フェリシアの嫉妬
正面の門から入城し、正面に中央の大階段が私たちを出迎えた。
ここは数日前、私があの呪いの首輪を拾った場所だ。
私とロイ様の奇妙なご縁の始まりの場所。
そこにまた二人で並んでいるだなんて、少し不思議。
「ここであなたに声をかけられたのが私でよかった」
不意にそうこぼしたロイ様の言葉に驚いて、彼を見上げる。
「他の誰かとこんなことになっていたらと思うと……たまらない」
眉を顰めどこか苦しそうなロイ様の表情に、私は思わず「ロイ様」と彼の名を呼ぶ。
するとロイ様はハッとして首を横に振ると、それまでと話題を変えた。
「そ、それにしても驚きました。まさかあなたとバルバ副騎士団長がお知り合いだったとは……」
「え、えぇ。父のご学友だったそうで、昔からよくうちに遊びにきていて……。よく遊んでもらいました。女性に振られた日は必ずと言って良いほどうちに来ては、泣きながらお酒を飲み父や私に絡んでいたので、もはやちょっとばかり迷惑な、グラスバート家のファミリーです」
そんな彼も3年前に結婚してからはぱったりとうちに泣きに来なくなったものだから、私も久しぶりに話をしたのだけれど。
「そう、なんですか。それはなんとも……」
あぁ、ロイ様が若干引いてらっしゃるわ。
「──あの、フェリシア? 先程のこと、なのですが……」
声を硬くしながらロイ様が言いかけて止まる。
「? ロイ様?」
「……決して、あなたに気を遣っていたり距離をとっている訳ではありませんから。その……あなたには紳士でありたいと、そう思っているだけで……。その、だから……」
珍しく歯切れの悪い物言いに、私は首を傾げて彼の言葉を待つ。
「誤解、しないでください。私は、決してあなたと距離を取りたいわけではないので。むしろ──」
熱っぽい瞳で見つめられて、私の鼓動が波打つ。
むしろ……。
その先の言葉が、私のほしい言葉なら良いのに。
そう思いながら見つめ返し、彼が口をゆっくりと開いたその時。
「ロイ?」
鈴の鳴るような綺麗な声が玄関ホールに響き渡る。
ロイ。
彼の名を敬称なしで呼ぶ女性の声。
その声の主へと視線を移した私は、瞬時に深く腰を落とし頭を下げた。
「──レイシア王女殿下」
ロイ様も彼女へと視線を向けると、頭を下げて臣下の礼をとった。
そんな彼のことを、王女の後ろに控えている侍女たちが恍惚とした表情で視線を送っている。本当、よくおモテになることだ。
「こんなところであなたに会えるなんて、今日はなんてついてるのかしら!! ねぇロイ、これから一緒に馬で遠乗りに行かない? あなたの後ろに乗って、一緒に駆けてみたいわ!!」
金色の巻き毛を揺らしながらロイ様に駆け寄り、彼の腕にぎゅっと絡みつきにっこりと微笑むレイシア王女。
美男美女。その言葉が本当にお似合いの二人に、私は身を硬くする。
「申し訳ありませんが、私たちは仕事でここに来ているので」
そう抑揚のない声で答えて彼女の腕を解くと、ロイ様は二歩後ろに下がって私のちょうど隣へと立った。そこで初めて、レイシア王女のアメジストのような瞳が私を捉えた。
「あらロイ、その人は?」
視線を鋭くして私を見たまま、レイシア王女がロイ様に尋ねる。
「グラスバート伯爵家の御令嬢、フェリシア・グラスバート伯爵令嬢です。私の仕事の手伝いをしていただいているところです」
ロイ様が私の紹介をして、私は緊張しながらもレイシア王女に向けてカーテシーをする。
「フェリシア・グラスバートと申します。レイシア王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく──」
「そう、お仕事関係の方なのね。あなた、ロイのお仕事の邪魔だけはしないでちょうだいね。ロイは、私の誕生日パーティのために頑張ってくれてるんだから」
私の、と強調したレイシア王女に対して、ロイ様は表情を変えることなく「仕事ですので」と仕事を強調させた。
途端に頬を膨らませるレイシア王女。
「むぅっ。まぁいいわ。ロイ、当日は楽しみにしてるわね」
「はい。騎士団で万全の警備体制を取らせていただき、誕生日パーティを安全なものになるよう努めさせていただきます」
多分そういうことじゃない。
ロイ様の天然っぷりが炸裂したところで、レイシア王女は口元をピクピクとさせて「じゃ、じゃぁ私は行くわ」と侍女達を引き連れ、玄関ホールから奥の渡り廊下の方へと歩いて行った。
「……はぁ。すみませんフェリシア。不快な思いをさせましたね」
気遣うように私を見下ろすロイ様に私は「いえ、大丈夫ですよ」と微笑んで見せる。
ロイ様が謝るようなことではないし、レイシア王女が言っていたことは間違いではない。
事実、ロイ様はレイシア王女の誕生日パーティのために今お仕事を頑張っているのだから。
こんな状況になっていながらも。
「ロイ様は……ずいぶんとレイシア王女に慕われてらっしゃるんですね」
思わず飛び出した言葉に、ロイ様が驚いて私を見るけれど、それ以上に私が自分自身から出た言葉に驚いていた。
これじゃまるで……嫉妬、しているみたいじゃないか。
「す、すみません!! 今の無しで!!」
私が慌てて弁解すると、ロイ様の大きな手が手首にベルトのついた私の右手を掴み、そして自身の口元へと寄せ──。
「っ……!!」
──その薄い唇を、私の手首のベルトへと押し当てた。
ロイ様の熱い吐息が私の腕にかかってそこから熱が全身に広がっていくようだ。
「フェリシア、いくら慕われたとしても、私の心が伴っていなければ、それは成立しません」
ほんのりと熱を孕んだ探るような目で私を見つめるロイ様から目が離せない。
心臓がうるさい。
どうにかなってしまいそうだ。
しばらく私たちは無言で見つめ合い、やがてロイ様が大きく息を吸って吐くことで無言の時は終わった。
「そろそろいきましょうか。会場の確認をしておかなければ」
「あ、は、はい。そう、ですね。いきましょう」
私たちはあの卒業パーティの会場でもあり、今回の誕生日パーティの会場でもある大階段上のホールへと向かうと、バルバ副騎士団長から受け取った資料をもとに会場警備の最終チェックを行い、二人何事もなかったかのように他愛のない話をしながら、またラゼルディア公爵家へと帰るのだった。




