突撃!!ラゼルディア公爵家
「ふむむ。2時間かぁ……、結構長く保ったね。あ、グレター、パンおかわり!!」
「かしこまりました、テト様」
馴染んでいる……。
朝食の席に現れたテト様とウィス君は、自然な流れで今、私たちと食事を共にしている。
「【待て】はいわば服従の魔法に近いものになるようで、理性的であればあるほど長く待てます。普通は一時間ももたないところを二時間も保つだなんて、さすがです、ロイ様」
尊敬の眼差しでロイ様を見上げるウィス君にロイ様は「なんて魔法組み込んでるんだ」となんとも言えない表情で頭を抱えた。
「ちなみにこれ、使えば使うほど身体に理性が身につきます。そしていずれは首輪なしでも【主人】の言うこと聞くようになります」
「なるほど、躾、ってことか」
婚約破棄や浮気防ぎ、躾までする首輪……。。
あらためて、なんて有能──いやいや、恐ろしい代物なのかしら。
「も、もう使わないようにしましょう!! ロイ様が私に服従するようになっちゃったら大変です!!」
私が立ち上がってロイ様に進言すると、ロイ様は何でもないことのように「私は構いませんが」と返した。
構って!!
いつも思うけどロイ様、ご自分のこと安く見積もりすぎなんじゃない!?
「はは。もうここまで手懐けたなんて、さすがだね【ご主人様】」
「【ご主人様】って言わないでぇぇぇえ!!」
ガタンと椅子に落ちるように座り、今度は私が頭を抱え机に突っ伏した。
その時──コンコンコン、と小さなノック音とともに「ロイ様、失礼します」とメレルさんの声がして、扉が開いた。
「どうした、メレル」
ロイ様がたずねると、メレルさんはロイ様ではなく私の方を向いて言った。
「フェリシア様にお客様です」
「私に?」
誰かしら?
「レッサ伯爵家のリルディ様でございます」
「リルディ!?」
私がここでお世話になっているのは父母以外知らないはず……親友である彼女にも言っていなかったのに、なぜ?
「応接室にお通ししろ」
「良いんですか!? この状態、ですけど……」
繋がれていて半径1メートルちょっとしか離れられない私たち。
この状態を見てリルディがなんていうか……。きっと誤解もしてしまうだろうし……。
「ロイ様にご迷惑をかけてしまいます」
すでに迷惑かけっぱなしなのに、これ以上だなんて絶対にだめだ。
「ありがとうございます、フェリシア。でも、私は大丈夫です。それに、あなたの1番の親友ですし、信頼できる人、なのでしょう?」
「……はい!!」
そうだ、リルディはあのパーティでも私の味方になってくれた、私の幼馴染で親友なんだ。
あれ、でもなんでリルディが私の親友だって……?
「と、言うことだ。応接室に通してくれ。私たちもすぐにいく」
「かしこまりました」
メレルさんはロイ様に一礼すると、リルディのいるであろう玄関ホールへと向かった。
「テト、ウィスベリル、お前たちはゆっくり食べていくといい。グレタ、二人の給仕を頼む」
「お任せください、ロイ様」
「二人とも、いってらっしゃーい」
テキパキと指示を出していくロイ様は、やっぱり上に立つお立場に慣れているのだろう、とてもスムーズな指示だ。
「さ、いきましょう、フェリシア」
「はい、ロイ様」
差し出された手に迷いなく自分のそれを乗せ、私は広間を後にした。
ロイ様がノックをして扉を開け、私もそれに続く。
部屋の中では数日ぶりの親友が、ソファに腰掛けて私たちを待っていた。
そして親友だけではない。予定外の人物も、その親友の隣へと座っている。
プラチナブロンドの髪に細長いメガネの男性。
え、何でここに……?
「お兄……様……」
そう、親友の隣に座っていたのは、私のシスコン気味の兄ファルマンその人だった──。
私たちが部屋に入ると同時に睨みつけるようにこちらを見て立ちあがったリルディとお兄様。そしてその視線はまっすぐロイ様に向けられている。
え? 何??
まさか痴情の絡れ?
