運命の首輪と鎖
夜着へと着替えた私は、ロイ様に手を引かれるがまま、ベッドまで移動しベッドの隅へと腰を下ろした。
ロイ様もそれに続いて私の隣へと腰を下ろす。
「さて……先程の話ですが、彼女──ボニアとは全くもってそのような関係ではありません。が……、誤解をさせてしまって申し訳ありません。彼女はここ数年程ジャブラにある我が国ミスティア大使館の大使の護衛の任に就いていた、私の同期の騎士です。大使の任期満了に伴い、先日ジャブラを引き上げて帰ってきたのですが……あの日、大使があのカフェのケーキを食べながら私に話があるということで、彼女とあそこへ行きました。が、結局大使は来られなくなってしまい、2人で楽しむようにと伝言があったのですが、大使が来られなくなったことがわかった時点で私はすぐに帰りました。フェリシア以外の女性と仕事以外で2人きりになりたくはなかったですし。あなたに不誠実なことはしたくないですから。フェリシア、誓って、私と彼女はやましい間柄ではありません」
話を聞かせる間、ロイ様は一度も目を逸らすことなく私を真っ直ぐに見つめていた。
誠実なその瞳から、私も視線を逸らすことなく話を聞き終えると、頭の中を整理した。
えっと、つまり、2人きりでカフェに行くつもりなどなくて、もともとは大使が来る予定だった?
だけど来ることができなくって、それがわかってすぐにロイ様は帰った、って?
じゃぁ、私が見たあのワンシーンは、たまたま大使が来れないとわかって帰る前のワンシーンだったってこと?
「で、でもあのケーキたちは? どう見てもボニアさんお1人で食べるような量ではありませんでしたよね?」
「あぁ、あれはボニアが勝手に頼んだんです。私が知ったことではないので、処理は任せて帰りました」
処理……。
「じゃ、じゃぁ、ロイ様は特別ケーキ好きっていうわけじゃぁ……」
「ないです。嫌いではないですが、自ら買ってまで食べる程好きというわけでもないです。が、あなたと食べるならば、どんなものも美味しいと感じるのだから、不思議ですね。カフェで大使を待つ間、あなたと2人で来たいとずっと思っていました」
柔らかく細められた瞳に、あれだけ冷え切っていた私の心が溶けていく。
少しずつ、氷の雪解けのように、温度が変化していくのがわかる。
そしてロイ様は、膝の上に置いた私の手をそっと握って言った。
「フェリシア。私は誓って、あなた以外を好きになったりはしません。あなたでなければ、触れたいとも思わない。あなたでなければ、こんなに苦しいほどに触れたくはならないんです」
「私で、なければ……?」
本当に私に触れたいと思っていてくれるの?
本当に、私のことだけを愛していてくれるの?
なら──……。
「──なら────口付けてください」
「っ!! ……良いん、ですか?」
私が静かにこぼした言葉を、ロイ様の震えた声が追いかける。
「一度口付けてしまったら、止めてあげられる自信がありません。あなたを、壊してしまったら──」
「壊してください」
「!!」
ロイ様の言葉を遮って私が発した言葉に、ロイ様は目を見開き息を呑んだ。
「ロイ様になら、私、壊されてもいい。あなたに愛されない方が、私には──っんっ……」
「……」
私の言葉は、そのままロイ様の唇へと吸い込まれていった。
パリィィィィン!!
私とロイ様の唇が重なったその瞬間、首輪はガラスのようにキラキラとはじけ、消えていった。
それがわかっても、止むことのないキスの雨。
最初は啄むように、そして徐々に激しくなっていく口づけを、私は彼のシャツをぎゅっと握りながら受け続ける。
新しい空気を取り入れるのもやっとだけれど、久しぶりの少しかさついた唇に、静かに涙が流れた。
それに気づいたロイ様の唇が、すぐにその涙を吸い取ってくれる。
「すみません。……怖い、ですか?」
気遣うように私の頬に手を当てるロイ様に、私は息を整えながらへにゃりと笑った。
「ロイ様と一緒ですから、何も」
「っ……はぁー……全く、今までの我慢はいったい何だったのか……」
「そんなに我慢、してたんですか?」
そんな素振り全くなかったけれど……。
いたって自然すぎて、リルディに言われるまでキスやハグがないという違和感にすら気づかなかったくらいだ。
「それはもう。あなたに無体を働かないよう常に全神経を集中させていました」
うわぁ……疲れそう……。
「あなたと2人きりになると、常に緊張状態でしたし」
「ふふ。ロイ様でもそんなふうになるんですね」
「なります。私を何だと思ってるんですか」
常に何にも惑わされることない揺るがない心を持った氷の騎士団長様です。
「でも、少し安心しました。私、てっきりロイ様に他に好きな人ができたか──ぁ……」
「できたか?」
言葉を止めた私の顔をロイ様の美しいご尊顔が覗き込む。
逃げようにも両肩は掴まれていて逃げ場がない。
私は視線を少しだけロイ様から逸らしてから、ゆっくりと口を開いた。
「その……しょ、初夜で……何か不手際があったかと……」
「っ……!? いや、な、しょ!?」
テンパりすぎですロイ様。
うぶですか。……うぶだった。
私以上に。
「ゴホンッ。……フェリシア、不手際など、そんなものあるはずがありません。その、しょ、初夜のあなたはとても愛らしく……時折思い出してしまうほどに……っ、何を言ってるんだ私は……。とにかく、不手際なんてそんなものはありません」
今とんでもない発言が飛び出した気はするけれど、不手際とかじゃないならよかった……。
「よかったです。恥ずかしながら、一杯一杯であまり覚えていなかったので……」
覚えているのはロイ様の色気がとんでもなかったということぐらい。
「……なら、覚えるまで、あなたを愛させてください」
「へ?」
「壊されてもいいと、言ってくれましたよね?」
「〜〜〜〜〜っ」
耳元で美声を浴びせかけるのは反則だと思う。
でも……。
私はぐいっとロイ様のシャツの胸元を掴んで自分の方へと引き寄せ、その整った唇へ自分のそれを重ねた。
「っ……!?」
「……っはぁっ。……の、望むところです」
羞恥に滲む涙もそのままに、私は真っ直ぐにロイ様を見上げると、ロイ様はサファイア色の瞳を丸くさせて、やがてふっと微笑み、私と一緒にベッドへと沈んだ。
やっぱり私たちにとっての赤い糸は、鎖なのかもしれない。
そんなことを思いながら、私はロイ様の温もりに身を任せるのだった。




