似てない2人が世界をぶっ壊しに行きます
昔々の話。恵殿という空に浮かぶ島に天使がいた。天使は人間の役に立つことをいつも望んでいた。なので、美しい羽を広げ地上に降りては、はびこる魔物から人間を守っていた。人間は平和な暮らしを得て、天使は人間に必要とされる。そんな平穏な日々が続くと誰もが思っていたある日。天使は魔物に滅ぼされた。
空に浮かぶ美しい島はバラバラになって、流星群のように地上に散った。
人間の平和の象徴であった恵殿は無くなり、魔物が地上を支配する暗黒の時代が訪れた。
そして、百年後の現在。空には小さな島が浮かんでいる。恵殿が復活したのである。言い伝えによれば今の恵殿のリーダーである一等天使が再び恵殿を空に浮かべたらしい。
にわかに信じがたい話だ。とイブキは小さくため息をついた。イブキが腰掛けているのは美しい恵殿の中で唯一野放しにされている、『天使の覗き穴』と呼ばれる所だった。なぜかそこだけ地上が見えるほどの穴が空いてあり、修繕がされていない。元々こういう地形だったのか、それとも後からここだけ抜け落ちてしまったのか分からないが、イブキは静かなこの場所が好きでよく気分転換に訪れていた。
イブキは天使である。中でも特に優秀な天使で、青銀色の美しい髪をなびかせては、たくさんの人間を魔物から救ってきた。
ふぅ、とイブキは息を吐く。今日からイブキは『シリウス』のリーダーとして大きな任務に就く。その前にこの静かな場所で気持ちを落ち着かせたかった。今までは、地上の偵察部隊の一員として任務をこなすだけに過ぎなかったが、これからは自分で指揮をとってたくさんの人間を救わなければならない。
他の天使みたいに自分にできるだろうかと不安に押しつぶされそうだったのだ。だが、選ばれた以上やるしかない。イブキは自分をそう奮い立たせると大きな羽を広げて、恵殿の中心にある花畑に向かった。
色とりどりの蕾からなる花畑の中に、数十人の天使が集まっている。その中で不機嫌そうに腕組みをしてこちらを睨む天使が視界に入る。イブキは一瞬このまま通り過ぎてしまおうかと考えたが、今日が初めての任務なのでそうもいくまい。と諦めて花畑に降り立つ。
「…遅い!!!」
開口一番、大きな声でイブキに言い放ったのは副隊長のロキだった。吸い込まれそうな黒髪がカラフルな花畑の中でよく目立つ。
「悪い。少し考え事をしていた。」
イブキは慌てた様子もなく、優雅に降り立つと片手で謝る。悪気のないイブキの態度が更にロキを刺激したようだが、もう一人の副隊長であるランディがなだめる。
「まぁまぁ。今日が初めての任務なんだから。大目に見てあげて。きっといつもの場所にいたんでしょ?」
ランディはイブキに目配せする。ロキは真面目ゆえ、リーダーが遅れてきたことにまだ怒りを隠せない様子でいたが、それ以上はイブキに何も言ってこなかった。「助かった」と安堵する。イブキは常に微笑みを浮かべて、その場の雰囲気を和ませるランディに助けられることが多かった。
『ロキもシリウスとして初めての任務だから気が昂ってるのよ。』大きな目をイタズラっぽく細めてロキには聞こえないようにイブキに小さな声で言う。
イブキは2人と同じ時期に生まれ、よく3人でつるんでは魔物を共に倒してきた。だからイブキが気持ちを落ち着けたい時にはよく「覗き穴」に行くことは2人とも知っていた。
イブキがこれまでの功績から力を認められ、新たに作られた魔物に対抗する天使軍『シリウス』のリーダーに抜擢されると、すぐさま2人をチームに引き込んだ。自分がここまで来れたのは2人のおかげだと心の底から思っていたからだ。
「それでは、もう一度今回の任務をおさらいする。まずは…」
今回は、まだ恵殿が魔物から救い出せていないアテノア国にあるキノーチェという村に向かう。そこには魔物を従えて人間を惑わす、シスターの格好をした魔物がいるのだという。
恵殿が誇る偵察部隊『アルタイル』から報告を受けたので、情報としては間違いないだろう。
シリウスはその魔物たちを一掃する命を、恵殿のトップから受けた。
イブキ達は一通り今回の作戦を話し終えた。
今回はあくまで地上に降りて偵察をすることが目的だが、不本意にシスターに接触したら戦闘もあり得る。油断はできない任務だ。
「…はぁ、どんな魔物なんだろう。もし出会ってしまったら僕達で倒せるかな。」
紺色の髪をした天使が、不安を思わず声に出す。
「大丈夫だって、実力を認められてこのチームに入れたんだから。いつも通り魔物は倒すだけだって。」
隣にいたオレンジ色の髪をした天使が、勇気づけるためにそう言い、紺色の髪の天使の背中を叩く。
「そうそう。それに俺たちには羽があるんだから、いざとなればここに飛んで帰ってくればいい。」