いやいや無い無い。
リルディには相思相愛の婚約者がいるんだから、ロイ様とだなんて絶対にない。彼女はそんな不義理な人間じゃないわ。
兄様だって痴情の絡れとは無縁だろうし……。なら二人のこの異様なまでのロイ様への嫌悪感は一体なんなんだろう。
「初めまして、リルディ・レッサ伯爵令嬢。そしてあなたは、フェルマン・グラスバート殿ですね? 私はこのラゼルディア公爵家の当主、ロイ・ラゼルディアです」
ロイ様が先に口を開き自己紹介すると、リルディも表情は険しいままにカーテシーをして「リルディ・レッサです。朝早くに突然の来訪、失礼いたしました、ラゼルディア公爵様」と言葉だけは丁寧に挨拶を述べた。
続いてお兄様も険しい表情のまま「初めまして、ファルマン・グラスバートです」とだけ口にした。いつも怒っていても表面上は穏やかな笑みを浮かべているお兄様が、顔面すらも怒ってらっしゃる。
「どうぞ、おすわりください」
ロイ様が座るように促して、リルディも、そして私もふかふかのソファに腰を下ろした。
「リルディ、数日ぶりね。あの、何でここに?」
「何でって、あなたに会いによ!!」
私がたずねると、リルディは声を荒げながら答えた。
「婚約解消のこととか、パーティでのこととか、心配になって翌日グラスバート伯爵家に行ったら、ここにはしばらく帰ってこないって言われるし、そうこうしてたら変な噂が流れ始めるしで……」
「変な噂?」
ロイ様が眉をひそめたずねると、リルディはキッと鋭く彼を睨みつけて声を上げた。
「ラッセルに婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢フェリシアは、その性根を更生させるため、ラゼルディア公爵家に奉公に出された、って!! もちろん初めは私も信じてなかったけれど、昨日街で偶然あなたとラゼルディア公爵様を見つけて、私、居ても立ってもいられなくてここに来たのよ」
「「──は?」」
ロイ様と私の間抜けな声が重なって、そして──「はぁぁぁぁああ!?」私の絶叫が応接室に轟いた。
私、奉公に出されたことになってるの!?
しかも昨日街で見られてたって……。
「私もその噂を聞き、父上と母上に尋ねたが何も教えてはもらえず、同じく居ても立ってもいられなくなりここに来たら、レッサ伯爵令嬢が先客として屋敷に入るところだったから、同席させてもらった。フェリシア、私が仕事で帰ることができなかった間に……すまない。もっとお前を見てやればよかった……!! ラッセルのやつにはいつか私が天罰をくだしてやろう。お前を【悪役令嬢】だなどと罵り話題に載せる馬鹿者どもも全て残らず殺ってやるから、お兄様と一緒に帰ろう?」
「殺らないでくださいね!?」
だからお兄様には知られたくなかったのだ。
見た目に反して血の気が多すぎる。お母様タイプなんだもの。
「ラゼルディア公爵様!! 私の大切な親友を辱めるのなら、私、刺し違えてでもフェリシアを連れて帰ります!!」
「ちょ、ちょっと待ってください!! 辱めるだなんてそんなこと、私はしません!!」
「そうよリルディ、ロイ様はそんなことされる方じゃないわ」
扉一枚だけ隔てた入浴時でも、同じ布団で眠る同衾でも、彼は指一本私に触れては来ないんだから。鋼鉄の理性を持つ男なのか、それとも男にしか興味がないのかはたまた私に魅力がないのか……。
1番最後のだったら地味にショックだけれど、とにかく間違いは起こってはいない。
「フェリシア、お前はきっと何か騙されてるんだ!! 傷心中の女の子を連れ帰って一体何を企んでるんだか──」
「ロイ様を侮辱しないでお兄様!!」
言葉の刃はロイ様に向かい、私はつい怒鳴り声をあげて立ち上がってしまった。
「フェリシア……」
まさか私が怒るとは思っていなかったのか、呆然と私を見上げるお兄様とリルディ。
隣からもロイ様の視線をびしびしと感じる。
「私のことを心配してくれるのは嬉しいわ。でも、ロイ様のことを侮辱するのだけはやめて」
「フェリシア……お前……」
ここまで声を上げて言い返すなんて初めてかもしれない。
でもどうしても、ロイ様のことを悪く言われるのだけは我慢ができなかった。
室内を気まずい雰囲気が流れる。




