AFTER 飼い慣らされているのは──
余計な言葉を残してテト様たちが去った後、しばらく気まずい空気が流れた応接室。
首輪も取れたことだし、グラスバート伯爵家に戻ることを伝えると、もう夜も遅いからということで結局今夜もラゼルディア公爵家に泊まることになった。
呪いが解けた以上、もちろん部屋は別々だ。
もともとロイ様が使っていた一人部屋の隣を貸し与えられ、私は久しぶりに部屋の中で一人の時間を過ごす。
鎖を気にすることなく服を脱ぎ、一人で風呂に入り、スムーズに寝る支度を整えてから、一人用のベッドに潜り込んだ。
「……」
……寒い。
部屋の中はいつも通りの温度なのに、妙に背中が寒く感じてしまうのは、きっとロイ様がいることに慣れてしまったせい。
明日からはまたグラスバート伯爵家に帰るのだから、これじゃダメだ。
これからはこの寒さが日常になる。
鎖で繋がれる前は当たり前だったはずなのに、一度その温もりを味わってしまったら後戻りできなくなる。まるで依存性のある毒のようだ。
私以外の呼吸音が聞こえない、シンと静まり返った無の空間。
布団の中で一回、二回、三回、と忙しなく寝返りを打ったその時だった。
なかなか眠ることができずにいた私の耳に、小さく扉を叩く音が聞こえたのは──。
「はい」
私がベッドから起き上がり返事をすると「私です。夜分申し訳ありません」と、低く胸に響く美声が扉越しに聞こえ、私は慌てて「ど、どうぞ!!」と入室の許可を出した。
この美声を聞き間違えるはずがない。
無意識にも待ち侘びていたその声に、胸が高鳴る。
「失礼します」
少しばかり緊張した面持ちで入ってきたロイ様は、私の姿を見るなり申し訳なさそうに眉を下げて口を開いた。
「すみません、夜分に。寝るところ、でしたよね。……なんだか一人の部屋が落ち着かず、あなたと少しでも話がしたくて、不躾にもつい来てしまいました」
「いいえ。私も眠れなかったところだったので……」
「……」
「……」
繋がっていない至ってフリーな状態での二人きりは緊張する。
あの状態に慣れすぎてしまったが故の弊害だ。
「……あの、よかったら、今夜も一緒に眠りませんか?」
気づいたら声に出していた、奥底にあった私の願望。
まさか私からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのか、ロイ様はこれでもかと言うほどにそのサファイアの瞳を見開き、同時に顔を赤くした。
「あ、えっと、も、もちろん何もしませんから!! 誓って!! 私が、私からも、他の女性からも、ロイ様をお守ります!! だから……その、安心して眠ってください!!」
私がベッドへと歩みを進め、ガバッと布団をはぐってロイ様にベッドインを勧めると、ロイ様は口をぽかんとして私を見たのち、破顔した。
「くっははっ。あなたは本当に……っ。妙なところで男前で、困ってしまう。はははっ」
目に涙を浮かべながら笑い転げる氷の騎士団長様に、私はあらためて自分がやっていることを客観的に見ると、一気に体温を上昇させた。
何をやっているんだ私は。
これじゃただの変態だ……!!
「そうですね。一緒に寝ましょう」
ひとしきり笑った後に帰ってきたのは、穏やかな笑顔と落ち着いた美声。
「へ?」
「今更無しというのは、無しですよ」
「っ……!!」
良い声で囁くように言われた私は、拒否することもできずロイ様と一緒にフラフラとベッドに入る。
夫婦の部屋のベッドでは無い分、若干小さくていつもより近くにロイ様を感じられる。
求めていた温もりを手にした私だけれど、今度は別の意味で眠ることができなくなってしまった。
「眠れません、ね」
「はい……」
それはロイ様も同じのようで、二人顔を合わせて苦笑いを向け合う。
「……少し、話でもしましょうか」
「は、はい、そうですね」
きっと話しているうちに眠くもなるだろう。
「そういえば……フェリシアは、街で助けてもらった時から私に憧れを抱いていてくださったと言っていましたけど……」
「あ、はい。ロイ様は覚えてらっしゃらないかもしれませんが、私が11歳の時のことです。待ち合わせていたのをラッセルに忘れられてしまい、一人で右往左往していたところを、ロイ様が見つけて、グラスバート伯爵家の屋敷まで送り届けてくださったことがあって……」
「えぇ、もちろん覚えていますよ」
「え?」
本当に?