「確かにな、それは言えてる。無理に人間の犠牲になる必要はないさ。」
それに乗じて、金髪と茶色の髪をした天使が冗談ぽく話す。
「…」
確かに今回の任務は不明な点が多く、何が待ち受けているか分からない。それゆえ、危険な目に遭う可能性は極めて高いと言える。
初めての任務にしては荷が重い気がしたが、それほど我々が期待されているのだとイブキは思っていた。だが、そんな言葉を不安に思う隊員にかけても気休めにしかならない。それに…。
イブキは金髪と茶髪の隊員に近づいて真ん中に立つと、2人の肩を掴んでは目を合わせずに、冷たく低い声で言い放った。
「お前達は恵殿の天使としての自覚がないのか。」
「…!」
イブキの灰色をした鋭いアーモンドアイで1人ずつ目を合わせ、隊員をすくませる。
それに、イブキは弱い天使が嫌いだったのだ。
「俺たちは人間という弱い存在を守るべく天使として生まれてきた。だから、体もその分丈夫にできている。人間ならば致命傷である怪我も天使は数日あれば治る。…この意味が分かるか?」
花畑に一気に緊張感が走る。隊員達は体が強張り、声も出ないようだ。
「地上に降りる前から、自分の身だけを案じるような発言をする身勝手な天使はシリウスに要らない。お前達は今日で任を解く。」
「おい、イブ…、うわっ!」
ロキが両者の間に立って仲裁に入ろうとしたが、金髪の隊員は舌打ちをしてイブキの手を乱暴に振り解くと、大きな音を立てて翼を広げ、花畑を後にした。茶髪の隊員も慌てて跡を追うようにして飛び立っていった。
ランディは2人の天使が飛んでいった方向を、ただじっと見つめていた。
「…イブキ、もっと他に言い方があったんじゃないのか?」
隊員が去った方向を見ていたロキが振り返る。呆れた顔をしていた。
「自分の身を案じる言葉が真っ先に出る天使が、シリウスに必要だと?」
「いや、確かにあいつらは足手まといになっていたかもしれなかったが…、いや!そうじゃない!お前の言い方の問題だよ!本当にお前は昔から人の気持ちを考えないよな…。もっと寄り添った言い方ってもんがあるだろ。」
首を傾げるイブキにロキは一瞬流されそうになったが、自分の主張を貫いた。
だがイブキはあまりピンと来ていない様子で、ロキは大きなため息をついて頭をガシガシとかいた。
「確かに、イブキも悪かったかもしれないけど、任務の前に士気を下げるような発言をするあの子も悪かった。今回のことはお互い様ってことで、ね?」
ランディが動揺する隊員達に呼びかける。任務初日だと言うのにすでに仲間が2人も減ったことに対して不安が隠せないといった様子だ。
「やっぱりさすがの"イブキ様"って感じだよな…」
「ランディに誘われたからシリウスに入ったのに、やっぱりリーダーがこんな感じだとなぁ」
「自分以外の天使は使い捨ての駒だと思ってるんだ、どうしよう、死にたくないよ」
周りからはヒソヒソとイブキに対する不満と動揺のざわめきが広がっていた。
「…お前達もあの隊員と同じ気持ちなら出ていってもらって構わない。」
「バカ!」
イブキはまたも無神経に隊員に呼びかけたが、すかさずロキがイブキの頭を叩いてヘッドロックをかける。
ロキとランディが人望のないイブキに代わり、必死に頼み込んで集めた仲間をこれ以上減らしたくなかったのだ。
「いいか、もしお前たちが危険な目にあった時は直ちに任務を中止して恵殿に帰れ。これは命令だ。俺たち天使は人間を救うことが使命だが、その前に命あってこそだ。…こいつがちょっと特殊なだけだから不安になるな。」
ロキがイブキを解放する。隊員達はロキの言葉に安心させられた事と、イブキが罰せられる姿が面白かったようで少し場が和んだ。
イブキは少し気に食わない様子で、喉を抑えていたが時計台の鐘が高らかに鳴る。任務開始の合図だ。
「よし、行くぞ」
イブキが今までの重たい空気を吹き飛ばすかのように、羽を広げて空に向かって飛び立つ。花畑の蕾に風波が伝わる。
他の天使も置いて行かれないようにイブキの跡をついて行った。
アテノア国は、豊かな自然が広がる国だ。現在は1人の若き女王が国を治めている。
いまだ恵殿が魔物の支配から救えておらず、天使と魔物の戦いが絶えない。人々は先の見えない戦いに疲弊しきっているはずだ。こういった国はアテノア以外にもまだあと数カ国ある。
それ以外の国は、恵殿が魔物からの支配から救った後に何人かの天使が政治に関わり、国を再興している。
アテノア国は、豊かな自然が広がる国だ。現在は1人の若き女王が国を治めている。
いまだ恵殿が魔物の支配から救えておらず、天使と魔物の戦いが絶えない。人々は先の見えない戦いに疲弊しきっているはずだ。こういった国はアテノア以外にもまだあと数カ国ある。
それ以外の国は、恵殿が魔物からの支配から救った後に何人かの天使が政治に関わり、国を再興している。
