽に溜まるようになっている。
装置は時間とともに壊れていくが、たまたま修理できる者が立ち寄ったときなどに壊れた部分が修理されることで使われ続けている。
こうした最低限の衣食住に必要でないものについては、AOIは面倒くさがってメンテナンスをしてくれないので、存在が忘れられると放置され、朽ちてなくなってしまう。
シウトと風呂のある遺跡に向かって走っているとC評価を笑われた事はすぐに忘れ、周囲の景色と感じられる川の音や匂いに心が高まってくる。
道草をしながら30分ほど走ったところで大戦前の遺跡群に到着する。廃墟には死角が多いので、影に動物がいないか注意しながら岩風呂まで歩く。出てくると結構びっくりするのだ。
まだ午前中なこともあって、湯温は結構低かったけど走って熱くなった体には丁度よい。天気もいいから、すぐに暖かくなるだろう。
浴槽近くに設置されたスタアリング機構の横で服を脱ぎ、装置から流れ落ちる温水で体の汚れを落としてから岩湯船に入る。
シウトは太陽熱温水器から流れ出る温水を頭で受けながら、「あ゙ああ゙ああ゙あ・・・」とよくわからない声を出している。気に入っているのか、来る度にしている。岩風呂は微妙に狭いので、僕の太ももがシウトの太ももに触れていて、あ゙ああ゙あ・が伝わってきてこそばゆい。水中で体が軽くふわふわとして、忘れていた眠気が戻ってくると、瞼がだんだん重くなってくる。
いつの間にか眠っていたらしいが、焚き火をする煙の匂いで目が覚める。太陽の位置からみて、2時間近く眠っていたらしい。
だいぶ暖かくなってきたお湯で顔を洗い、半分閉じた目でシウトが熾した焚き火の炎に見蕩れていると、シウトがこっちに来いと手招きをする。
朝に残しておいた魚肉ハムとズッキイニ、トマトを串に刺して焚き火で炙っている。
焚き火から取り分けた炭火にはコッヘルが置いてあり、知らない葉っぱからお茶のようなものが煮出されていた。
そのお茶の半分をマグカップに移して僕に渡す。シウトはコッヘルから直接飲むらしい。
「・・・これ、飲めるの? 何の葉っぱ?・・・お茶っぽい匂いだけど。」
「クマザサとクロモジの枝。」「多分。」 そう言って微妙な顔をする。
・・多分?、多分って、間違えて毒草とか取ってないよな・・来る途中、夾竹桃の木が見えていたけど・・・
とりあえずひと口飲んでみると、少し苦いが笹の葉やクロモジの爽やかな香りと薄い甘みがあって美味しい。
「ササは少し炒ってから煮出すんだ。」
そう言ってコッヘルから飲んでいるが、下唇を火傷したり、口に入り込んでくる樹皮の欠片を舌で選り分けたりと面倒くさいことをしている。マグカップはまだ新調していないらしい。それと、彼の中では鍋から直接飲むのがカッコいいのだろう。
シウトのこういうところが、僕に欠けていると感じるところだ。
ヘンだとも思う。
ちなみに、シウトが使っている道具は殆どが匠作だ。
AOIの自動工場で作られた道具と性能が変わるわけではないが、それぞれ専心している匠が作ったもので、見た目や特別感がすごくカッコいい。シウトが作る造形や小額は人気だし、そこそこ有名なので、作家同士の繋がりがあって作品を交換してもらったのだろう。
シウトも僕から同じように刺激を受け取ってくれているのだろうか。シウトにワクワクするときは、いつも一緒に不安も感じる。
お茶の成分に対する不安ではないだろう。
焚き火で炙った昼ごはんを食べつつ、シウトはここ1週間ほどかけて作っていた手のひらより少し大きいくらいの小額の仕上げをしている。
削った木片やどんぐりなんかを貼り付けて、サピエンスの顔を作っているみたいだったが、木材片を組み合わせた顔や木を薄く削った髪は白く、どんぐりで作った眼だけがギョロッとしていて、なんだか不気味な感じだ。
シウトの作品は「年を歳る」ところが特徴で、とても深い味わいがあると言われているから、全体に白っぽく眼が浮いて見える今回の作品は、なんだか彼らしくない。でも、シウトはそうした事を気にもしないで、楽しそうに作り続けている。
僕が再度温泉に浸かってうとうとしていると、「ルウト、できた!」「完成!」と、大きな声で僕を呼んでいる。見た感じさっきと変わっていない。やはり全体に白っぽく不気味な感じだ。
「これで完成?」じゃないよね・・・
「まあ、作るところはね。あとは歳を取らせる。」と言って、僕に手渡す。
歳を取らせるって・・・意味がわからない。
「この火で炙るんだ。」と言って、焚き火に生木を少し加えて煙と火力を調整する。
何となく解ってきて、炎と煙で炙る。どれくらい炙っていいのかわからないので、最初は少し弱めの炎で炙って変化を確認する。
どんぐりの目玉から白いどんぐり虫が出てきて、「うぁああっ」と声を出して火の中にタブレットを
取り落としてしまう。
シウトは一瞬わけがわからないようだったが、あわてて火の中から小額を取り出し、眼に生えた
どんぐり虫に気がついて、大笑いしている。
「は、ははっ。すまない、わざとじゃないんだ。」 笑いながらどんぐり虫を取り除き、また僕に手渡してくる。「ふっ、ふふっ。もういないよ。多分。」
小さく吹き出すように笑い続けるシウトを睨みながら、再度炙り始める。
炙っていると薄く削った部分が最初に焦げ始め、煙でいぶされて造形の奥までほんのりと褐色になってくる。そうすると、全体に日焼けしたようないい感じのサピエンスの老人の顔になってきた。
「すごいすごい!」「歳を取る絵ね!確かにすごい。」「すごい、感動だ!」
さっきからすごいばかり言っていて、表現力のなさが恥ずかしくなって、ちょっと黙ってしまう。
そのあとは、発想のヒントや、絵の素材になったサピエンスの昔話を色々と聞いた。シウトは色々なことを本当によく知っているが、何より経験がすごい。
「一緒に旅すればルウトもこれくらいすぐに分かるようになるさ」そう言って、微笑んでみせる。やはり旅に出るのは決定事項らしい。
ひとしきり温泉を楽しんだ帰り道、林に分け入って山菜を探す。
笹のたけのこ、わらび、ヤブカンゾウの若芽、ちょっと小さいが松露もひとつ見つけた。タラの芽はまだ小さかったので採れなかった。川で何か捕れればよかったが、大きいナマズを惜しいところで逃してしまった。
今晩は山菜を食房に持ち込んで、魚をもらって一緒に天ぷらにしよう。
未来のAI像は、多分、攻殻機動隊(地上波放送)のタチコマの影響が強いです。
誤字脱字、物語の矛盾などがあれば、修正がんばりますので教えてください。