ロイ様があの時のことを覚えている?
そんなこと思っても見なかった。
あの時だってあまりたくさんの話をしたわけではない。
心細かった中に現れてくれた素敵な王子様を前に私は緊張していたし、ロイ様も今のような穏やかな笑みを向けてくれるというわけでもなく、難しい顔をして、でも時々心配そうな目を向けて気遣ってくれるという、短くて静かな時間だったのだから。
「まだ私が騎士団長ではなく一般の騎士団員で、街の見回りを担当していた頃。街で偶然、初恋の人が困った様子で一人ポツンと立っているのを見かけて、いても立ってもいられず、思わず声をかけてしまいました。そうか。あの時は理由は何も言ってくれませんでしたが……あのクズに置いてけぼりにされたんですか。ふむ、これは良いことを聞いた」
あれ、なんか言ってはいけないことを言ってしまった気がするのは気のせいだろうか。
若干ロイ様のオーラが黒く見える。
「ただ、あの時は初恋の女性と接触できたことで一人舞い上がってしまい、必死にそれを悟られまいと無愛想に接してしまったことを後から激しく後悔しました。あなたに嫌われたかもしれない、と」
「嫌うだなんて!! むしろ……」
初めて恋というものをしてしまった。
私が一人でいた理由を誤魔化しても、何も言わず心配そうな表情で話を丁寧に聞いて屋敷まで送り届けてくれた、素敵な騎士様に。
低く深く脳にまで響く落ち着いたその美声に。
「初恋、だったんです。ロイ様が」
「私が?」
意外そうに言葉を返すロイ様に、私は恥ずかしながらも小さく頷く。
「ひとりぼっちで不安だった私に寄り添ってくれたあなたに、恋をしてしまいました。ただ、あの時私には婚約者もいましたし、ずっと憧れだけを胸に住まわせてきました」
恋心というものだけ、無理矢理捨て去って。
その言葉を聞いてロイ様は少しだけ眉を顰めた。
「それならば……見かけた際にでも声をかけてくだされば、あなたが傷つく前にあの男からあなたを奪ってしまえたのに」
「だ、だって、私は婚約してましたし、それに噂でロイ様とレイシア王女の婚約の話も聞いていましたし……」
「あれはずっと拒否していました。勘弁してください」
そう言って頭を抱えるロイ様。
勘弁してくださいって……。
それほどまでに拒否されるレイシア王女って一体……。
「そ、それに、ロイ様は恋愛対象が違うと噂で聞いて……!!」
「違う? それはどういう……」
「あ……えっと……そ、その……。──男性がお好きだと……」
私がおずおずとそれを口にすれば、ロイ様は顔を引き攣らせながら驚きの表情にかえた。
「!? ……私にその気はありません。はぁ……どうやら、フェリシアは私のことをよく理解していないようですね」
「へ?」
不穏な空気と張り付けたような笑顔で私の方へジリジリと迫ってくるロイ様。
その美しいお顔の破壊力たるや。
一方の私は、二人寝転んでぎゅうぎゅう詰め状態の一人用ベッドで追い詰められ、行き場をなくし呆気なく彼の腕の中へと捉えられてしまった。
「私を知っていただけるまで、もっともっと、私を刻み込まないといけませんね」
「ちょ、ロイ様?」
硬い胸板を押し戻そうにも私の力ではびくともしない。
ちょうど耳元ではロイ様の色っぽくて熱い息遣いが私を支配していく。
そしてロイ様は、私の耳に向かってその美声で囁いた。
「お覚悟を。【ご主人様】──」
「〜〜〜〜っ!!」
あぁ、ダメだ。
飼い慣らされたのはむしろ──。
──私の方だ。
こうして私は、夜の帳が落ちて瞼が闇に溶けるまで、ひたすら耳元で私の大型犬に愛を伝え続けられたのだった。
〜【AFTER TRUE】END〜
【AFTER 】全2話の最終話です。
この後、ゼノン君SIDEの話があり、その後の【AFTER FOREVER】が婚約から結婚までを描いた一章完結編になります。
もうしばらくお付き合いいただけると嬉しいです♪