イブキ率いるシリウスは目的のキノーチェ村のはずれに降り立った。
ちょうど恵殿の真下あたりに位置しているので、移動に苦労はしないが、ほとんど垂直落下のような移動なので飛行が下手な天使は着地に失敗し、元気よく頭から木に突っ込んでいたので、降り立つという表現は合っているのかは分からなかった。
面倒見の良いロキは木の枝に羽やら髪やらが引っかかって、苦戦している天使を「情けない奴らめ!」と毒づきながらも丁寧に引っこ抜いていた。
「全員怪我はないみたいね」
「あぁ、どうやらそうらしいな」
ランディが丁寧に隊員天使の羽についた葉や枝やらを取ってやりながら、イブキに向かって言う。天使は基本的に綺麗好きなのだ。
イブキは誰とも目を合わせず、周囲の様子を伺いながら返事する。無様な着陸をした天使達よりもその騒動で誰かが来てやしないか気になっているらしい。ランディは呆れたように眉を下げたが、笑みは崩さなかった。
「そんなに気を張らなくても大丈夫よ。この村は人口が多くないし、この森は町からは離れてる。例のシスターがいる場所は分からないけれど、アルタイルの子達からはこの付近には誰もいないって聞いたからこの森に降りた、そうでしょう?」
イブキの隣に立って、優しく羽の付け根の辺りを撫でながら、まるで子供に言い聞かせるように話す。
「そうだが、今の時点で誰かに気づかれれば作戦が台無しになるだろう」
「イブキは昔から気にしすぎなのよ。…ほら、ま~た怖い顔になってる。そんなんじゃ人間から怖がられちゃうよ」
イブキは子供扱いされたのが気に入らなかったようで、ニコニコ微笑むランディとは正反対に口角を下げて反抗の意思を示す。
普通の天使ならば、恐れ多くてすぐに逃げるか謝るかの二択なのだが、ランディはどこ吹く風といった感じでイブキの頬を手でつまみ、うりうり言いながら無理矢理笑顔を作らせる。
「おい、ひゃめろ、ふやへるな」
「ふふっ、せっかくかわいい顔なのに笑わないと損だよ」
「あはは、確かに良い笑顔じゃないか。ずっとランディにそうしといてもらえよ」
ロキがいたずらっぽく笑いながら、二人のもとにやってくる。気づいていないのか、それとも気にしていないのかは分からないが、美しい黒髪と純白の羽にたくさん葉がくっつき薄汚れていた。せっかくの美しい容姿なのに全く気にしていない様子を見かねてイブキが咎める。
「お前こそランディに世話を焼かれにきたのか?もっと身の回りに気を遣え」
「何だとコノヤロー、うわっ、本当だ。…!」
ロキが自分の頭に手をやり、自分の状態に気がつく。その時何かを考えついたのか、ハッとして笑顔をイブキに向ける。何かを察したランディはイブキに気づかれないようにそっと距離を取る。
「おい、何だその気持ちの悪い笑みは。それ以上寄るな」
「教えてくれてありがとうな~!イブキ~!」
「こいつ本当にっ…、おい、離れろバカ!汚れる!」
ロキの企みを察したイブキは一歩下がって牽制するもむなしく、悪意など全くないですというほど満面の笑みを浮かべて、イブキに抱きつき汚れをなすりつける。
イブキはロキを引き剥がそうとするが、『恵殿一の馬鹿力』といわれているロキはそう簡単に離れてくれず、イブキはロキにされるがままだった。
ランディはその様子を懐かしむように眺めていたが、少し離れたところで自分達に話しかけるべきか否かを迷っている隊員がいたことを思い出し、二人の仲裁に入った。
「..少し時間を食ってしまったが、これから俺たちは例のシスターがどこに本拠地を置いているか調査に向かう」
任務を始める前から疲れた様子のイブキだが、凜とした威厳は失われておらず隊員は自然と背筋が伸びる。
「作戦通り、ロキとランディを隊長とする二手に分かれてこの村を調べろ。もし途中で魔物に遭遇すれば退治。…二人が付いているから無い事だとは思うが、もし手に負えなければ応援を待ちつつ、人間に危害が及ばないようにしろ。以上だ」
「「はい!」」
隊員達の元気な返事が森に響く。あまり大きな声は出してほしくないのだが…。とイブキは思ったが、水は差すまいと黙っておくことにした。
「よし、それじゃあ一班は俺に続け!東に向かうぞ」
「二班の子達はこっちに。西に行くからね。…それじゃあイブキ、あなたのことだから大丈夫だとは思うけど、何かあったら助けを呼んで」
他の天使によってすっかり綺麗になったロキは、そう呼びかけると力強く飛び上がった。
その様子を見届けた後にランディは、イブキにそう声をかけた後、ふわりと舞い上がっていった。
「…」
イブキは全員の姿が見えなくなるまで空を見上げていた。森の静けさがイブキを包み込む。
両目を閉じて深呼吸を三回すると、イブキは真っ直ぐ歩き始めた。